第420話 物騒なダンジョン

 

 結果として、ユニスは一先ずエイミーの帝都ダンジョン攻略に協力することとなった。昨日はとやかく言っていたものの、そもそも警備団に付いていく条件としてダンジョン攻略については協力する約束だったので、しばらく帝都に滞在はするつもりだった。


「取り敢えず、今も攻略されてない百階層まで行くことを目指そうか!」
「……本当にツトムの行方について、知っているのです?」
「それは本当だよ。嘘ついてるように見えるー?」
「……一先ず、警備団への義理を果たすまでは付き合ってやるのです」


 それにエイミーから努の情報をチラ出しされたことも大きかった。彼女の様子を見るに自分をダンジョン攻略に利用するためだけに嘘をついているとも思えなかったし、他に聞きたいこともあった。


「そういえば、無限の輪のクランハウスにあるツトムの部屋は調べたのですよね?」
「んー? 取り敢えず皆で調べたし、探偵? みたいのにも調べさせたよ。あと迷宮都市の税務の人とか?」
「配達し忘れた手紙とかなかったのです?」
「いや? そもそも色々な人に向けた置き手紙がいっぱい引き出しに入ってたから、オーリが全員に配達し終えたはずだよ。ユニスちゃんにも――」
「…………」
「……あっ」
「……配達し忘れたとか、ないのです?」
「うーーん。残念だけど、なかったと思う。あのオーリが配達し忘れたってことはないだろうし、わざとユニスちゃんの分だけ送らないような動機とかもないだろうし……」
「…………」


 その後エイミーは尻尾をみるみるうちに萎ませて落ち込んだユニスの肩をポンと叩いて慰めた。


(でも、あの手紙の量からしてツトムは知り合いレベルの人にすら書いてたよね。そうなると逆に手紙を送らないって方が、特別な感じもするような……)


 そんなことをエイミーは思ったが、敢えて口には出さなかった。今でこそツトムのことを冷静に考えられるようにはなったが、まだ心がざわつくことは事実だ。それを顔に出さないようエイミーは努めながらも、ユニスが病気持ちにでも見えるような化粧を施した。


「うわっ、臭いのです!!」
「ダンジョンに入ったらいずれは通る道だから、今のうちに慣れておこうね」


 それからユニスは生ゴミが腐ったような臭いのする香水なども吹きかけられて騒いでいたが、修羅場を潜ってきたエイミーの妙に説得力のある言葉を前に止む無く従わざるを得なかった。

 そしてエイミーの用意していた浮浪者のように使い込まれた洋服と、長年風呂に入っていないかのように見える化粧が施された自分の姿を鏡で見つめたユニスは、今まで経験したことのないみずほらしさに身体を震わせた。


「これで外を出歩くとか、信じられないのです」
「私も初めはこれで神台に映るって考えると正気を失うかと思ったけど、これも慣れるしかないね。寝込みを襲われるよりはマシだし」
「……取り敢えず神台見に行くのです」


 半ば死んだ目をしながらそう語るエイミーの言葉を遮るようにユニスはそう言って、警備団が予約してくれていた宿舎を後にした。そして迷宮都市と同じように人混みで賑やかとなっている、遠目から一番台が見える場所へと向かう。

 神台の構造自体は迷宮都市とそこまで変わらなかったので、ユニスは上位の台を一通り見た後エイミーに尋ねる。


「最高階層はいくつなのです?」
「今のところは八十階層で詰まってる感じだね。私は六十階層までは何とか」
「……迷宮都市と同じようにはいかない感じなのです?」
「そうだねー。どっちの神のダンジョンにも一長一短はあるんだろうけど、やっぱり黒門と転移陣がないのは結構厳しいよ。ダンジョン内で生活していかなきゃいけないから、万全の状態で戦えないことがザラにあるんだよね。あと迷宮都市での常識もぜんぜん通用しないから、PT組んだりクラン入るだけでも初めは苦労したよ。それにダンジョンの仕様もかなり違うし、ほら、あんな感じでさ」


 そう言ってエイミーが指差した神台にユニスが目を向けると、そこでは男性探索者たちのPT同士が衝突していた。それは迷宮都市でもモンスターやドロップ品の横取りなどのトラブルが起きれば見られるものではあるが、普通に探索者が殺されて光の粒子になって消えてしまったことには驚いた。


「このダンジョンじゃ殺人が禁忌じゃないからねー。迷宮都市のダンジョンよりも探索者同士の争いが大分多いから、モンスター相手だけじゃなくて対人戦闘にも気を配る必要があるんだよね。探索者相手に全滅させられたら装備全部奪われるし、二十階層も下に戻されることに変わりはないし」
「随分と物騒なのです。警備団とかはどうしているのです?」
「一応神のダンジョン内を見回ったり、神台見てダンジョンから帰った時を狙って捕縛作戦を立てて捕まえてはいるみたい。でもダンジョン内に時間制限がないし、神の眼も操作できるから偽装っぽいことも出来ちゃうしねー。それに帝都はまだ犯罪クランとかも規模がデカいらしいから難しいってブルーノが言ってたよ」


 二桁台に映っている上半身裸で闊歩しているブルーノを眺めながら、ユニスは顎に手を当てながら尋ねる。


「まだダンジョンの状況は混沌としているようなのです。昔の迷宮都市みたいなのですね。ユニークスキルとか出始めた頃の」
「うん、そうかもね。それに最近は探索者が団体になって階層を一気に進めたりとか、ダンジョンの中で生活圏を築いたりだとか、昨日も言った同性愛者たちの偏見が無くなり始めたりだとかで変化も凄いから付いていくだけでも中々骨が折れた。いやー、完全に自惚れてたよ。ほんと」


 迷宮都市での活躍もあったのでステータスやスキルが通用するならば帝都でも問題なく活動できるとエイミーは思っていた。確かに実力だけでいえば問題はなかったが、万全の状態で戦闘ができないダンジョンの環境や文化の違いなどもあってPTを結成するのに苦労することとなった。

 あまりまともなPTが組めない時期が続いた時は警備団を通じて迷宮都市の探索者を呼び込めないかと考えもしたが、普通の探索者はそもそも帝都のダンジョンを開拓する必要性がない。それよりかは百階層の先を目指して進むことを選ぶだろう。


「だから、ユニスちゃんが来てくれたのは本当にありがたいよ。ヒーラーに関してはこっちでも引っ張りだこな状況だからさ」


 全滅したら二十階層も戻されてしまうということもあり、帝都ではヒーラーが重宝されている。そのため有望株はすぐに売れてしまいまともに確保出来なかったためエイミーは中堅のヒーラーを育てていたのだが、アイドル活動をしてしまっていた影響か彼女はある意味で魅力的すぎた。そのせいで前に話していたように何度かPTを作り直さなければならなくなり、最近になってようやくそれも落ち着いてきたところだった。

 そんな矢先にユニスが帝都に来てくれたのは僥倖としかいいようがない。そんな心境もあってありがたやーと拝んでくるエイミーに彼女は呆れたような視線を向けた後、腕を組んで改めて神台を観察した。


「確かに迷宮都市と同じように考えると痛い目に遭いそうなのです」
「実体験済みでーす……」
「でも攻略できないダンジョンなんてあるはずはないのです。……まぁ、九十階層で止まっていた私が言うのもなんなのですが。でも何とかなりそうな感じはするのです。私もただ旅をしていたというわけでもないのですから」
「頼もしいね! それじゃあ取り敢えず行ってみないことには始まらないし、ギルド行こうか!」
「わかったのです」


 そうして二人は帝都のダンジョン攻略を目指し、ギルドへと向かった。

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