第739話 可能性は無限大
(まー、70点は取れてるか? 後半戦の上振れに期待だな)
進化ジョブを制限しながら四季将軍:天まで至るまでの道のりに微妙な点数をつけた努は、式神:星の後に放たれた矢を捌けずに死んだハンナを蘇生させる。
そして寝坊でもしたかのように地面から跳び起きたハンナは、途端にしけた顔になった。
「絶対見切ってたっすよ~」
「替えの装備そこに置いてあるから」
「……今日も抜け目がないっすねぇ」
起きた傍に置いてあった刻印装備をハンナは手で広げ、相変わらずスリット入りであることを確認してジト目になった。
「突破したら戻してあげるよ」
「うるさいっす。さっさとあっち向くっすよ」
以前に属性魔石を隠し持ってきた罰として刻印装備の露出を増やされていたハンナは、替えの装備にもそれが施されていることにため息をついた。そんな彼女がそう言い捨てて敗者の服をカーテン代わりにしてもぞもぞ着替え始めた中、努は戦況を改めて見回す。
(上腕のあるなしでかなり違う。神龍化なしで斬れれば楽なんだけど、進化ジョブ制限まであると無理だな)
神龍化を用いた早期の上腕飛ばしはこのPTにおいて明確な強みであったが、現在は式神:月対策で封じているのでそれが出来ない。そのため前線を担うタンク陣にかかる圧力は今までの比ではなかった。
上腕から繰り出される薙刀をガルムはパリィして尚、下腕が持つ冬刀で斬り付けられ凍傷を負わされる。上腕を失っている状態、もしくは中央腕の打撃をパリィしない限り四季将軍:天は完全に態勢を崩してくれない。
「ヒール」
ガルムの被弾が増えた結果、努も進化ジョブを使う間もないほどヒーラーに専念することになった。ただ一見すると努はガルムを主軸に支援回復を回しているだけなので、楽な仕事のように見える。
確かにタンク陣だけに注力して怪我を負った時にすぐヒールを飛ばすだけなら、多少はスキル回しを覚えた初級者でも可能な動きだ。タンクが被弾した時に出来る限り最高効率で回復を回すことはヒーラーの基本である。
ただそれはヒーラーとしての最低限をこなしているに過ぎない。特にヒールヘイトが溢れてしまうほどの長期戦の場合、最高効率でのスキル回しがPT崩壊に向けて逆回転を起こしてしまう。
それを防ぐためにはヒーラーが回復一辺倒でなく、戦況を見極めて適切な支援回復を行うことが必要である。PTメンバーの死を恐れて過剰に回復してはいけないし、かといって自身の増加するヘイトを恐れてスキル使用を控えすぎてもいけない。
その中間を見極めてPTメンバーを活かすことがヒーラー中級者の入り口だ。ステファニーが今も持っている擦り切れそうな本に書いてあるその理論を、努は進化ジョブがない時代から常に再現してきた。
ガルムがパリィを成功するかを見極め、問題ないのであればヒールを当てずに霧散させてヘイトを少しでも抑える。逆にミスを見越したのであれば彼が手痛い被弾をすることを考慮してヒールを先当てしておく。
ガルム自身もパリィの失敗を予期した時は進化ジョブを解除することでVIT寄りのステータスに戻して致命傷を回避する保険はあるが、被弾する度に解除していてはパリィが活かせなくなる。
だが努の未来予測にも近いヒールの保険でほとんどは賄えるため、彼は思う存分パリィを決めながら火力を出すことで四季将軍:天のヘイトを維持していた。
「ミスティックブレイド」
四季将軍:天が現れてから良いペースでパリィを決めて火力を出せていることに、ガルムの口角が自然と上がる。
パリィの精度だけで言えば猶予時間を増やせる眼鏡の刻印装備を持つセレンも負けていないが、ガルムには努を含む二重の保険がある精神的な支柱があることが大きい。自分の背を任せられるヒーラーがいるからこそ彼は攻めの姿勢を崩さず、その結果として好循環が回っていく。
「ヒール、メディック」
努が支援回復を行う主軸はガルムだが、その他のPTメンバーにも当然目を向ける必要がある。
