第812話 まったく、私がいなければ……
それから進化ジョブを切った状態のガルムがドス黒い血爆弾によって一撃で死亡し、そのままアンデッド化する。ガルムが纏った爛れ古龍によって生み出された血鎧は脈打つように黒い表面を波立たせ、血盾からは黒い液体が滴り落ちている。
濁ったガルムの瞳が真っ先に捉えたのは、臓器破壊を最も多くこなしたコリナだった。そして発狂したかのようにコンバットクライを周囲に放ち始めた。
人であろうと不意に受ければついつい敵意を向けてしまいがちになる赤い闘気であるが、コリナはそれを受ける気満々であったので問題はなかった。むしろその敵意すら利用してガルムの懐へと飛び込み、星球を唸らせアンデッドを昇天させにかかる。
「――っ!?」
だがアンデッド化した彼はコリナの打撃を盾で寸分狂わず受け流し、痛快な音が響き渡る。ジャストパリィを決められたコリナは体勢を大きく崩し、舌が痺れてまともな声も出せなくなった。
その隙だらけな彼女の顔面に血剣の鋭い突きが迫る途中で、空間の収縮が起き始めていた。それは完全な詠唱を以て爆裂を引き起こす。
「エクスプロージョン!」
アルマは精神力を弱めた小爆発を二人の中間に起こし、どちらもまとめて吹き飛ばした。それによりコリナも軽い火傷と擦り傷を負ったものの、顔面を貫かれるよりはマシだろう。
そんな彼女は口の中に溜まり始めていた血をぷっと吐いた後、血でしゃがれた声を張る。
「これ、ステータス戻ってますぅ!! アンデッドだと!!」
「げぇー」
コリナを殺さんと迫った血剣の勢いは、普段模擬戦をしているガルムと遜色なかった。それを身をもって思い知ったコリナの発言を前に、努はそうぼやきながらも状況を把握する。
ハンナはこちらの状況には気付いておらず、爛れ古龍のヘイトを取りつつ臓器破壊に努めている。ただ今はその視野の狭さが良い方向に働いている。もしこれで彼女がこちらに気を取られてしまえば、臓器破壊が遅くなり爛れ古龍のヘイトも乱れかねない。
「出来れば五分、最悪でも十分以内には殺さないとガルムが蘇生できなくなる。三人がかりで行くよ」
「面倒臭いわねぇ……。あいつ古参だから黒魔導士への対処も慣れてそうなのよね」
アルマはそうぼやきながらフライで浮かんでいる努の横にわざわざ並び立ち、既に態勢を立て直していたガルムに杖を構えてみせた。そしていつの間にか出現していた神の眼もすかさず二人の構図を捉える。
「格好つけてる場合じゃないぞ?」
「いいじゃない。これで朝刊の一面はこの絵で決まりよ? あの白魔導士、黒魔導士が夢の競演! ってね」
「やかましい。始めるよ」
その言葉を皮切りに魔導士二人は左右に展開し、コリナが再び前線に躍り出る。軌道の読みづらいフレイルに持ち替えた彼女は鎖の先に付いた鉄球を振り回す。その身が竦むような風切り音にガルムの犬耳がピクつく。
「むぅん!」
「シールドバッシュ」
幾多ものフェイントを織り交ぜた鉄球の軌道は読みづらく、ガルムもおいそれとパリィはできない。しかしそれでも今はほぼ互角なステータスであるため、血盾での攻撃を行えば相殺できる範疇である。
(マジックロッド使えたら手数で押せたんだけどな)
しかし現状の努はノースキルノーステータス下を装う縛りをしているため、DEXが半減しているにもかかわらずマジックロッドをすいすい動かすわけにはいかない。そのため精神力を調整したホーリーレイでコリナを援護する。
「ブリザードクロス」
上空からコリナたちを追いつつアルマも杖で地面を指し示し、二本の氷棘を展開する。ただそのスキル名を犬耳で聞き逃さないガルムはそれらをパリィし、続くコリナの打撃には血剣で対処する。
努の刻印が入っているフレイルは数度の打ち合いで血剣にヒビを入れる。だが爛れ古龍の供給する血によりガルムの装備は適宜修復されていく。
血分身と違いアンデッド化はスキルが扱えるようになり、その死体が築いてきた記憶や技術をも継承する。そして場合によっては生者より優れた機能を発揮することもある。
(ガルムだってそんなポンポンパリィしねぇぞ!)
