第429話 ダリルの甘さ

 

 オルファンに属する孤児たちが拠点とし、今も私服の警備団が遠目から監視しているような地域から少し外れたキャンプ場のような場所。そこで息を潜めるように昼食を食べている主に幼児から小児で構成された孤児集団の中に、ダリルはいた。

 その後ろの炊事場では狸人のミルルがパンの耳をふやかしてかさ増しされた汁物の入った大鍋をかき回している。その見た目こそまさに貧乏飯といったところだが、見た目が不格好な訳ありの野菜もとろとろになるまでぶち込まれているので意外と栄養バランスはしっかりとしていた。

 ただオルファンの本拠地にいるリキたちと比較してしまうと、まさに富豪と貧民ほどの差があることは事実だ。少年少女といえるほどに身体も出来上がり探索者としても活動している孤児たちの大半を保持しているリキの派閥はうなぎ登りだが、まだ保護が必要な小さい孤児たちを今も守っているダリルの派閥は数少ない者たちの働きで何とか保っているような状況である。

 リキにオルファンの代表を譲った当初はダリルに付いてくる者も多くいたが、待遇の違いが明確になるや否や鞍替えする者もまた多く出た。そんな裏切りが続き遂にはダリルとミルル合わせて探索活動を出来る者が五人まで減ってしまった。

 そうなってしまえば探索活動も縮小せざるを得ず、庇護が必要な孤児たちの生活を賄う資金調達も段々と苦しくなり始めた。それからはミルルの提案もあって事前に生活水準を最低限まで落とし、何とか困窮まではしないよう保たせた。だがもしここから誰か一人でも抜けることになってしまえば、その瞬間にPTも組めなくなり崩壊する未来は見えていた。

 そのことをリキたちもわかっているのか、今こちら側に寝返った者には破格の待遇を用意することを喧伝している。ダリルとしては、もうこんな小さな孤児たちを見捨てるような者がいないと信じたかった。だがそれと同時に、裏切られるのも時間の問題だということも気づいていた。そうやって信じてきた者たちも結局今はリキの側にいる。感情に任せて説得したところで現実が覆るわけではない。


(それも結局は、僕が甘かったから……何もかも)


 あの時努が何も言わずに去っていったことも、単に自分がクランメンバーとして情けなかったからだ。探索者としての力はガルムに、観衆からの人気はゼノにあやかっただけ。そして自分に場所を与えて活かしてくれたのは努だった。上位の探索者として新聞に取り上げられた時は少しは成長したのだと思っていたが、結局のところまるで自立はしていなかった。

 それにガルムだけは努から事前に事情を話されたことへの単純な嫉妬も重なり、これからは自分の足で立って今度は彼からも頼られるような人になるのだと決意し、無限の輪から独立して孤児団体であるオルファンを立ち上げた。

 元々律義に育った孤児院に通って支援してことや、ゼノのおかげで多少の影響力は持っていたこともあり、団体の人数自体はすぐに集まった。まさかここまでの人数が集まるとも思っていなかったのでその重圧に押し潰されそうになったが、それでもまずは一人でオルファンの成立に向けて身を粉にして動いた。

 オルファンの活動できる仕組みを作り終えて本格的に稼働してからも、机上の空論を現実に則して直していく地道な作業と並行し、百階層以降の探索活動も続いた。その時に王都の孤児たちに属していたミルルという大人びた女性からかなり助けられ、オルファンはかなり安定感を増した。初めこそダリルの影響力でゴリ押ししていた装備や備品の調達も、気付けばオルファンという組織を信頼しての取引が多くなった。

 だが、そんな中でダリルからすれば悪夢のような出来事が起こった。元々手癖の悪かった孤児たちがオルファンの活動資金に手をつけたこと。そしてダリルはそれを良心の呵責もあって見逃してしまったこと。

 ただ良心の呵責といえば聞こえはいいが、仲間内だからといってほぼ犯罪である行為を見逃したのはそもそもそれを指摘する勇気が自分にはなかったからだ。それを注意して嫌われる勇気がなかった。そして自分と違ってその勇気があったリキに支持が集まるのは当然のことだろう。

 それからオルファンは徐々に孤児たちからすれば痛快で過激ともいえる判断をするリキに傾倒し始め、ダリルが席を譲ってからは彼の独壇場となった。オルファンの積み上げてきた信頼を損ねるような判断をリキがした時にダリルは幾度か忠言こそしていたが、それも段々と鬱陶しくなったのか端へ端へと追いやられていった。

 そしてダリルはオルファンの脆弱性ともいえる、まだ働き手にはならない孤児たちを押し付けられてしまう形となってしまった。当然、ダリルはそれを見捨てられなどしなかった。元々オルファンは孤児たちを保護し、自立させるために立ち上げた団体だ。

 それにこの子たちを見捨てるようでは、努から頼られるようになるような人物になれるはずもない。ただその責任感と同時に、自分は努のようにはならないという意地もあった。その苦しさを知っている自分が捨てるような立場になど、死んでもなりたくない。

