第439話 職人の壁

 

(まぁ、この子で本決めでいいかなー。神台で見た感じセンスもありそうだったし)


 最近はレベルだけで腕のない鍛冶師が増えたと嘆いているドーレンが見たら目を剥きそうなほど雑な刻印を施しながら、努は臨時PTメンバーの採用を決めていた。

 努が採用を決めたのはクロア、という犬人の女性アタッカーだ。現在は百四十二階層まで辿り着いている実力者でありながらも、迷宮都市の中では人気を集めてきているアイドルユニットの内の一人でもある。

 エイミーが神台を利用したアイドルとしての立ち位置を確立してから今に至って、そういった者たちは結構な数存在している。エイミーのように上位の神台にまで食い込めるような者は中々現れなかったが、探索者の道以外にもそういったアイドルが食っていく道を彼女は開拓している。

 神台を熱心に見ているような者にパトロンや投げ銭を募ったり、神台市場に固定されている百番台までに入れるのなら特定の商品を紹介する案件など、そういった稼ぎ方は既にエイミーという前例がありその方法論も企業に浸透している。そのためそれらを真似する形を取れば少なくとも食いっぱぐれることはなかった。

 ただ今までもそういったエイミーの二番煎じは何十人といたが、彼女ほどの影響力を持つまでには至らなかった。そもそも探索者として第一線で活躍できる実力がありながらも、アイドル性を兼ね備えている者など早々いるはずもない。そのためあくまでエイミーがいない間の繋ぎだったり、彼女の下位互換として消費されるしかなかった。

 そしてエイミーが引退してからも代わりになるような者が出てこない中、その空気をぶち破ったのはPTごとアイドルにすると名目を打って結成されたアイドルユニットだった。

 一般的な物からすれば突然の衝撃的な登場ではあったが、初めはそのユニットも全く注目されていなかった。そもそもまだエイミーがいた頃から活動自体はしていたが、芽が出ないままだった。

 ただそのアイドルユニットはあくまでPTとして成立するメンバーが集められて結成していたので、何年か活動を続けていくうちにその五人は探索者としての実力を着実とつけていた。それが花開く形でようやく百番台に映り、そこから地道にそのアイドルユニットは徐々に数を増やし始めて影響力を持ち始めた。

 それに個人のアイドルよりもユニットにはメリットもあった。とにかく可愛いアイドルからクール系のアイドルまで取り揃えていたので、そのユニットはエイミーが取りこぼしていた多種多様なファンのニーズに応えられた。更に人数も膨大であるため、エイミーロスに陥っていた多くのファンがアイドルの卒業にそこまで怯えなくても済むし、PT内で推し変もできる安心設計も人気を博した一助となった。

 そういったアイドルユニットは今でこそ乱立して戦国時代を迎えているが、クロアはその中の初期メンバーである。そして今でも時間帯を絞れば百番台には安定して入れる実力もあるため、個人でいえば成功している部類である。


(エイミー信者にはいい思い出がないけど、今回は下積みのある探索者だしな。最悪エイミーがPTに来なくても上手く制御はできるだろ)


 そんなクロアが何故今の良い環境を捨ててまで努の臨時PTに来るのか、それは彼女がエイミーの大ファンであることに他ならない。ゴールデンレトリバーさながらの垂れ耳をこれでもかと振りかざしてエイミーのことを語る姿は、そこらにいるアイドルファンそのものだった。

 今回申し込んできたのも表面上では実質エイミーを探索者としてプロデュースした自分に興味があるとのことだったが、十中八九彼女とワンチャン繋がれないかという目論見だろう。

 これがただのアイドル売りしているだけの雑魚なら断っていたが、幸いクロアには中堅の壁を超えるぐらいの実力はある。それほどの実力があれば放っておいても多少エイミーと関わることは出来るだろう。


(何というか、神台周りの文化も混沌としてきたな。三年前じゃあんまり見なかったアイドルとかもそうだけど、深夜の神台とかもはやAVに近いし)


 大した視聴率も見込めない深夜にまで潜る探索者はほぼいないため、そこまで実力がなくても百番台付近なら安定的に映れる。そんな固定の神台を利用した映像サービスが始まっていることを小耳に聞いた努は、商魂たくましいなと感心すらした。

