第740話 連打乱打
(しばらくは躍らせなくてよさそうだな)
ガルムが死んだことでしばらくはメインタンクを務めなければならなくなった時、ハンナは0か100かしかない。ただ今回は魔流の拳で四季将軍:天のスキルを打ち消しながら立ち回れているため、ここで崩壊という線はなくなった。
そんな彼女の集中力が途切れないよう努は支援スキルの管理を受け持つことを決め、PTのリカバリーにかかる。まずはガルムにいつでも四季将軍:天のヘイトが取れるようスキルを回してもらいつつ、前線も担当してもらう。
「エイミー、下がって青ポ」
そして精神力を使い込んで顔面蒼白となっていたエイミーを下げつつ、努はマジックロッドで彼女が抜けた前線の穴埋めをする。その指示に猫耳をへにゃらせた彼女はバックステップで飛び退き、腰回りに付けているポーション用の小さなマジックバッグから青ポーションを取り出す。
それを一息に飲んで精神力を回復したエイミーは拗ねた目で彼をねめつける。
「……ツトムは、飲んでないじゃん」
「進化ジョブさいこー」
努からすれば進化ジョブの真価は精神力の全回復である。手慰みにアタッカーを担当するのも気分転換にはいいが、彼の本懐はヒーラーであり進化ジョブは精神力回復と火力支援のためだけに過ぎない。
「クロスシャープ。突破する可能性が低いならさー、わざわざポーション消費しなくてもよくない?」
刃同士を研ぎ合わせることで出血や双剣の切れ味を増強させるスキルで準備を整えながら、エイミーは努に物申した。すると彼は四季将軍:天から視線を外さずマジックロッドを操りながら答える。
「確かに前に式神:月まで辿り着いた時に比べたら可能性は低いけど、まだ諦めるほどでもないよ」
「まー、そこは信頼しますけども」
「よろしく。僕としてもエルフの二の舞になるのは御免だし」
「……いつまでも過去の過ちを言わないのっ」
「いーや死ぬまで擦ってやるね」
勝手に負けを確信して回線を切った味方がしばらくして再起した時に、まだ戦闘が続いており慌てて動き出す様。ディニエルにはそれと同じようなことを味わせたので、努からすれば痛快すぎてしばらく忘れそうもない。
そんな軽口を挟みながら前線に戻る準備と休憩を終えたエイミーは、努とスイッチする形で四季将軍:天の前に舞い戻る。
そして進化ジョブを解除した努はまず赤兎馬を相手にしていたアーミラに支援回復を送った後、被弾覚悟でヘイトを稼いでいるガルムも回復させる。
「カウントバスター!」
(良き)
火力を出しながら相手の攻撃は貰わずヘイトを稼ぎ続ける、避けタンクの理想とも言える動き。その分ムラっ気がありヒーラーからすれば敵よりも厄介な存在となるハンナは、拳闘士のポテンシャルを十全に発揮していた。
「魔正拳っ」
そんなハンナに対して振るわれた、四季将軍:天の中央腕から繰り出される強烈な拳。それを彼女は魔力を込めた拳を真正面からかち合わせ、ある種パリィにも似た芸当。
ハンナはまさに絶好調であり、その勢いは留まるところを知らない。ただそれでどんどん気分が乗って魔流の拳を使いすぎてコケるというのがよくあるパターンである。
ただ現在はその燃料となる魔石は努が管理しており、彼女は実質お小遣い制のため魔流の拳を無闇には扱えない。そのおかげで魔石をくべすぎての暴走機関車にはならずに済んでいた。
「ガルム、ハンナの気が切れるまではそのまま維持で。息切れしてきたら代わってやれ」
タンク系のスキルを回しヘイトを取り返す目途が立ってきたガルムに対し、努は状況維持の指示を出す。この上振れを引くために投資してきたのだ。ここで目一杯回収しておかねば割に合わない。
そんな努の期待通り、ハンナはアタッカー並みの火力を出しながら四季将軍:天のメインタンクを務め続けた。
「カウントフルバスター!」
そして努の内申点が70点を上回ったところで、ハンナは最後の魔力が巡っている青い翼を力強く羽ばたかせた。そのまま空を駆けながら決め技の乱打を振るい、四季将軍:天を地上に縛り付ける。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
拳闘士の奥義といえるスキルの力による、ハンナの両腕に残像が残るほどの乱打。しかしそれでも四季将軍:天は地に膝をつくことはなく、六本腕を駆使してその猛攻を相殺していく。
だが100を超える乱打の中にハンナは魔正拳を織り交ぜていた。その乱打に混じる不意の魔正拳も相まって六本腕でも処理が追いつかなくなっていき、遂にその拳が四季将軍:天の体中を捉えた、
それからはその巨体が一打一打で揺さぶられ、そのまま地面に縫い付けられるように沈められた。
「岩割刃」
「ミスティックブレイド」
