第485話 チート写真

 

(最悪だ)


 翌日の朝。ユニスは朝刊を見るや否や驚きに目を見開いて見比べるようにちらちらとこちらを見てきて、ハンナはによによとした顔で生暖かい視線を向けてくる。そんな者たちに比べるとそこまで反応していないガルムとエイミーの方に寄りつつ、努はソリット社の新聞を選んで読む。

 アルドレット工房の息がかかっている新聞社では案の定モイとの戦闘場面が撮られているようだが、他の新聞社では引退していた探索者たちが大量に出戻ったことが一面で話題になっていた。

 それに努が配布した刻印装備で早速深淵階層へと潜り、驚くほどすんなりと階層更新していく探索者たちにも注目が集まっている。ただそれは客観的に見れば当然の結果だ。

 昔ならばまだしも三種の役割が常識にすらなっている今では、PTの実力が『ライブダンジョン!』に比べてもそれほど劣っているわけではない。適正な装備で挑んで停滞する方がむしろ難しいだろう。


「中堅たちの活躍ぶりが凄まじいな。てっきりツトムたちだけが突き抜けるのだと思っていたが……あの勢いを見ると末恐ろしくなる。夜通し潜ってる者たちまでいたぞ」
「今の階層更新を明確に妨げていたのは刻印装備だったしね。ほら、前の三種の役割と流れ自体は一緒だよ」
「……ふむ」


 ガルムは努が話したことを咀嚼するように尻尾を回しながら、手にしていた新聞に視線を落とす。

 無限の輪の一軍の中で唯一迷宮都市に残っていた彼から見ると、燻っていた中堅たちは努から強力な火種を手渡されたようにも思えた。今ですら勢いのあるその火はあと数日もしない内に燃え盛り、帰ってきた最前線組の立場を脅かすだろう。それどころか逆転しているかもしれない。


「火竜突破みたいに派手な一例こそなかったけど、刻印装備を配布された引退者たちはブランクがあるにもかかわらず深淵階層を攻略出来てるからね。その結果が広がれば様子見してた人たちも刻印装備に興味を示して需要も上がるだろうから、職人たちも供給せざるを得なくなる。レベル上げは大変そうだけど」
「……しかし、職人たちは良くも悪くも頑固だぞ? それこそ自身の利益を顧みないくらいには」
「それなら探索者だって同じようなもんでしょ? しょぼい装備身に着けて毎回ポーションが必須な長期戦ばっかりして、一体何の得があったわけ? そりゃあ、上位の神台に映れるような探索者は前と変わらず稼げてるけど、最前線から下は前に比べて明らかに食えてない人が増えてるでしょ」


 神のダンジョンの探索者は迷宮都市で最も大きな利益を獲得しているものの、その歴史自体は浅く十年かそこらである。なので外のダンジョンを攻略してきた歴史の深い探索者には大抵が一定の尊敬を持つし、親から子に脈々と受け継がれてきた技術を継承してきた様々な職人たちに対しても同様だ。

 だからこそ自分たちよりレベルの低い迷宮制覇隊に協力する者も一定の割合はいるし、生産職のサブジョブというシステムが導入された後でも職人たちの仕事に口出しすることはなかった。餅は餅屋に任せるという考えが自然とできていたからだ。

 そんな無意識の内にある尊敬もあってか、探索者たちは階層更新が出来ないことを自分の実力不足だと思い込んでいた。実際一部の強い者たちは天空階層に辿り着いてもいたし、サブジョブの可能性を探るのも職人たちの腕を疑っているようで気が引ける。

 そんな無意識化の考えを後押しするようにアルドレット工房は探索者としての矜持を持てだとか、職人の技術を保護するだとか建前を立てて刻印装備の発展を遅らせてきた。それに異を唱える若い生産職も中にはいたが、ロイドが主導してそれらを潰したことで最高階層の更新は鈍化し続けた。

 そんな環境下でも孤高階層なら越えられる者もいたが、それより先の深淵階層は探索難易度が桁違いに上がる。そもそも孤高階層を越えられるか否かで今まで組んでいたPTが分断されることもあるし、そんな状況で対策装備無しでは階層主かと思えるほど理不尽な強さを持つ雑魚敵が蔓延る深淵階層を攻略はできない。


「それに、一度でもあの強さと快適さを覚えちゃった人たちはもう後戻りできないよ。仮に職人たちが意気地になって作らなかったとしても、僕がゼノ工房で作り続けて供給し続ける。それならそれで問題ないよ」


 だが一度でも適正な刻印装備で深淵階層を無双する味を覚えてしまった探索者は、いくら尊敬していようとも生産職たちにそれと同等の物或いはそれ以上すら求めてしまうようになるだろう。特に151階層から始まる天空階層に必要な刻印装備は今でも出回っていないため、快適な装備で深淵階層を突破した者たちは真っ先にそれを求める。

 そうなれば生産職側もその需要を無視することはできない。結局のところ彼らの客層の中でも大きな利益をもたらすのは金払いの良い神のダンジョンの探索者たちだ。努から言わせればゴミみたいな装備を買ってくれなくなった者たちに合わせなければ、商売自体が成り立たない。


