第741話 矢継ぎ早
「マジックロッド」
「タウントスイングゥ!!」
努とアーミラが進化ジョブを切っていることもあり、四季将軍:天と赤兎馬が合流した後の戦況は無難に進められていた。前線の枚数が安定したことでガルムとハンナの負担も減り、適宜休憩を挟んでヘイトを散らしながら押し引きしていく。
(本来はこの慣れたフェーズをしんどいながらも乗り切って、式神:月で楽がしたかったんだけどな。前より突破条件はてんで駄目そう)
ただ以前は努とアーミラの進化ジョブを切らずに式神:月まで辿り着き、メタ読みをされにくい状態で立ち回ることができていた。
しかしそんな80点の状況で式神:月フェーズまで辿り着いた時でも、四季将軍:天を削り切ることは出来ず黒に呑まれて全滅した。であるにもかかわらず今回は努とアーミラの手札は既にない。
(苦しいのう、苦しいのう)
努は内心でそうぼやきながら、進化ジョブの前借りにより順調に削れている四季将軍:天を見据える。ガルム、ハンナ、そして進化ジョブを切っているアーミラの三枚がいるおかげで戦況は安定している。
赤兎馬も双剣士のエイミーお得意の出血によって順調に削れている。四季将軍:天の薙刀がそれを治療するために回されるので、安定した前線が三枚いるなら問題はない。
「そろそろ式神:月来るよー!」
そして四季将軍:天と赤兎馬のHPが三割になったことで、頭上の式神:月がその眼をゆっくりと開く。その風圧が地上まで届くと同時に四季将軍:天の眼光が変化し、場の空気が一変した。
すると遥か頭上からの風圧でアホ毛をはためかせているハンナが前線から素早く退いてきた。そして魔石用のマジックバッグを努に向けてバッと広げる。
「雷!」
「氷ね」
「えーーーっ!? この感じだと雷じゃなきゃ無理じゃないっすかー?」
「雷アンチです」
確かに雷魔石は魔流の拳において最強の部類であるが、メルチョー直伝のハンナであっても扱い切れず自爆することもある。ここぞという時に上振れの上振れを期待したところでそれが通るはずもない。
ハンナのマジックバッグに無色と水色の魔石をぽいぽい補充し、最後に氷の中魔石を手渡した努は進化ジョブに切り替えてマジックロッドで前線の火力支援に回る。
「魔力を回せ。次はエイミーも控えてる」
「……しょうがないっす、にゃあ?」
「どっちだよ」
口調が渋滞しているハンナは氷魔石を両手で掴み、身体に魔力を循環させながら背中を起点に疑似的な氷翼を作り始めた。それを通じて魔力を循環させることで魔流の拳による反動を防ぐのが主な目的であるが、その大きさ故に扱える魔力量を向上させることもできる。
氷の羽根同士が擦れ合う硬質な音を響かせながら氷翼を完成させたハンナは、そこにも魔力を巡らせる。そして努からもらった魔石を全て塵と化し、前線に復帰して主人の変化に混乱している赤兎馬を無視して四季将軍:天のヘイトを取った。
そんなハンナの帰還と努の火力支援で少し余裕ができたアーミラは、前線から一時離脱した。それから首の赤鱗を一枚剥がし、同様に退いたエイミーの首元に張り付ける。
「龍化結び」
龍化を分け与えることができるそのユニークスキルにより、エイミーの瞳が赤色に染まりその瞳孔も爬虫類のようなアーモンド型に変化していく。
LUKとDEX以外のステータスが上がりエイミーは一種の全能感に包まれたが、目を閉じてそれをすぐに掌握し理性に満ちた瞳孔へと戻した。
「ブースト」
そこから一足跳びで赤い残光を流しながら四季将軍:天の前に躍り出たエイミーは、軽く息を吸い込んでから龍の息吹を浴びせた。その露払いに振られた上腕からの薙刀は岩杖が弾き、冬刀はガルムが裏拳気味に放った盾が割り込んだ。
その瞬間に快音が鳴り響き、パリィが成立する。ガルムに対した攻撃には鬼のようなディレイが仕込まれるが、エイミーに対して反射的に振られたその甘い一撃を彼は見逃さなかった。