その乱打が収まっての好機を見計らったエイミーが四季将軍:天に飛びつき、関節を狙って双剣をねじ込む。その一方で進化ジョブに切り替えていたガルムもロングソードを用いた一撃を叩き込み、猫犬の連携でその巨体を更に押し込む。
「師匠―!! もう魔力すっからかんっすー!」
「ガルム、そのままヘイト取ってくれ。時間かかるのはしょうがない」
「了解」
青翼に籠っていた魔力を全て吐き出したハンナの声。だが魔流の拳を織り交ぜたカウントフルバスターで四季将軍:天からのヘイトは大分稼いだ様子だったので、ガルムがヘイトを取り返すには少し時間がかかる。
「よっ、ほっ」
ただハンナはそれでも全力を出し尽くしたわけではなく、避けタンクをするには十分な余力を残していた。それからガルムがヘイトを取り返すまでは火力を出さず四季将軍:天の攻撃を避けるだけに努めた。
「ふいーっ。完璧じゃないっすかー?」
「エリアヒール、メディックルーム。カウントフルバスターに魔流の拳はもはやズルでしょ。マジックロッド」
帰ってきたハンナの足元に回復の陣を張った努は進化ジョブに切り替え、ガルムとエイミーとの三枚で四季将軍:天を抑えにかかる。すると彼女はぷくーっと頬を膨らませた。
「魔石さえ補充してくれたらすぐいけるっすよー?」
「いや、今のうちに少し休んどけ。ここも大概だけど、どうせ終盤も厳しい戦いになる。そこでの活躍も期待してるよ」
「……へーい」
休まなければ魔石をくれる気配がないことを察したのか、ハンナは渋々と回復陣の中で寝転んで大人しく休憩した。ただいざ寝転んでみると思いのほか疲れが溜まっていたことを実感したのか、途端に力が抜けて瞼も重くなった。
「鑑定」
回復陣の中で寝落ちしてぎゅんぎゅんと治っていくハンナを横目に、努は鑑定で四季将軍:天のHPを見極める。それからアーミラにそろそろHPが五割切ることを伝え、赤兎馬合流に備えた。
「ハンナ、起きてー」
「……はっ!」
そして四季将軍:天の下に赤兎馬が駆け寄り始めたタイミングで、仰向けで鏡餅のように伸びていたハンナを起こす。それから大きさから質まで違う無色の魔石を彼女のマジックバッグに移し、眠気眼の彼女に脳ヒールをかけて覚醒させる。
「よーし。魔力も戻ったっす!」
「はい、いってらっしゃーい。アーミラー、休憩―」
無色の魔石を砕いて魔力を循環させたハンナが戦線に復帰し、赤兎馬の後を追うアーミラを呼び止めて休憩させる。
「調子いいなァ。あいつ」
「こういう時に限ってね。難儀なもんだよ」
「はっ、違ぇねぇ」
そんな彼女に水筒を渡している間に、HPが五割を切った四季将軍:天は背にある彩烈穫式天穹を手に取った。それを中央腕で構えて弦を引き絞ると、そこに霊矢が現れ装填を完了する。
矢の番えを必要としない霊矢を用いた超連射。乾いた弓音ではなく耳をつんざくような速射音はさながらマシンガンであるが、ガルムは地に足を踏みしめて耐えの姿勢を取る。そして真正面から霊矢の集中砲火を受けた。
「ハイヒール」
帝階層でドロップした鎧にありったけの刻印を刻んだ最高峰の装備に、努の回復スキルも相まって彼はその超連射を耐え抜く。そんなガルムに対して不快げに嘶いた赤兎馬は彼に突っ込もうとしたが、赤い闘気を発しながら乱入してきた青い鳥から視線を外せなくなった。
「龍化結びもまだ切らねぇか?」
「そうだね。最後に追い込みをかける時、エイミーにかけてほしい」
「……まぁ、ここはハンナに譲ってやるか」
数分寝落ちして復帰したハンナの調子は相変わらず悪くない。これからは四季将軍:天と赤兎馬を同時並行で削っていく必要があるが、魔正拳を飛ばしてどちらにもダメージを与える余裕すら見受けられた。
「切りどころは変わらず任せるけど、神龍化はこれでもかってくらい出し惜しみするのをオススメするよ。今日のハンナはノリにノってるから削りは任せていい」
「それで最後までハンナに削り切られでもしたら泣けるぜ」
「それはそれで面白そうだね」
「……あ? 泣かすぞコラ?」
最後まで神龍化を切る場面がなく180階層を突破してしまいポカンとした顔をしたアーミラを想像して笑った努に、彼女は凄んだ声で釘を刺した。
「このPTじゃ俺に好き放題させてくれるっつー話だったよな?」
「そうなるといいなと思ってるよ。だから出し惜しみしろって言ってるの。仮に四季将軍:天を倒しても、最後に式神:月が降ってきてそれを迎撃しなきゃ突破できないとかいうオチもありそうだし」
「……どうだかなぁ」
そんな努の通告にアーミラは半信半疑ながらも了承し、水分補給と休憩を済ませた後に前線へと出た。
そろそろ攻略テンポ悪くてダレできてたからワクワクするわ突破して欲しいけど無理やろな