第414話 敗者ばかり

 

「美しくない……」


 アルドレットクロウの刻印による装備の開拓が進むにつれ、神台には圧倒的な性能を誇る亜麻色の服を装備している探索者が散見されるようになった。そんな光景を目の当たりにしていたゼノは沈痛な面持ちで小さく呟いた。

 迷宮都市では敗者の象徴であった亜麻色の服は数ある装備の中でも飛びぬけて刻印がしやすいため、生産職の間では良い練習台として役立っていた。そしてあまり良い刻印が施せなかった敗者の服でさえ、中堅の探索者からすれば破格の性能である。

 そのためアルドレットクロウから流れ出た敗者の服を中堅の探索者はこぞって装備し、神のダンジョンに潜っていた。


「敗者ばっかりだな」
「装備ありきで階層更新してる奴も多いだろうし、実際そうだろ」
「でもさ、アルドレットクロウの二軍とかが着てないの逆に面白くね?」
「うーんあれは雑魚ムーブ。あのアルマですら着てるってのに」
「滅茶苦茶嫌がって騒いでたって噂だけどな」


 それにより神台に映るのは敗者の服ばかりなため、観衆たちもそのことについてぼやいている。


(私もあの立場なら無理やりにでも着せられていただろうな)


 探索者たちが性能を重視して敗者の服を着ることがそこまで悪いことだとは、ゼノも思っていない。むしろ変なプライドを持って敗者の服を着ない者に比べれば考えが柔軟で、探索者としての伸びしろもある。もし自分がその立場だとしても、妻に説得されて渋々着ていたことだろう。


(しかし、工夫をすることは出来る。私が、この状況を変えなければならないな……)


 もし自分ならただ敗者の服を着せられるのではなく、せめて独自のセンスを加えるという抵抗は辞さない。そのことをゼノは皆に知らしめようと、初めは亜麻色の服を改造して恰好のつく形を考案しようとしていた。

 だが、幸いなことに今の自分には大きな力がある。

 貴重な刻印油を独自で手に入れられる探索者としての力に、今まで自分の価値観に合う装備を作成してくれる工房との繋がり。そして努が残してくれた莫大な資産。それを利用すれば今の残念な装備環境を変えることが出来るかもしれない。

 そしてそれは今、恵まれている自分にしか出来ないことだ。なのでリスクを承知でやる以外の選択肢など在りはしなかった。


(エイミー君がいれば心強かったのだが……そうも言っていられない。それに女性たちはお洒落をする気質はあるのだから、いずれは開拓されるだろう。まずは周りから変えていかねばならないな。……特にガルム君、装備の外見に頓着がないからな)


 この状況であのエイミーがいないことを残念に思ったが、自分の出来ることから始めようとゼノは動き出した。まずは何よりも刻印油を確保するため、修行終わりのハンナと丁度手の空いていたロレーナを誘って百一階層へと潜った。


「ハンナ君! あと一体だ!」
「あちょー!! あ、火は駄目だっ――」


 ヘイトを取っているゼノを押し潰さんと迫る巨大なオイルスライムの背後から、ハンナがその浅黒い粘体に火と風の魔石を握った拳を突き刺す。そしてオイルスライムの体内に火が溢れたと同時、大きな爆発と共に彼女はそんな言葉を残して文字通り消し飛んだ。


「えっ――」


 そしてその近くにいたロレーナも巻き添えで消し飛び、VITが高いおかげで無事だったゼノは唖然としていたが刻印油と装備の残骸だけは回収してギルドへと帰還した。


「む、無茶苦茶だー!! 馬鹿! オイルスライムだよ!? 何でわざわざ火使ったの!? もう放火魔じゃん!」
「いやー、すまないっす」
「前までディニエルとかに強く当たられて可哀想だな、とか思ってた私が馬鹿だったよ! 正しかったじゃん! ねぇ!? 何でこんなにトラブル起こせるのかが不思議だよ! この前も火山階層でみんな消し飛ばしたよね!? あの子たちあれから未だに採掘嫌がってるんだよ!?」
「あー、まさかレアモンスター? が出るとは思わなかったっす。ははっ、確か前にアーミラも――」
「笑いごとじゃなーーーい!!」
「す、すまないね」


 同盟を組んでから既にハンナの様々なやらかしをまざまざと見せつけられていたロレーナは、兎耳をこれでもかと立てて怒り狂っていた。そんな彼女をゼノは何とか落ち着かせながら、また百一階層に潜りオイルスライム狩りを進めていった。


「さぁ! これを見ている新人の探索者たち! 既に私からの依頼はギルドに発注されているぞ! 是非ともチャレンジしてみてくれたまえ!」
「くれたまえ、っす!」
「もしかしたらうちの倉庫の中にあるかも……。後で探してみようかな」