「最前線組が帰ってくるまでの二週間で、本当に変わるかもしれんな。ツトムたちだけでなく、探索者全体が」
「……良くも悪くもね」


 努から見れば神のダンジョンの環境変化は遅すぎるし、刻印装備に関しては一部のプレイヤーだけが利益を得るために独占していただけに過ぎないため、これを正すこと自体は構わない。

 ただこの影響で神のダンジョンの環境がより激しくなってしまうことは努の本意でもないし、それは神運営も同様な気はしている。

『ライブダンジョン!』ではこういった環境変化が最低一ヶ月に一度はあるアップデートによって頻繁に起こっていた。プレイヤーたちからぶっ壊れといわれる装備やスキル、ジョブの仕様や不具合は適宜修正されていき、一部の人たちが天国から地獄に突き落とされるようなこともザラにある。

『ライブダンジョン!』ではちょっとしたアイテムがある隠し場所や、少しだけ階層主に有利なポジションを取れるだけだったフライというスキル。しかし神のダンジョンにおいてはぶっ壊れスキルの内の一つに入ることは疑いようがない。

 元々そこまで重要なスキルではなかったため、自身や仲間に付与するための精神力は僅かであるにもかかわらず効果時間は一日中。『ライブダンジョン!』と違って本当に空を自由自在に飛べるので応用性がとても高く、モンスターに有利を取れるどころか一方的に攻撃できる位置取りすら取れる時もある。

『ライブダンジョン!』なら一週間もしない内に効果時間の減少から自由度の削減までされて、一転して産廃スキルにでも成り下がるだろう。だが神のダンジョンでは多少のフライ対策こそあれスキル自体の調整はなく、今でも前と変わらず使えている。

 こちらの神運営はジョブやスキルなどのバランス調整をほとんど行っていない。なので努のプレイしてきたネトゲと比較すると環境の変化がとても緩やかだ。それこそ最前線組が一ヶ月バカンスを取り、それ以上に引退期間の長い探索者たちが復帰してもまだ戻れるくらいには。


(環境変わるのが早ければ良いってわけじゃないしな。どうせアプデで弱体化されるようなキャラとかは敢えて触らないとか良くあることだったし、せっかく練習したやつ修正されて使えなくなるのも時間の無駄感が凄かった)


 それこそプロゲーマー時代に何度も運営のアプデに振り回されてきた努からすれば、環境が遅いことをただ単に手抜きだと糾弾することは憚られた。どんどん強いスキルや装備を出し続けてインフレしすぎて終了、なんてネトゲ、ソシャゲはいくらでもある。


「しーしょう♪ そんなことよりもあたしはこれが気になるっすけど! これが!」
「…………」


 ガルムと今後の探索者について語り合っていたところで、業を煮やした様子のハンナは見たくもない記事をこれでもかと開いてずいと寄ってくる。それに白けた目を返したところで彼女は一切引かず鼻息を荒げる。


「んふー。そんなに照れなくてもいいじゃないっすか! 師匠の根が優しい証拠っすよ!」
「素人相手でも容赦なくボコボコにできる武人よりはマシかもね」
「んー。意外と動き自体は悪くはなかったっすけどね。ダリルが多少鍛えてたっすかね?」


 ルイス、ラミに下っ端の孤児含めた三人相手でも余裕を見せながら撃退していたハンナは、その後体育会系も真っ青になるような可愛がりをしていたらしい。努から見るとそれはチンパンジーがリスの手足でも千切って遊んでいるような不気味さがあった。


「孤児相手に容赦するほど殊勝な心を持っていたとは思わなかったのです。ちょっと見直したのですよ」
「そんな暇があるならさっさと刻印士のレベル上げろよ。これから爆発的に依頼増えるぞ」
「ふん。素直じゃないのです。……この写真だとこんなに素直なのに?」
「…………」
「んぅ? どうしたのです?」


 チート武器でも手に入れたかのようにその記事を振りかざしてくる二人に対して、努は無視を貫くほかなかった。


「まぁ、さ。ツトムの評価としてはプラスになってると思うよ? ほら、人間味があるっていうか」
「毒にも薬にもならなそうなフォローありがとう」
「うぅー……ごめんって。ツトムがここまで嫌がることだとは思ってなかった。殺し合い上等な帝都のダンジョンのせいで感覚がすっかり麻痺してたよ」
「……そういえばあっちは人殺してもセーフだったか。まぁ、仕方ないんじゃない。内心ドン引きもいいところだったけど」
「ごめんってーーー」


 手足斬ってダルマにするのは探索者の無力化手段としてオススメー、なんて家畜の解体業者みたいな提案を事前にしていたエイミーは、記事を見てからは流石に罪悪感があったのか謝罪一辺倒だった。


「……まぁ、私としても悪くはないと思うぞ。ツトムは弱みを見せなさすぎるからな」
「弱みなんて前からいくらでも見せてたと思うけど。朝練に模擬戦とかじゃ特に」
「物理的なことではなく、精神的な面でだ。あの二人もそれが嬉しいからああ言ってるだけだろう。大目に見てやれ」
「一軍帰ってきてからもこのノリが続くと思うと頭が痛くなる。全回収させて処分させてぇ」
「諦めろ」
「僕は諦めないぞ」


 物語の主人公のように真っ直ぐな目でそう宣言した努に、ガルムは付き合いきれなそうな顔で無言を返すだけだった。

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