第653話 罪な食べ物
ギルド第二支部の近辺に作られた新たな神台市場の設立によって観衆の混雑は緩和こそされたが、相変わらず賑わっている。
「予約席快適ぃー……。やっぱ気合いの入り方が違うねぇ?」
「スタンピード起きてからこっちの地価だだ下がってたもんなぁ。バーベンベルク家も必死よそりゃ」
「お、今日はモンスター番組か」
「カンフガルーだーーー!!」
「そうだねー」
予約席や障壁席のシステムや動画機のテストによる真新しさもあってか、観衆は比較的若い者たちが多かった。迷宮マニアはより快適となった予約席にもたれかかり、自由席では二十番台に映るカンフガルーに目を輝かせている子供を微笑ましく見守っている夫婦が座っている。
「いらっしゃい、いらっしゃーい。今焼き上がりだよー」
「お嬢さん、一本どうだい?」
焼き鳥の甘辛いタレが白い炭に滴り落ちて香ばしい匂いを上げ、観衆の鼻腔を刺激する。既に屋台で名を上げていた者たちはこぞってこちらでも腕を振るい、その匂いで観衆の足を止めさせ胃袋を掴んでいた。
その横では女性の別腹に狙った甘味所も賑わいを見せている。そこから会計を済ませて出てきた金髪のエルフは揚げたてのデザートをはむりと食べた。
(冷やし固めた乳をわざわざ高温の油で揚げ直す罪深さ。贅沢病が流行るわけだ)
そんな甘味所に並び揚げアイスを堪能していたディニエルは、内心でぼやきながら神台市場を一人歩いていた。175階層で徹夜して体調を崩し休養を取っていた彼女は、ある程度回復したこともあり外に出てきていた。
外出の際にはアルドレットクロウの一軍マネージャーからの進言もあり、ディニエルは象徴的なポニーテールを解いて肩までつく金髪を下ろし長い耳をテープで留めて忍ばせていた。それだけでも意外と観衆からは気付かれないもので、彼女が神台市場まで来ても騒ぎにはなっていない。
その中でも金髪を下ろした状態のディニエルに気付いた迷宮マニアはちらほらといたが、休暇中であろう彼女の邪魔はすまいと一度拝むに留めた。
「ふーん」
そんなディニエルの視線の先には現在二番台に映っている無限の輪のPT。泣きっ面のハンナから容赦なく魔石を取り上げている努を見据えていた。
(あの妙な暗黒騎士が心変わりして一軍に来たのもキョウタニツトムと組んだから? ……でも、王都の貴族みたいに小心者なのも事実。凄いのか弱いのかはっきりしてほしい)
努からの手紙で彼が神に招かれた異世界人であることはディニエルも承知しているが、今まで築いてきた功績の割には小心者でゴムパッチンですら涙目になるところは変わらない。
この世界の物差しでは到底計り知れない異世界人ならあくまで別物と認識できたし、既に全盛期を過ぎたと思えれば見切りをつけられた。たかが数十も生きていない人間に言われた二流という言葉。
だが彼はその両面をちらつかせながら自分の前をうろちょろと動き、今は自分の後を追いかけてきてもいる。百歳を過ぎてここまで心動かされ、それがまだ続いているのはエルフからすれば異常事態とも言える。
(悪くはないけどあれでステファニーに勝れるとも思えない)
師匠がいなくなっていた三年もの間も探索者として鍛錬を欠かさなかったステファニーと、故郷に帰りダンジョンから離れていた努とではヒーラーとしての基礎力が違う。二人を神台で見比べるとそれはより鮮明に理解できる。
そう努を酷評しているものの、その目は同じく後ろに付いているゼノPTやユニスPTには向かない。あくまで自分の仕留めるべき獲物はあの男に他ならない。
(ツトムのせいで他がやる気になってる方が厄介かも。ガルム、前はあんなにパリィしてなかった。エイミーも帝都でサボってたわけではない)
努がいなくなってから同じ最前線の枠組みで無限の輪のガルムたちと競り合ってはいたので、彼の立ち回りはディニエルも良く目にしていた。だが努と同じPTとなった今、ガルムの動きは前にも増して冴えていた。
(あの馬鹿もツトムが手綱を握ってマシにはなってそう。……でもアーミラが一番伸びたか? ギルド職員で終わると思ってたけど)
魔流の拳に振り回されていたハンナは魔石の制限でマシにはなり、アーミラはエイミーにも似た戦況を見渡す目を身につけていた。その冷静な判断から繰り出される神龍化は見事である。
「なにあれ! かっこいいーー!!」
「おぉ、アーミラ様。また別のお姿になられるとは……」
そんな彼女の神龍化は様々な面を見せてきたが、本日フルアーマーのような姿をお披露目したことで神台市場は大盛り上がりだった。子供からはダリルで見慣れていたフルアーマーに目を輝かせ、竜人たちはその畏怖を覚える姿に身を震わせる。
(千羽鶴からは逃げたか。PTの力を計る試金石になると思ってたのに、残念)
ただアーミラの神龍化で千羽鶴を倒すルートを断念したことを察したディニエルは、エイミーと共に映る努を見てため息をついた。
だがいずれにせよ180階層では確実にぶつかる。そこで自分が二流でないことの証明はできると考え、ディニエルは僅かに逸る気持ちを抑えて自由席を立った。そしておかわりの揚げアイスでも買おうと移動を始める。
「うわ、結局逃げの一手かよ。無限の輪はもう駄目かもな」
そして列に並ぼうとした最中、予約席にふんぞり返る迷宮マニアの声がディニエルの耳に届く。
それから突如として噴き出した並々ならぬ気配を感じた周囲の人間は何事かと振り返り、その人物の顔に見覚えがあることを理解し始める。ディニエルだディニエルだと周囲がひそひそし始めたところで、彼女はようやく自分の耳が飛び出ていることに気付いていつものように気怠げな顔に戻った。
「え、ディ、ディニエルさんですか?」
「人違い」
「よ、よければっ」
「ありがと」
アルドレットクロウが推しである女性の問いにディニエルはにべもなく答えたが、他の者から差し出された揚げアイスは遠慮なく受け取るとその場からそそくさと立ち去っていった。
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