第734話 だらだらだらだら
そして魂宴の祝日は終わりを迎え、迷宮都市の賑わいも落ち着き日常風景へと戻りつつあった。その裏で180階層の突破を巡る戦いは、むしろ熱を増していく一方だった。
アルドレットクロウが僅差ながらも式神:月を神台に映し、無限の輪はそこで観衆も思わず湧く粘りを見せた。その際の録画は観衆からの要望もあってか、ギルド第二支部や神台ドームでも流されることが多かった。
式神:月の出現による四季将軍:天の変化。それに対応しきった方が勝つであろう状況の中、ステファニーPTは立ち回りの無駄を削ぐ方向を変えていない。まずは安定して式神:月まで辿り着けるようにし、あの四季将軍:天と死闘を繰り返しその感覚を身体に叩き込むことで突破の糸口を掴もうとしていた。
対するツトムPTは式神:月のメタ読みに対策する方向で進めている。そのためアーミラのタンクシフトを止めて、ハンナの属性魔石も制限した状態で攻略を進めていた。
そうすることで式神:月のメタ読みをさせないことが狙いだが、その分の手数が狭まることで後半戦に辿り着くまでの難易度が単純に上がった。そのため後半戦まで辿り着くことが安定しなくなったため、立ち回りを再構築し試行錯誤を繰り返している。
「立ち回りは読まれるけど動きが読まれてるわけじゃないし、ゴリ押せそうじゃなーい?」
「それは私たちが行いますし、貴女も得意分野でしょう。二軍はルークの幅を活かせばツトムたちの方針に自然と似るでしょうし、その方向でお願いしますわ」
「宝具がタンクに行けばいけそうなんだけどなー」
今日も探索終わりにステファニーと180階層について相談していたロレーナは、長い兎耳をゆらゆらさせながらぼやく。
共同戦線を組んでいるステファニーたちは、ツトムの行っている戦法を模倣しての両取りも可能である。特に二軍のセレンはガルムに近しいパリィ精度を段々と出せるようになり、ルークはモンスター召喚によるバリエーションの多さはハンナよりも勝っていた。
それから数日後にロレーナPTも式神:月を出現させることに成功し、アルドレットクロウの二軍も良い方向に纏まり始めていた。
そのPTたちが躍進を遂げる中で、初めは三番手に位置していたにもかかわらず停滞しているPTもいる。
「…………」
ユニスPTは辛うじて四季将軍:天まで辿り着くことは出来るようになってきたが、その先は暗雲立ち込めている。
ツトムの構築した各PTメンバーの立ち回りをパクってネビアたちに習得させるまでは良かった。だが彼女たちはそれで一桁台に乗れただけでもう満足してしまっていた。それ以上の高みを目指す気概はない。
ネビアたちは少し前に成長が鈍化しパニックに陥ってしまったが、そんな自分たちをも見捨てなかったユニスに無償の愛を見出した。初めはそれが親子の絆のように結びついていたが、最近ではそれが甘えの範疇にまで踏み込み始めていた。
パリィ騎士である竜人はアルドレットクロウのセレンに追いすがるどころか、むしろ差を広げられていた。
熊人のフルアーマータンクはユニスが準備した装備の手入れを怠っているが、それでもママなら見捨てないだろうという一種の試し行動を取る始末。
そして精霊術士でありエレメンタルフォースを主軸に置いている猫人のネビアは、思ったよりも戦果を上げない。ユニスはそのために努と同様に精神力を節約し、進化ジョブで浮かしたそれを彼女に投資し続けてきた。だがそれが報われる気配がない。
立ち回りの不備を指摘しても真剣に捉えず、まぁまぁとお茶を濁す態度を取る。真面目に聞けと怒ってみるも、それすら嬉しそうに彼女たちは笑っている。
(ヒーラーとして私は確かにステファニーやツトムには劣る。でもロレーナは? カムラは? コリナは? エレメンタルフォース下でここまでやれてる私は、悪くないはずなのに。私だけ仲間外れ)
ステファニーとロレーナは共同戦線を組み、努と張り合うことが出来ている。自分も同じ弟子なのに、そこに至れていない。これならいっそ努の裏方について刻印している方が幾分もマシだった。
自分だけでなくソニアまでサポートに回っているにもかかわらずこの体たらく。金も装備もこちらが出しているのはもはや当たり前とでも思っているのか。
なのにこいつらは式神:星が降る前の準備段階でダラダラと動いている。弱いくせしてだらだらだら。だらだら、だらだら!!
「……?」
からんと杖が落ちる音。それにネビアが振り返るとユニスが杖を投げ出し、気だるげに視線を上向かせていた。
「やめなのでーす」
「え?」
「やめなのでーす。ほら、皆も装備を纏めるのです。ちんたらしてないでさっさと死ねですよ」
淡々とした様子で装備を脱いでマジックバッグに仕舞い始めたユニスを前に、ネビアたちは困惑する他ない。そして式神:星が降りそうなのにも関わらず空に上がろうとする彼女を止めようとした。
「悪かったのです。弱い奴は表に出さない方がいいと学んだのです。もう二度とやらないのですよ」
「ユ、ユニス?」
「あーあ」
やさぐれユニスにネビアたちが驚いている中、ソニアは壊れた玩具でも見るような目で彼女を見ていた。その間にもユニスはネビアたちに引っ張られるのも構わず空に無理やり上がっていく。
「よえーですねー。こんなに弱いとは想定外だったのです。装備と知識を与えても弱いとどうしようもないですねー」
「ご、ごめんなさい。ユニス、ごめんなさい」
「何に対して謝ってるです? いいからさっさと死ねです」
ユニスはそう言って追いすがる熊人の顔面に肘鉄を喰らわせ、強制的に手を離させる。すると殴られた彼女は途端に熊耳を萎ませて涙声になった。
「ごめんなさい、お母さん、ごめんなさいぃ……」
「私はお前たちのお母さんじゃないのです。気色悪い。それで弱くてやる気もないとか手のつけようがないのです」
「ユニス!」
「マジックロッド」
過去に親から虐待されている熊人のトラウマを刺激したユニスに対し、ネビアは目を剥いて激昂する。そんな彼女に対してユニスは杖を操り自分の手元に持ってきた。そのままその杖を射出しネビアと肉薄する。
「お前は、アタッカーのくせして。……なんで私より弱いのです? 何でそんな奴を私が支援回復しなきゃいけないのです? 私がアタッカーやった方が何倍もマシなのです」
「や、やめてぇ……」
仲間のために激昂はしたもののマジックロッドでの二撃でユニスに沈められたネビアは、灰色の髪をふん掴まれて思わず涙目になる。それを投げ捨てたユニスは、天敵にでも見つかったかのように動かない竜人の騎士に対して鼻を鳴らす。
「ソニア。帰ったらPTを再編成するのです。目ぼしい人はいるのです?」
「……ノーコメントで」
そんな惨状を前にソニアはそう答える他なかった。
やる気が無いのは完全に背信行為だが、リーダーとしての問題点はツトムが指摘してくれたら良いね