第767話 光精霊アスモ
それから飛行船内は気まずい空気を抱えたまま、祭壇のある隠し浮島に向けて全速前進していく。その間に努もディニエルに倣って別室に移動して仮眠を取っている中、リーレイアは涙目でゼノに相談していた。
「どうしましょう……。私のせいでアスモ契約してくれないかもしれません」
「叱られて逆上したわけでもあるまいし、ツトム君もそこを引き合いには出さないと思うがね!」
するとディニエルは微笑みを浮かべながらリーレイアの肩に手を置く。
「二流に光精霊を見せるわけがない」
「あああぁぁぁぁっ……!!」
「ディニエル君、やめたまえよ」
「ツトムからすればアタッカーは全員二流で何より」
「ツトムさんは、何というか怒るツボが普通の探索者とは違いますよね。それこそ僕の鎧をロストでもしたのならあの怒りもわかるんですけど、仮にロストしてもあちゃー、で済ませそうです」
ダリルの軽く苦笑いしながらの言葉に、リーレイアの首筋にある緑鱗を撫でていたディニエルの手が止まる。
「ツトムは痛いのが何よりも嫌い。だから死ぬことも嫌う。そしてそれを他人に味わわせることも嫌っている。だから飛行船にもしダリルが乗り遅れた際、ロストさせないために身投げを選ばせるのはかなりの苦痛を伴うっぽい」
「……探索者が中堅になる頃にはそんなの気にしてられませんからね。ツトムさん世代の人たちは特に」
「ヒーラーとして卓越しすぎた故の弊害だね。ある種の美しさは感じるよ」
「でもロストしてでも命を守れとは言わなかった。美しさは捨てた」
「いや、僕の命のためにこれをロストしろなんて言われたら、それこそ僕が死に物狂いで死にますよ?」
氷葬の鎧は今のダリルにとっては無くてはならないものであるため、彼はひしっと身を守った。するとゼノは訝しげに顎へ手を当てる。
「ただツトム君も180階層で幾度となく死を遂げた。それで少しは死に対する忌避感も薄まったと思っていたのだがね? 案外そうではなかったようだ」
「あぁ……うぅ……」
「四季将軍はさっくり終わらせてくれたから。ツトムにも呪い部屋を突破する地獄は潜ってほしいところ」
「……あぁ、深淵階層のアレですか。僕は経験したことないんですが、ガルムさんも正気の沙汰ではないと言ってましたからね」
「確かにアレは私も相当堪えたね……」
150階層で呪蟻の成り損ないがひしめく部屋を突破する際、刻印装備がない状態ではPTメンバーの一人が呪いを一身に背負うしかなかった。あれはまさに地獄の苦しみであり死が救済であることを誰もが自覚させられる所業であり、経験済みであるゼノの言葉には実感がこもっていた。
「どうしましょう……どうしましょう……」
『ビャッ』
三人がそうこう懐かしい話に花を咲かせている中、リーレイアはそんな努の地雷をすっかり忘れて踏み抜いてしまったことで忙しなくその場をウロウロしていた。そんな彼女を慰めるようにサラマンダーは首元に巻き付いて温めた。
『…………』
そしてシルフはその後も錯乱するまま努の寝床に向かおうとしたリーレイアを向かい風で止めた。そんな四大精霊に愛されている彼女をゼノは苦笑いで見やり、意趣返しを終えたディニエルはもう興味がなくなったのか本を読んで時間を潰していた。
『到着だぁーーー! 骨身を惜しまず準備しやがれっ』
そして骸骨船長の能天気な船内放送と共に、飛行船は隠し浮島に着陸を始めた。その衝撃でずしりと飛行船が揺れる中で、ようやく精霊たちのメンケアで落ち着いてきたリーレイアが緊張の面持ちで口を開く。
「……ダリル、呼んできて下さい」
「…………」
「ダリルっ」
「この揺れの後ならどうせ自分で起きてきますよ。それでも起きてこなかったら、それはそういうことじゃないですか?」
無限の輪を一度離脱したメンバーとして散々なじられてきたダリルは、ここぞとばかりに澄ました顔でのんびり氷鎧を着付けている。そんな彼にリーレイアはわなわなと口を震わせた後にゼノを見やる。
「リーレイア君、落ち着きたまえよ」
「ダリルがっ、ダリルがっ……!!」
「君が散々クランを抜けたことを当て擦った結果だろう? その報いは受ける他ない」
