第459話 死を賭けたじゃんけん

 

「……何で私が死ぬのが決定事項になってるのです?」


 百階層に続く黒門の前で爛れ古龍戦の打ち合わせをしている中、ユニスは若干不服そうに呟く。

 爛れ古龍によるPTメンバーのアンデッド化は、以前まで聖属性の防具を装備することである程度は防げていた。ただあれから三年も経った現在では爛れ古龍も細々とした強化を何度も受けているため、アンデッド化を完封しようとすると余計に厄介な行動を起こされてしまうように調整されていた。そのためさっさと一人アンデッド化させて倒してから蘇生した方がその後の展開が楽、という戦闘の流れが今では主流となっている。

 一般的なPTであればアタッカーかタンクから一人アンデッドになってもらうことが定石であるが、今回はヒーラー2人であるため一人失ってもレイズには困らない。そのため作戦立案の努は生贄枠にユニスをちゃっかり入れていたものの、彼女はそれを見逃さなかった。


「確か帝都のダンジョンでもずっとヒーラーしてたんだよね?」
「そうなのです」
「それなら今は僕の方が進化ジョブに慣れてるし、基本アタッカーやりながら一人で負担の大きいハンナのサポートもできる。戦略的に考えればアンデッド化するのはユニスが妥当だと思ったんだけど」
「……別に私は構わないのですが、なんかムカつくのです。普通ならそういう役割は男が自ら率先して……まぁ、ツトムならそれも納得なのですが」
「理解が早くて助かる」
「でも一方的に決められるのも癪なのです。ここは公平にじゃんけんはどうなのです?」


 そう言って挑戦的な顔でグーを差し出してくるユニスに、努は面倒くさそうな顔で両手を後ろに組んだ。


「何でじゃんけんなんだよ」
「確かにツトムの戦略も一理あるのですが、別に私だって帝都で遊んでたわけじゃないのです。アタッカーとタンクの動きもある程度は理解してるし、何よりツトムとはレベルが段違いなのです。私がアタッカーとハンナの補佐をすることも可能ではあるのですよ?」
「なるほど、一理あるね。でも今回の爛れ古龍戦は誰のために挑んでるのかを忘れるなよ」
「男ならそれぐらいは目を瞑るのです」
「そんなに女の特権振りかざしたいならもう少しお淑やかに振る舞ってくれない? まずはその拳を下ろせよ」
「いや、もうこれは勝負でしか決着はつかないのですよ。観念するのです」


 そんな口論をしながらグーの姿勢を崩さないユニスと、自分の生命を運否天賦に賭けたくないのか教師のような佇まいのまま話し合いに持ち込んでいる努。いつまで経っても埒が明かないであろう二人を前に、クロアは黄土色の垂れ耳をペタンとさせながらそっと手を挙げる。


「別に私がアンデッド化しても大丈夫なんじゃないですかね……? 多分、エイミーさんとハンナなら容易く処理できるんじゃ……?」
「それでも別に問題はないけど、万が一崩れた時に取り返しがつかなくなる可能性が上がるからね。刻印解けば何とかなるだろうけど……」
「師匠、観念してお縄につくっす」
「んー、わたしもクロアちゃん殺すの嫌だけどなぁ」
「エイミーさんっ……!」
「ほら、ここまで明言してくれてるファンを切り刻むのは流石にね……。あと単純にクロアちゃん手強そうっていうのもあるかな。鈍器使いってあんまり戦闘経験がないから一発が怖いんだよね」


 迷宮都市に犯罪クランが蔓延っていた時でも、流石にクロアほど大きな槌を持ち歩く者は皆無であった。それに命を懸けた殺し合いが仕様上可能である帝都でも、槌使いは一人二人見かけるくらいだった。

 迷宮都市と違って帝都のダンジョンでは人殺しが不問とされているものの、探索者を狙うような者たちはあくまで物が目的である。そのため戦闘不能にまで追い込みはするが基本的に全滅までは追い込まない。全滅時のペナルティと天平にかけさせて物品を脅し取った方が、長期的には儲かるしそこまで探索者からのヘイトも買わないからだ。

 それにそもそも身体目当てということも相まってか、損傷が激しくなってしまうような武器はほとんど使われない。そういった犯罪PTの中で最も階層更新していることで悪名高い、ヒーラーすら抜いて対人戦闘に振り切ったフルアタッカーPTの影響もあるだろう。


