第624話 尻尾もふもふ
ステファニーが噴火する前日。ユニスPTはメンバーの大半が浮足立っていることもあってか骸骨船長を相手に全滅し、敗者の服を着せられギルドの黒門から吐き出されていた。
「ユニス、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「…………」
その直後にそう言って手を差し伸べてきた努とその後ろでにこにこしているエイミーに、ユニスは怪しさ満点な顔のまま応じて身を起こす。
動画機の存在が露わになってから次にそれを手に入れる候補に自然と押し上げられたユニスPTは、既に様々な思惑のある者たちから幾度となく声をかけられていた。
そういったことに慣れていないシルバービーストのPTメンバーは既に人間不信のようにビクついているため、刻印士として名を上げた際に似たような経験のあったユニスがその対応を捌いている。
ただその面々に努までまんまと入ってくるとは思えず、ユニスは半信半疑のまま着替えてくるから待てと返事をした。
「まさかツトムさんまで接触してくるとは……」
「動画機目当ての人、本当に多いね……」
そしてギルドに備えつけられている更衣室に入った途端、PTメンバーの獣人たちは色めき立った。その中でも灰色の猫人は難しい顔をしながらユニスに身を寄せた。
「ユニス、いくらツトムさんからの頼みでも駄目ですよ?」
「馬鹿にしてるのです? 動画機はバーベンベルク家に接収させる以外、有り得ないのですよ。じゃなきゃ迷宮都市でまともに生きていけなくなるのです」
「それを理解している上での念押しです」
「動画機を持ち出して二人で迷宮都市から駆け落ちとか、ロマンティックだよね~!!」
「ねーですよ。あと二週間もすればそんな価値もなくなるのに」
骸骨船長と敵対して戦闘まで起こしているのは今のところ自分たちだけであるが、他の中堅PTたちもラルケ式を用いて宝煌龍の宝石納品に精を出している。それが更に進めばいずれは骸骨船長の討伐は果たされて動画機もドロップするので、その価値は薄まるだろう。
「それに刻印装備の売買で中堅PTと太い繋がりのあるツトムなら、わざわざ私たちに話を持ち掛けずとも安全に手に入れられるのです。バーベンベルク家との関係を拗らせてまで手に入れたい理由もないはずですが」
「……エイミーにねだられて、とか?」
「あいつのエイミーに対する塩対応ぶり、凄いのですよ?」
「ツトムは狂犬派ですからね」
無限の輪以外のメンバーでその原因を知っている数少ない存在の一人であるユニスからすれば、エイミーが努に対してそんなワガママをぬかせるわけがないし彼が応じることもないのはわかりきっていた。
「多分、動画機じゃなくて刻印士関係のなにかなのです。帝階層でも骸骨船長みたいに刻印持ちのモンスターが見受けられるから、それについてじゃないのです?」
「かもね」
「それに動画機がどうこう言ってきても応じることは絶対にないです。心配ならクロアも付いてくればいいのですよ」
「もしツトムになびいて約束しそうになったらぶん殴ってでも止めてあげるよ」
「そっちがエイミーになびきそうになってもぶん殴ってやるですよ」
ユニスはクロアと軽口を叩きながら敗者の服から従来の装備に着替えた後、まだ母親のように心配そうな顔をしているPTメンバーをねめつけた。
「というか、私たちがあの骸骨船長を倒しても動画機が出るかはまだわからないのです。それなのにいつまでびくびく過ごすつもりですか? 動画機なんてどうでもいいからちゃっちゃと突破して帝階層行くですよ」
「そうですね。シルバービーストとしてこのまま他の中堅クランに先を越されるわけにもいきません。でなければミシルに申し訳が立ちません」
「ロレーナばかりに負担をかけたくはないのですよね? だったら代わりに気張るのです」
ユニスは動画機のこともあってか浮足立っているPTメンバーに発破をかけた後、鏡台で自分の姿をチェックしてから更衣室を出た。そしてその前で待っていたエイミーに連れられてギルドの奥まった部屋へと向かう。その道中でクロアは無駄だとわかりつつもユニスに耳打ちする。
「これ、本当に動画機のことじゃないですか? どう断ります?」
「……普通に考えて、そんなわけはないと思うですが」
しかし状況的にはそうとしか考えられないこの状況に、ユニスは困惑しつつも部屋の前に着いた。そしてその部屋に入り扉が閉められバリアが施された後、意を決したように口を開く。
「……動画機は、仮に手に入っても渡せないですよ?」
獣人の聞き耳対策もバッチリな部屋で待ち構えていた努に念を押すように牽制すると、彼は飲んでいたオレンジジュースを置いて安心させるように表情を崩した。
「いや、そっちの用件じゃなくてさ。なんかユニスをダシにしてステファニーに発破をかける流れになったから、明日それに協力してくれない?」
「……いや、どういうことなのです?」
その結論だけではいまいち理解できなかったので努から詳細を聞くと、ユニスは途端に呆れ顔となった。
「知らない間に人をダシにするんじゃねぇです。私だってステファニーから好きで目の敵にされたいわけじゃねぇですよ?」
「ディニエルに誘導されてしょうがなかったんだよ。そういうわけで、明日アルドレットクロウの一軍が休憩する時間に帝階層でよろしく」
「……まだ突破してないですが」
「明日には突破できるでしょ。最悪無理そうなら無限の輪から派遣するけど」
「余計なお世話なのです。自力で突破するですよ」
「それじゃ、明日の昼過ぎに帝階層で」