 そしてその刻印油集めと並行し、ゼノは自分の発注した依頼の宣伝も神台を通じて行っていた。その依頼内容は主に低階層の宝箱から得られる装備の納品で、努からの財産もあって報酬はかなり弾んでいる。

 一番台でそんな宣伝を適宜したおかげかゼノの依頼は様々な探索者から認知され、数日も経たないうちに数百もの低階層装備が彼の下に納品された。それは彼が無限の輪に入る以前から贔屓にしていた工房へ続々と運ばれた。

 そこは元々貴族向けの装飾品など、数少ない一品物を完璧に仕上げるブランドを誇る工房だった。しかし大口の依頼元だった貴族の弱体と競合社との競争にも遅れを取り、資金繰りに苦難した時期があった。そんな時を見計らってゼノがその工房を口説き倒して依頼を発注してからは、徐々に力をつけてきていた探索者向けの装備も売るようになった。

 それからはダンジョン産の装備という画一的なものをリスク承知で改造し、あくまでもゼノ色を追求するという彼の馬鹿げた望みを面白がって形にしつつ、金のあり余った探索者やその周辺界隈からの依頼を受けることで経営を立て直すことが出来た。

 そんな工房の長であるくすんだ金髪が特徴的な職人は、ゼノの来訪に笑みを深めた。


「お陰様でベッドの上まで装備だらけだ。今夜は長くなりそうだな」
「職人冥利に尽きるだろう。楽しんでくれたまえ」
「納品先はお前の家でいいな?」
「倉庫を手配しているからそちらで頼むよ」
「遠慮するなって、すぐ満杯にして運んでやる。その方がピコも喜ぶだろう?」
「妻に見合う装備を頼むよ」


 もう長い付き合いである職人は刻印油の入った瓶でゼノと軽く乾杯した後、既に刻印作業を始めていた弟子たちの指揮に回る。ゼノはそんな彼らに精神力回復のために使う青ポーションを差し入れた後、低階層の装備で一杯となっている工房を出た。


「よくもまぁ、ここまでダンジョン産の装備を集めたものですね」
「リーレイア君もこの中から好きに決めるといい。ガルム君の装備はドーレンさんと相談して決めてみたのだが」
「私は性能が劣らない限りは――」
「性能はむしろ上げてあるとも! 刻印に関しては一部ドーレンさんに施して頂いたからね! 勿論、コリナ君とハンナ君の分もあるぞ! 一度着合わせを決めてから採寸して職人たちに合わせてもらうといいぞ!」
「おーっす!!」


 女性陣は普段からある程度ファッションには気を遣う方なので、ゼノが持ち込んだ様々な装備については歓迎している様子だった。その中で唯一乗り気ではなかったガルムも、ゼノの根回しもあってか拒否をすることはなかった。


「……これは必要なものなのか?」
「それは二十階層主のドロップ品を身につけやすく、それでいて能力を失わない範囲で改良したものだね。STR上昇と、鑑定が出来なかった能力が付与されているらしい。その能力を判明させるためにもガルム君には是非とも身につけてもらいたいね……っとぉ!! ノン! それは腕に巻き付けるものではないぞ!」
「装備できればいいだろう」
「これは首元にこう巻いてから結ぶのだ! 装備は正しく身につけなければ効果を発揮しない!」
「そんな事実はない」
「ある!」
「面倒な……こうか?」


 ゼノに正しいネクタイの着用を指導されたガルムは渋るような顔をしたが、言い返すのも面倒だったのか彼に従ってそれを身につけた。しかしその後にわざわざ形まで綺麗に整えられたガルムはげんなりしていた。


「さ、では行こうかガルム君!」
「どこにだ」
「当然、ダンジョンさ! 彼女たちはまだ選ぶのに時間がかかるだろうからね! 一足先にお披露目と行こうじゃないか!」
「…………」


 ゴリ押ししてくるゼノをよそにガルムは助けを求めるように女性陣を見つめたが、彼女たちは確かに装備選びを楽しんではいるようだった。特にあのリーレイアが装備を両手に持ってあれこれと悩んでいる様子からみて、邪魔をしてしまうのも気が引けた。


「ダンジョンには行くが、お披露目などはしない」
「ふっ、心配いらないとも」
「それならば、神の眼は私が操作する」
「……よし、一度ギルドで協議しようじゃないか」


 ガルムは空気を読んだものの、ゼノの思い通りになるのは嫌だったのかそんな提案をした。そして二人は似通った防具のままで装備の価値観について議論しながらギルドへと向かっていった。

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