第602話 そういうパターン
170階層の宝煌龍では宝物の消費量からして滅多に使えなかった骸骨船長の障壁。だがそれからもヘイトを取っているダリルは何度もそれに捕まり行動を制限され、砲撃の直撃を余儀なくされていた。
「かっちかちだぞ?」
しかしそれを幾度となく食らおうともダリルは全く倒れる気配がなく、努が念のためかけていたリジェネすら過剰なほどだった。
タワーシールド装備時のみ扱えるタワーウェルは、大盾の真っ正面から受けることが出来れば破格の防御性能を持つ。それに加えて重騎士特有の装備重量に応じたVITボーナスと灰色の重鎧に刻まれたタンク用刻印の数々によって、ダリルは人間要塞と化していた。
これまでの浮島階層でもその異様な硬さこそわかっていたが、階層主相手にこうも不動を貫けるまでとはほとんどの者は予想できなかっただろう。そんなダリルの難攻不落さに努は舌を巻きつつ、何度も展開されている障壁を鬱陶しげに眺める。
(障壁はもはや自由に使えると思っておいた方がいいな。あとタンク二人同時に死んだらヒーラー狙われて、障壁でレイズ阻まれて終わりかも。ピタゴラスイッチみたいな負け筋だな)
スキルの通らない障壁は恐らくレイズも通さない。そうなるともしヒーラーにヘイトが跳ねて障壁に閉じ込められた場合はスキルが一切飛ばせなくなるので、アタッカーの誰かに外から割ってもらわなければならない。
恐らく進化ジョブを使えば自力での脱出が可能だが、障壁に対してのダメージでは進化条件の値が稼げない。水晶体か骸骨船長、もしくは幽霊船に攻撃をしなければならないが、それを蘇生時間内の5分までに終わらせて解除できるか。
(あっちに張られてる障壁はかなり丈夫みたいだし、時間制限あるとキツそうだな)
ダリルが砲撃を一手に引き受けている間にソニアとリーレイアは幽霊船の障壁を割ろうとしていたが、様子見の攻撃ではビクともしていない。
「…………」
「普通に精霊スキル使いなよ。エアブレイズ。あとフェンリルよろしく」
ここはエレメンタルフォースの使いどころではないのか、とでも言いたげにちらちらと視線を投げかけてくるリーレイア。そんな彼女に努は拡声器ごしでNOを突き付け、進化ジョブを解放し自身も障壁への攻撃に参加した。
「はぁ。サラマンダーブレス。契約――フェンリル」
「クリムゾンバーン」
リーレイアは一つため息をついた後に精霊契約を努に施し、ソニアはサラマンダーに合わせて噴火しているような火の柱を撃ち出し障壁を溶かしにかかる。ガルムはダリルが死ぬ万が一の可能性を考えて進化ジョブは解放せずに同行しつつ、上空への砲撃から展開される光線を見定めていた。
「セイクリッドノア。中々丈夫だな」
レベル160前後で刻印装備もあるアタッカー三人がフリーで攻撃してようやく、幽霊船を守っていた障壁に穴が開いた。するとその穴を起点に幽霊船全ての障壁が一斉にひび割れて崩壊し、骸骨船長がくぐもったような声を上げた。
そんな努の下でお座りをして待っていたフェンリルは、彼が空から降りてくると一切の汚れがない純白の尻尾をふりふりと振った。そして騎乗用具をつけられている間も匂いを嗅いだりぺろぺろしている。
「ガルムとソニアは水晶体の殲滅を。骸骨船長は私たちが叩きます」
その間にリーレイアは獣人二人にそう指示を飛ばし、フライで飛んでいた努には身振り手振りで幽霊船の前面を叩くことを伝える。それに努は従いフェンリルの背に乗って彼女に続く。
まだ氷狼姫と名高いフェーデほどではないがフライの制御も多少は出来るようになったので、努を背に乗せたフェンリルは一足跳びですいすいと進んでいく。そしてリーレイアに追いついたところでその速度を落とし横に並んだ。
「こっちの障壁割ると全部割れる感じか」
「ダリル! こちらに援護を頼みます!」
割れた余波でダリルも障壁に阻まれることもなくフライで移動できていたので、リーレイアは声を張って指示を出す。それにサムズアップで答えた彼は方向転換してその速度を上げた。
「あぁして見るだけなら貴族お抱えの兵士みたいですね」
「鎧兜を脱いだ童顔ギャップでお嬢様方を狙い撃ちってわけ」
「彼女持ちはさして人気出ませんよ。ガルムはその点、女の気配もなく大人気ですが」
「そんなわけなくない……?」
「気配さえなければいいんですよ」
狂犬という異名と二メートル近い高身長もあって恐れられているとはいえあの面で女の気配がないわけがないのだが、それは男女限らずそういうものなのだろう。炎上系探索者で女性人気はあまりない努は何処か納得できない様子でフェンリルの頭を片手で撫でた。
