第579話 この島を消す
アーミラPTがアルドレットクロウ一軍との模擬戦に敗れ、165階層突破の機会を逃した翌日。
「いや、どういう突破方法なんですかこれ?」
模擬戦後の宝物の分配や飛行船修理、大赤字な経費報告などで忙しなかったアーミラたちは、リーレイアPTがしれっと165階層を突破していたことを朝刊で知った。だがその記事に書かれていた文だけではいまいち要領を得られなかったので。コリナは朝食中のリーレイアに思わず尋ねた。
「作戦としてはそれに書かれている通り、浮島の破壊。そして巨大ミミックの足場を無くすことによる落下死狙いです」
そう言って彼女はパンケーキを三分の二の境目に沿ってフォークでぷすぷすと刺した後、溶けかけのバターをどちゃっと移して切り離した。
具体的には飛行船による砲撃を連ねて浮島に大きな切れ込みを入れ、巨大ミミックが降ってくる衝撃を利用し落としていく。それを繰り返して最後には全ての浮島を落とし、巨大ミミックの足場を無くして討伐するのが第一の目標だ。
「それから巨大ミミックと相打ちにならないよう足掻いた結果が、後半の写真ですね。飛行船も落ちたら黒門が出現しないことは確認済みだったので」
「……犬人二人の映る機会が多いですね」
コリナの見る記事にはさながら本職の船員のように帆を制御し風を捉えているガルムと、青い粘体に保護された飛行船を一人で持ち上げ血反吐を吐きそうな顔のダリルが映っていた。
ここ1週間ほどリーレイアPTが行っていた試行錯誤は、浮島の落とし方とその後どのようにして飛行船を無事に済ませて修理の時間を稼ぐかだった。浮島の切れ込みが浅ければ巨大ミミックの初動による衝撃で上手く落ちず、それが成功しても故障している飛行船を落とさず維持する手段が中々確立しなかった。
「ダリルがスーパーアーマーで飛行船を一先ず維持、私はシルフで下から強風を吹かせて補助し、ガルムが帆を張り風を捉えてダリルの負担を軽減。それで飛行船を落とすことはなくなりました」
重騎士の装備重量とVITに応じて付与されるスーパーアーマーは、どんなモンスターの攻撃を受けても怯まなくなる。その性質を利用しダリルは落ちる飛行船の勢いを削ぎ、気球のように滞空できる時間を稼ぐ。
ただこれはダンジョン産の重量級装備を掛け合わせて作られた特注の重装備に、努のスーパーアーマー時ダメージ半減の刻印があってこそだ。一般的な重騎士が真似したところで白魔導士と灰魔導士の回復があろうが、プレス機械にでも潰されたように中身が漏れ出るだけだろう。
「ツトムはウンディーネを飛行船の緩衝材にしつつダリルの回復。ソニアもそれをしつつガルムと帆を張る手伝い。それで飛行船を空中で維持できれば、あとは巨大ミミックの自滅を待つのみです」
「悪足搔きの火球が帆に燃え移った時は冷や冷やしたけどね」
「その他にも色々見所はあったと思うのですが、どこの記事もガルムとダリルばっかりなんですよね。迷宮マニアも浅くなったものです」
基本的に浮島を破壊した後、巨大ミミックは無為な跳躍を繰り返すばかりになる。だが稀に口を開けて魔法スキルを放ってくることがあり、それで帆を破壊されそうになった時はリーレイアがウンディーネを用いて消化し、ソニアがその帆を補修した。
ただそういった細かいところは取り沙汰されず、縁の下の力持ちに見える犬人二人ばかりが映っている記事にリーレイアはご不満の様子だった。そんな彼女にコリナはパンケーキにバターをぬりぬりしながら困ったように笑う。
「いやまぁ……同じクランの私たちでもパッと見て理解できる作戦じゃないですからねぇ」
「にゃー、ミミックを倒せないなら浮島ごと落とす! とは普通ならないよね。それにパッと見ダリルが一人で飛行船持ち上げてるように見えるインパクトは凄いし、わたしが記者でもこれを一面にはするね」
「すげぇけど、俺らの編成じゃ真似はできねぇわな」
エイミーとアーミラの賛辞にダリルは恐縮したように肩を縮こませながら、サラダをそっと取り分けている。それを受け取った努は一人どこか浮かない顔をしながらそのサラダをつまんでいた。
「独自の戦法も悪くはないんだけど、やっぱり鉄板の戦法は毒殺だったね。答えを知った今じゃ随分とありきたりなって感じなんだけど、はぁ」
「ユニスが聞いたら尻尾ふりふりだろうね」
「うざ」
巨大ミミックがスキルを放つ時に口を開くのを狙い、大量の毒ポーションをとにかく投げ入れる。現にその戦法でアルドレットクロウの二軍はあっさりと巨大ミミックを毒殺し、大した被害もなく次の階層へと足を進めていた。
「僕たちの戦法だとお宝とか魔石もかなぐり捨ててるしね。今は毒ポーションが異様に高騰中で手に入りづらいからそれで利益の釣り合いができるか怪しいけど、まぁ毒殺が丸いよ」
「あー、でもツトムなら飛行船に刻印してもよかったんじゃない?」
「それこそ嫌だよ。僕はそこまで骸骨船長を信用してないし、そんな輩に力を預ける真似はしたくない」
「……フェンリル親子みたいな裏切りあるのかな?」
「どうだろうね。あそこまで会話が成立するモンスターは初めてだし、何とも言えない。それこそユニスの可愛さに免じて骸骨船長がそのまま強化砲撃ぶっ放して、170階層突破するかもしれない」
「師匠は背が小さいのが好みっすか。あー、今ちょーどあたし魔石欲しくてー?」
「あとは170階層主によるかな。シルバービーストが初出しになるだろうし、スポンサーにっこりしてそう」
苦しゅうない苦しゅうないと頷くハンナを努はガン無視しつつ、シルバービーストというクランのスポンサーをしていた企業のほくほく顔を思い浮かべた。
「無限の輪はスポンサー企業がなくて正解でしたね。仮にしていたとしてもまともな企業ならツトムが刻印した時点で引き上げていたでしょうが」
「そういう縛りがあるからダルいよねー。というかドーレン工房はよく引き上げなかったな。刻印モロに直撃してるけど」
「義理を重んじたドーレンとそれを紡いでいたガルムに感謝して下さい」
「ありがとー」
無限の輪は立ち上げ初期に火山階層を攻略する際の装備提供を目的にドーレン工房とスポンサー契約しているものの、それ以来他の企業とは結んでいない。
ただ探索者の個人契約としてエイミーとゼノの契約数が段違いであり、外面の良いリーレイア、食品関係に強いコリナなどもそこそこ人気がある。最近はアーミラも大手企業から申し込みが来ていて、内容と報酬を吟味している最中だ。
「ダリル……ハンナ……どうして」
「ダリルはこの記事で名を上げたでしょうし、多少は戻るのでは?」
「おっ! ならあたしもっすか? 巨大ミミック倒すの、頑張ったっす!」
「……魔石の鑑定企業でも匙を投げましたからね。ただの金食い虫に企業は興味を示しませんよ」
「いーやわからないっすよ! これからどしどし来るっす!」
そう言ってハンナは誇らしげに大きな胸を張ったが、それから数日経ってもギルドからスポンサー申し込みの通知が来ることはなかった。ダリルはどしどし来た。
まってた