第472話 ふざけんなガルム

 

 スタンピードの間引きとオルファンとの懸念点について、努はクランハウスの夕食時に隣へ座っていたガルムに軽く話した。ハンナやエイミーたちがそれぞれ話し込んでいる中、努の前に座っていたリーレイアは澄ました顔で食事をしながらそれに聞き耳を立てている。


「……大丈夫なのか?」
「まさかレイズ使えない外のダンジョンの方が安全そうだと思う日が来るとは思わなかったよ」


 努は思わず苦笑いしながら、残ったコーンスープを小さめのパンで拭き取るようにしてから口に放り込む。

 神のダンジョンは今も最高到達階層が争われているが、外のダンジョンはあくまで自然の摂理に沿っている。それにミナという虫系統のモンスターのほとんどを指揮下における存在のおかげもあり、今では逆に特定のモンスターを保護するような活動まで起こる状態になっていた。


「そんなにご自身のことがご心配なら間引きに付いてくればいいのでは?」
「ただでさえ攻略遅れてるのに僕だけ一ヶ月足踏みはキツくない?」
「どうせ刻印で足踏みしているのですし、外でやるのも変わらないのでは?」
「刻印しながらでもいけそうなレベルの130階層までは今のうちに進めておきたいんだよ。131階層以降はまた特殊みたいだし。神台に映らないとか神のダンジョン本末転倒じゃない?」
「……確かに当時は荒れていたな」
「当事者としては新鮮で面白かったですけどね。現状では面倒なだけでしょうが」


 131階層からはPT人数の最大が一人になるためPTは組めないし、更に神の眼すら存在しない孤独の探索を強いられることとなる。神台に映るのは135階層のみであり、階層主のいる140階層すら映されないので表立った情報が圧倒的に少ない。


(そんなにキャリーが多かったのかな?)


 努から見れば131――俗にいう孤高階層は露骨な探索者の間引きである。五人PTの内一人くらいは足手纏いがいたところで、相手が強力な階層主でもなければそこまで探索に支障は出ない。孤高階層はそんな弱者を間引くにはうってつけの場所である。実際、アルドレットクロウを初めに他のクランも140階層の突破を入団の最低条件にしているところが多い。


「ツトムは心配性だにゃー。わたしとハンナちゃんでいくらでも守ってあげるよーん」
「へ? なんかよくわからないっすけど、任せるっすよー」
「ほら、この前言ってたじゃん。ハンナちゃんも喧嘩売ったんでしょ?」
「……あぁ、オルファンの件ですか」
「……オルファン? 新しいモンスターっすか?」
「いや、そうじゃなくて……」


 丁度努と反対側の席であるにもかかわらずその猫耳でうっすらと話を聞いていたエイミーを中心に、ハンナとコリナもその話題でひっそりと話している。アルドレット工房のオルファンを利用した策謀については既にPTメンバーには話していたので、同じように狐耳を立てて聞いていたユニスも騒ぎ立てはしていない。

 すると丁度エイミーとガルムの中間でワインを口にしていたゼノは、考えるように視線を宙に彷徨わせた後に努の方へと振り向く。


「一軍の中でも一人くらいならば迷宮都市に残しても問題はないと思うのだが、念のため誰か残していくかい?」
「……あぁ、確かに一人だけなら最高階層の更新もできないだろうしね。でも他のクランから何か言われたりしないかな?」
「一人なら問題ないと思うがね。それにツトム君なら顔も知られているし、三年ぶりに帰ってきた彼をサポートしたいとでも言えばわかってくれる者がほとんどではないかな? ……とはいえ、残す者は決まっているようなものだがね」


 現状の無限の輪一軍はコリナ、リーレイア、ゼノ、ガルムに、シルバービーストのアタッカーを入れたPTとなっている。そのためヒーラーとアタッカーを外すわけにはいかないので、自ずとタンクに絞られる。その中で努のために迷宮都市へ残ると言われて周囲が納得するのは、一番初めに彼とPTを組んだガルムに他ならないだろう。

 そう言ったゼノからちらりとウインクされた彼は嫌そうに目を細めたものの、椅子からはみ出ている尻尾は満更でもなさげに振られている。しかしその正面にいたリーレイアは不満げに肘をつく。


「別に私が残っても構わないと思うのですが。アタッカーはソニアが来るでしょうし」
「火力が減るのは心許ないだろう?」
「所詮は外のダンジョンなのですから、火力なんて必要ありません。むしろ火力を必要としているのはツトムの方では? あの垂れ耳アイドルよりかは役に立ちますが」
(……まぁ確かに、今の神のダンジョンと比べると所詮扱いなのかもしれないけど)


 外のダンジョンは神のダンジョンと違って昨日と今日の環境が突然変わるアプデじみたことは起きないので、急激にモンスターの強さがインフレ化していくことはない。レベル160越えの化け物探索者が五人集まっても倒せない階層主を相手にしている彼女からすれば、外のダンジョンはぬるゲーに他ならないのだろう。


「130階層までなら私でもアタッカーは事足りるだろう。それにそもそも、今回は階層攻略ではなく対人戦闘を考慮しての話だ」
「私、騎士の家系ですけど?」
「確かに護衛の経験はリーレイアもあるだろうが、私だってギルドで黒の門番をしていた。探索者相手の戦闘経験では負けていないと思うが」
「……間引き、行かなくてもいいのですか? あの村の人たち、ガルムに会うのを楽しみにしていると思いますが」
「それはリーレイアとて同じだろう。何をムキになっているのだ」
「……その言葉、そっくりそのままお返しします」
「おぉー」


