第471話 バカンスと化したスタンピード

 

(間引きってことは、あっちも何か仕掛けてくる頃かな)


 リーレイアと共に新たな精霊契約を試してから数日後には、ギルドにて外のダンジョンでの間引きに関するお知らせが張り出され始めた。暴食龍によって起きた惨状からもう五年ほど経つが、その悲劇が繰り返されないように行われた施策は今も続いている。

 基本的に最前線組――おおよそ一番台から二十番台に映るような探索者たちを中心に、数週間ほど外のダンジョンに出向いて迷宮制覇隊と共にモンスターを間引いていく。そうすることによってスタンピードの規模を人の手によって縮小させ、予測可能にしていくことで暴食龍のように強力なモンスターが生み出されないようにする施策。

 ただこの施策は一見すると最前線の探索者にはそこまでのメリットがないので、暴食龍による被害が過去の物になれば協力してくれなくなるだろうと予測されていた。正当な報酬を払おうにも探索者たちに神のダンジョンへ潜って得られるほどの額を与えるのは現実的ではないし、日々の探索より難易度が低いとはいえ事故が重なれば死ぬ可能性すらある。

 しかしその施策が続けられて数年が経つ頃には、その間引きに対しての視点も変わり始めていた。

 基本的に最前線の探索者たちは他のクランやPTと到達階層を競っている。そのため自分が休んでいる間にも他の最前線組が攻略を進めているのではと考えてしまう探索者が多く、ろくに休むことなく神のダンジョンに潜る者がほとんどだった。それこそ金に物を言わせてモンスターの間引きを外注する探索者も出る始末であり、外のダンジョンに行く方が損をするような状態にあった。

 初めこそあまり経済的に余裕のなかった迷宮制覇隊が潤ったので非難はされなかったものの、常態化してくる頃には観衆からも不満が出た。ただそれはスタンピードによる被害や迷宮制覇隊の負担を懸念するものではなく、単純に代わり映えしない上位神台に飽き飽きし始めたからだった。

 間引きの時期には多少なりとも神のダンジョンに潜る探索者たちは減るため、普段上位の神台では見られない新進気鋭な探索者たちが一般観衆の目に触れる絶好の機会である。だが間引きの時期ですらその枠を一切譲らない姿勢を見せる探索者たちには、迷宮マニアを中心に不満が募り始めた。これでは新人たちが日の目を見ることがないし、間引きの時期ぐらいは後輩に神台を譲れという風潮が強くなった。


(間引きがバカンスみたいなイベントごとになってるのは予想してなかったな。迷宮制覇隊とバーベンベルク家への献金でやり過ごすのはもう無理か)


 それに加えて最前線の探索者たちは周囲の到達階層を気にするあまりろくに休暇が取れず、回復スキルで体調を誤魔化しながら潜っていたことで精神状態を崩す者も現れ始めていた。身体の怪我や病は回復スキルで大抵は治るが、精神の病を治すことはできない。

 だが最前線組からすれば皆が一斉に探索を止める間引きの時期は、周囲を気にせずにリフレッシュができる良い機会にもなっていた。それを機に気が病んでしまう探索者が目に見えて減ったため、精神的なメリットを得るために間引きへ向かう者も多くなった。

 そんな背景もあってかスタンピード前の間引き時期には、最前線の探索者たちは一斉に迷宮都市を出て外のダンジョンへと向かうことが通例となっていた。


(アルドレット工房がオルファン使って嫌がらせしてくるとしたら、間違いなくここだろうな。僕が頼れそうな古参の知り合いたちは外へバカンスしにいくし、無限の輪の一軍も例外じゃない。無理に迷宮都市へ引き留めようとしても間引きっていう建前があるし、バカンス目的の最前線組からも白い目で見られる。……クロアレベルが二十人で嫌がらせしてくると思うと涙が出るね)


 到達している階層としてはオルファンの一軍二軍はそのレベルで、最近140階層を抜けているPTもちらほらといるという。そんな者たちが神のダンジョン内で妨害を仕掛けてくることはほぼ確定と見ていいだろう。最近ようやく口を聞いてくれるようになった情報通の迷宮マニアたちと、勝手にスパイ面しているミルルからの情報も一致している。

