第785話 神をも欺く
ユニークスキル持ちのコリナを主軸とし、龍化結びをしているエイミーがサブの前線に立ち神華のクリティカル判定部位を狙い続ける。その二体一による挟撃により、神華はコリナと真っ向から殴り合うことが叶わず焦れていた。
「パワーアロー」
「サラマンダーブレス」
そんな神華の頭を狙う正確無比な矢での援護射撃に加え、火精霊の遠距離スキルも繰り出される。神の見えざる手足に備えて神龍のアーミラを盾としているディニエルとリーレイアの援護。
それは神の見えざる手で防がれて有効打にはなっていないものの、防御に左手を割かせていることで対面しているコリナが楽になる。既にその星球は何度か神華の身体を打ち据え、S+のVITと言えど着実に削っていた。
更に冬将軍:式の双剣で首を筆頭とした関節部を狙って斬り飛ばそうとするエイミーも無視できず、神華は不利な多対一を強いられていた。それに業を煮やした彼女は叫び散らす。
「いいじゃろう! もう貴様らの命は顧みぬ! 神の見えざる手足!」
そうして足を振り上げた頭上では、マウントバグを踏み潰した時と同等の規模である足が顕在化した。それは少し離れているアーミラたちも巻き込まれる規模であり、援護に来ていたアルドレットクロウの者たちは範囲外であるもののその余波を受ける位置にあった、
「ブートラッシュ」
神華の足が振り下ろされる前にコリナはモーニングスターでの強打を繰り出し、その動作を中断させた。片足たちでたたらを踏む神華に有無を言わさぬ乱打が叩き込まれる。
ただ神の見えざる手足は神華の動作と連動させるのが基本であるが、精度こそ劣るものの思考だけで動かすことも可能である。
透明な巨大足はゆっくりと下ろされ、吸い込まれるような風圧を感じたエイミーの猫耳が伏せられる。ユニークスキルを持たないガルムたちは神龍の下に避難する中、その足が地面を踏みしめ巨大な足形を残した。
『グググググッ……』
神竜人とは言えどユニークスキルを持っていることで神の見えざる手足にも対抗できるアーミラは、潰されないよう鋭利な歯を食い縛って耐える。努が事前に張っていたバリアが機能し神の見えざる手足に踏み潰されることこそなかったが、単純な風圧によって地面に縫い付けられていた。
「召喚――ゴーレム」
召喚士のスキルを用いた神華は石像のゴーレムを呼び出し、それを神の見えざる手によって握り潰した。その石礫を神龍に向かって投げようとした最中、風圧から立ち直ったコリナがその双眼で死の気配を読み取り星球を振り被る。
「モーニングスロー」
風圧の輪を生み出して放たれたモーニングスターが神の手を砕き、宙に持ち上がっていた石礫を取りこぼさせる。がらがらと音を立ててゴーレムの残骸が落ちていく中、神華は深い笑みを漏らしながらその手にダンジョン産の剣を生み出す。
「これでもう、しばらく邪魔は入らぬぞ?」
神華がその場で足踏みをしたと同時、コリナの後方から強烈な風圧が巻き起こる。後ろから援護してくれていたディニエルたちを踏み潰さんとする神の足を操る彼女に、コリナは僅かに首を傾け黒い靄が出ていないことを端目で確認した。そして星球を振り被り一足跳びで神華との距離を詰める。
「少々思い出してきたわ!」
「むぅ……」
神華が暇つぶしがてらに武芸者との戦いで培っていた剣術。遠い過去に習熟した技術を徐々に思い出してきた彼女を前に、コリナは少し押されて後退する。
「むぅん!」
だがコリナの持つモーニングスターは数々の刻印が施されており、帝都のダンジョンでドロップする武具とは物が違う。正面から打ち合った剣が砕け散り、そのまま神華の横腹にめり込む。それを受けた彼女は僅かに息を漏らしたものの、余裕の笑みを携えて新たな剣を手に取る。
「随分と足掻くのう! 脆い人間の分際で!」
神華のVITはS+であり、レベルも999であるためダリルをも凌ぐ頑丈さである。進化ジョブを使うコリナの打撃であればノーダメージということはないが、クリティカル判定でなければ有効打にはなり得ないだろう。
更に他のステータスであるAGIは敏捷さを上げて目にも止まらぬ速さを生み出し、DEXは器用さを上げ神華が習得してきた技術を再現し現実に落とし込む。STRこそ負けてはいないが、仮に剣術に自信のあるリーレイアであってもそのステータス差を覆せずに敗北することは必至だろう。
神華も初めて目にした時は驚かされた首狩りの妙技。熟達した手首の返しにより水の如く剣の軌道を変え、コリナの首に迫る秘剣。
「むっ」
だがそれをまるで意にも返さずコリナは淡い輝きを見せる双眼でそれを見切り、星球をかち合わせて剣を粉砕した。そんな彼女を前に神華は呆気に取られた後、口をわなつかせる。
「馬鹿なっ!? 妾でも欺かれたこの剣をっ」
確かにそれは神殺しに相応しい卓越した剣筋であったが、故に死神の目は欺けない。そんな彼女だからこそ神華とのステータス差に押されることなく単身で立ち回ることができていた。