「コンバットクラーイ! カウントバスター!」
「カールブレイク」
タンクの中では特殊な立ち位置である拳闘士のハンナに、アタッカーのアーミラも前線に参加しなければ四季将軍:天の相手は務まらない。近接戦が主体の二人が巻き込まれて被弾することもあるので、その分のバッファは残しておく。
「双波斬」
そして一人赤兎馬のヘイトを取って分断してくれているエイミーも、丸っきり放置というわけにはいかない。
支援スキルのヘイスト付与は勿論だが、不意に被弾してしまった際にはヒーラー側からリカバリーをかけなければそのまま死ぬこともあり得る。そうなってしまえばレイズで余計なヘイトを受け持つことになり、赤兎馬に狙われてしまえば進化ジョブを切らざるを得ない状況になってしまうだろう。
それら全てを努は把握し、最適解の支援回復を行い続ける。進化ジョブを用いない分、精神力管理が普段と違ってシビアになるが脳のリソースは余裕が生まれた。
「ハンナ! 進化ジョブ切って下がれー」
「おっす!」
「ウイステ、ブレビよろしく」
「ウインドステップからー、ブレイジングビートもー!」
元々ハンナの進化ジョブについては努が管理することがほとんどだったが、最近の彼女はもはや操り人形の域である。努の指示通り引いて地上に舞い降りたハンナは二つのスキルを組み合わせた定番のダンスを披露し、PTメンバー全体にSTRとAGI上昇のバフをかける。
「見てる限りだと、あとコンボ五回でフルバスター打てる。踊り切ったらスキル使ってけ」
「りょーかいっす!」
「そこからガルムとスイッチで」
努はそんな指示を出しつつ、エイミーが担っていた赤兎馬がアーミラと上手くスイッチ出来るかどうかを見守っていた。
進化ジョブを使えるのならアーミラがコンバットクライを打てば済むが、制限している今では大剣で上手いこと調整した火力を出して引き継ぐ必要があるのでたまに事故ることもある。
今回は問題なく赤兎馬のスイッチが済み、四季将軍:天を相手に消耗していたアーミラが事実上の休憩に入る。春夏を受け継がせている赤兎馬は180階層に慣れた今となっては弱い部類のため、彼女も肩の荷が下りた様子だ。
「余裕あるからアイアンルーツもよろしく」
「……師匠、サボってないっすか?」
「避けタンクのヘイトも稼げて一石二鳥なんだよ。考えることをサボってるのはどいつだ?」
「はいはい、アイアンルーツアイアンルーツー」
進化ジョブを使う代わりに属性魔石を制限されているハンナは文句を垂れ流しつつ、PTメンバーのVITを上げる踊りも披露した。それに合わせて灰色の音符が広がっていき全員のVITが一段階上昇する。
本来であれば拳闘士が自らバッファーの意識を持って適宜踊りを挟むのがベストであるが、以前からハンナは努の命令通りに従う支援マシンと化している。
ただ自分のスキルで支援管理するより秒数にムラがあるため、努はヘイストが切れてPTメンバーの身体感覚が変わらないよう気を張っている。自分と違いハンナはスキルの強弱が一定でないので心臓に悪い。
「終わったっす!」
「じゃあガルムとスイッチ。コンボ意識ね」
普段ハンナが属性魔石で出していた火力は拳闘士のスキル回しで補わせ、彼女を前線に送り返す。その状況を立てた犬耳で聞いていたガルムは事前に引き継ぎがしやすいようヘイトを調整し、ハンナとスイッチした。
「ワンツーストレート! カウントバスター!」
進化ジョブの間はコンボが途切れない仕様なので、ハンナはすぐさま四季将軍:天にスキルを叩き込みコンボを継続させた。そして薙刀を紙一重で避け、そのままふわりと飛び越えて冬刀も躱した。
「割と良い滑り出しだね」
「あぁ」
ここに来るまでは70点の出来だったが、四季将軍:天の開幕戦からは悪くないスタートを切れている。汗で湿った前髪を掻き分けたガルムはそれに同意し、差し出された水筒に口をつけて喉を鳴らす。
「カウントフルバスター!」