「夢幻乱舞。双波斬、双波斬」
パリィにより少し態勢を崩した四季将軍:天に対し、幻影を生み出しての舞に双波斬も合わせての乱撃。そんな彼女の乱舞が終わるまでガルムはなるべく四季将軍:天をその場に留まらせるよう立ち回り、努はマジックロッドで薙刀を防いだ。
『――――』
「ブースト」
夢幻乱舞の最終段まで打ち切ったことでかなりの火力を叩き出した彼女は、刹那零閃の構えを見てすぐさま離脱する。それはパリィ対策で一拍おいての発動だったが故に、彼女が逃げる時間は十分にあった。
「ぬ、うぅぅぅ……!!」
その初撃をガルムは真正面から鎧で受け、胸を一文字に割かれながらも続く二撃からは盾を気合いで振るいパリィを成立させる。その途中で着弾した緑の気で胸の傷が治った彼はその後の連撃を全てパリィしてみせた。
「兜割りぃ!」
式神:月が現れてからは不意打ちも通らないので、アーミラは真正面から飛び出して大剣を叩き下ろす。それは薙刀によって受け止められたが四季将軍:天に重くのしかかり、中央腕から射られていた彩烈穫式天穹の動きが止まる。
それまでハンナは超連射で放たれる霊矢がばら撒かれないよう最小限の動きで避けつつ、時には防塵膜を形成して相殺することで彩烈穫式天穹の射撃を凌いでいた。その雨が止んだことで彼女は氷翼をしゃらりとはためかせて前に出る。
「行くっすよー!」
無色の魔石からかき集めた魔力を氷魔石で水増しし、それを魔正拳として成立させた。それは触れるもの全てを凍てつかせる絶対零度の拳。
その拳を受けないよう四季将軍:天は飛び退こうとしたが、突然走った身体の痺れにより足が止まる。
「ショックツインズ」
龍化結びの状態で進化ジョブも切っていたエイミーは、麻痺状態を誘発するスキルを使い四季将軍:天の動きを封じていた。それは秋将軍:穫の性質を受け継いでいる四季将軍:天であれば数秒と持たない効果であるが、その一瞬で十分だった。
「どーん!」
ハンナの力強い言葉とは裏腹に、その拳は四季将軍:天の横腹にそっと添えられた。そこから流し込まれる冷め切った魔力の奔流。瞬く間に凍り付いていく身体を前に麻痺状態を解除した四季将軍:天は、すぐさま背の矢筒から矢を取り出し彩烈穫式天穹を地面に向けて放つ。
霊矢ではなく本数制限のある強矢による一撃は地を粉砕し、周囲にいたハンナやガルムをその衝撃で吹き飛ばした。
戦場が土煙に覆われる中、一人上空にいた努は支援回復を行いながら神の眼の背面に触れて設定を弄っていた。
(……隠し機能ないなぁ)
確かにこの調子で削っていけるのなら四季将軍:天を倒すことも夢ではない。ただ式神:月フェーズの厄介なところは、時間経過によって視界状況が著しく悪くなってしまうことだ。
式神:月が現れてからきっかり一時間で空は暗雲に覆われ、黒で圧殺されて全滅する。それに現実的に戦える視界状況としては40分が限度であり、そこからは僅かな光源を頼りに万全の視界を有する四季将軍:天と戦わなければならなくなる。
その40分の間に四季将軍:天のHPを三割削るのは厳しい。多少は夜目の利くディニエルがエースアタッカーであるアルドレットクロウですら、残り一割を残して敗北している。
(そう簡単に必殺技を決めさせてくれるわけもなく)
土煙に次々と風穴が空く。土煙の中からでも式神:月を通して視界を確保できる四季将軍:天は、そこから彩烈穫式天穹の射撃を行っていた。
ハンナはそれを咄嗟に避けたが、続く射撃が彼女の大きな氷翼を射抜いて結晶が散る。そのついでに射られたガルムはその犬耳で弦を引く音を察知していたからか、盾でそれらを受け流した。
『――――』
その射撃と共に姿を現した四季将軍:天の脇腹は凍り付いていたが、詠唱と共に上腕の薙刀がくるりと振るわれると緑の気が内側から発生しその致命傷を癒していく。
