第508話 おじさん、涙拭けよ
クロアとエイミーが取材依頼を終えて帰路につき打ち上げという名のアイドル作戦会議をしている中、アルドレットクロウと金色の調べも後を追うように150階層を突破した。最も視聴者層の多い夜の時間に突破するよう時間を調整していたこともあってか、盛り上がり自体は最高潮だった。
ただいくら二つのPTを応援してきた思い入れがあるとはいえ、突拍子もない編成で初見攻略を果たした化け物ルーキーの後では物足りない印象はあった。しかしそんなことも露知らずに同じ151階層で肩車しながらはしゃいでいたルークとレオンには同情する節すら見られた。
そしてその翌日に無限の輪とアルドレットクロウ、金色の調べはダンジョンに潜るタイミングが合えば共同探索することになった。その機会はまず無限の輪とアルドレットクロウに訪れた。
「三社の新聞揃って一面だったね。おめでとうクロアさん」
「ありがとうございます」
「ツトムも相変わらず刻印装備バカみたいに売れてるみたいで何よりだよ。あのユニスさんが作ってる物もあるんだとか」
「そりゃどうも。アルドレット工房はバカばっかりで大変そうですね。まともな刻印装備作れる職人一人しかいないとか」
「神の眼離しておいて正解なのです」
「ねー」
本当に男って馬鹿と言わんばかりな顔をしていたユニスは、アルドレットクロウのお姉さんタンクに相槌を打たれるとパッと表情を輝かせて話し込み始めた。そんな二人を横目にルークはじろりとした目で努を見上げる。
「……でも少しぐらい先輩に華を持たせる心持ちがあってもいいとは思わないかなぁ? ようやく突破したのにレオンと揃って道化扱いは悲しいよ」
「おじさん……涙拭けよ」
「クロアさん。ツトムはこういう手口だから気を付けた方がいいよ。初めは優しいフリして色々してくれるけど、後々はこれだからね」
「深淵階層なら召喚士のルークが一番強いなんて言われてたのに、今じゃあっさりクロア以下にされてるのウケますね」
「ああああああああああああ!!」
事実今のクロアは150階層での大きな活躍もあってか、一時期のアルマのような持ち上げられ方をされていた。そこまで細かく見ていない観衆からすればクロアだけが一騎当千の活躍をしているようにも見えたので、過剰な評価が積み重なって彼女も対応に困っているようだった。
その後発狂したように叫んでいたルークはクロアと競うようにアタッカーをしていたものの、指示系統に意識を割いていることもあってか純粋な火力勝負では負けていた。
「それじゃ、お先に失礼しま~~すっ!! 精々頑張ってねぇ~」
「あぁはなりたくないね」
ただ黒門を巡るじゃんけんで努が負けると、ルークはバチクソに煽りながら152階層へと進んでいった。そんなアルドレットクロウを見送った努たちは新たに出現したであろう黒門を捜し、その日のうちに152階層には進んだ。
「おいツトム……。一発で突破するんじゃねぇよ……」
「そもそも深淵階層の先駆者は多かったですし」
「ツトムんところのPT編成だと、先駆者とか関係なくねぇか……?」
「金色の調べはアタッカー4編成向いてそうでしたけどね。アタッカーの層が厚いし」
「なら先に言ってくれよー! 俺たちがどれだけ苦労したと思ってんだー! このー!!」
その翌日には152階層で金色の調べとの共同探索となったが、以前より何処か自信を取り戻した様子のレオンから体育会系のように肩を組まれてぐりぐりされた。陽キャ特有の距離感に付いていけない努の面倒臭そうな顔にレオンの狼耳が容赦なく突き刺さる。
「にしても、ツトムもとうとう俺の気持ちがわかってきたんじゃねぇか?」
「はぁ」
「奇しくも同じPT編成だろ?」
「……あぁ。PTの女性比率高めって話ですか」
「友よ……」
「レオンと一緒にされるのは御免ですね。マジで」
そうこうレオンと話しつつ、努はその後ろで見えづらい地獄みたいな雰囲気になっているらしいユニスと金色の調べPTの面々をちらりと窺う。
三年前に金色の調べを脱退し帝都で探索者をしていた彼女は、迷宮都市に帰ってきた時にレオンの様子を窺った際クランメンバーといざこざがあったらしかった。その影響かクランメンバーたちも和気あいあいと話しているように見えるが、微妙なギスギスが起きていることは察せられた。
実際のところ努としても女性特有な空気の淀み具合は、レオンと同じようにピンと来ないことは確かだ。女性からすると冷戦勃発していることは明らからしいのだが、ある程度察し能力のある努でもエイミーからの露骨なヘルプウインクがなければ気付かなかった。
「とはいえ金色の調べもバルバラさんがメインタンクしてましたよね。サブタンク予定だったレオンも結局アタッカーに専念してましたし」
「やっぱり奇しくも同じPT編成なわけ? 凄くね?」
「一人でタンク受け持ってたバルバラさんが凄いんですけど……。以前とは見違えましたね」
熊人のバルバラはおよそ五年前の役割指導で努からタンクを教えてもらった者だが、今となっては金色の調べの一軍タンクとして迷宮マニアからも評価されている実力者だ。