「一旦僕も殴ってみます? 進化ジョブ使って」
そうこう話している内に追いついてきたダリルは、障壁を割られて明らかに怯んでいる様子である骸骨船長の顔面を見てそう提案した。
「いいんじゃない? ただ一転して反撃される可能性もあるから、そこだけ警戒はする感じで」
「そうですね。ここは攻め時でしょう。フレイムエレメント」
障壁を割るまで結構な手間がかかった上に、その間あちらからは好き放題撃たれ続けてきたのだ。ここで溜まった鬱憤を晴らすのが筋だろうとリーレイアは見立て、サラマンダーに火の結晶を生み出させた。
「行きます」
「僕らは右側、リーレイアは左側で。フェンリルも適当によろしく」
努も進化ジョブ解除のために多少は火力を稼がなければならないので、近距離特化のダリルと大きい骸骨の右側を削ることにした。そしてフェンリルにはそう声をかけて背から降りると、その氷狼の身に鎧のような氷が浮かび上がり始めた。
「ふっ」
まずは進化演出を黒く染めたダリルが飛行船の前面に浮き出ている骸骨船長に、その巨大盾を用いて殴り掛かった。重騎士の進化ジョブも騎士と同様にアタッカー職への切り替えとなり、重量ボーナスのVITがSTRに転ずる。
ただ基本的に精神力はヘイト系のスキルに使いたいため、ダリルは進化ジョブを精神力回復に用いることがほとんどである。火力はその身一つで為すコリナスタイルであり、両手のタワーシールドで骸骨船長の頬をビンタでもするように振るった。
「七色の杖」
巨大生物の古骨からそのまま削り出したかのように無骨な杖。浮島階層の宝箱からドロップした近接特化の古ぼけた杖は、先ほど精霊奴隷をしていた際に用いていたものである。
「よいしょー」
七色の杖というスキルによって引き出されるその杖固有の能力は、近接戦闘にSTRボーナスがつくシンプルなものだ。努はその杖を釘バットでも扱うように振りかぶり、骸骨船長に埋め込まれた宝煌龍の瞳にフルスイングした。
七色の杖による補正値を無視したSTR上昇と、進化ジョブにより変化したステータスによりその一撃は瞳を一部砕いた。
骸骨に対して打撃が有効なのは神のダンジョンの常識となっているが、骸骨船長もその例に漏れず苦悶の声を上げている。二人の殴打による打撃は面白いほど有効であり、手応え抜群だった。
「サラマンダーブレス」
そんな二人に比べるとリーレイアは骸骨船長に対しては有効打を見い出せずにいた。レイピアによる刺突は骸骨にあまり有効ではなく、フェンリルと同じくらいのサイズにまで巨大化したサラマンダーの口から放たれる炎もダリルの殴打のような手応えは感じられない。
『グルアァ!!』
ただ自身に氷の鎧を纏わせたフェンリルは尾に氷塊を取り付けて振り回し、コリナの得意武器であるフレイルのように遠心力をつけて骸骨船長の顎骨を砕いていた。その他にも単なる頭突きで骨にヒビを入れたりと、堅実な殴打で思いのほかダメージを稼いでいた。
そんな三人と一匹の骸骨船長に対しての攻撃は面白いほど有効であり、それは勝負を左右しうるものだった。
「コンバットクライ」
「……ふー。炎蛇、邪牙」
それに対して船内に残ったガルムとソニアは二人で数十体の水晶体を相手取っていた。両手にボウリングボールでも持つように砲弾を装備し少々間抜けに映る水晶体は、その拳をかち合わせて光線を放つ。
青と白の横模様が入ったぴちぴちの船員服を着ている水晶のゴーレムはちょっとしたギャグに見えるが、その性能は170階層の水晶体よりも大幅に強化されていた。
170階層の水晶体を相手取るように立ち回っていたガルムはその想定以上のパワーと不意打ちの光線を受けて吐血し、ソニアはそのフォローとしてヒーラーを主軸にしつつ進化ジョブを駆使して火力も出していた。でなければその物量で押し切られて死ぬだけだ。
船員の水晶体たちが思いのほか強い。人数配分としては間違いなくこちらの方を多くしなければならなかった。勿論初見であるためそんなことはわかりようもないのだが、ソニアたちは序盤から苦戦を強いられていた。
「すっごい耐えてる!」
人数配分を改めるよう大声で叫んで応援を頼んでも良かった。だがソニアがそうひとりごちてしまうほど驚異の粘りをガルムは見せていた。
砲弾をその手に埋め込んだ水晶体の自爆じみた殴打は、理不尽という他ならぬ威力だった。ダリルほどではないにせよガルムもVITはSで刻印装備による強化もあるので、余程の攻撃でなければ致命傷を負うことはない。
