第460話 毒の使い手

 

「……魔流の拳使えたら死ななかったっすから!」
「そもそもあれは事故のようなものなのですから、気にしなくてもいいと思うのです」


 蘇生された途端跳ね上がるように起きて弁明してきたハンナに、ユニスはそうフォローしながら既に回収していた装備を手渡す。そして胡乱げな顔でやけにタイミングよく近づいてきた神の眼をしっしと遠ざけ、ハンナのプライバシーを守った。


(駄目な時はとことん駄目だし、割り切るしかないのです)


 避けタンクが上振ればそれこそ一度も被弾せずに階層主を倒してしまうことすらあるが、下振れた時は蘇生してから開幕の一撃で死ぬなんてこともある。そのため受けタンクを一人はPTに入れるのが無難な構成である。でなければもし避けタンクの立ち回りが下振れた時にPT全体が危うくなるからだ。

 それに今回はエイミーが豪快に斬り飛ばした血分身の大槌を持っていた腕が、たまたまハンナの方に勢いよくすっ飛んでいってしまったのだ。それを何とか自力で受け流したものの彼女は空中で体勢を崩してしまい、その決定的な隙に血槍で仕留められてしまった。


(魔流の拳、っていうやつを使わない縛りが効き過ぎてる感じも否めないのです。そもそもそれを飛躍させるために一年以上も迷宮都市を離れて修行していたみたいだし、当たり前なのですが)


 これまでの探索で見ていた限りでも、ハンナの魔流の拳による個の力は群を抜いていた。それこそユニークスキル持ちのような力強さすら感じたが、その分PTとしての動きが疎かになっている部分も見受けられる。それは九十二階層しかり、百階層でも同様だった。

 これなら確かに努の言う通り、アタッカーに転向した方が思う存分活躍できるだろう。ただハンナは元祖避けタンクということもあってか、それを受け入れずにいる。だからこそ魔流の拳という個の力を封じることで、PTでの動きを思い出そうとしているのだろう。


(そもそも、三年も現役離れてもあんな立ち回りができるツトムの方がおかしいのです。……ヒーラーでもやたら攻撃するとは思っていたのですが、それはこれを見越してのことなのです? そうなると刻印も……。実は人間じゃなくて神の子、っていうのもあながち間違いではないのかもしれないのですね)


 ハンナが体勢を崩したところを一瞬見た途端に努は彼女が死ぬことを予期したのか、早口言葉かのように攻撃スキルを唱えて爛れ古龍の心臓と肋骨を一斉射撃した。そして爛れ古龍にハイヒールいくつか飛ばしたと思ったら、神々しい波動と共に再び攻撃スキルを連呼して本体のヘイトを受け持った。

 単純な避けタンクとしての性能でいうならば、努はハンナの下位互換を通り越している。進化ジョブを利用した精神力リセットと、精神力減退のデメリットをものともせずスキルを使い込むという強みがあるにせよ、タンクとしては彼女に遠く及ばない。

 しかし神の眼視点が見えているのではないかとエイミーが疑うほど彼の視野は広く、その親友が脳みそ三つあると言うぐらいには状況判断も早い。

 ただそれはフライで飛んで俯瞰的な状況把握に努めているヒーラーだからこそ出来ることだとユニスは思っていたが、見ている限りアタッカーをこなしている時でもその異様な視野の広さと対応の早さは変わらないようだった。

 それからハンナが蘇生して戻ってくるまでは爛れ古龍と無数の血武器を引き付ける避けタンクを代わりに兼任し、アタッカーたちの臓器破壊が滞らないよう専念していた。

 追尾してくる血武器の応酬をほとんどエアブレイド、ブレイズで迎撃し、僅かな撃ち漏らしはスキル使用の反動を利用しながら左右へ羽ばたくように飛んで回避。そして横向きに流れていく体勢で爛れ古龍を通り過ぎざまに聖なる十字架を射出して苦しめる。


「蚊が随分と進化したものなのです」
「……でもあたしの方が速いっす」
「そりゃあ、虫と鳥を比べたらそうなのですけど」
「…………」
「蝶々からでも参考にできる部分は結構あるのです。こういう機会はそうそうないのですから、少し見ておくといいのですよ」