「じゃあ、やっぱりじゃんけんなのですね」
「そんなに僕の作戦配置が気に食わないなら、シルバービーストでPT募集すれば? 帝都の件は確かに感謝はしてるけど、勝手に足を突っ込んできたお前にそこまでする義理もない」
「いや……。そ、そんなに死にたくないのです?」


 ちょっとしたノリなのにそんなガチで返さなくても、と言わんばかりの顔で小首を傾げているユニスに、努は価値観の違いを感じられずにはいられなかった。悪いけどこの試合だけはゴールキーパーやってくれよ、みたいなノリで死ぬポジションを任せられるなんて、努からすればたまったものではない。


「じゃあ、私でもいいのです……。別にそこまで貫き通したいことでもないのですし」
「そう、助かるよ。ありがとう」
「いやまぁ……いいのですけど」


 そんな努の顔と雰囲気を見て本気で嫌がっていることを察したユニスの承諾に、彼は心の底から礼を言った。それに少しこそばゆそうな顔をしているユニスを横目に、先ほど地味に無視されていたハンナは爪先で地面を蹴って努の靴に砂をかけた。


「ハンナもいつもタンクやってくれてありがとう」
「もうアタッカーに転向しろとか言わないっすよね」
「時と場合によるけど、今は避けタンクとして励んでくれ」
「じゃあその時はじゃんけんっすね」
「そんなにじゃんけん好きなら二人でやれば?」


 呆れ顔でそう言うとハンナは本当にユニスへじゃんけんを挑み始めたので、努は半笑いでそれを一瞥した後にエイミーとクロアにその後の作戦共有を進めていった。ちなみにじゃんけんの勝敗は一勝二敗でハンナの負けだった。


 ――▽▽――


 爛れ古龍は曇天を突き抜けて登場すると同時に、咆哮と共に血で構成された赤槍を地表にいる探索者に向けて降り注がせた。


「コンバ――」
「止めとけ。エアブレイズ」
「双波斬」
「やあっ!」


 着陸時の隙を安直に狙う探索者の対策として改良された爛れ古龍の新行動。しかしそれも既に下調べは済んでいるので、努とエイミーは降り注ぐ血槍をスキルで迎撃し、クロアは大槌で器用に叩き落した。そして傘にでも入るようにユニスは三人の傍にいて、努から手で口を塞がれてスキルを中断されていたハンナも大人しくそれに従う。


「そういえば、そうだったっすね。忘れてたっす!」
「張り切りすぎなんだよ」


 開幕のコンバットクライはタンクの鉄板行動であるが、今回に限っては悪手になる。もし今ヘイトを取ってしまうと降り注ぐ血槍が全て意思を持ったかのようにハンナへと向かってしまうからだ。


(新行動に血管と肝臓再生もデフォって、随分と強化されたもんだ。運営のお気に入りめ)


 開幕であるにもかかわらず既に『ライブダンジョン!』当初の見た目からは逸脱していて、赤い糸で紡がれて龍の姿を模られたような爛れ古龍はすぐに肝臓機能による再生を始めている。

 まずは既に完成済みの肝臓を早急に壊さなければ、次々と臓器が再生していってしまう。それを防ぐためにエイミーは爛れ古龍の懐に直進し、大槌を引っ提げたクロアもそれに続く。


「今回は魔流の拳で劇的にヘイトが取れないから、いつもよりコンクラ多めで」
「あ、そうっすね! コンバットクライー」
「……大丈夫なのです?」
「立て直しはよろしく」
「大丈夫じゃないのです……」


 いつもの癖で魔石の入ったポーチ型のマジックバッグに手をかけていたハンナにそう声をかけると、彼女は思い出したように声を上げて赤い闘気を放った。そんなハンナのやらかしと努の物言いに、ユニスは心配そうにぼそりと呟く。


「ホーリージャスティス」


 そして爛れ古龍のヘイトをハンナが取ったことを確認してから、ユニスにかけてもらったフライで三人とは少しずらした角度で爛れ古龍の肝臓を狙う。杖から射出されてからどんどんと巨大化していく聖なる十字架は、肝臓に焼き印をつけても未だにそこへ留まっている。

 それはもう少し留まらせることも可能ではあったが、近接アタッカーの邪魔にもなるので努は途中で自らスキル行使を停止した。そこへエイミーとクロアがなだれ込むように各々攻撃を加え、ハンナは追尾してくる血槍を避けてはナックルで打ち砕いている。


(初見の動きで思考停止する置き物ヒーラー、ってわけでもなさそうだな)