ハンナとアーミラという鬼札があるにせよ、回復手段を持つ上腕がある状態ではそれこそ一撃で仕留めない限りは粘られてしまう。実際に雷の拳も試してみたが必殺というわけにはいかず、ハンナが一度でも魔力切れを起こせば魔石を砕く余裕も与えてもらえず詰まされる。
(暗視装備の開発もまだ試作品段階だし、アルドレットクロウに気付かれていてもおかしくはない。出来れば神の眼関連で何か見つかればいいんだけど)
暗視装備の候補は迷宮マニアが複数上げてくれ、今は深海階層で用いられたダンジョン産装備のシュノーケルゴーグルが最有力候補である。ただそれは海の中でしか機能しないため、それを地上で実用化するにはまだ時間がかかる。
式神:月対策である暗視装備の開発を裏で進めつつ、別のアプローチも努はいくつか模索した。その中でも有力そうだったのは、式神:月と酷似している神の眼に何か突破口があるのではないかというものだった。
ただ神の眼に一番詳しいエイミーに前回探らせてみたものの、特に変化はないとのことだった。なので今回は努も念のため神の眼に変化がないか弄ってみたが、うんともすんとも言わない。
「ハイヒール、メディック」
それに神の眼を悠長に弄っている暇もない。式神:月が開眼してからの四季将軍:天は初めにこれまでの探索者たちの動きを参考に最適化され、その後の対応速度も異様に素早くなる。
「くっ」
龍化結びをしているエイミーのブレスに怯むこともなくなり、進化ジョブのデバフスキルに合わせて秋将軍:穫の薙刀を回されて状態異常を回復される。
本来であればエイミー、努、アーミラと進化ジョブを切っていくことで式神:月のメタ読みを遅らせる手筈であるが、今回は彼女だけである。そんなエイミーも先ほどの一手でもう対応された。
「ポイズンパラダイス」
だがそれでもまだ進化ジョブのスキル全てに対応されたわけではない。そのスキルに加えて龍化結びによるステータス上昇も駆使し、エイミーは紫色の弧線を描き四季将軍:天を削りにかかる。
「ふうぅぅぅっ……!」
四季将軍:天の冬刀を担当しているガルムは様々なディレイやフェイントをかけられていたが、それでも尚致命傷を避けて喰らいつけている。前回ここまで辿り着き、進化ジョブを切りながらまともな長期戦を行えた経験が身を結んでいた。
「マジックロッド」
努が繰り出した岩杖での火力支援。だが式神:月の眼下において不意打ちは通用せず、薙刀で軽く受け流されるのみだ。
「セイクリッドノア」
だがマジックロッドは見せていたが、その他の攻撃スキルは隠し通していた。聖なる満月を模した聖属性スキルを横合いから繰り出され、四季将軍:天は彩烈穫式天穹を放って対応する。
「凍り、つけっ!」
「パワー、スラッシュ!!」
その間に射撃の的から外れたハンナが手を広げて氷の魔力を放ち空間を凍結させ、四季将軍:天の動きが鈍ったところに龍化したアーミラが大剣を叩き込む。
その一撃は彩烈穫式天穹の弓幹で受け止められ、カウンターの右拳がアーミラの眼前に迫る。
「かあっ!!」
アーミラは龍化のブレスを発しての反動でその拳を何とか避けた。それを上空から見ている式神:月を通して、四季将軍:天はその手を学習しメタを回す。
そんな戦況が続いていくにつれ、式神:月の姿は暗雲に包まれ始めた。努PTが何とか維持していた拮抗は、周囲が暗くなっていくにつれて押され始める。
「エイミー、神の眼頼む」
そして式神:月が開眼して三十分経過し、視界不良が本格的になってくるタイミングで努はそう声をかけた。
その声を聞いたエイミーはここで自分が抜けて戦況が維持できるのか逡巡したが、彼の判断に従い前線から離脱した。
面白い……んだけど、ここでクリアして欲しい。というのが本音
割とこの四季将軍戦が長いし、仮に負けてまたイチから描写はちょっと読む側としてもしんどい
100点じゃないムーブは多く語られているけど、
だからこそ、ツトムPTには今回でクリアしてほしい
がんばれ~