 それからユニスは努が爛れ古龍をあまり動かさずアタッカーが臓器を攻撃しやすいようにしていることや、ヒーラーの支援スキルを自ら受けにきていることなど、PT全体の立ち回りを重視した彼の動きをハンナに軽く解説した。


「ツトムは個としての力はそこまでなのですが、集団での立ち回りは気持ち悪いほど上手いのです。ハンナは個として強いのは間違いないのですから、少しでも立ち回りを吸収できたら最強なのです」
「ムズいっすけどね」
「いきなり100点を狙う必要はないのです。まずは30点、それからなのです。……それじゃあ、そろそろ行ってくるのですよ」
「おー!」


 言外に魔流の拳を使わないハンナの立ち回りは30点以下だと言われていることに気付かないまま、彼女は元気に爛れ古龍のヘイトを取りにいった。それと同時にさっさとしろと言わんばかりにぐるぐるとユニスの傍で回っていたヒールも消える。


「ヘイスト。背中に目ん球でも付いてるのです……?」


 血分身はエイミーたちが受け持っているとはいえ、避けタンクをしながらよくこちらの状況も見られるなとユニスは思いながらもハンナに支援スキルを飛ばす。


「へい、お待ち!」
「パワースイング、どっせーい!」
(あの二人も、爛れ古龍の解体業者かなにかなのです?)


 エイミーはユニスが設置しているバリアの足場を利用しながら双剣で切れ込みを入れ、最後にクロアが大槌を振り抜くと臓器はすぽーんと爛れ古龍の体から冗談みたいに打ち出されていく。そんなアタッカー二人の迅速な臓器破壊もあってか、努の想定以上に爛れ古龍の攻略は順調に進んでいた。


「随分と早かったのですね」


 そして爛れ古龍を中心に渦巻く鮮血が、それこそ毒物でも注入されたかのようにどんどんと黒く濁り始めたのを見て、ユニスは自身の死期を察した。そして手にしていた杖や白いローブなどの装備を脱ぎ、駄目になってもいい服に着替えて前線に合流した。


「毒、意外と有効っぽいね」
「血液に作用する系統は有効なのです。肉に効くやつはやっぱり駄目だったのですが」
「でもやっぱり毒の耐性がついてくるのは変わらないっぽいね」
「ふざけた生物なのです」
「あ、来た来た。それじゃ、行くよー」
「さっさと片付けるのですよ。ヘイスト、メディック」


 それからエイミーと軽く話しているうちに現れた黒い血分身と相対し、最後に四人へ出来る限りの支援回復を送る。そして少しの間二人で血分身と戦った後、自爆の兆候が見えたと同時に下がった彼女を庇うようにユニスは前に出た。


 ――▽▽――


 腐ったトマトが地面に落ちたような音。下から聞こえたそれとその有様に、努は何とも言えない顔のまま腰に手を当てて息をつく。

 PTメンバーをアンデッド化させる爛れ古龍の兆候が出てからは、事前の作戦通りにユニスは濁った血分身の自爆によって殺された。そして血みどろの彼女がむくりと起き上がってヒールを爛れ古龍に飛ばしたと同時に、それを待っていたエイミーとクロアは突撃する。


(解除)


 努は進化ジョブを解除して普通の白魔導士に切り替え、引き続き爛れ古龍のヘイトを取っているハンナの支援継続を受け持つ。とはいえユニスが最後っ屁で色濃いヘイストとメディックを付与していたので、しばらくはその必要もないだろう。

 隕石が落ちたのかと思うほどの轟音を響かせながら、クロアはその大槌で地面を陥没させている。間一髪でユニスを守ろうとしていた血分身はそれを避けたものの、衝撃の余韻を受けて逃げるように地面を転がっていた。


(容赦の欠片もないな)


