第717話 冒険者のやり方
「コンバットクライ」
拳闘士のララが放った槍の形状をした赤い波動を前に、赤兎馬は不愉快げに嘶いて彼女に突貫していく。
そんな愛馬から降りて空中に留まった四季将軍:天は、下腕で腰に差した春将軍:彩から引き継いだ二振りの刀を抜く。そして木の葉と共に現れた秋将軍:穫の薙刀を上腕で掴んで振り回した。
「ワイヤーノット、スネアバイト、フォールショット」
狩人のリリは再びスキルで拘束縄やトラバサミを張り巡らせつつ、空中にいる相手に特攻のあるスキルを用いた射撃を小弓で行い四季将軍:天のヘイトを取る。
「ささやかな幸運、フォーチュンバレット」
ミシルは自身のLUKを上げた後、冒険者ならではのランダム性が強い魔法系スキルを放つ。彼の頭上に六色のルーレットが現れ光の弧線を描きながら回転し、その頂点が白で止まる。すると光属性の矢が具現化し四季将軍:天に次々と飛来した。
フォーチュンバレットは属性、威力、追加効果の全てがランダムで決定する。自身のLUKが高いほどレア属性、高威力、追加効果の発生率が上昇する。運が良ければクリティカル判定、悪ければファンブル判定となり、振れ幅が激しいスキルだ。
「当たりだねー」
「何度か調整するか……」
レア属性の光を引き追加効果として四季将軍:天に限定した目眩ましも発生させたので、初撃は上振れた形となった。ただミシルはそれに渋い顔をしつつ、強運が後に回ってくれるよう祈りながら前線に出た。
四季将軍:天のヘイトは基本的に狩人のリリが担当し、ミシルとロレーナが前線に出てサポートする。後衛職である呪術師でも近接戦を得意とするマデリンもいずれは加わるが、ロレーナはまだ彼女を蘇生しない。
『――――』
地に降り立った四季将軍:天が詠唱した瞬間、鞘の中から溢れんばかりの桜嵐が舞い散った。そして左の艶めかしいほど赤い刀身が煌めいたと同時、飢えた根のように変化し三人に枝分かれして襲い掛かる。
「ウォーリアーハウル!」
「えいっ」
進化ジョブを開放しタンク寄りのステータスに変化した狩人のリリは、再び棘付きの盾に切り替えて紅枝垂の不規則な剣戟を受け止める。ロレーナは兎耳を立てながらそれを如意棒で叩いて逸らし、そのまま空中をぴょんぴょんと跳ねて避けた。
「ラッキーブレイク!」
ミシルはLUKに威力が依存するスキルを用いた剣戟で赤い刀身を切り裂き、二人の負担を軽減する。続けざまに放たれたフォーチュンバレットは火属性を引き、桜嵐を押し返し燃え上がった。
ロレーナが補助とはいえ進化ジョブも使わず前線を担当している中、四季将軍:天のヘイトがリリに安定し始める。その状況を見極めたミシルは数歩後ろに退く。
「エンシェントロール」
階層ごとに一度だけランダムなPTメンバーのジョブに応じた宝具を生成する、冒険者のロマンスキルに近いそれをミシルは詠唱する。
すると天より光が射し込み、上空から銀の小剣と半月型の金盾が飛来して彼の目の前で悠然と止まった。宙に浮かぶそれらを受け取り装備したミシルはため息交じりに呟く。
「また俺かよ……」
「ちぇー」
「…………」
昨日に続き宝具担当になったミシルは多大な精神力消費もあってか顔を顰め、ロレーナはその言葉に兎耳をぴくりと動かして唇を尖らせている。一方リリはただ一人に託される宝具の重責から逃れられたことで、安堵の表情を僅かに浮かべていた。
宝具の持ち手として最も望ましいのは鳥人の双子であるララかリリであり、外れはロレーナ。ミシルはその中間といったところだ。
もっともエンシェントロールによって生成される宝具は、性能がぶっ壊れかといえばそうでもない。そもそも出現確率は五分の一。あまり使える機会のないエレメンタルフォースのスキルと同様に練度が上がりづらく、刻印装備の方が安定して使いやすい場面が多い。
ただそれでも唯一無二な性能をしていることに変わりない。黄金色の波動を発し進化ジョブに切り替えたミシルは、タンク寄りの器用貧乏になったステータスを身体に漲らせて前線に出る。
「レイズ」
エンシェントロールが確定したタイミングでロレーナはマデリンを蘇生させた。蝙蝠人特有の黒目や頬まで広がる割けた口元の筋を意地でも見せたくない彼女は、特注のフード付きローブが最も価値が高くなるよう調整している。
