第803話 雑魚のマイナーモーション
黒い刻印油が油田のように所々から噴き出している刻印階層。その乾いた地面に埋まっていた枯木は探索者を認識するとその擬態を解いた。
『ボッー……』
104階層から現れるオイリーフという樹木を模したトレント系のモンスターは、その木目から樹液の代わりに刻印油を垂らしながら努たちPTに迫ってきていた。
初めは単にのろめの巨人系モンスターであるが、刻印油が垂れていく度に滑りが良くなりその動きはよりトリッキーなものとなる。特に足を滑らせる動作からのすってんころりんドロップは、適正レベル帯のタンクにも致命傷を負わせる威力を秘めている。
「コンバットクライ!」
「しっ!」
そんなオイリーフのヘイトをダリルは取って引き付け、弱点である木目を狙ってガルムがショートソードを差し込む。
レベル180を超えたガルムのクリティカル攻撃を受ければ、本来オイリーフはひとたまりもないはずだ。だがオイリーフはガルムの刺突にさしたる反応も見せず、ほうきのような手でダリルを横から薙ぎ払っていた。
「うぐっ」
「ヒール」
それを敢えて大盾で受けてみたダリルは、覚悟を決めていても思わず声が漏れる衝撃に驚く他なかった。そんな彼の腕にヒールが着弾し、うっ血し始めていた箇所を治す。
ノースキルノーステータスにより半減したVIT。ただ100レベル以降はステータス上昇が緩やかになる性質上、それは文字通り以上の影響がある。迷宮都市で最高峰のレベル帯である者たちですら、60階層の火竜にすら苦戦するステータスとなっている。
「パワーアロー」
ただ最前線の探索者たちには死を繰り返して骨身に染み込ませた技術と、その結果として手に入れてきた潤沢な装備は奪われていない。
ディニエルの放った赤い軌跡を残す強矢はオイリーフの木目を正確に捉え、クリティカルを出すと同時に燃え上がった。それが刻印油にも引火したことで中から火が溢れ出し、オイリーフがもがき暴れ回る。
オイリーフに対して火は有効的だ。その引火後に暴れ回ることを除けば。
「退避、退避―」
火だるまの巨人とまともに戦うのも馬鹿らしいので、努たちはオイリーフが燃え尽きるのを逃げながら待った。自分たちが104階層のモンスター相手に逃げ回っていることに努は含み笑いを漏らし、フライで飛んだダリルも苦笑いを零す。
「マジックロッド」
それから数分後に進化ジョブを解放した努が帝都階層で得た覇桜の薙刀を操り、木炭になりかけていたオイリーフに止めを刺した。身を震わせ光の粒子を漏らし消えていく黒木を前に努は息を吐く。
「まさかオイリーフ相手に僕たちが逃げ回るとは思わなかったね?」
「正面からやり合うのも面倒。どうしても時間がかかる以上、刻印油まみれのオイリーフと戦いたくもない」
「刻印階層のモンスターは基本的に封殺してるので、逆に立ち回りづらいですね……」
「未熟さを痛感した」
今まである程度ステータスと装備のゴリ押しでモンスターたちを薙ぎ倒していたこともあり、トリッキーな刻印階層のモンスター相手にパリィが出来なかったガルムは不甲斐なさに唇を噛んでいた。それに努はいやいやと首を振る。
「明確な火力不足で戦闘時間が伸びてるのもあるからね。いくら装備が整っているとはいえ、流石に四人PTは舐めすぎた。無限の輪だけじゃ回せないねこりゃ」
「それは本当にそう。皆が進化ジョブ使わなかったら怒ってた」
ノースキルノーステータスは進化ジョブであればステータスは一段階ほどマシになるので、アタッカーに変化するガルムダリルが柔軟に変えたことで火力不足は補えた。ただそれでも四人PTで挑むには104階層ですら荷が重かった。
「ま、今は他も混沌としてるし、臨時の一人や二人見つかるでしょ」
完全に燃え尽きてドロップも何もないオイリーフの焦げ跡を横目に、努たちは帰還の黒門から一度ギルドへ帰った。そして同じような最前線であぶれている者たちを軽く探してみたが、すぐには見つからなかった。
「多分スポッシャーならオイルアトラクションこなせれば四人でもいけそうだけど、大丈夫そう?」
「あれか。随分と久々だな」
「身体感覚も変わってるから面倒そう」
「僕も自信はないですね……」
「ならやめとくか」
努が三人の意見を聞いた後、現状でいけそうな階層として131階層から始まる孤高階層を挙げようとした最中、ディニエルは相も変わらない目で問いかけてくる。
「別に出来ないとは言っていない。ツトムこそ問題ないの?」
「僕は、まぁね」
そもそも努はノースキルノーステータスの影響を受けておらず、刻印士を開拓する際にスポッシャーには無限刻印油の供給源として世話になった。そのためオイルアトラクションにもかなりの自信は窺えた。
「なら問題はない。110階層で」
「だってさ」
「はい……」
「うむ……」
普段のディニエルであればこれ幸いと昼休憩を長めに取っていただろうが、今は状況が状況である。そのことに触れるわけにもいかないダリルはそう返事をし、ガルムは腕を組みながらかつて滑り散らかしたオイルアトラクションのコツを思い出すことに苦心していた。
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