「……しょう。ちくしょーーーー……!!」
全力で歯噛みし冷や汗で張り付いた緑髪を揺らすリーレイアを前に、ディニエルとダリルは軽く引いていた。
そしてとうとう飛行船の動きが止まったところでいよいよ部屋から出ることとなり、ずっと動けなかったリーレイアはゼノたちに続いて恐る恐る部屋を出た。
「随分と遅かったね」
飛行船が到着した衝撃で仮眠から目覚めて既に飛行船の甲板に出ていた努は、ようやく来たPTメンバーたちにそう愚痴った。そしてここからでも見える祭壇を指差す。
「ほら、契約」
「っ。契約――アスモ」
そんな努の呼びかけにすかさず答えたリーレイアの詠唱と共に、空から白い繭状態のアスモが顕現する。それはゆっくりと小さな浮島にある祭壇へと降りていき、台座にすっぽりと収まった。
それからPTメンバーたちも飛行船を降りて祭壇に近づいていく。先ほどの不安げな表情は何処へやら、リーレイアはるんるんとした足取りで祭壇のアスモを見上げている。
「散々投資してたし一個でいけるんじゃね?」
本来であればこの祭壇にありったけの光魔石を捧げる必要があるのだが、以前リーレイアは光と闇階層でアスモ相手に手持ちを全て溶かしていた。なので努が光の小魔石を試しに捧げてみると、アスモの繭がもこもこし始めた。
「おぉっ……!」
「……一応どちらも抑えておこうか」
普段はクール系であるリーレイアがアスモをめぐってしっちゃかめっちゃかになっている姿の方が需要はありそうだとゼノは思ったが、一応光精霊の孵化シーンと合わせて神台に映るよう神の眼を調整する。
内側から押し広げられるように歪む繭。次の瞬間、繭の表面に走った亀裂から目を焼くような白銀の閃光が溢れ出した。
それは虫という言葉から連想される不気味さとは無縁の、神々しいまでの造形をしていた。 全身は新雪のように純白で、ベルベットを思わせる極上の産毛がそのふっくらとした体を隙間なく覆っている。
頭部からは鳥の羽根を編み上げたような黄金色の触覚が伸び、漆黒の真珠を嵌め込んだような大きく丸い瞳を宿した光精霊のアスモ。蚕をモチーフとしたそれは、光の声帯を震わせみゅいみゅいと鳴き声を上げた。
短い前足で自身の顔をなぞるように動かして孵化した際に付いた光の糸を払い、それから祭壇の前にいる努をじっと見つめた。
「……ギリいけるか? 取り敢えず、もう少し小っちゃくなれる?」
『ミュイ』
契約主の意向を聞いたアスモはほわほわのバネみたいな鳴き声と共に小さくなり、白い羽根で滑空し努の肩に降り立った。犬猫と同じ大きさの虫が近づいてきたことに努はうげーっと反射的に身を引いた。
だがすぐにその嫌悪感にも慣れてきたので、そっとふわふわの羽毛に触れてみるとアスモはその黒い目を閉じて手にすりすり押し付けてきた。
「うーん。これはまた難しいラインだな……」
虫には到底思えないもふもふ加減で触り心地はいいが、その足やお腹はがっつり虫なので努としては顔が引き攣る時もある。それから持ち込んだステータスカードでアスモが使える精霊スキルを改めて調べつつ、放心状態であるリーレイアに歩み寄る。
「触らせてもいい?」
『……ミュ』
「いいってさ」
そんな努の質問にアスモは嫌そうに黒目を細めたものの、渋々といった様子で鳴いた。するとリーレイアは手を震わせながらアスモの全身を覆う白い産毛に触れた。
「すぅー……」
「えぇ……?」
そしてアスモのぷにぷにふかふかとしたお腹に顔を埋めて深呼吸し始めたリーレイアを前に、努はドン引きした。アスモも心なしか迷惑そうに鳥の羽根にも似た触覚を震わせている。
それから十数秒後にようやく顔を上げたリーレイアは、まさに恍惚といった様子で鼻の穴に入った産毛を払った。
「夢が、叶いました……」
「そりゃあよかったね」
「……その、次の機会があれば今度は大きな状態で、全身でアスモを感じたいです」
「それはいずれ、ね」
努はそう結論付けてアスモの前に光の小魔石を掲げると、それは白い羽毛越しに魔力を吸い取られて消えていった。
更新ありがとうございます。
貴重なリーレイアのパニックと狂喜乱舞…