そう言って足早に部屋から立ち去っていった努を、ユニスは歯でも抜けたような顔で見送った。そして何なんだった一体とクロアに愚痴りつつも再び170階層へと挑み、夜に突破を果たし複数ドロップした金の宝箱から動画機の入手に成功した。
その動画機はギルドに帰ってすぐ職員に預けられ、神台を見て駆け付けたスオウの障壁魔法によって厳重に保管された。その後バーベンベルク家に接収される際の報酬や表彰について説明や交渉をした後、ユニスPTはようやくその重圧から解放された。
「ユニス。本当に何から何までありがとうございました」
「わかってるならいいのです。クランリーダーがいないと大変なのはこっちも理解してるのです」
動画機についての交渉はユニスが代表としてやり取りし、シルバービーストの裏方が交渉と事務作業を代理して概ね悪くない条件で固まった。翌日にはバーベンベルク家当主であるスパーダから直々に表彰され、かなりの報奨金も受け取れる。
そういった交渉については本来ならシルバービーストのクランリーダーであるミシルか彼の信頼するクランメンバーが行うべき案件であるが、突然湧き出た動画機という写真機に勝る物の扱いを適切にできる人材など存在しなかった。
なので肝が据わっているユニスが代理の代表となり、交渉を取り纏めた。その重責を担わせたことにシルバービーストの古参である彼女らは頭が上がらなかった。
そうしてシルバービースト内でその立場をより強固にしたユニスは、その翌日も早朝からバーベンベルク家の表彰についての打ち合わせで大忙しだった。その様子も動画機で撮影するとのことでPTメンバーの三人は緊張したように尾を逆立て、その場は元アイドルであるクロアが率先して引っ張った。
とはいえ動画機を手に入れたPTの代表はユニスであるため、バーベンベルク家のスパーダやスオウと会食し、表彰の際に堅苦しい口上の台本を読んだりと忙しなかった。そして目が回るような表彰の撮影も終えたユニスの頭はもはや徹夜明けのようなものになっていた。
「ユニス。ツトムと約束した時間、そろそろですよ? 急いで準備しないと」
「……あー。そういやそんなことも言ってたですね」
クロアから言われて何となく昨日のことを思い出したユニスは、しょぼしょぼした目でバーベンベルク家の屋敷を出て探索の準備をした。肩肘を張らなければならない空間からようやく解放されたので、ギルドに着く頃には少し気力を取り戻した。
「お疲れ様。満身創痍って感じだけど」
「バーベンベルク家と色々あって疲れたのです。で、私は帝階層行けばいいのです?」
「だね。疲れてるみたいだし、ヘッドマッサージでもしてあげるよ」
「おっ! よろしくなのです!」
ゼノ工房の職人らが随分と気持ちよさそうに受けていたそれを受ける機会はなかったので、ユニスは渡りに船だと返事しながら早速PT契約へと向かう。
「お前と組むのもなんか変な感じなのですね」
「ま、普通はヒーラー同士で組まないしね」
何やら意味深に呟く努にユニスは軽く首を傾げながら、無限の輪のPTとメンバーを入れ替えた変則PTで171階層へと潜った。そして運良く2PTも合流できたところでセーフポイントである桜の庭園を目指す。
桜の庭園に着くと努たちはキャンプの設営でもするようにシートを広げ、桜の花びらが落ちてこない場所を作るためにタープを張る。その作業中やけにこちらを気遣ってくれる努を前に、ユニスは不思議そうに尋ねる。
「……なんか、普段より態度が柔らかくないのです? 酒でも飲んでるです?」
「えー? いつもこんなもんでしょ」
(あ、そうか。こいつ、猫被ってやがるです。中堅探索者の余所行きにもこんな顔してそうなのですが)
柔和な目をしている努の返事にユニスは何処か釈然としない様子を見せ、ステファニーに発破をかけるためにここまでするのかと疑いもした。
(……刻印を教えてくれた恩を返すだけですし、こっちは普通にしてればいいのです)
そもそもステファニーに発破をかけるために自分へ好意をあからさまに示すというのも、ユニスからすれば不純に他ならない。それに努は自分の好意も考慮した上での提案であることからして、気持ちを蔑ろにされているとも言える。
(ふん。こいつに下手に出られても別に嬉しくもなんともないのです。いつもの感じに戻してやるです!)
なのでユニスは彼の酒でも飲んでいるような明るさに、普段は向けられない接客みたいな気遣いを気にしないよう努めていた。何ならその好意を不意にして普段通りの扱いの方がマシだとわからせてやろうと画策しつつ、努の用意した席に座った。
「んぅ~~~~!!」
だが脳ヒールを用いたヘッドマッサージを受けてその考えは吹き飛び、バーベンベルク家での疲れもあってか意識が消し飛んだ。そしてマッサージに半ば夢心地で身体を預ける他なかった。
そんな彼女の醜態をエイミーは神の眼を用いて死んだ目で撮影し、シルバービーストのPTメンバーは何やってんだあいつと言わんばかりの表情をしていた。
そしてエイミーが完了の合図を上げて神の眼がアーミラとクロアの模擬戦の方に向かうと、努は気絶したように寝ているユニスからそっと足を抜いて離れる。
「思いのほか上手くいったね。寄り掛かってまできたし良い絵が取れたんじゃない?」
「はっはっは。わたしもぶっ殺したくなったよ~~~」
額に青筋を浮かべているエイミーを前に、努は顔にまで届きそうだったユニスの狐尾についての感想は控えた。
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