第797話 それでも前へ
半日で何事もなく終わるはずだったスタンピードから一転し、迷宮都市に突如として現れた神華が残した被害は未だ尾を引いている。中でもノースキルノーステータスによる混乱は計り知れず、夜になっても落ち着く気配がなかった。
不幸中の幸いだったのは、ノースキルノーステータスが発動された際に神のダンジョンへと潜っていた中堅以下の探索者たちには、その効果が適用されなかったことだろうか。
スタンピードの掃討にも呼ばれない程度のまだ歴が浅い探索者たち。だがそんな老若男女のおかげで魔石の供給にある程度の目途はつき、迷宮都市がエネルギー問題に陥ることはなかった。
それにスタンピード自体は想定よりも被害はなく、バーベンベルク家も魔石の貯蔵を残しての討伐だったためまだ切迫した状況にはなっていなかった。
ただそれでも最前線の探索者たちがここまで手も足も出ない相手が出たことはなかったため、民衆がパニックを起こし市場からは商品が買い占められ治安も悪化の一途を辿っていた。
「オーリちゃん、これ取っておいたから持っていき!」
「ありがとうございます。もし魔石がご入り用でしたらGの代わりに融通もできますので」
そんな中でクランメンバーを護衛につけて買い出しに出ていたオーリは、無限の輪にやってきてから脈々と築いてきた人の善意に恵まれ、買い占めによる悪影響を受けることはなかった。
店の裏口から入り小さなマジックバッグをやり取りして物資の調達を何件かこなし、ガルムとコリナはスリや強盗を警戒しながらクランハウスへと無事帰還した。
それから夕飯の準備も整い食卓に並べられ、クランメンバーに欠けこそあるが一同が揃った。
「話は一先ず食事が終わってからするよ。それじゃ、いただきまーす」
思えば今日はトラブル続きでこうして腰を落ち着けて食事もしていなかったので、結構な空腹が続いていた。そのため早速既に盛られていた前菜のサラダに手をつけた努の言葉を皮切りに、各自食事を始める。
「…………」
ただその食事風景は静かなものだった。それはエイミーとアーミラの空席が目立つからか、はたまたステータスの消失によって今後の不安に押し潰されているからか。
コリナは食事に専念していますと言わんばかりに右手を忙しなく動かしているが、その額には冷や汗が滲み始めていた。そんな彼女の両隣にいるディニエルとリーレイアは不気味なほど静かにピラフを口に運んでいる。
ガルムは普段通り寡黙に食事を進めているが、その尾が動くこともなかった。ダリルも先ほどクランハウスを出てオルファンと合流した際、彼女からどうしてもっと早く来てくれなかったのかと責められた手前もあってか沈んだ表情のままである。
ゼノも家族が世話になっている手前ふざけるわけにもいかないのか、普段の軽口は鳴りを潜めていた。そんなクランメンバーの面々を眺めた努は無言でハンナに何度か視線をぶつけた。
ハンナもまた周囲が沈んでいる空気を察してか、口を噤んではいた。ただ師匠からお前が風穴を開けるんだと期待するような視線を何度も投げかけられては、このままじっとしているわけにもいかない。
「……アーミラは、えっと、どうしてるっすかねぇ?」
ハンナが何とか絞り出した話題について、明確に答えられる者はいない。ただ弟子が頑張って開いた突破口を無駄にはしまいと師匠も率先して動く。
「多分、バーベンベルク家が何とかしてくれてるんじゃない? 蠅の王を隔離してた時みたいな障壁でさ」
「あー、なるほどっす。……ご飯とかは、生肉とかなんっすかね? あの体だと。ちゃんと食えてるといいっすけど」
「確かにね……。流石にこのまま放置もあれだし、ご飯食べたらアーミラの様子見に行ってみようか」
「……トイレとか、大丈夫っすかね? 竜ってそこら辺どうしてるっすかね?」
「…………」
「い、今頃はもりもり出てるかもっす!」