 しかしそんなダリルの覚悟とは裏腹に、彼の傍にいた者たちは続々と待遇の良いリキの方へと行ってしまった。初めこそ説得すれば踏みとどまってくれた者もいたが、時間が経つにつれて引き抜かれる数は増していった。

 自分の足で立とうとした結果がこれだ。情けない、情けない……。そんな自虐の毎日を過ごしながらも、せめてまだ自分と違って身体的に自立が出来ないこの子たちの可能性だけは潰させるわけにはいかないと奮起し、ダリルは今も居場所のないオルファンで活動を続けている。

 だがそれはいわば自己犠牲の上で成り立っているボランティア活動のようなものなので、そろそろ限界が来ることはダリルだけでなく周りの者たちも理解していることだろう。誰かが経済的な理由でリキ側に付くことを選ばざるを得ない状況になるのは時間の問題だ。


「ダリル、ちょっといい?」


 そんな淀み切った心境であるダリルに声をかけたのは、子供たちが食べ終わった食器を大きな桶に入れて洗っていたミルルだった。いつものように大鍋を片付けながら思考に耽っていたダリルは、いつもと違い明らかに浮足し立った様子の彼女を見て既にこれから相談されるであろうことを察した。十中八九リキからの引き抜きについてのことだろう。

 そもそもの話、ミルルが今まで自分の側で働いてくれていたことは奇跡といってもいい。彼女がオルファンの裏方として懸命に働いてくれ、自分が立案した制度の粗を見つけて直してくれたおかげでここまでの規模に急成長し、安定してきたといっても過言ではない。

 当然、リキたちもそれは把握しているだろう。だからこそミルルの引き抜きには躍起になっているのだが、彼女はそれに一切なびかず自分と一緒にか弱い孤児たちを守り続けてくれている。その理由もただ孤児たちを守りたい善意からだろう。

 ここまで出来た女性を間近で見たのは今まで生きてきた中で初めてだった。そんな彼女が味方でいてくれたおかげで今の自分が保てているといってもいい。それほどまでにダリルはミルルを頼りにしていたが、それと同時にもし引き抜かれるのなら彼女だろうなとも思っていた。

 まるで無限の輪にいたオーリのような調整能力とや取引先との交渉力と共に、教育のなされていない孤児たちをも従えることのできる強かさを併せ持つ彼女が自分の傍に付いてくれるのは、まさしく善意からだろう。だが善意だけを持って自分に付いてきてくれた人も、時が経つにつれて段々と摩耗していく。善意だけで飯は食っていけないし、大きなことを成すことは出来ない。


「どうしました?」


 その折り合いをつける時が、彼女にも来たのだろう。ただ、ここまで善意だけで付いてきてくれたことには感謝しかない。なのでダリルは残念に思う気持ちを何とか顔に出さないよう抑え、絞り出すように返事をした。すると彼女は少し荒れた手をボロ雑巾で拭いた後、カンフガルーのように大きなポケットが備え付けられた服から一枚の手紙を取り出した。


「今日の朝に、あのゼノから直接手紙を渡されたんだよ。ダリル宛てに」
「ゼノ、さんからですか」


 その手紙には確かにあのゼノ特有の筆記体じみた軽やかな字で、親愛なるダリル君に、などといったことが書かれていた。

 ダリルはオルファンの座をリキに譲って追いやられてからは、無限の輪の人たちとは極力連絡を取らなくなった。随分と落ちぶれてしまった自分と違い、無限の輪の人たちは今も最前線で活躍している。そんな彼らと自分が今も連絡を取るのは何だかおこがましいし、居心地が悪くて気まずかった。


「ダリルにとっても重要なことだから今日中に渡してくれって言われたし、今ここで目を通しちゃってよ」
「……そうですか」


 ゼノがそこまで念押しするとは一体どんな内容の手紙なのか、推察するよりも見た方が早いと思いダリルは封を開けた。そこに書いてあったのは努の帰還についてだった。


「……今日の夜、無限の輪のクランハウスに行ってきます。突然で申し訳ないですけど」
「……いいよ。急用だろうし、みんなには私からも言っておく。ただ、私も付いて行っていいかな?」
「え?」
「ちょっと、気掛かりなことがあるんだよね。ダリルに迷惑はかけないようにするから」


 丸々とした狸耳を下げながら珍しく弱気な様子でそう言ってきたミルルに、ダリルはよくわからなかったが一先ず了承しつつゼノに確認の手紙を書いて返した。

 コメント
  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:04 PM

    早くて嬉しい!
    毎日チェックしてるかいがありました。
    有難うございます。

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:06 PM

    スクロールバーで予想はできたけど、対面にはならなかったか‥
    次の更新も早いといいな

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:07 PM

    次回は謝罪かな?

  • 阿澄龍ノ輔 より: 2020/05/01(金) 5:10 PM

    ダリル&ミルルカップル成立か?
    そしてミルルも無限の輪に入りそうな感じが…努次第だと思うけれど
    次話がまたまた楽しみにです

  • たろえもん より: 2020/05/01(金) 5:13 PM

    コツコツと更新お疲れ様です。

    さて、ミルルが現実を知って更正したようだけど、ツトムがまた余計な一言を投げそうな気がする。

    そこも含めて楽しみにさせてもらっていますが、何か支援の方法がありませんかねぇ

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:16 PM

    ミルルやらかすか?