だがその殴打は砲弾に秘められた光線を一つに凝縮して放つ類のもので、ガルムが真っ正面から盾で受けたにもかかわらず貫通して内臓を損傷するほどの威力だった。それに他の水晶体から拳をかち合わせての遠距離光線も食らわされ、そのまま死んでもおかしくはなかった。
だがガルムは大怪我を負っているにもかかわらず遜色ない動きで即座に引き、ポーションで死を凌ぎつつソニアの回復を待った。それから近接戦には細心の注意を払いつつ、遠距離から放たれる光線は盾で受け流していた。
もしここに来たのがダリルだったら即死していてもおかしくない。この水晶体を相手にして倒れないのは紛れもなくガルムの実力であり、タンクとしては迷宮都市一といってもいい。
そんな彼の活躍を久々に垣間見たソニアは、それに感化されるように灰魔導士として驚異的なスキル回しを見せていた。
いくらガルムが神憑り的な動きで即死を凌いだとはいえ、そのまま数十体に狙われ続ければ死は免れない。そんな彼の働きを無駄にはさせないとソニアも支援回復は行いつつ、水晶体の数を減らす形での火力支援を欠かさなかった。
その結果として圧倒的なフィジカルモンスターが一撃必殺のバズーカでも持っているような水晶体たちを相手に、ガルムたちは何とか死ぬことなく耐え忍んでいた。
「撤退! てったーい!!」
流石にそんな二人の激戦まではわからない努であったが、骸骨船長が反撃してきそうな空気感を察するのは早かった。何ならこのまま倒せてしまうのではないか、と張り切っている二人と一匹に有無を言わせない声で指示を飛ばし、船内にいるガルムたちにも聞こえるよう拡声器も使った。
ノームと精霊契約してようやく有効打を見つけていたリーレイアは水を差すなと言わんばかりに眉を顰めたが、ダリルとフェンリルの判断は迷いがなかった。
このまま押し切れそうというアタッカーとしての自我を切り捨てるように進化ジョブを解除した彼と、氷狼に首根っこを咥えられ引きずられる形でリーレイアが引いた努に追いついてくる。
「このまま押し切るのも手だったと思いますが。何なら私は死んでもいいですし」
「死んでいい命なんてないんだよ。稼いだヘイトの半分近く受け持つ僕の身にもなれ」
努はそう愚痴りながら遠目でガルムたちが船外から離脱していく様も確認した。こちらはそれこそ勝負を決めきれると思えるほどの快勝だったが、水晶体を相手にしていたガルムたちがどうなっていたかはわからない。
ただ基本的に人数配分が多い方が有利に事を運べるのが当然であり、少人数の方は苦戦を強いられていることが普通だ。子供でもわかりそうな至極当たり前なことであるが、有利側の当事者になると意外とそれを忘れて不利側の能力不足を嘆く者は多い。
(うん。まぁあんなにタコ殴りできるのはこのパターンだよな)
骸骨船長の呻き声は呪言へと移り変わり、幽霊船を中心に爆発でもするように黒い瘴気が広がっていく。
障壁を破ってスタン状態に陥らせた時は好き放題殴れるが、それが終わると即死級の反撃をしてプレイヤーを強制的に遠ざけさせる。大方そんなパターンだろうと思っていた努は早めに離脱し、当たれば呪死する黒の瘴気を避けていた。
「一旦ガルムと合流かな――」
その瘴気が収まったところで再び障壁が展開され、またそれを破ってタコ殴りにする。そんな青写真を描いて分かれていたガルムたちと情報共有をしようとした最中、光の結晶が瞬時に辺り一帯に展開された。
「…………」
努の思考が一瞬停止した後、様々な可能性を考慮して動き出す。規則性のない障壁の前準備ともいえる光の結晶。それは至る所に線でも引くようにして描かれ、どう足掻いても身体に接触してしまうほど綿密だった。
流石にそんな数の障壁を一斉に展開することは出来ないのか、それは飛行船に近いところから成立し始めた。ひび割れた空間が刻まれていくように幾度と障壁が生成され、その煌めきは十秒もしない内に迫りくるだろう。
「ダリル! スパアマ! 逃げろ!」
「スーパーアーマー! タワーウェル!」
それが無限の斬撃にも見えた努はそう叫んで彼に走り寄り、同じ予感がしたダリルは大盾を構え彼をその影に隠した。フェンリルはその指示を汲み取って再びリーレイアの首根っこを咥えて掴み、驚異的な速さでその場から離脱した。
その障壁は硝子を擦り付けるような音と共に成立し続け、その場に留まったダリルたちを呑み込んだ。
更新ありがとうございます