100コンボを決めた後に放てる専用のスキルを使い、ハンナは目にも見えない乱打を四季将軍:天に叩き込む。六つの手でも防ぎ切れない圧倒的な物量を前に四季将軍:天は地から足が離れた後、空中で態勢を立て直しその口を開く。
『――――』
「防塵膜!」
冬刀を用いた遠距離系統のスキル。それをハンナは魔流の拳を使い魔力を展開して相殺した。そこから距離を詰めての魔正拳をお見舞いしようとする。
「ブースト、岩割刃」
そのカウンターとして四季将軍:天は中央腕の拳を突き出そうとしていたが、その間に異様に加速したままスライディングで割り込んだエイミーが双剣を用いてそれを逸らす。
「ませいけーーん!!!」
その生まれた隙をハンナは逃さず、無色の魔力を込めた正拳で四季将軍:天をぶっ飛ばした。派手に入ったのが気持ち良かったのか彼女は片腕をぐるぐるしている。
「お見事。……アーミラーー!! 気にするなよーー!!」
「ぶっ殺すぞ!!!!」
「…………」
ハンナとエイミーの組み合わせになった途端に成果が出てしまったことに加え、赤兎馬担当は1対1を強いられ孤独な戦いになりやすい。そのことを気遣った努の声掛けに対し問題なさそうな返答が帰ってきたので彼はよしとして、ガルムは唇を軽く噛んでいた。
四季将軍:天のフェーズに入ってからは順調な滑り出しであったが、進むにつれて進化ジョブを制限している弊害も現れてくる。
「あー、引き継ぎグダったな。ハンナ! 赤兎馬ヘイト取って!!」
アーミラとエイミーとの間で行われる三回目の赤兎馬スイッチは、ヘイト関連のスキルがないため引き継ぎが難しくなる。そのため上手くいかない際は避けタンクのハンナが一度赤兎馬を相手にしてヘイトをコントロールする必要があった。
そしてそのしわ寄せが最後に回ってくるのが残されたタンクであるガルムだ。ハンナが赤兎馬の手綱を何とか握ろうとし、そのヘイトがまだ向けられていたアーミラもいない今、四季将軍:天に対する前線は二枚のみ。
「ぐうぅぅぅぅっ……!!」
六本の腕から繰り出される数々の強撃を受けているガルムは既に限界の境地へと至っているが、それでも尚捌き切れない。
「夢幻乱舞。……っ、ブースト」
『――――』
「ハイヒール、メディック」
エイミーは下腕の刀を何とか抑えていたが、四季将軍:天に刹那零閃の構えを取られては範囲外に退かざるを得ない。
進化ジョブの条件達成をするために一定量の攻撃を受けていた直後に運悪く放たれたその乱撃を前に、ガルムは何とか致命傷を避けようとした。しかしそれも叶わずその零閃は彼の首を落とした。
クリティカル判定を受けたことにより努のヒールも間に合わずにガルムが即死した。抜け殻となった鎧と光の粒子を横目で確認したハンナは青翼をばさりと広げる。
「師匠!!」
(お呼びじゃねぇんだよ、引っ込んでろ)
ガルムの死を挽回するには属性魔石を使うしかない。そんな意図が含まれたハンナの叫びを努は内心で一蹴した。
確かにそれで目先の死は避けられるだろう。だがここでそれを切ってしまうと終盤戦の式神:月での勝ち筋がなくなる。ハンナの属性魔石とアーミラの神龍化は切り札だ。切るべきカードは他にある。
「アーミラ!」
「わかってらぁ!! コンバットクライ!」
その呼びかけが来る前に努の意図を理解していたアーミラが進化ジョブを切ってその性質をタンクに代え、赤兎馬に対して赤い闘気を放つ。
「お前は四季将軍! あいつらも長くは持たねぇぞ!!」
「わ、わかってるっす!! コンバットクラーイ!!」
タンクとして先輩の矜持があるハンナは思わず言い返しながらも、アーミラの言う通り四季将軍:天のヘイトを取り始めた。
「ブースト、ブースト」
一時的に単身で四季将軍:天のヘイトを担うことになったエイミーは、ゲームじみた挙動が可能なスキルを駆使しながら双剣で攻撃をいなす。
エイミーも伊達で二ヵ月180階層に潜っているわけではない。四季将軍:天の動きは大半を網羅している。