 迷宮都市内では対人のトラブルや犯罪を取り締まる警備団に、元々命を張っていた探索者たちで構成されているギルドも介入できる。だがその団体でも神のダンジョン内での犯罪に外から介入することは非常に難しい。基本的に同一の階層に入れるPTは三組が限度であり、その枠が埋まってしまえば同じ階層に潜ることはできても同一の場所に向かうことはできなくなる。

 そのためもし努たちと同じ階層にオルファンのPTが一つでも入ることができれば、外から介入されることなく犯罪行為を行うことも可能である。殺しさえしなければ神のダンジョンでペナルティを受けることもないので、少なくとも階層の終わりが訪れる24時間はいたぶって拘束することなどは容易い。

 実際にある程度レベルの高い探索者が初心者を狙って低階層に潜り犯罪行為をする事例は以前から報告されているため、その類の注意喚起はギルドを中心に為されて対策されている。

 それに探索者同士での小競り合いなどダンジョン内でのトラブルは鉄板であるし、犯罪レベルでなければ黙認されることが多いのでオルファンも神のダンジョン内でちょっかいを出してくることが予想される。


(……リアルで手を出してくるほど馬鹿ではないと思うけど、実際どうなんだろ。ある意味でボロは出さない信頼はできるんだけど)


 これがもし構成員のほとんどが孤児であるオルファン単体ならば、後先考えずにリアルでも手を出してきそうなイメージはある。だが結局のところ今のオルファンを裏で操っているのはアルドレット工房なので、致命的な失策を犯すことはないともいえる。それこそリアルで手を出すのは警備団とギルドの目もありリスクが高すぎることはあちらも承知の上なので、事を起こすにしても治外法権である神のダンジョン内になることは明らかだろう。


(モンスター釣ってきて押し付けとか黒門前待機とかならマシだけど、対人戦闘になるのは避けたいんだよなー……。反撃ミスったら神のダンジョン追放とかマジ勘弁。とはいえあっちから手を出してくるのに頬を差し出し続けるのもね。そんな悠長なことしてる暇あるなら刻印したいし)


 ネトゲの狩場いざこざなどは『ライブダンジョン!』でも同じようなものを経験しているので対処はできる。ただ現実でのPKは流石に知識で対処できるものではないし、そもそも反撃して万が一にでも死んでしまったら神のダンジョンに一生潜れなくなる。だがオルファンが半殺しにする気満々で攻撃してきた時は、こちらもリスクを取って反撃せざるを得ない。でなければやりたい放題にされるのがオチだ。


(とはいえ、オルファンも今や下剋上狙うような立場じゃない。前みたいにギルドで突っかかってくるような度胸があれば別だけど、あの時はステータスカードすら発行してなかった立場しかない時期だったしな)


 アルドレット工房から煌びやかな世界を体験させられて脳を溶かされているとはいえ、オルファンの一軍二軍は探索者として中堅の位置にいることに違いはない。そもそも守るべき立場すらなかったからこそ取れていたリスクの高い選択肢を、果たして今のオルファンは取れるだろうか。それでも一応警戒はしているが、自身の立場を鑑みてひよった行動をしてくる可能性も十分に考えられた。


(むしろオルファンのお荷物一人で抱えてるダリルの方がヤバそうなんだけど。予想外の爆発するとしたらあっちじゃない? ミルルも形式上とはいえオルファンに下ったわけだし)


 正直なところ努としてはダリルの方が予測はつかないし、若干の怖さも感じていた。レベル的にはオルファンの一軍より少し下程度だが、仮にもあのガルムに厳しく鍛えられた一番弟子であると共に元無限の輪の一員でもある。そんな彼が自暴自棄になってリア凸してくるとなると中々に怖いものがある。

 そうならないためにもダリルとコミュニケーションは図りたいのだが、今のところ帰ってきた報告をしてからは音沙汰もなく挨拶すらままならない状態である。それをこちらから解きほぐすのは不可能に近い。その間に第三者であるアルドレット工房が擦り寄ってあることないことを囁き、敵対するなんてこともあるだろう。


(……最近、手紙書いてばっかだな。地味に面倒くさいんだよな、手紙。メールですらダルかったのに)


 先日バーベンベルク家に便宜を図ったことを思い出してげんなりしながらも、念のためダリルを考慮した上で返信を書くことを努は決意した。

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