第492話 世界一bot猫

 

 ゼノ工房で受注生産していた刻印装備を規定数納品した努は、その後も職人たちとあーだこーだデザインについて話し合っていたユニスを置いてギルドに足を運んでいた。


(徹夜明け、大体身体に悪いもの食べがち)


 クランハウスに帰ればちゃんとした朝食も摂れるが、今日はジャンクフードを食べたい気分だった。なので24時間営業のギルド食堂で肉厚チーズバーガーとポテトにオニオンリングまで付けてしまった努は、若干の罪悪感に苛まれていた。

 後から頼んだ者たちの料理が先に届いていく中、ようやく番号を呼ばれる。そんな努の前にはバンズから大きくはみ出た手作りのバテに溶けたチーズが垂れているハンバーガー、輪投げのように入れられているオニオンリングとそれを囲んでいるポテトたち。


(絶対ハンバーガーいらなかっただろこれ)


 しかし頼み過ぎたと思っても案外食べきれてしまうのがジャンクフードの恐ろしいところだ。ずっしりと重いトレーを持って席に座った努は早速はみ出たパテを何口か食べて整えつつも、150階層の景色が映っている一番台を眺める。

 正に巨大なありの巣そのものである150階層の内部構造は非常に複雑であるため、そもそも最深部付近まで辿り着けるPT自体少ない。最前線組たちの汗と涙の結晶であるマッピングのおかげでいくつかのパターンは判明しているものの、ランダムで生成される部分もあるため正確には測れていないからだ。


(モンスターが三種の役割使ってくるのも単純に強いけど、中でも厄介なのは呪茸だろうな。メディックで治せないのは中々ぶっ壊れてる。刻印装備の呪い効果半減で多少は持つようになってるけど、見てる限りじゃそれでも厳しそうだし)


 呪蟻カースアントたちが巣の中で栽培している呪茸を媒体に放ってくる呪いは、基本的にそれをかけた呪蟻本体を倒さなければ解呪できない。一度死んでから蘇生して治す強行策もあるが、長期戦が強いられる150階層ではそう何度も死んではいられない。

 それに巣を探索中に運悪く呪茸の栽培部屋に入ってしまえば生き残ることは不可能に近い。そのため栽培部屋が近い兆候を察知できる斥候役のような者がPTにいないと地雷原を歩くハメになる。


(こっちでも多少は頭に入れるけど、今は手一杯だからな。エイミーに任せるしかない)


 努とユニスは刻印士としての活動もあり、クロアは悪くないが初めて一桁台にまで映った高揚感もあってか冷静ではない。ハンナは論外なので消去法で斥候役はエイミーになるが、適任だとは思うので問題はなさそうだ。

 それに今は努が供給している刻印装備で怒涛の階層更新を果たし、スタンピード組が帰ってくるまでに何が何でも天空階層まで辿り着いて見返してやろうと血眼になっているPTが多い。

 それこそガルムが複雑そうな顔をするほど勢いがある中堅たちが四六時中潜っていることもあり、今は150階層の新鮮な情報が取りやすい環境だ。その先行組が開拓してくれるおかげで努たちは巣の中で迷って立ち往生してしまうこともなくなるだろう。


「あれ? おはようございます。今日は随分とお早いですね?」
「おはよう。ポテトいる? 頼み過ぎちゃったんだよね」
「あっ、それならいただきまーす!」


 血眼になっている者は努たちPTの中にもいる。デザイン技術は卓越していたゼノ工房で実用的な刻印装備を作成し名が売れ始めている刻印士のユニスと、今の下剋上環境に脳が興奮しきりで早朝から一人ギルドに来るような中堅探索者のクロアだ。


「そろそろ150階層突破するPTが出てきてもおかしくないですよね? シルバービーストとか惜しかったですし」
「確か昨日女王蟻の部屋まで辿り着いてたんだっけ? それまでに消耗しすぎて負けたみたいだけど」
「そうなんですよー。他にも何組かは最奥部まで辿り着いたみたいだし、もしかしたらもしかしますよ!」


 それこそクロアが臨時で組んだことのあるPTも今では150階層に潜っているので、自分もいけるのではないかという期待感満々の顔。生活習慣こそ以前より悪化しているにもかかわらず前よりも生き生きしている様子は他の中堅探索者たちも変わらない。

 実際のところ、彼女のレベルや実力は上位勢にそこまで劣っているわけではない。上位の神台に映れるような探索者たちに憧れはするものの、自分では到底手の届かない存在。クロアを筆頭にそう思い込んでいる中堅は多かったが、努の供給した刻印装備によってそれは一変した。

 もしかしたら自分にも上位陣に食い込めるぐらいの実力があるのではないかという予感。そしてそれが成果として現れて探索者としての自信がついてくれば、更に追いつこうという気概も湧いてくる。そうなってしまえばもう上位陣との差はあってないようなものだ。

 そんな状態のクロアは貪るように深淵階層の神台を視聴し、それで得られた知見をダンジョン内で試してメキメキと実力を上げてきている。ユニスと同様に才能が開花する前兆のようなものを努は彼女から感じていた。


(今はアタッカーとして存分に暴れてもらって気分を乗せた方が上手くいきそうか。最近前に出始めてもいるし)


 そんな彼女には多少負荷をかけるくらいが丁度よいので、斥候役を任せてもそつなくこなしてくれるだろう。ただPTの中では探索者として新参であるが故のハングリー精神を持つクロアを、斥候役で燻らせるのは勿体ない。