「っ……!」
しかしそれでも尚、四季将軍:天を単身で相手にするのは不可能に近い。パリィが使えない状態ではあったにせよ、タンクのガルムですら単身で立ち向かえば長くは持たない。それがアタッカーのエイミーなら尚更のことである。
「リジェネーション、ヒール、メディック」
努の回復を前提とするならば、クリティカル判定さえ避ければ多少は食らっても耐久は出来る。エイミーは上腕から繰り出される薙刀と中央腕の格闘だけは食らわないよう徹底し、冬刀の凍傷や裂傷は甘んじて受けた。
「フレイムキッーーク!!」
途中ハンナが物理的な横やりを入れたことで僅かに息を入れる余裕を生み出せたが、四季将軍:天に対する前線は最低でも三枚は欲しい。
ハンナは厄介な中央腕を担当してくれているものの、アタッカーの低いVITではクリティカル判定でなくとも手足の一本は飛ばされる上腕の薙刀は健在である。
「…………」
それでもブーストを使い続けて時間を稼いでいたエイミーの精神力は、ついに危険水域にまで到達した。そして動きが鈍った彼女の頭上から薙刀が振り下ろされる。霞んだ黄金色の瞳でエイミーは死を見上げる他ない。
「マジックロッド。七色の杖」
その薙刀は宙を飛ぶ岩杖が介入したことによって防がれた。
努も背に腹は代えられず神光と共に進化ジョブを解放し、異様な頑丈さを持つテクトナイトを用いて四季将軍:天の薙刀を弾いていた。
(50点になっちゃった)
以前に進化ジョブを制限した状態で一度だけ式神:月まで到達したことがあるが、その時の努の内申点は80点だった。その結果に努は苦い顔をしながらマジックロッドで上腕の薙刀を担当しエイミーとハンナに火力支援を行う。
「取れたっすーー!」
「三分後にガルム蘇生させるからまだまだありったけ稼げ。ここを越えられたらスリット一つ減らしてやるよ」
「うぉーーー!! 頑張るっすーーー!!」
そう聞くや否や無色の中魔石を両手で砕いたハンナは、青翼に魔力を循環させて深呼吸と共にそれを身体に流し込んだ。そして再びカウントフルバスターを叩き込む勢いで猛進する。
(もう負けでも一応可です。……やるけどさぁー)
それこそ『ライブダンジョン!』であればリセマラも考える有様であるが、ここでの階層戦はゲームのようにさくさく進められるわけではない。それに四季将軍:天はまだ武人らしさもあるので詰んだら介錯してくれるが、それでも努は全然死にたくはない。
「レイズ」
そして蘇生可能時間が過ぎるギリギリを狙って努はガルムを蘇生する。幸いハンナが崩れることなく順調にヘイトを取り返してくれたので、努にヘイトが跳ねることはなかった。
「……すまん」
「あれはドンマイ。まだ可能性は0じゃないよ」
ガルムも四季将軍:天がスキルを放つ頻度を見極めて進化ジョブを解除していたので、あそこで刹那零閃が飛んできたのは本当にご愁傷様だった。それを含めての声掛けだったが、鎧を着付け始めたガルムは藍色の尾を下げる。
「限りなく0に近いとでも言いたげだな」
「まさか。1でもあれば可能性は無限大だよ」
「1か……」
「ギリ耐えてるよ。それにこういう時こそ案外、神は見放さないものだからね」
これはもう駄目かもですと思いながらもヒーラーをしていたら、何か盛り返してきたんですけど? という場面は何度か経験している。そんな努の何処か楽観的な励ましにガルムは目を伏せて頷き、緑ポーションを迷わず飲んだ。
ほんまやサムネ増えてる。ステファニーやべえ。ウンディーネは絶対雷鳥に伝える気ねーなw
周回は天将軍を呼び出せるのなら小型だし内外の召喚士の強い味方になるだろうが、180は四季やら天やら至やら馬付きやら月やらで形態があり過ぎるからな。全部のボスが呼べるわけでもないみたいだし。最低自分で倒した奴、くらいの制限はついてそう。金箱確定の可能性はあるが、海賊船長みたいに次挑戦に期間が空くとかもあるだろうな