そのため蘇生された時もその顔を影に包まれたまま起き上がった彼女は、餃子みたいに丸まった蝙蝠耳を広げた。そして死んだことでリセットされた呪いを再び蓄積させるためにスキルを回す。
呪いをその身に受け持つことで強力なスキルを扱えるようになる呪術師の特性上、マデリンはしばらく前線に出られない。そのため今はロレーナも合わせた三人で四季将軍:天を押さえる必要があった。
ロレーナPTは四季将軍:天に春と秋を受け継がせ、その武器が最も弱くなるよう調整している。秋将軍:穫の薙刀は回復に特化しており、単純な攻撃力は控えめなのでそこらのタンクでも受けられる。
ただ下腕に持つ春将軍:彩の刀は厄介な代物である。受けタンクを削り殺すミキサーのような桜嵐を発生させる右の千代桜。深紅の光沢を持つ左の刀である紅枝垂は花刻というスキルを用いて根のように広がり、命中した相手のHPと精神力を吸収する。
そして四季将軍:天が本来持つその中央腕から繰り出される拳法は、並のタンクでは到底受けられない。そのため少なくとも四季将軍:天には前線を三人は置かねばならず、ロレーナPTでは手が足りないはずである。
「ほっ」
だがこのPTの特異点であるロレーナは先ほどから進化ジョブも使わず、刻印が浮かぶ如意棒を用いて四季将軍:天の薙刀を絡め取るようにして逸らしていた。
四季将軍:天を押さえるため前線に出るヒーラーが存在しないわけではない。祈祷師のコリナもその一人だ。しかし彼女のPTには蘇生手段を持つ聖騎士のゼノが控えている。
一人しか蘇生手段を持ちえていないPTで前線に出ている常識外れなヒーラーは、ロレーナ以外に存在しない。
勿論180階層の初見ではそこまで危うい橋は渡っておらず、その後に前線が必要であると判断して加わった際にロレーナが先んじて死んでしまうパターンもあった。
ただ既に何十回は挑み戦闘経験を積んだ今となっては、ロレーナの安定感は増して早々死ななくなった。特に進化ジョブを切ってアタッカーのステータスに変化すれば余裕すらあるので、最近は使わずに立ち回っているほどである。
「セット」
しかしロレーナがそこまで活躍しているのは、リリの献身的な罠スキルでのサポートがあるのも大きい。流石に冬将軍:式のように単身で止めることこそ出来ないが、その拘束罠は四季将軍:天の動きを確実に阻害し、鈍らせることができる。
狩人のリリはこのPTでタンクを担うことが多いが、ガルム、ビットマン、ゼノ、ホムラなどの一線級と比較されてしまうと一段落ちざるを得ない。シルバービーストのララはハンナと同じく避けタンクの拳闘士であるが、魔流の拳は使えず彼女のようにぶっ飛んだ立ち回りはできない。
だが逸材ばかりを集めたところでPTが上手く機能するとは限らない。ララ、リリ、ミシルの三人が柔軟に立ち回りを変えて下支えすることで、その逸材は真価を発揮する。
「邪牙」
「七色の杖」
呪いをある程度煮詰めたマデリンが黒く歪んだ二振りの鉈で四季将軍:天を斬り付け、戦線に復帰する。ロレーナは彼女に合わせて進化ジョブを開放し、追い打ちをかけるように如意棒を伸ばして鳩尾を刺突する。
その間にミシルは中央腕から繰り出される凶悪な拳法を、運環の金盾という宝具の効果もあり何とか捌いていた。運環の金盾はそれで受けたダメージを100%とし、その後1から100までで抽選されその数値のダメージに変換することができる。
進化ジョブに切り替えることではじめて、この金盾を使用することが可能になる、高火力を出してくる四季将軍:天を相手にするには切り札にもなり得る。ただ運が悪いと普通に素の威力でぶん殴られることになるし、十秒間のクールタイムもあるので連撃には弱い。
ちなみに進化ジョブを使わない場合は銀の小剣が百彩の刃という能力を発揮するが、こちらは通常攻撃にランダムな属性、状態異常を付与するものである。
ただモンスターによっては相性の悪い属性攻撃を吸収してしまうものもおり、威力も並なので銀の小剣はほぼおまけ扱いである。なので進化ジョブのない100レベル以下の冒険者の宝具は産廃扱いされていた。
「キャンパーサークル、クラフトキット」
四季将軍:天の拳法を何度か凌いだことでヘイトを消化したミシルは一度地上に戻り大きなテントを設置し、その両手に微かな光を纏わせた。
