第737話 嫌な競り合い
努たちPTが初めて180階層に足を踏み入れてからおよそ二ヵ月が経過した。それまでの一週間、ツトムPTとステファニーPTは方針の違いを崩さぬまま日夜攻略に励んでいた。
ツトムPTはあれから一度しか式神:月まで辿り着けていないが、ステファニーPTは既に十数回は到達している。そこで実戦を積むことで式神:月にメタ読みされながらの戦闘にも慣れてきたところだ。
(……つれないですわね)
ギルド第二支部の三番台に映るツトムPTを見上げながらステファニーは内心で呟く。常道とは逆の道を選び、気付けばそれを正道にしてしまうお人。仮に自分が回り道を選択していたとすれば、彼は最短の道を選んでいたであろう予感がある。
(一緒に走った方が気も楽でしょうに。貴方は何故こうも私の心を搔き乱すのでしょう)
今更になってPT編成を再構築し始めたユニスはもう眼中に入れなくていいが、ツトムPTの陥落に対してステファニーは言いようもない不気味さを覚えていた。
式神:月に動きを読まれないために制限を課して立ち回る。それはあまりにも悠長が過ぎる。実際にツトムPTと同じ方針を取っているアルドレットクロウの二軍を見ても、何の脅威も感じない。それよりも前にこちらが仕上げて突破するだろうと確実に思える。
だがあのツトム様が真っ先に着手しているということが、ステファニーの思考に一考の余地をよぎらせ続ける。彼が自ら負けに行くような選択肢を取るだろうか。であればあの致命的にも見える遅れは180階層突破の必要経費なのではないか。
「まだ見る?」
「……いえ、向かいますわ」
隣に歩いてきて同じく神台をぼけっと眺めたディニエルの問いに、ステファニーはその迷いを振り切るように視線を切る。
「まーたツトムにお熱―? お兄ちゃんも見てあげてねー?」
「違いますわよ。ヒール」
暗黒騎士であるホムラのからかいをステファニーは澄ました顔で否定し、何時ぞやの自分に近しい追い込み方をして顔色の悪いラルケの肩に手を添えて緑の気を巡らせる。坊主頭のビットマンは装備の最終確認をしていた。
「……すみません」
「その気概は買いますが、まだ燃え尽きないように」
「……燃え尽きる、前提ですか?」
「意外と持ってる方。破竹の勢いで灰になると思ってた」
「ディニエルひっどぉー」
「180階層が終わった後が怖いですわね。では参りましょうか」
ラルケにそう言い付けたステファニーはギルド第二支部に多数設置してある魔法陣の上に立ち、180階層へと転移する。
「パワーアロー」
「ヘイスト、プロテク、フライ」
180階層に挑んだ数はもう100を超えただろうか。寺院の石畳に座して待っていた冬将軍:式にディニエルが先制射撃を仕掛け、ステファニーは支援スキルをPTメンバーに巡らせる。
「リスクリワード、リスクリワード」
暗黒騎士のホムラは自身の最大HPを三割削る代わりにLUK以外の全ステータスを一段階上昇させるスキルを二段掛けする。二回目は半段階上昇に留まるので合計して一段階半の上昇幅となるが、最大HP六割の毀損は常人ではまともに動くのも億劫になるデバフである。
しかしホムラは帝都のダンジョンにおいてその状況下で力を出せるよう、数年かけて身体と精神を慣らしてきた。それに加えてHPが低ければ低いほどSTRとVIT補正が入る暗黒騎士特有のバッシブスキルに、ガルムたちと同様に限界の境地を扱える特異性を併せ持つ。
そんなホムラが死の境目で踊る中、リスクリワードが解かれない絶妙な支援回復を行う兄のカムラは彼女に欠かせない存在だった。だがそんな兄に匹敵する綿密な支援回復が可能な白魔導士が現れたことで、ホムラはアルドレットクロウの一軍に躍り出た。
「死ね死ね死ねーい!!」
「…………」
途中で桜吹雪と共に出現した春将軍:彩に突っ込み黒剣で斬りかかるホムラに、その背後から恐るべき速度で弓矢を連射するディニエル。その二人の猛撃で春将軍:彩がやられ、ビットマンが受け持っている冬将軍:式にその特性が引き継がれる。
続く夏将軍:烈はそのVIT無視爆破を持つ特性上、受けに回ると厳しい相手だ。だが逆に三秒触れ続けられでもしない限りはヒーラーですら即死もしないため、攻めに回れば案外脆い相手でもある。
既に180階層戦の練度は一、二を争うステファニーPTを前に、夏将軍:烈は完封され為す術もなく倒された。続く秋将軍:穫も轢き殺され、残るは三将軍を引き継いだ冬将軍:式のみ。
「一刀波」
そのスキルにより刀身から出る斬撃。その僅かな間にモンスターからの攻撃を相殺させることで、その斬撃はスキルを成立させるための質量をもりっと生み出す。
努から見ればある種バグにも近い挙動をするその一刀波を用いて、ラルケは冬将軍:式を相手にウォーミングアップを済ませる。大枠で見れば今の冬将軍:式は弓を使わないミニ四季将軍:天なので、パリィ前提のガルムもここでモーションの再確認をすることが多い。
「問題ありませんわね」
「ん」
ここまでで躓くようなフェーズはもう過ぎている。ラルケの調子も問題ないと判断したステファニーの声にディニエルが答え、仰々しい属性矢を取り出し冬将軍:式を殺しにかかる。
そして冬将軍:式を倒した後に現れた四季将軍:天。その星降る天を捌くのはディニエルの役目である。
エルフ随一の才を持つ彼女ですら引き絞るのに苦労し、狙いが大雑把になる大弓。それを扱い式神:星を次々と落としていく。更に四季将軍:天が抜いた彩烈穫式天穹による射撃も真正面から相殺し、戦場に静寂をもたらす。
「レイズ」
「うーん。70点」
そこからホムラは得意のゾンビ戦法を用いた立ち回りで四季将軍:天を相手にし、祈禱師の復活やツトムの脳ヒールではない蘇生にそんな点数をつけた。リスクリワードと限界の境地により萎んだ脳みそは、蘇生によって物理的に丸々交換される。
「タウントスイング」
「ハイヒール。メディック」
そんなホムラが復帰するまでの繋ぎは騎士のビットマンが担当する。ステファニーPTは四季将軍:天に春と秋を受け継がせる安定構成のため、ガルムのようなパリィは必要ない。
「一刀波」
その分赤兎馬の方が強くなる傾向となるが、前線を担当するラルケ、ホムラ、ビットマンの三人で問題なく対処できている。大剣士の進化ジョブを用いたタンクに関してはアーミラよりラルケの方が一枚上手であるため、戦況は安定して進行した。
おはようございます。
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