神を屠るために武芸者たちが磨き上げた技の数々を、神華は余りある時間をかけて手慰みに習得してきた。だがそれはほとんどが命を狙ったものであるため、コリナは黒い靄として事前に捉えてカウンターを見舞っていく。
そしてついにコリナのモーニングスターが神華の顎を捉え、クリティカル判定と共に脳震盪を引き起こさせる。カンストしているレベルを以てしてもそればかりは耐え切れず、思わず神華が膝をつく。
「このっ……!」
受肉体とはいえ自分が膝をつかされる経験など滅多にない神華は、苦し紛れに剣技を放つ。
それは相手の持ち手を狙う妙技であり、命の危険はない。故にその流れるような剣はコリナの右指四本をするりと落としめた。
先ほどまでどの武芸者にも負けない冴え渡りを見せていた彼女が、泥かけのような剣技を見切れず利き指を落としたこと。それに神華が目を丸くしながら口を開こうとした。
「……ヒー、ぐふっ!?」
コリナは指がなくなったことで取り落としたモーニングスターを右足で器用に蹴飛ばし、回復スキルを唱えようとした彼女の鳩尾にぶち当てた。
その決定的な隙に乗じて背後から忍び寄った猫人は、その双剣を鞘に納刀したまま綴る。
「刹那零閃」
抜刀した双剣から放たれる冷気を帯びた無数の斬撃。それはモンスターである冬将軍:式には及ばないものの、現状の双剣士が放てるスキルの中で最上のものである。
その乱撃に対し首だけは守った神華であったが、それは幾多ものタンクを絶望に叩き込んで威力を秘めている。神華の身体に氷の筋が走り、徐々にその身を凍り付かせて動きを阻害する。その上からも驚異的なVITを以てしても手痛い斬撃が襲う。
コリナは左手にフレイルを持ち凄まじい怪力で回し、異様な風切り音を生み出した、そしてその遠心力を解放し神華の頭蓋を頂点から砕きにかかる。
「小癪なっ……!」
「むぅーーー!!」
それを防ごうと左手で頭を守った神華の動きを見計らい、コリナは鎖を操り星球の軌道を変化させる。その後出しにより後頭部をフレイルで殴られた神華に致命的なダメージが入った。
「岩割刃」
すかさずエイミーが神華の首に飛びついて地面に引き倒し、その口に双剣を差し込む。対探索者において口封じはスキルを封じるに等しいため、口内と舌を切り裂きまともに詠唱できないようにした。
そしてマウントポジションを取ったまま首の関節部を入念に突き、その首からおびただしい血を流させる。だがエイミーがそれをするよりも先に神華の身体から急激に力は抜けていた。
その様子を風圧に巻かれて転がっていたロイドは尋常ならざる目で、しかしスキルを見舞うこともなく見守っていた。
そしてエイミーが手応えのなさに首を傾げながらも止めを刺している中、致死量の血を流している神華を見届けたコリナは地面に落ちた自分の指を拾い集めていた。
「いたたたたた」
その最中にようやく痛みが来たのか、コリナは思わずそう口走りながら周囲の警戒は怠らない。ロイドやヴァイスが動いている気配はない。途中から他の者たちが牽制していてくれていたのだろうか。
ともかくまずは指を治したかった。祈祷師では治すのにタイムラグもあるし接合は苦手な部類であるため、出来ればツトムに処置してもらいたい。
「ツトムさーーん! 治してくださーーい!!」
コリナがアーミラたちのところに集まっていた努を呼ぶと、彼はすぐにフライで近寄ってきた。
「……すぐに援護はいらなそうだったからみんなにバリア張ってたんだけど、まさか倒しちゃうとは思わなかったね」
「神様にも冬将軍:式のアレはよく効きましたねぇ」
感慨深げに指のない手を振るコリナを前に努の顔が引き攣る。
「いや、その手を振るのは止めてくれる? 指は?」
「拾っておきましたぁ」
「ヒール」
そして努がコリナの指を接合し始めた時。それは曇り空から一瞬だけ日が差し込んだかのような、些細な変化だった。それが起きたエイミーのうねった白髪が輝きを増し、黄金色の瞳に神光が宿る。
「エクスヒール」
エイミーの詠唱により、神華の受肉体であり致死量の血を流していた女性の傷が時間を巻き戻すように癒えていく。その異様な光景に努の視線が釘付けになる。
「見事じゃ、お主ら。この受肉体も妾の中では最強の部類じゃったのだがなぁ?」
その声はエイミーにも近かったが、何処か変化してもいた。彼女は不満げな顔で姿鏡でも欲しそうに自身の身体を確認した後、露骨なため息をつく。
「やはり獣混じりの人間は趣味に合わぬな。貴様の身体が丁度良かったんじゃが……ま、妥協じゃな」
「ツトムさんっ!」
「え?」
そう言った途端に目付きを鋭くさせて距離を詰めてきた神華の斬撃を、コリナがフレイルで何とか防ごうとする。だが不意を突かれたこともあってかコリナはその場から吹き飛び、その脇腹には双剣が突き立っていた。
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