第436話 隕石

 

(有名人との繋ぎにする気満々の奴しかいないな。それでいてパッと目を引くような奴もいないと。良くも悪くも普通って感じだ)


 ヴァイスたちと別れた後に努は臨時のPTメンバー募集をギルドの掲示板に掲げてもらい、その翌日に応募してきた者の履歴書を確認してみたが所感はそれしかなかった。ディニエルとの探索やヴァイスとの会話である程度の知名度は得られたものの、それで集まってくるような者などたかが知れている。

 ただそれでもPTが組めないよりは断然いいので、その中でもマシな部類の探索者を何人かピックアップしていく。


(エイミーもあと一週間くらいで帝都から帰ってくるって手紙が来たし、取り敢えず避けタンクと近接アタッカーは決まってる。一人は野良募集から取るとして、もう一人はどうするか。強い奴が三人いれば大体何とかなるから集めたいんだけどな)


 たとえギルドからの募集で来た者が地雷であったとしても、他の三人がまともなら戦況はどうにでもなるし育てる余地も生まれる。そのためにもあと一人は優秀なアタッカーかタンクを集めたいところであるが、そんな者が都合良く余っているはずもない。


(別に野良二人でもいいけど、ネトゲと違って手っ取り早く関係を切れないのが面倒臭いんだよなぁ。現実じゃ地雷に当たってもフレに呼ばれたので移動しますね^^:が使えないし)


 一度PTメンバーに選んだ後で弱かったからといって切るのは、『ライブダンジョン!』ならまだしも現実では気を遣わなければならない。その前に模擬戦や試しの探索などである程度選別することも出来るが、それで全てがわかるわけもないので初めから育てるつもりで入れた方がいいだろう。


(まずはハンナと臨時の三人PTで連携は合わせておきたいし、僕も新しいスキルは一通り試しておきたい。その後にエイミーは来るし、アーミラとかも到達階層を上げた時に誘えば来てくれる可能性もあるしな)


 昨日の探索でハンナの実力についてはある程度理解したので、三人PTでも問題はないだろう。そもそもディニエルが感心していたことからしてその強さは推察できるが、努から見ても彼女は上位の神台で活躍しているバーベンベルク家に匹敵する強さがあるのは間違いない。

 その強さを決定づける要因としては、魔流の拳の安定感がかなり増したことが決定的といえるだろう。以前まではハンナが魔流の拳を使う度に努は彼女が大きな反動を受ける可能性を考慮してヘイト管理をしていたし、現に大怪我はしょっちゅうで最悪自爆することだって有り得たのでレイズするためのヘイトと精神力管理が求められた。

 ただハンナが死ぬ前提があっても魔流の拳は強いので、勝手に自爆スイッチを押しまくる彼女を抑えはするものの許容しながら運用していた。

 だが昨日の探索でハンナは魔流の拳をありったけ使用していたものの、若干の反動こそあれど大怪我や自爆は一度もしなかった。それは一年以上も外で魔流の拳に関する修行をした成果なのだろう。


(最悪自分が死ぬような武器をダンジョン外でぶっ放せるハンナもヤバいけど、そんな奴を生存させながら修行させて成果を出させたメルチョーも大概だよな。黒杖と同じぐらいの確率潜り抜けて生き残ってるんじゃね?)


 今も紅魔団でセシリアが使用している黒杖に装飾されている宝玉は、この世界でいうところの最高難易度な刻印をいくつも施すのと同じようなものだ。それを達成するためには途方もないほどの刻印油と装備に、職人の根気が必要とされる。それにそもそも今は高レベルの職人でも二つの刻印が限界とされているので、黒杖レベルの効果を複数付与するのはまだ出来ないだろう。

 そんなことを努は思いながら臨時PTメンバーの書類を揃えて自室の引き出しにしまう。そして昨日のうちにステータスカードから写した新たなスキル編成を眺めながら自室を出ると、階段前の廊下で何故かハンナが逆立ちしていた。そして床に青翼を引きずりながらそのまま階段を下りていき、また上ってきたところでこちらに気付いた。


「おっ、ギルド行くっすか?」
「そうだね。新しいスキルも試さなきゃいけないし」
「了解っす~」


 そう言ったハンナは手首を軽く捻って回転しながら跳躍して着地した後、鼻歌を歌いながら階段を駆け下りていった。


(そういえば、ステータスが変わったら僕もあんな風なことは出来るようになるのかな。昨日試した感じそこまで変わらなかったけど)


 百レベルになると開放される、ステータス値とスキル編成が一新された進化ジョブ。レベルに関してはスキル数とステータス値が上がる九十レベルで止めていた記憶があったが、どうやら百階層を超えると強制的に百レベルになるようだったので昨日努はそれを試していた。

 そしてそれは努からすれば、ジョブチェンジが出来ない神のダンジョンにおける救済措置のように思えた。

 努のジョブでもある白魔導士はステータスカードをタップして進化ジョブに切り替えることで、アタッカー寄りのステータス値とスキル編成に変更することが出来る。ガルムのジョブである騎士もアタッカー寄りになったり、ゼノのジョブである聖騎士はヒーラー寄りになったりと、ジョブごとによって進化することによるスキル編成は決まっているようだ。