小規模のキャンプ地を張り、それにちなんだ様々な効果を発揮するキャンパーサークル。そしてその中で行うのは精神力を消費しながら工作の手順を踏むことで、簡易的なアイテムを生み出すことのできる冒険者のスキル。
ミシルはまずそれでマジックバッグを作り出し、クラフトキットで作成したアイテムを保管できる専用の入れ物を作った。それはお団子レイズでいうところのバリアに等しく、それがなければクラフトキットで作成したアイテムは数十秒で消えてしまう。
それからミシルは緑ポーションを一つ、青ポーションを二つ作成してマジックバッグに入れる。キャンパーサークル内でクラフトキットをミスなく成功させたことで、その効果量の毀損は0.9倍で抑えられた。それらをマジックバッグに入れられる最大容量は三つである。
「パッキング」
ただそのスキルを使うことでミシルは四つ目の簡易罠を半ば無理やり詰め込んだ。それでマジックバッグに入ったのは四つ。
「トリックスロット」
そして冒険者用の宝具を持っている時にだけ使用できるスキルを使うことで、その専用マジックバッグの容量を2倍にする。更にその中に入っているクラフトキットで作成したアイテムの効果量を1.5倍に引き上げる。
「ふぅー」
更にミシルは高レベルのユニスが作成した刻印装備により、アイテムの効果量を1.5倍にすることができる。0.9×1.5×1.5=2.025。彼がクラフトキットで製作したアイテムの効果量は約2倍となり、その青ポーションを飲んだミシルの精神力はどんどんと戻っていく。
ユニスが仕込んだ70レベル帯の刻印であるアイテム効果量UPは冒険者のミシルにとっては破格の性能であり、彼が引退を考え直した要因の大きな一つである。仮に冒険者の宝具がなくとも1.35倍となり、クラフトキットによるアイテム作成のリターンとしては十分だ。
それにこれはアイテムの枠ではあるが、従来の青ポーションのように飲みすぎて身体が拒否反応を起こすようなことはない。経口摂取する必要こそあるが付与術士のようにミシルの精神力を他のPTメンバーに分け与えているに過ぎないため、ロレーナやマデリンのスキル幅が大きく広がる。
ただポーションと違いスキルの効果によって回復させていることから、その効果量分のヘイトはミシルが全て被ることになる。タンク寄りとはいえ灰魔導士と同様に器用貧乏なステータスであるため、あまりヘイトを稼ぎすぎるとすぐに死んでしまいヒーラーに負担が被さることになるだろう。
それから緑ポーション3、青ポーション4、投擲網1をクラフトして保存し精神力も回復させたミシルは、赤兎馬のヘイトを取っているララの援護に向かう。
「代わるぞ」
「ぜっ……ぜっ……」
赤兎馬に投擲網を投げてその動きを封じつつ、銀の刃で斬り付けてヘイトを取る。避けタンクのララはびっしょりと汗をかき、返事をする余裕もなく彼が建てたキャンプ地に飛んでいく。
赤兎馬に夏と冬を受け継がせているPTにおいて、そのヘイトを取り続けるのは至難の業である。
煌めきをばら撒きそれを起点としてVIT無視の爆発を起こすその特性上、担当するのは避けタンクが望ましい。仮に当たったとして受けタンクと同じダメージを負うことから、被弾のリスクが普段よりも小さいからだ。
だが冬将軍:式の特性を受け継いだ赤兎馬は、爆発を起こすことによるオーバーヒート状態を自身で冷やし無効化することが可能となる。それにより無尽蔵のスタミナを持った赤兎馬の爆発や体当たりを避け続けるのは、ララには少々荷が重かった。
なのでロレーナPTの基本形としてはミシル、マデリン、リリが四季将軍:天を担当し、ララは赤兎馬。ロレーナはその両方の前線に駆け付けての支援回復と火力支援を行う形だ。
「スイフトステップ、コンバットクライ」
ただミシルが宝具を持った際には運環の金盾により爆破も少しは耐えられるようになり、クラフトキットで作成したポーションでHP、精神力共にサポートも出来る。なので赤兎馬は彼とララが担当し、四季将軍:天にエース二人を当てる形を取っていた。
赤兎馬が唇を震わせると唾に代わって煌めきが飛び、それは空気に触れると徐々に輝きを増した後に爆発する。それで自身にかかった網を焼いた赤兎馬はその推進力を活かし突進し、ミシルはスキルを用いたステップで避ける。
