第668話 顎ポキ
ギルド第二支部近くに設立された神台ドームには平日の昼にもかかわらず異例の人が集まり、交通整理の警備団たちが忙しなく働いていた。今日は生憎の雨だがバーベンベルク家の障壁によって天井が閉じられ、空調も効いた快適な空間での観戦が可能なことも盛況の一因である。
「コリナつえぇ……。ガルムエイミー相手でも止まらねぇじゃん」
「あれでコリナのヘイト減ってゼノに移る扱いなのズルすぎ! PT対抗戦の欠陥です! ぴぴーっ!」
「その辺りのルールはこれからいくらでも詰めていけるでしょ」
「そもそも刻印装備があれだけボロボロになってる時点で、現状は努かユニスくらいしか採算取れないだろ。コスト高すぎて流行らん流行らん」
「でもアルドレットクロウ対無限の輪のPT戦はいつか絶対見たいぞ。そこでステフが涙を流しながら師匠を殺して先に進むんだ……」
「はぁ……わかってないねぇー。ツトムが死にそうな顔しながらステフを手にかけるのが良いんでしょうが!」
だが安くない入場料がある中でもここまで盛況となっている理由は、無限の輪PTの対抗戦によるものが大きい。今も無限の輪の対PT戦を見てあれこれ言っている迷宮マニアたちで大半の指定席は埋まり、予想外の満席だった。
「ガルムとコリナはやっぱり見応えあるなー」
「コリナ最近えげつないね。二十代最後の輝き」
「リーレイアはツトムにいいように狂わされてんなー。ハンナとの対面であそこまで負けてる印象ないし」
「エレメンタルフォースで完全に壊されちゃったねぇ……」
「ゼノがあそこまでボコられるのも珍しい。エイミーと相性悪いっけ?」
「フルアーマーの弊害だろ。美しいお顔が見られないってご淑女方も不満そうだし」
自由席は努がいなくなった三年間の間も活動していたガルムやコリナなどのファンを筆頭に賑わっている。その中で夫ほど神台視聴に熱心ではない30半ばの主婦は、戦闘に参加していない白魔導士を見て子供と一緒に首を傾げた。
「あの人はコリナみたいに戦わないんだね?」
「ねー。なんか弱っちそう」
「ツトムはあくまで後方支援を主軸にしてる硬派なヒーラーって感じだからね。コリナとはまた違うタイプ」
妻と子供に夫は軽く補足しつつも一番台からは目を離していない。迷宮マニアとまではいかなくとも、彼は努が三種の役割を神台で教えていた時から何かと視聴してきた観衆の一人である。
そんな努が支援回復することでガルムはコリナを単身で抑え、エイミーと二対一の構図に持っていくことに成功していた。そして三人はいよいよ死神を仕留めにかかったが、その好手は彼女の一振りで霧散した。
その一振りで予想を覆されたガルムは手酷いカウンターを食らって吹き飛ばされ、更に自身の命と引き換えにエイミーの顎を粉砕しスキルを封じたコリナに観衆がどよめく。
「コリナつえぇぇぇ!!」
「いや、何であの双波斬消せるわけ?」
「抗魔の星球だから多少は打ち消せるはず。にしたってスキル無しで完全に打ち消すのは意味わからないけど」
「それこそパリィみたいなもんか?」
「パリィなしで実質パリィしたようなもんだ。無茶苦茶だね」
コリナが装備している帝階層でドロップした抗魔の星球は魔法系スキルをある程度打ち消せる効果を持つが、完全に打ち消すにはかなりの力差が必要である。それをスキルも使わず素の打撃で生み出したコリナの武に、迷宮マニアたちも目を見張っていた。
「おっ。お団子レイズじゃん」
「ユニスもにんまり」
「まぁ、流石に連打されると無理か。精神力削りとしては大分良さげだけど」
「蘇生出来なくても撃つだけでそこそこ食われるしな、精神力」
その後PT対抗戦ならではのレイズ封じに迷宮マニアは思わず腰を浮かせたが、死神の復活までは防げないことで残念そうに座った。
「流石にアーミラの方が力比べは強いか。龍化してるもんな」
「クロア良いところねぇなぁ」
「お、ゼノが押してる」
「アーミラぶち切れてらぁ」
「出たー神龍化。ミナが帰ってきたらどんな顔するかな」
そしてアーミラが卵状態になったところで状況は彼女を中心とした戦いに変わる。
「おぉ、ハンナがちゃんと言うこと聞いてる」
「何でツトムの言うことだけ聞くんですかねぇ……?」
「え、ツトムが身体張るんだ。めずらしっ」