 それをエイミーが軽々と飛び越え、フライで飛んでいる最中だったユニスの肩を掴む。その勢いのまま首に双剣を突き刺し、背後に回り込みながらくびり殺す。

 そして事切れたユニスを抱えてフライを調整しながら地面に降り立つ頃には、彼女の身体は粒子の光に包まれて消えていた。


「レイズ」


 そのスキル名と共に光球が軌跡を描いて上空で炸裂し、終活をしていた地点にユニスが蘇生される。むくりと起き上がった彼女はすぐに装備を着込みながら、自分をあっけなく殺したであろうエイミーをジッと見ていた。

 一度PTメンバーの誰かをアンデッド化してしまえば、その後は聖属性の装備を着込んでおけば防ぐことができる。その後も心臓を捧げた祈りで三つの臓器が一気に再生すると言う強化点もあるものの、エイミーとクロアのアタッカーペアならそれも問題にはならないだろう。


(魔流の拳縛り、避けタンクとして運用するなら必須だな。何の縛りも設けなければ魔流の拳ぶっ放すだけで160階層まで楽にいけそうだけど、落ちるのを先延ばしにしてる感が否めない。所詮は五分の一の個人技だしな。アタッカーならこのまま運用も出来なくはないんだけど……)


 少し探りを入れてみたもののハンナがアタッカーに転向する様子はないし、避けタンクに対しては頑固のようなので難しいだろう。とはいえ魔流の拳という強みを交えた優秀な避けタンクになることも夢ではないので、引き続き運用方法を改善していけば問題ない。

 進化ジョブによって努はヒーラーとアタッカーをステータス的にこなせるようになったものの、タンクに限っては身体的にも精神的にも厳しい。それこそハンナがヒーラーをやるようなもので、人には向き不向きがある。いざという時には真似事をする必要もあるがその機会は99%ないので、自分であれこれやるよりも本職に任せておくのがむしろ効率は良いことが多い。


(進化ジョブ、まだこの環境だと早すぎるシステムだと思うけどなぁ。というか変に他の役割強制的にやらせるなら転職システム導入した方が早いだろ。僕、祈祷師もやってみたいんだけど。この世界でも理論値出せるか試してみたいんだけど!)


 それこそ進化ジョブの否定にすらなるが、たとえステータスに恵まれたとしても白魔導士がアタッカーをすることに疑問も残る。努としてはそれよりも同じヒーラーである祈祷師や、バッファーの付与術士、吟遊詩人などに興味があった。

 白魔導士の中ではDPSを出すことも意識していたのでアタッカーもある程度はこなせるし、いざという時に避けタンク出来るようにもしてはいるが、自分の本分が味方を支援回復する後衛であることに変わりはない。

『ライブダンジョン!』ではたまにジョブチェンジしてアタッカータンクとしてレベルカンストくらいまで遊ぶのも楽しかったが、片手間で本職のランカーに勝てるほどアタッカーとタンクが簡単なわけがない。それはこの世界でも同様だろう。


(まぁ、そうは言っても環境が変わるわけはないし、やれることはやるけども)


 しかしそう愚痴っていてもいきなり転職システムが実装されるわけもないので、努は何だかんだ進化ジョブによる白魔導士アタッカーに楽しみを見出してはいた。自分がアタッカーとしてハンナが取っているヘイトを気にするような状況は新鮮だし、その塩梅を気にしながらどのように最高火力を出すか考えるのはこれはこれで楽しい。


「……ヒー、ル。……エアブレイズ! ホーリーレイ! セイクリッドノア!」


 そして最後のヒールで精神力がほぼゼロにまで追い込まれると同時、進化の要件を満たして急激に精神力が戻っていく。かっちりと時計の針が重なったかのような喜びを覚える。目新しいスキルを実験がてら連打し、どのようにスキルを回せば最高率を叩き出せるか探る未知の探索。


「ハンナ~、早くコンバットクライしないと次の攻撃で僕がヘイト取るぞ~」
「気が散るからっ、話しかけないでほしいっす! コンバットクライ! コンバットクライ!」
「……あれはあれでどうなのです?」
「んー、ヘイト取らなければよし!」


 ハンナから爛れ古龍のヘイトを奪わないギリギリを維持しては彼女に発破をかけている努を見て、そう尋ねるユニスに水を飲みに来たエイミーはアタッカーとしてそう意見するに留めた。

コメントを書く