「それは拾えないって」
師匠の沈黙に対して慌てて補足した内容がより酷いものとなり、努は投げやりな視線をハンナに返す。そんな二人のぎこちないやり取りを横目に、ディニエルが口を開く。
「それで、ツトムの言ってた神運営ってやつはどうなったの? まずはそれを話してくれないことには今後の作戦も立てられない」
「まぁ、不確定要素が多いんだけど……」
それから努は神威が憑依していた雷鳥について話し、その際に何かは授けられたことを話した。するとディニエルは残念そうにため息をつく。
「何も起きていないよりはマシだけど、すぐに解決できるわけでもなさそう」
「それこそ僕が受肉体とやらになれれば良かったんだけどねー。そうすれば対等にはなっただろうし」
「ツトム……もし仮にそれで解決したとしても、神威に乗っ取られたままでは意味がないぞ? エイミーとてそれで救われたとしても後悔するだけだ」
そんなガルムの懸念に対して努はうーんと腕を組む。
「そこはどうしても推測にはなっちゃうけど、神華みたいにでしゃばるタイプじゃないと思うんだよなー神威は。その考えも込みで雷鳥に問い合わせしてみたんだよ。まぁ、だからこそこんな状況になってると言えるのも悲しいところだけど」
「…………」
「何ならこの状況から全部、神威が僕の身体を乗っ取るために長年仕組んでたかもしれないなと考えてはいたんだよ? 元々神威は僕の身体を乗っ取ることを目的に僕をこの世界へ呼び出していて、みたいな? でも神華は大した条件もなしにエイミーの身体乗っ取ってたから、それが神威の目的だったら初めからそうしてるはずだしね。一体何が目的なんですかー? ってね」
努は最後に神光のバイパスとなっていた守精指輪へと呼び掛けてみたが、うんともすんとも言わない。それから努は改めてクランメンバーたちを見回し視線を合わせる。
「だから色々検証してみるしかないね。これからの行動プランとしては、迷宮都市の神のダンジョンに潜ってみて神威に何かは授けられてはいる僕に変化が起きないか。もしくは神威に期待をしないで帝都まで殴り込みにいくかになるかな。基本的には前者でいくよ」
「殴り込みにいくにしても、ノースキルノーステータスの対抗策は必要であろうな。一応、レベルを上げることでマシにはなるようだが」
「あぁ、そうなんだ? でもレベルが下がってるわけではないから、ステータスが半分になるのは避けられない感じか。……あと刻印装備が機能してることからして、サブジョブは無効化されてないっぽいし抜け道を探すとしたらここかな」
「もし帝都まで追いかけるとしたら、ユニークスキル持ちだけでPTを組んでとかですかねぇ……? アーミラは龍になっちゃいましたけど、大丈夫そうではありましたし」
コリナの提案に対しディニエルは真顔のまま顔を傾ける。
「ユニークスキル持ち、残ってる? ヴァイスはいない。警備団のブルーノもこの状況だと迷宮都市を放って離れることはなさそう。あとはミナと……レオンもか」
「ツトム君、コリナ君、アーミラ君……。レオンは問題なさそうだが、ミナは怪しいのではないか? まだ蠅の王を看護しているところだろう?」
「あのー、迷宮制覇隊の副隊長って、ユニークスキル持ちじゃありませんでしたっけ?」
「てか、そういえばあたしはステータスとか戻してもらったからいけるっすよ!! 魔流の拳は無理っすけど!!」
「お前はユニークスキル持ちってわけじゃないから、神華にノースキルノーステータス打たれた時点で終わりだよ。留守番してな」
「ぎゃーーっ!!」
「じゃあレオン連れてこよ。リーレイア、口説いてきて」
「嫌です」
まだ結論は出ず、不安は残り続けている。だがそれでも無限の輪の夜は確かに前へと進み始めていた。
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