 白魔導士の進化ジョブについては、回復もできるアタッカーという印象で迷宮マニアの評価もそこそこ高いようだった。今までも杖術を使って近接戦闘をこなしたり、数少ない攻撃スキルに特化した白魔導士もいたが、それらはどれもアタッカーの下位互換であることが否めなかった。特にSTR、AGIのステータス値が低いことが致命的だった。

 しかし進化ジョブに限っていえばステータス値も変わるため、少なくともアタッカー職の明確な下位互換ということはなくなった。ちゃんとした立ち回りをすれば第一線で活躍は出来そうなぐらいのポテンシャルはあると、努も神台を見る限りでは思った。

 ただダンジョン内でも普通のジョブにするか進化ジョブにするかは変えられるようだが、ジョブごとに一定の条件を満たさないとそれは不可能なようだ。そして今の白魔導士はその切り替えを行いながら柔軟に対応していく、というのが今流行りのようだった。


(それならもうジョブチェンジ導入した方が手っ取り早い気もするけど。というかこれ、もしかして二百レベルになったらタンク系の進化ジョブも出るのか? それなら役割理論もおしまいな気がするけど。もう全部僕一人でいいんじゃないかな。……まぁ、この世界でタンクとか絶対やりたくないけど。あと近接戦闘も勘弁かな。そうなると僕の中ではバランス取れてるけど、この世界の環境がどうなるかだな……。ユニークスキル持ち一人でいいんじゃないか)


 神台で見る限りでは派手目な演出と共にジョブが切り替わる場面は結構な頻度で見られるので、もし二百レベルでも実装されれば今のタンク職は理論値でいえばもうヒーラーが必要ないのではないか。そんなことを努は考えながらも、これから先の環境についての予想を巡らせた。


 ――▽▽――


「…………」


 ギルドの正門前。普段はそこを集合場所にしたりする新人探索者などが多く見受けられる場所であるが、今日は普段と違う空気が流れていた。その原因となっている人物は桃色の巻き髪を風に揺らしながら、大きな木々の下で誰かが来るのを静かに待っている様子だった。


「何でステファニーさんがこんなところに……?」
「さぁ……?」


 ここ一ヶ月はずっと一番台に姿を見せ続けていた彼女が、今日は休みを取って何故かギルドの正門で待ち合わせしている様子は新人探索者たちを大いに困惑させていた。


(もう、同じ過ちは繰り返しませんわよ)


 努が姿を眩ます前に限って、ステファニーは失敗した。

 間接的にユニスを陥れようとしたことを見透かされ、下らないと評された。ヒーラーとしてではない。その人間性に問題があったのだ。そしてそのことについて改めて謝ろうとしたところで彼はもういなくなっていて、手紙だけが残されていた。

 その手紙については、本当に嬉しかった。そして彼の言う通り、最前線の位置を今も保っている。だが一番台に映り続けることをしばらく続けた後、本当にこれだけでいいのかとステファニーは思い悩んだ。

 確かに最前線を張れるだけの実力は伴っているし、これからも精進し続けるつもりだ。だがあの時努から評された人間性が変わらないのであれば、また同じ過ちを繰り返すのではないか。

 それからステファニーは自身の人間性を上げるために様々なことをした。人間性を上げるためにわけもわからず寄付をしてみたり、ボランティア活動をしてみたり、愚策にも見えることすら徹底的にやった。

 そしてそれらをそぎ落としながら辿り着いた結論は、瞑想だった。浮かんでは自身を引っ張ろうとする様々な思考を戻し、ただ呼吸に集中する技法。それをちょっとした世間話でメルチョーから聞いていたことをふと思い出し、続けていく内に心が落ち着いていくのを感じた。

 それからもステファニーは身体の節々の動きをただ観察したり、慈悲の心を持って在ることに感謝する瞑想などを日常に取り入れ、揺れ動く感情の波を戻すことが徐々に出来るようになっていた。

 今のステファニーはいわば、大きな池のようなものだ。そこに小石を投げ入れられても波紋はすぐに静まるし、強風が吹こうともさざめくだけ。台風が来ようともいずれは収まり静かな池に戻る。

 昨日休んだディニエルが努とPTを組んで不必要な注目を浴びせ、その態度も決して良いものではなかったという知らせはステファニーの大池を揺らした。だがそれも日々の瞑想の甲斐もあってか怒りの感情を認識して戻し、あくまで冷静に彼女と話を進めることが出来た。

 以前なら発狂していてもおかしくはなかった。何故努が帰ってきたことを自分に秘密にしていたのか。そして素知らぬ顔で休日を申請して彼とPTを組み、しかも恥をかかせたことなど許されざることだ。その怒り自体は心に大きな波紋を呼んだが、呼吸に集中して意識を戻すことで冷静になれた。

 たとえ何かが起きたとしてもそれは一過性のものであり、他のことに集中すればより早く平常心に戻すことが出来る。そのおかげでステファニーは探索活動においてもメンタルの乱れによるミスがなくなり、集中力を増すことによって白魔導士全一を確固たるものとしていた。


(ツトム様をこの目で見たら、私は興奮してしまうでしょう。そしてそんな状態で行動してしまえばまた過ちを繰り返してしまう。そのことを押さえつけようとせず、ただ戻すのです)


 そして再び呼吸に集中しながら目を閉じようとした間際、視界の端にそれは見えた。以前よりも少し日焼けしていたが間違いない。その姿は夢にまで見た努だった。


 ステファニーの大池に隕石が落ちた。

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