 随分と言い合いをするようになった二人が意外だったのか、端にいたエイミーが感心したように上げた声が沈黙に挟まる。それで会話が途切れた二人からまるで示し合わしたかのように目を向けられた努は、困ったように首を傾げた。


「なんかどっち選んでも角立ちそうだし、いっそのことじゃんけんで決めたら? 実力的にはどっちでもいいだろうし」
「……三回勝負で」
「いいだろう」


 ――▽▽――


 それから一週間後。


「……行きたくないです」
「いい加減諦めろ」
「アスモの検証もしたいですし、せっかくレヴァンテとも契約できたのに、流石に外では試せません。ふざけんなガルム、許しませんよ」
「知らん」


 二回ストレート負けから三回勝負の定義をこねくり回して三本先取へと持ち込んだリーレイアは、案の定負けた。とても騎士の家系とは思えない彼女の醜い足掻きをガルムは一刀両断しながら、例年通り一緒に間引きへと向かうシルバービーストの面々とも今回の説明を兼ねて話している。


「リーレイアも年相応なところはあるんですね」


 そんな彼女のごねている姿は珍しかったのか、今回無限の輪の一軍と同じく間引きに参加するシルバービーストのヒーラーであるロレーナは目を丸くして呟く。その呟き自体は聞こえたが立ち位置的に微妙な距離があった努は、取り敢えず聞こえなかったフリをしてやり過ごす。


「リーレイアも年相応なところはあるんですね」
「…………」
「リ、ィ、レ、イ、ア、も、と、し」
「何だよ」


 最後にはもはや輩みたいな絡み方をしてきたロレーナに、努は鬱陶しそうな顔で答える。


「無視決め込もうとしたからですよ」
「いや、これだけ人がいるんだし僕に話しかけてるのかは微妙なところでしょ」
「あぁ、こうも健気な弟子が神のダンジョン攻略も惜しんで間引きに出るというに、それが果たして師匠が口にする台詞でしょうか」
「今じゃもはやバカンス気分でしょ。雑魚狩りしてるだけなのに人から感謝もされるなんていいご身分だね」
「すっごい失礼!? 迷宮制覇隊に言ったら殺されるんじゃないですか?」
「ロレーナに向けて言ってるだけだし」
「……まぁまぁ、今や落ちぶれた師に何を言われたところで効きませんけど? あれ? おレベルの方はおいくつでしたっけ?」
「ぷっ、効いてる、効いて――おい暴力に訴えようとするなよ。ララさん、リリさん。こいつ止めて下さい」
「ふーっ……!! その顔マジでムカつく……!! わからせてやるっ……!!」


 効いてませんアピールに対してほくそ笑んでみたところ拳が飛んできそうだったので、努は近くにいた赤青鳥人の二人に助けを求めて避難した。そんな二人にやめなよーと諭されてロレーナの風船みたいにおっ立っていた兎耳は萎んでいく。


「でもさ? そろそろ一回くらい痛い目に遭ってもよくない? なんか毎回こんな感じじゃん。そろそろ拳で語り合うのはどうよ」
「代理、エイミーならいいけど」
「それならこっちだって代理ミシルだよ?」
「それでいいんじゃない?」
「いや、よくないよ。意味ないじゃん。そう、私はさ、ツトムの苦手分野でツトムをボコボコにしたいの!」
「それじゃあ僕もロレーナの苦手分野でロレーナをボコボコにするよ」
「やかましい、わっ!」


 その言葉と同時に鼻息を荒くして飛び掛かろうとしたところをララとリリに難なく確保され、ロレーナはぎゃーぎゃー騒いでいる。


「ツトムさんが帰ってきてから随分と元気になりましたね」
「まさに水を得た魚といったところかな?」
「……もうそろそろ出発ですかね」


 そんな彼女との会話が終わるのを見計らって話しかけたコリナは、途中で口を挟んできたゼノを懐中時計片手にスルーしている。


「それじゃ、間引きの方よろしく頼むよ」
「はい。……とはいえこちらは半ば息抜きみたいなものですが」
「どうぞ楽しんできて下さい。その間に追い抜いとくので」
「……ツトムさんが言うと冗談に聞こえないんですよぉ。だからアルドレット工房からも目を付けられるんですよ?」
「はっはっは! 実際、納品された刻印装備も末恐ろしいからね! 一週間でこうなるのなら、一ヶ月後がどうなっているのか想像もつかないよ! ……私もじゃんけん、参加しておいた方が良かったのかもしれない」
「残念」


 この一週間で装備階層の攻略も着々と進め、努が夜なべして生産している刻印装備もゼノ工房に続々と納品している。まだ最前線レベルとはいえないものの痒い所に手が届くような刻印装備は中堅どころの探索者から地味に需要があり、既にぽつぽつと売れ始めている。


「はーい、それじゃあフライ失礼しますよー」
「結構です」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずー。別れの挨拶みたいなもんですよぉー」


 その後ロレーナやその他白魔導士たちが集まっていた間引き組の探索者たちにフライを付与していき、続々と浮かび上がっては楽に飛んでいけるように三角形の編隊を築いていく。


「精霊、もし他の精霊術士と契約なんてしていたら本気で怒りますから」
「へーい」
「マジですからね」


 そして恨めし気にガルムを見つめたリーレイアが最後に加わってから、V字型に編成された探索者たちは渡り鳥のように飛び立っていった。そうしてその日のうちに最前線の探索者たちは迷宮都市を旅立っていった。

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