男性顔負けの巨女である彼女は初めこそ自身の身体に振り回されているような様子だったが、タンクとしての基礎技術と自負がこの三年で身についたのか努から見ても頼もしい守りぶりを発揮していた。
「へへ……。どうも」
バルバラからしても努は今でも恩師のようなものなのか、照れくさそうに笑みを浮かべながら身を屈める。そんなバルバラを150階層に潜る前から神台で見ていた努は、危うい状況でも当然のようにタンクとしての役割をこなしていた彼女の仕事ぶりをいくつか思い出しながら褒めた。
「わ、わかりましたから……ほら、ミルウェーとかどうですか? 同じ白魔導士から見て」
バルバラは努からの言葉を嬉し恥ずかしといった様子で何処かむずがゆそうに受け止めていたが、途中からレオンの視線に気づいたのか宥めるように両手をミルウェーの方に差し向けた。
「あ、ミルウェーさん。進化ジョブの立ち回り参考にさせていただきました」
「……ですよね。新聞で見た感じ撃ち方そのまんまでしたし」
「ホーリーレイ、計算して反射させると火力高いですよね。その割に精神力消費も低いし」
ユニスとは対を成すような銀狐人でありまるで姉のような見た目をしているミルウェーは、抜けた彼女に代わり金色の調べを代表するヒーラーとなっていた。どちらかと言えばロレーナのようなフィジカル寄りではあるが、ステファニーのようなスキル操作の精密さも時折垣間見える。
特に光属性の光線を放つホーリーレイの扱いは彼女の十八番のように見えた。基本的に一度放ってしまえばその後は出力を強めるか弱めるかぐらいしか操作できないため、自由に形を変えられるホーリーのような応用性はない。
だがホーリーレイ同士がぶつかると出力の弱い方が反射して軌道を変える特性がある。
それを利用して二本の出力が強い直線を引き、その間に弱いホーリーレイを閉じ込めるように反射し続けてDPSを稼ぐスキルコンボは、努も150階層でアタッカーに集中していた際は行っていた。ただそれは神台に映るミルウェーから盗んだ技だった。
「ノルムさんは灰魔導士の中でも進化ジョブの扱い方がはっきりしていていいですよね。魔導士系でバッファーやらずに避けタンクっぽい立ち回りするのは面白いです」
「ほんと、迷宮マニアみたいに知ってるのね……」
金色の調べの中では新参の部類に入るノルムは、白魔導士と黒魔導士の中間みたいなスキル構成である灰魔導士である。ただ進化ジョブ後もそのバラつき具合は変わらない。バッファー、タンク、アタッカーが出来る万能的なスキル構成をしているが、明確な強スキルがないので器用貧乏になってしまうことも多いジョブ。
それこそ最近は刻印片手間に神台を見る機会が多かった努は、金色の調べのPTメンバーについては把握している。初めこそ見えないギスギス空気清浄機に徹するつもりだったが、途中からは単純な興味もあって金色の調べのPTメンバーに根掘り葉掘り聞きまくっていた。
そんな努のある意味で鈍感な部分もあってか、女性メンバー同士の見えない空中戦は中断されることとなった。それに加えて普段からその調子なレオンもいたことでユニスの緊張も幾分か解けた。
そんな調子で努たちが天空階層を攻略している間に、中堅PTも続々と150階層を突破して始めていた。
アルドレットクロウや金色の調べのように王道のPT編成と、無限の輪が編み出した邪道編成。それに呪い部屋の上振れ要素も加わってか、中堅探索者たちは破竹の勢いで大きな壁であった150階層を突破し、前を行く三つのクランに追いつこうと共同探索も厭わなかった。
その切っ掛けとなった刻印装備についても話題となり、刻印油の寡占状態も維持しづらくなったアルドレット工房は流通経路を解放せざるを得なかった。それにより市場に出回る数を制限され高騰していた刻印油の価値は正常に戻り、大手クラン以外の刻印士でも手出しができるようになった。
そうなってからの刻印士は今もレベルも高い刻印装備を売って莫大な富を築き始めた努と、それには一歩劣るものの引っ張りだこになっているユニスの座を奪還するべく寝る間も惜しんでレベル上げに勤しんだ。
その反面、今まで刻印は職人の価値を棄損するものだと主張していたアルドレット工房やその周辺にいた工房は、自身の発言が跳ね返ってきて頭に突き刺さっているせいか大半は方向転換ができなかった。
それでも時代に取り残されまいと軌道修正を図ろうとする者もいたが、それならば今までの発言は何だったのかと周囲から批判されてろくな協力者が集まらなかった。そのため刻印に必要な装備や油の集まりが新進気鋭の者たちに比べ悪く、余計な時間ばかり食わされていた。
結果としてアルドレット工房にはクランリーダーのロイドと繋がりのある刻印士の一人くらいしか努が引き上げたレベルに追いつけず、今の環境からは置いてけぼりを食らうことになった。
そして中堅探索者たちの大半が天空階層に潜り、刻印に必要な宝箱産の装備と油集めに勤しむ光景も珍しくなくなってきた頃。王都方面の空からV字に編成されたスタンピード組が姿を現し、迷宮都市の門前に降り立った。
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