 そこに興味津々そうなダリルでも誘って一緒に視聴すれば仲直りできるんじゃないか、と下衆な考えをしていたところで敗者の服に施していた刻印が完了する。


(まぁ、余計仲が悪くなって終了だろうな。この世界だとネットがないからか、純情な人が多くて下ネタ耐性がないし。中学生の時に下の毛は生えたかとかほざいてきた親戚のおじさんみたいにはなりたくないしな。どうしたもんだか)


 それを努は雑に後ろへ放り投げてすぐさま新たな敗者の服に刻印を施していく。


(神台関連は結構自由なんだけど、生産職は変に凝り固まってるんだよなー。まぁ、流石にネトゲとは根本的に違うから今の生産職を一方的に責められはしないんだけど、もう少しライト層に優しくしてほしいもんだね。この世界の生産職はダンジョン産装備の加工とかもあるから、物作りの基礎がないとお話しにならないっていう主張はわかるんだけども)


『ライブダンジョン!』では上位勢にもなると生産職などのレベルカンストが当たり前であり、この世界でいう刻印と同じような要素である宝玉を作るためには上げざるを得なかった。その時に努はダンジョンに潜って素材を確保し、宝玉を作りまくって失敗確率をいくつも潜り抜けた杖に装飾することによって、この世界に持ち込んだ破格な性能をした黒杖を作り出していた。

 そんな努からすればサブジョブが出た途端にレベル上げをするのがむしろ常識である。しかしこの世界の生産職はそのサブジョブという概念が出る前からなまじ職業として成立してしまっていたため、鍛冶師や薬師などの参入障壁は非常に高い。

 神のダンジョンの新たな仕様である刻印士ですら元々タトゥーを掘っていた者たちが既に存在していたし、鍛冶師も制作者や依頼人の名前などを刻印していたからか元からレベルが上がっていた。そのためいくら新参者が生産職のレベルだけを上げようとも、職人の世界ではそう易々と受け入れてもらえない。


(でもそれで生産職のレベルが大して関係ないみたいな認識なの、馬鹿らしいにもほどがあるけどね。三年経ってもレベル五十程度で止まってるとか、有り得ないわ。生産職の大多数がこの三年間、既得権益守ることとレベルの上がらないごっこ遊びしかしてなかったのかな?)


 むしろ現役の生産職たちはサブジョブという概念が導入してから参入した新規を徹底的に排除することに精力的で、情報はひた隠して秘蔵する。そして今もその傾向は変わらないようだった。


(ドーレンさんですら僕が刻印することに難色は示してたしな。まぁ、それでも他の職人よりは大分頭柔らかい方だけど。話した瞬間に出禁にされた工房まであったし、困ったもんだね)


 それでこれからも生産職の新規が無駄に折れ続けるのは避けたいし、これから先に生産職の腕だけなくレベルも重要になる時代が来ることは『ライブダンジョン!』での経験上では間違いない。なので無限の輪のドーレンにはやんわり提言したものの、反応は芳しくない。ただ、少し耳を傾けてくれるだけでも職人の中ではまだマシな方だ。

 生産職の大多数は、探索者が片手間に生産職の真似事をするなどけしからんといった風潮のようだ。現に挨拶周りの際にお邪魔していた工房からも刻印のことを話したら大目玉を食らって追い出されてしまったし、それを機に他の職人や業者も遠ざかってしまって実質干された形になってしまった。

 どうもこの世界の人々は探索者と生産職の両立は、二足の草鞋を履くようなものだという認識のようだ。そのことに関しては努もその認識が想定になかったため、当然のように話してしまったことについては反省している。


(爺さんからは凄い剣幕で怒鳴られるし、リーレイアはゴミ漁りしてるネズミでも見るような目で睨んでくるし、どいつもこいつも怖いんだよ。そのままぬくぬくと生産職として生涯を終えられると思うなよ)


 ただ無駄な諍いを起こしてしまったと反省しているとはいえ、だからといって向けられた悪意をすっぱりと忘れたわけではない。努はそう愚痴りつつも敗者の服を小さいナイフでかりかりと削って印を作り、刻印と口に出してスキルを発動する。すると削られていた生地に黒色の雫が滲んでいき、刻印が完了する。


(せっかく森の薬屋でお婆さんと一緒にのほほんとポーション作りにでも勤しもうと思ってたのに、台無しだよ)


 既に数百着は積み上がっている刻印済みである敗者の服を一瞥した努は、小さく欠伸を漏らした後に刻印し続ける夜を過ごした。

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