ホーリーレイを何てことなさげにパリィして無効化してくるアンデッドガルムに努は内心毒づきつつ、マジックバッグを漁り杖を持ち替える。アルマもパリィされやすい類のスキル使用は控え、炎や雷のスキルでガルムの逃げ口を塞ぐ。
ガルムもまた三人の蘇生時間以内に討伐したい目的を踏まえ、徹底した時間稼ぎに努めていた。前線のコリナに対してはいなすことだけに集中し、周囲を飛ぶ魔導士からは致命傷だけ貰わないよう徹底している。
「むぅ……」
しかしそれに焦れて無理に攻め込もうとすれば、手痛いカウンターを貰うことになるだろう。この場において相打ちはアンデッド化による敗北を意味する。だからこそコリナも無茶を通すことは憚られた。
「七色の杖」
そんな膠着した状況の中、ロレーナが好んで使用する如意棒を持った努はスキルを使用しにょいーんと伸ばした。その勢いのままガルムにぶつけてみようとしたものの、ひょいと避けられる。
「えぇ!? 本気ですかぁ!?」
「いや、別に参戦はしない。怖くて近づけないので」
近接戦に切り替えたのかとコリナは驚いた様子だったが、努としてもフレイルが飛び交う前線などに出るつもりは毛頭ない。単にガルムが知らなそうな技を披露して不意をつけないかと思っただけである。
「…………」
ガルムは少し目をくれるだけでコリナに視線を戻し、しかし油断はしない。かつての戦友であり命を預けるに値した男。そんな彼が妙手を使ってくることも記憶に残っているからだ。
「エクスプロージョン。……ちっ、小声でも駄目か。エクスプロージョン、エクスプロージョン」
「ホーリーレイ」
空間を収縮させてから爆発させるスキルの起こりをガルムは察知し、アルマの爆破から逃れる。そのまま立て続けに起こる小爆発に合わせ、努も逃げ場を埋めるように聖属性の光線を的確に放つ。
その連続的なスキルの全てを防ぐことはガルムも出来ず、犬耳は一つ欠損し左腕にも痛手を負った。だがその怪我を感じさせない動きは健在で、むしろそのキレを増してコリナに二の足を踏ませる。
(限界の境地使うんじゃねぇよ、もう死んでるだろ)
そして努はアルマに歯車を回すようハンドサインで指示する。それを受けた彼女は小爆発での牽制を続けつつ、片手でラチェットロッドを反時計に回す。すると内部の歯車が小気味よい音を立てて噛み合い、透けた杖の中で精神力が渦を巻く。
「ホーリーレイ」
その聖属性を帯びた光線は確かにアンデッドに対して有効であるが、直線的な動きをするためパリィがしやすい。もう対処に慣れてきたガルムは軽くいなしながら、血剣でコリナの攻撃だけは食らわないよう気を配っている。
「ホーリーレイ」
「……!?」
その詠唱と同時に背後から空気を焼くような音。咄嗟に頭を下げたガルムの頭上を光線が掠めて抜けていく。立て続けに前方から光線が飛来し、それをガルムはパリィで何とか受け流す。
ホーリーレイ同士はぶつかると反射する性質がある。努はホーリーレイを撃ち続け、光線を張り巡らせていた。そして遥か遠くにあるホーリーレイが光線を反射し、ガルムの不意をついた。
そんな一人の白魔導士による二段打ちに紛れ、彼の後ろにある空間は既に収縮しきっていた。
「エクスプロージョン!」
それまでの小爆発とは比べ物にならない轟音。歯車で溜め込まれた精神力も入った大爆発を背中から叩きつけられ、ガルムの体勢が前のめりに崩れる。その先では鎖を限界まで引き絞ったコリナが待ち構えていた。
遠心力の全てを乗せて振り下ろされた、悪を払う鉄槌。
「ええっ!?」
しかし体勢を崩しながらも振るったガルムの血盾により、コリナの放った渾身の鉄球は真横にパリィされた。そのスキルを介した受け流しは鎖を辿って伝わり、彼女の身体は硬直してしまう。
ただ彼もその無理な受け流しにより、コリナへの追撃はままならない。
「セイクリッドノア」
「…………」
すかさず追撃を行っていたのは白魔導士だった。既に射出されていた球体に対してのパリィは間に合わず、せめて血剣で対抗するも聖属性は穢れを払う。そのままガルムが押し潰されるように浄化される最中、努は彼の口端が上がっていたのを捉えた。
「……レイズ」
進化ジョブを解除した努が蘇生スキルを空に打ち込むと、亜麻色の服に包まれたガルムが横たわった状態で蘇る。目を覚ました彼はすぐに起き上がると、気怠そうに地へ降り立ってきた努に目を向けた。
「……意外と粘ったのか?」
「それはもう、ね。何せステータスが戻ってたから」
「そうなのか。手間をかけたな」
てっきりコリナに瞬殺されたのかと思っていたガルムは、努たちの苦労もよそにちょっとだけ嬉しそうだった。
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