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:18 PM

    更新ありがとうございます。

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:19 PM

    ダリルとツトム気になる!ミルルとツトム気になる!エイミー気になる!イロイロ気になりすぎる!続き待ってます!

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:20 PM

    更新待ってましたー(o^^o)小説を作る作業は大変な事だと思いますがたのしみにしてます(o^^o)、更新ありがとうございます(〃ω〃)

  • 社長見習い より: 2020/05/01(金) 5:30 PM

    ダリル以上に、ミルルと努の再会が楽しみすぎるw

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:34 PM

    ミルルがこんな聖女になるなんて……
    でも努は彼女を信じないだろうから、このままではどう転んでも合流とかできなさそう。

  • えび より: 2020/05/01(金) 5:34 PM

    盛り上がってまいりました!

    続きを切望

  • より: 2020/05/01(金) 5:37 PM

    更新ありがとうございます^_^

    ミルル、じゃますんなよ???

  • こゆき より: 2020/05/01(金) 5:39 PM

    やっぱりライダンは読みごたえがあります。
    毎回楽しみにしております。

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:43 PM

    ミルルの気掛かりってのは何なのか…?
    努との過去を清算できるのか?

    まあ、努自身は実害が来なければどうでもいいと思っていそうだが…w

  • 試される大地 より: 2020/05/01(金) 5:43 PM

    dy冷凍先生、更新お疲れ様です!
    ダリルの先行きが気になりすぎますっっ!!

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:46 PM

    ダリルはまだ精神的に未熟でミルルの方が成長してるって感じだな。ミルルやっと心から謝罪するかな

  • ポリリン より: 2020/05/01(金) 5:47 PM

    ダリル苦労してるなぁ。
    身動きの取れない現状がどう変わっていくのか楽しみ。

  • ライダン好きの浪人生 より: 2020/05/01(金) 5:48 PM

    更新ありがとうございます!今回も面白かったです。努と再会するダリルの反応とミルルの思惑が気になります。お体に気を付けて充分英気を養いつつ毎秒更新頑張ってください!(投げやり)

  • るーぱー より: 2020/05/01(金) 5:52 PM

    ミルルも反省してるみたいだし、アルマみたいに努と普通に話せる日が来るかなぁとも思うけど、やらかした事が酷過ぎるし努なら絶対許さないだろうなぁ。
    ダリルは精神的に弱りきってるし努にちょっと優しくされたらコロっと落ちそう。笑

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:57 PM

    ヤッタァァー!先生、更新ありがとう!早い!!ダリルはいい子なんだ、いい子なんだよぉ。続き待ってます。

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 5:58 PM

    ミルルと真の和解なるか、それとも悪意か。。。さあ気になるところだぞ。改心したのか闇をまだ抱えてるか。。。

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 6:04 PM

    更新ありがたいねー

    気の向いた時だけでいいのでこうして続けていただけるととても嬉しいです

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 6:05 PM

    自立心と言うか、思ってたより前向きな理由で無限の輪を出てったんですね。
    しかしダリルがミルルの過去を全く知らずに良い人だと思ってたのはなんだかもやっとします……。当時は結構騒ぎになってたし、自分がお世話になってたガルムが犯罪者疑惑ある人と組んでると気づかなかったんでしょうか……。
    そして何よりもリキとその取り巻き!恩を仇で返した上に、そのままもしダリルがやっていけなくなったら幼い子供達は見捨てるつもりなんですかね?凄くもやもやします。
    これからどうなるのか、続きを楽しみに待ってます!

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 6:09 PM

    更新ありがとうございます。
    努、ダリル、ミルル、とそれぞれがそれぞれにどうやって落とし前をつけるのか本当に気になります。

  • アトレイユ より: 2020/05/01(金) 6:13 PM

    とても面白いです。

    あぁ、早く続きが読みたい~

    幸せをありがとう~

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 6:13 PM

    幼児から小児で構成された孤児集団の面倒みてるなんてエラいぞミルル!

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 6:16 PM

    更新早くて嬉しい!
    今後ダリルとミルルとオルファンがどうなっていくか楽しみ!

  • 匿名 より: 2020/05/01(金) 6:22 PM

    ミルルが調子乗って来ているのが腹立ちますね…
    ずばっと努に言って欲しい!!

  • より: 2020/05/01(金) 6:30 PM

    25来ました(^w^)
    毎度更新ありがとうございます。いつも楽しく読ませて頂いてます。

    24は気がついたら感想欄伸びてたので、乗り遅れました。
    今回は早めに見つけたので感想を…。
    みんなの中でヘイト稼ぎまくりだったダリルが、やっぱりいいこだったのはなんだかちょっと嬉しいかも。
    冷凍さんの『読者ヘイト管理』がまたしても冴え渡って素晴らしい(゜∇^d)!!
    問題はミルルの『猫被り』ですが、何かやらかす気がプンプンですね…(-“”-;)

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