本来ならばこのPTでは抜きん出ているロレーナかマデリンか対処しなければならない赤兎馬を、ララとミシルで受け持てるのは悪くない。その分四季将軍:天を削るDPSが上がり、戦闘時間を短縮できる。
「……っち!」
だがその分ミシルにかかる負荷もそれ相応の物となる。暴れ狂う赤兎馬の爆破を何度も食らったことで彼の頬から首筋は焼き爛れている。それに運環の金盾がそっぽを向き爆破の威力を軽減してくれなかったので、それを持つ左手の感覚も薄れ始めていた。
遠距離からの爆破だけでも辛いというのに、接近されて一秒間触れられただけで内臓でも爆破されたのかと錯覚するほどの衝撃が走る。三秒触れらたらタンクでも即死するその爆発を喰らわないよう、神経も使わなければならない。
「カウントバスター!」
ただキャンパーサークル内に置いてあったマジックバッグから各ポーションを飲んで身体を休めていたララが復帰してきたことで、ミシルはようやくそのプレッシャーが和らぎ息をついた。
「この歳にはキツいぜ……」
「泣き言いわない!」
彼女が持ってきたマジックバッグから先ほど作成した緑ポーションを飲み怪我を治したミシルは、ララに窘められて背筋を伸ばした。
それからもララとの連携で何とか赤兎馬を食い止めている内に、ロレーナたちが攻め続けて四季将軍:天のHPが五割を切った。するとその背から彩烈穫式天穹が抜かれ、霊糸が形成され弓の弦と化す。
「セット!」
『ブルルッ』
その神具を抜いた四季将軍:天に対してリリはトラップを開放したが、赤兎馬が嘶き冬刃を放つことでそれらを切り刻み無効化する。
そして四季将軍:天がその大弓を引くと霊矢が瞬く間に装填され、タンクを務めていたリリを狙って放つ。それに何とか反応し盾で受けた彼女はその矢と拮抗した後、大きく態勢が逸れた。
目が覚めるような一撃を受けた彼女の傍ら、四季将軍:天は既に次の矢を番えて射撃の準備を完了していた。後ろの矢筒から矢も取り出さずに打たれる、スキルを用いた小手調べのような射撃。
それが一矢、二矢、三矢。雷鳴のごとく放たれる矢がリリを撃ち抜き、そのたびに彼女の身体は跳ねるように弾かれた。棘付きの盾ごと押し戻され、三発目が突き刺さった時には背中から地面に叩きつけられていた。
言葉も悲鳴もないまま、彼女の動きはそこで止まり光の粒子を漏らして消える。
そして赤兎馬も全く衰えることなく四季将軍:天の下へ駆けつけると、その軌跡を辿るように煌めきがばら撒かれ大規模な爆発が発生し探索者たちを蹴散らす。
現状では赤兎馬を分離したまま戦闘を行うことは可能だが、そのまま進行すると式神:流星によって全滅することが避けられない。よって彩烈穫式天穹を抜いた四季将軍:天と赤兎馬を合流させたまま、HPを削っていく必要がある。
「こんなん無理だってー!」
ロレーナとマデリンが何とか彩烈穫式天穹の射撃を相殺して凌ぐものの、更に赤兎馬の爆破も加わることで戦況は乱れに乱れる。ロレーナPTの課題は五割を切った際、それでも戦況を維持できるタンクの不足である。
まだこの戦況を耐え切れるほどの練度が詰めておらず、ララとリリはまさしく野鳥のように落とされていく。
「くっ、そ」
運環の金盾は運が良ければその高火力を凌げるポテンシャルを秘めているものの、逆に運が悪ければそれは刻印もない型遅れの防具に過ぎない。今日は運が味方せず、霊矢が金盾を貫通し左腕ごと弾け飛ばす、ミシルは絞り出すような声を最後に、胸を矢で貫かれ死亡した。
宝具は一度死んでしまえばその効力を失い、この階層において二度と戻ることはない。ロレーナはリリを蘇生し何とか戦況を安定化させようとするものの、両者の猛攻を前に手が回らない。
「このやろー!! レイズ!」
雑魚でも散らすようにPTメンバーを射抜いていく四季将軍:天を前に、ロレーナは激昂しているが白魔導士としての最善は尽くす。そしてとうとうヘイトが持ち切れなくなったところで、彼女は全員を蘇生した後に進化ジョブを開放し如意棒を向ける。
「私が相手だー!! んなろーー!!」
そこからロレーナは白魔導士一の近接戦闘を魅せた。だが最後には赤兎馬に蹴飛ばされ顔面を爆破されて死に、PTは崩壊の一途を辿った。
更新ありがとうございます!
ミシル、頑張ってんなぁ。
そんな頑張ってるミシルを支える嫁さん、出てこいや!!
( `・∀・´)ノヨロシクサクシャサマ