 150階層は数百の巨大蟻を相手取る場面が多いため、それを退けるほどの火力は必須だ。進化ジョブで誤魔化せるとはいえPTの構成的に火力不足が否めない状態では、アタッカーのクロアはこれまで以上に活かした方がいい。


「ちょっとつまんだら余計にお腹空いてきちゃいました。私もハンバーガー頼んじゃおーっと」


 恐らく自分と同じように脳が働いていないからこそジャンクなものに手を出しているクロアに、努はいつの間にかなくなっていたハンバーガーの包み紙を見て末恐ろしさを感じた。


 ――▽▽――


「んー。わたしが斥候? ユニスじゃ……うーん」


 努の行動を探索者の風上にも置けないと痛烈に非難していたユニスだったが、今では探索の空き時間にちゃっかり内職でもするように刻印をするようになった。そんな彼女を一瞥したエイミーはじっとりとした目で努を見上げる。


「ねぇ。最近休憩中も刻印ばっかで弄り甲斐なくなっちゃったんだけど?」
「いずれ冷めるでしょ」
「どうだかね~。ポーション調合学んでた時もしばらくはあんな感じだったし~」


 初めこそエイミーはいつものように不意打ちでユニスの尻尾に抱きついたりしていたが、彼女は刻印に熱が入っているためかリアクションが大分薄くなっていた。それに時折本気で邪魔をするなという雰囲気も感じたのか、最近は刻印中にダル絡みすることはなくなった。


「……まぁ、そうなるとわたししかいないか。クロアちゃんも最近調子良いしね」


 元々帝都のダンジョンでは斥候からその他雑用までこなしていたユニスが適任だと思ったが、今の彼女は生憎刻印で忙しい。それからは大体努と同じ結論に至ったのか、うねうねと動かしていた白い尻尾を立ててその提案を了承した。


「ということは、150階層でクロアちゃんを育てる感じ?」
「育てるというか……そもそも臨時PTの契約だしね。そこまで面倒を見てるつもりもないけど」
「……臨時と言わず、無限の輪で面倒を見てくれてもいいんですけどね? ね?」


 一面を尖らせて殺傷性を増している槌を手入れしながら地味にその会話を聞いていたクロアは、わざとらしくチラチラと努を見ながら割り入ってきた。


「生憎アタッカーは間に合ってるんで」
「えー。いいじゃないですかー、一人くらいー」
「そーだそーだー」
「エイミーの穴埋め数年してたシルバービーストのアタッカーですら、ガルムが加入断ってるんだぞ。そんな状況でぽっと出のクロア入れたら僕の立場がないよ」
「あー、ソニアだっけ? 名前だけならちょこちょこ聞いたことあるけど。強いの?」
「詳しくは僕もわからないけど、最前線には食い込めるくらいの実力はあるんじゃないかな。……なんか、コリナの衝撃が強すぎてね。実際コリナのおかげでPT全体の火力には困らなかっただろうし」
「……まぁね。確か祈祷師にもアタッカーと同じで特定の武器と相性が良いってこともあるらしいけど、前からコリナを知ってるわたしたちからするとギャップが凄いよね」


 ゴリナゴリナと言いすぎるのもどうかとは思うが、それにしたってあの彼女がモーニングスター片手にアタッカーと遜色ない活躍ぶりをしているところを神台で見た時の衝撃は凄かった。スタンピードから帰ってきた時には是非同じPTでその暴力を見てみたいものである。


「ならタンク枠ではどうです? 槌士は進化ジョブでタンクもできますし!」
「……いやー。可能性がないとは言わないけど、よっぽど器用な人じゃない限りタンクとアタッカー両立するのは無理じゃない? 神台で見てもそれが出来てる人、一人もいないし」
「え? でも確か最前線組でも何人かいますよね? そういう人たち」


 そうクロアに尋ねられた努は神の眼を刻印しているユニスとハンナの方に追いやった。


「最前線組だろうが大抵の人たちは進化ジョブ使った二種の役割両立できてないよ。大体どっちも中途半端で誤魔化してるだけ。それなら一つに特化した方が強いって意見も迷宮マニアから言われてるでしょ? 僕はそれに賛成側だね」
「……ちなみに一人例を挙げるとすれば誰ですかね?」
「アルマのデバッファーはゴミだよ。アタッカーの方が百倍マシ」
「あー……」


 黒魔導士の進化ジョブは相手の能力を下げて戦うデバッファーの役割だが、彼女は攻めっ気を抑えられず攻撃スキルに偏重することがある。どちらの役割もこなそうとした結果どちらも中途半端になることはアルマだけに限らない。


「本職仕上げ切ってから手をつけないと大体中途半端になるからね。まぁ、進化ジョブの立ち回りは目新しいからそれに夢中になるのもわかるけど」
「ツトムのヒーラーは世界一!」
「ステファニーとロレーナの方が強いよ。正に王道と邪道って感じ。それに僕も大分邪道側に走ったから人のことは言えないけど」
「でも今、刻印装備凄いことになってるじゃないですか?」
「ツトムの刻印士は世界一!」
「もう世界一でいいよ」


 世界一botとなったエイミー迫真の叫びに対して努は納得の言葉を言うしかなかった。それに彼女は満足そうな笑顔でうんうんと頷いた。

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