 今回のPTは避けタンクがメインのため、そこまで回復スキルが機能しない。そういった時は立ち回りを攻撃的にせざるを得ないが、ユニスは初めの支援スキルを全員に当ててから目立った動きをしていない。

 三年前に比べるとかなりアプデされている爛れ古龍については、文面での情報こそあるがクロア以外初見であることに変わりはない。そのためハンナも再三言われていた開幕行動でやらかしかけたし、エイミーも以前と違い血管の密度が多い爛れ古龍に様子見せざるを得ない。

 だからこそユニスも開幕は思考停止でもしているのかと思ったが、マジックバッグを片手にいそいそと何かを準備していた。


(誤射されたらたまったもんじゃないな。絶対タンクやりたくない)


 ユニスはマジックバッグから帝都で散々扱ってきた毒物を持ち出し、それを団子でも捏ねるようにしてバリアで包んでいた。エイミーから聞くところによるとアルドレットクロウのソーヴァと同じように魔道具の扱いにも長けているようで、彼女のマジックバッグはさながら四次元ポケットのように便利アイテムが詰まっているようだ。

 進化ジョブのない帝都では白魔導士の貧弱な攻撃手段を、主に魔道具で補ってきた。ユニスはそれに加えて毒物や劇物を専門に扱うエルフの弟子となり、独自の毒を調合して迷宮制覇隊に納品するくらいにはそれに長けていた。


「肝臓、いっちょあがり!」
「一旦離れるのです! 毒を飛ばすのですよ!」


 状態異常のほとんどを無効化してしまう肝臓をエイミーが肉屋の如く捌いたと同時に、ユニスはヘビ毒の入ったお団子バリアをスリングショットのゴム紐に引っ掛ける。そして警告の後に爛れ古龍の傷口へと勢いよく発射した。

 その着弾を確認した後にユニスはバリアを解除し、中に入った毒液を爛れ古龍の傷口に浴びせる。するとその傷口から流れ出ていた血液が徐々に濁り始め、最後にはゼリー状になってボトボトと落ちるようになった。その周囲の血管を流れる血液の動きも途端に鈍くなる。


「流石に大きさがこれだけあると、毒の巡りも悪いのです。それにやっぱり臓器の再生自体には影響を及ぼさせられそうもないのです」
「エアブレイズ」
「でも血武器の弱体は見込めるのです。あとは血分身にも効くといいのですが」
(流石に独自の毒まで持ち込まれたらヘイト管理どうしようもないな。なに? 血液が凝固するって? 僕の知ってる毒状態と違うんだけど)


 主に付与術士や呪術師のスキルにある、モンスターに一定期間スリップダメージを発生させる状態異常である毒。それのヘイトなら努も『ライブダンジョン!』に当てはめて計算できるが、ユニスの毒に関しては流石にわからない。


「取り敢えず、ヘイトは大丈夫そうなのです」
(いや、片手で作れるのかよ。捏ねる意味ある?)


 もしかしたら一発でヘイトを買うなんてことも予想されていたので念のためカバーできる位置取りをしていたが、今のところは特に問題なくハンナが引き付けられている。そのことに安心した様子で支援スキルを四人に継続させたユニスは、マジックバッグをごそごそとしたと思ったらウイスキーのような色合いの液体が入ったお団子バリアをその手に取り出していた。


(あぁ、あのパチンコに引っ掛ける取っ掛かりを作ってるのか)


 Y字型の竿にゴムを付けただけの簡素なスリングショット。どうやらユニスはそのゴム紐に引っ掛ける溝を捏ねている間に作り出しているようだった。障壁魔法のように自由度がなく曲げづらいとは思えないバリアの工作っぷりに、努は神様もびっくりだよと息を吐く。


「……なんなのです?」
「いや、毒って怖いなぁと」
「そんなに怖がらなくても、ヒーラーなら回復スキル使えばすぐ治るのですよ。白魔導士ならメディックで一発なのです」
「……なるほど。それは何より」
「メディック唱えられないほど即効性のある毒なんてあるわけないのです。まぁ、毒を盛られたと気付かせないようなものはあるのですが」
「警備団の皆さん。こいつ、危険人物です。逮捕して下さい」
「何をぬかしてやがるのです……。あと、迷宮都市に入る時にちゃんと毒物取り扱いの届け出は出してるのですよ」


 神の眼を呼んで自分を指差してくる緊張感の欠片もない努に、ユニスは呆れながらも軽い弁明は欠かさなかった。

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