「いいね。ツトムでコリナの攻撃防げるの割が良すぎる」
「でもめちゃくちゃビビってて笑える。よく逃げなかったよ」
無防備なアーミラを守るために努が上手く位置取りをすることでコリナの投擲を止めた姿に迷宮マニアは盛り上がったが、その後の彼が一転してあわあわしていた姿も相まって観衆からは笑いが漏れた。
「いや……あのアーミラと真正面から打ち合えるのかよ」
「伊達に死神と呼ばれてないってね」
「あくまで目だけだろ? ユニークスキルになってむしろ弱体化したって聞いたが」
「単にフィジカル異様に強いだけ説、濃厚です。派生ユニークスキルも確認されてないし」
「死神の体とかある方が納得なんだけど」
「むぅん!!」
独特な気合いの声を漏らしながら神龍化状態のアーミラとまともに打ち合っているコリナを、観衆は人類の英雄でも見るような目で見守っていた。だが悪魔に入れ知恵されて少し理性を取り戻した龍はその英雄への殺意を控えた。
今までは即死級の攻撃ばかり飛んできたので死神の目で対処出来ていたコリナだったが、白く発達した爪での軽い刺突を織り交ぜられるようになってからはその冴え渡る読みに陰りが見え始めた。
そして数分全力での打ち合いが続きコリナの息も切れてきたところで爪での斬撃が通るようになり、最後には失血でまともに動けなくなった。その後努の号令でハンナもゼノに狙いをつけて殺しにかかり、両者ほぼ同時に討ち取られる形となり蘇生が不可能となる。
「まぁ、あっさり降伏はしないわな。アーミラも実質戦闘不能で、エイミーもスキル縛られてる。まだ勝機はあるな」
「ツトム、一思いに介錯してやるのが探索者だぞ」
「……装備の損失抑えたいだけじゃね?」
「それはそう。市場価格で計算したらもう数億は飛んでない?」
「ゼノとダリルだけでいきそう」
そこで勝負の行く末は大方決したと判断は出来るものの、リーレイアは完全に殺る気スイッチが入っていたので止まらなかった。クロアとダリルも不利であることは理解しているものの、まだやれると判断してか努が提案した降参を蹴った。
ただ結果としてはやはりヒーラーがいる努PTが優勢を維持し、唯一の負け筋であるハンナも彼に財布を握られていたおかげで無茶をしなかった。その後リーレイアが死ぬ間際に契約して爆誕させた雷鳥によって感電死こそしたが、努に蘇生されてハンナはすぐに戦線へと復帰した。
そうなってしまってはヘイトを引き受けた努を狙おうにもガルムとハンナに物理的に止められ、クロアとダリルは完封された。そうして無限の輪での対抗戦は努PTの勝利で終わり、装備の回収や治療に入った。
『派手に壊されたねぇ。ダンジョン外なら全治一ヶ月かな』
『…………』
「なんか……良くないあれ?」
「エイミーが滅茶苦茶恥ずかしがってるのがいいね!」
「…………」
「エイミーファンキレてます」
それから粉砕骨折を治す実験台として努に治療されることとなったエイミーは、顎を両手に持たれてヒールをされる際に白い猫耳と目を逸せていた。そんな姿をハンナがにやにやしながら神の眼に映したことで、観衆たちも様々な反応を見せていた。
『……ちょっと喋ってみて』
『あーあー。いい感じじゃじっ!? ……あぐっ』
『ちょっと突っかかってるな。ハイヒール。ほい、これでどうよ』
『あーあー。あいうえおかきくけこ。おっ! 治ったかな?』
「あぁなったら顎切り開いて骨を取り除いてから時間をかけて再生させる他ないんだが……どうなってるんだ?」
自分が治療される際に麻酔もなしでそんなことをされてたまるかという気持ちの強い努は、砕かれた骨を接合して再生させる形で顎の粉砕骨折を治癒した。それを見ていた本職の医者でもある白魔導士はあんな短期間でどう治したのか興味津々な様子だった。
「意外と早く決着ついたし、もう一回戦あるか?」
「訓練だしあるだろうね。次はゼノPTも対策できるし勝てるんじゃね? 初めからコリナ前面に出してゼノにヒーラーさせるとか」
「ハンナはクロアに抑えさせた方がいいな。リーレイアが思いのほか割食ってたのが渋かった」
そうこう話している内に努PTは帰還し神台が切り替わり、その後も第二、第三回戦まで無限の輪の対抗戦は続いた。
コリナさんに人類の英雄という称号が追加された