第556話 あのツトム

 

「朝からたらいまーわし~♪」


 探索者に復帰してからは何かとPTが変わる機会が多かったルークは、またもや配属替えということで朝からクラン内の各所を巡り手続きを受けていた。

 アルドレットクロウには三ヶ月に一度の頻度でPTメンバーの編成を改める仕組みがあったが、階層更新が緩やかになってからはその期間が段々と延びていた。

 深淵階層からの攻略は半年単位で行いPTの連携をより綿密にしなければ突破は出来なかったことと、その長い関係性から生まれる探索者たちの掛け合いを観衆が思いのほか見たがったこと。

 その2つの理由からPTの再編成は延期に延期を重ね、変わるにしても一人か二人で主要なメンバーは変わらないことがアルドレットクロウ内では続いていた。

 だがクリティカル判定持ちや即死が多く互いをカバーする連携力が必要だった深淵階層は、今となっては刻印装備を付けるだけで事足りる。その先にいたウルフォディアも浄化対策である呪寄装備が出回ったことで突破PTは数十を超えた。

 そんな環境の変化もあってか、アルドレットクロウはここ数年では考えられないほど大規模なPT再編成を行った。それによってウルフォディアを自力で突破したPTを除き、ほぼ全員が顔見知りか初めましてなPT編成となった。


「うわー、凄いことになってる」


 そんな再編成の例に漏れずルークも二週間前に組んだばかりのPTが解散となり、新たなPTメンバーと顔合わせをするためクラン内の食堂に足を運んでいた。

 クラン内の食堂はクランメンバーであれば誰でも利用可能だが、その席は一軍から順におおよそ決められている。しかし今日正式に発表されたPT再編成により、ここ最近はほぼ固定化されていた席順が大幅に変わったことで食堂内はざわついていた。


「装備だけで上がってきた連中風情が。ここはお前らが座っていい席じゃねぇ」
「はっ。ならこのPTは三ヶ月間160階層止まりだな。俺もようやく休暇が取れる立場になったってわけか。嬉しいよ」
(これ、探索効率逆に悪くなってない? しばらくはどこも厳しそー)


 今回の再編成では刻印装備を持っている中堅と、まだ持っていない元最前線の探索者たちがごちゃ混ぜにされている。その両者には決定的な確執があるため食堂内でも既に揉め事は起きている様子で、まさに一触即発といった感じだ。

 努はここ一年ほど天空階層に陣取っていた最前線の探索者たちには、刻印装備の販売を制限している。それに転売も推奨しておらず中堅の者たちは律儀にそれを守ってもいるため、最前線だった探索者は未だにまともな刻印装備を持っていない。

 アルドレットクロウ上層部も最新の刻印装備が手に入らないことは問題だと認識はしているため、暫定的な処置としてゼノ工房に販売を促すよう取引内容を大幅に譲歩したり、所属の探索者たちに装備を貸し出すことは出来ないかと交渉は持ち掛けている。

 ただゼノ工房はユニス含め努に話を通せで突っぱねているし、探索者たちもアルドレットクロウへの貸し出しはおろか他の市場にすら一切の転売が見受けられない徹底ぶりだった。

 その原因として、努が転売をした者とは取引を一切しないという脅しをかけたことが大きいと踏んでいた。だがそのデメリットを上回るメリットを提示されれば、一人か二人はそれに屈してしまうものだ。探索者は実入りが多い分ハンナのような浪費家も珍しくはないため、金に目が眩む者も少なからずいる。


(みんな、嬉しかったんだろうな。僕が思ってるよりもずっと)


 だがそれでも中堅探索者たちが誰一人として刻印装備を手放さなかったのは、最前線組がスタンピード兼バカンスに興じて迷宮都市を離れていた時。あの努がわざわざ自分たち一人一人と会い、帰ってきた奴らに目に物見せてやろうと刻印装備を渡してくれたからだ。

 その痺れるような野望の提案を、大して名も知れていない自分たちに努がしてくれて探索に大いに役立つ装備までくれた。そのことが中堅探索者たちに火を付け、それは烈火の如く燃え上がった。

 確かに努は百階層を攻略後に突如として姿を消し、それから三年も経った今になって復帰してきたところで既にその名前や顔が朧気になっていた者もいただろう。それに三年前から迷宮都市にやってきた新規も少なからずいるため、そもそも彼を知らない者すらいた。

 だが最も大きい探索者クランであるアルドレットクロウに加入し今も探索者を辞めていないような者で、努のことを知らない者など一人としていない。

 幸運者騒動から始まり、火竜三人PT討伐、三種の役割、異例の犠牲者が出たスタンピードでの表彰人。あの才気あふれる無限の輪のクランリーダーであり、九十階層戦での活躍。そして百階層を初突破したPTのリーダーである彼を知らない者など、アイドルかぶれかにわかくらいだ。

 外のダンジョンを単独で踏破し続けたヴァイスのように、神のダンジョンを語るに努は外せないような存在だ。そんな彼から目をかけられてそそる提案をされた探索者たちは、確かな矜持を持って動いている。

 それを目の前の利益で釣ろうとするのは愚策だし、強制的に混ぜっ返して最新の刻印装備を持った探索者を各PTに配置したところでその矜持は簡単には揺れない。むしろこうした対立による負荷がそれをより強固にするだけだろう。

 ただ努としても誰一人として魂を売り渡さなかった結果は予想外だったらしく、ギルドで会った時には涙ちょちょ切れと茶化すほどだった。


「あれ、僕の顔に何か付いてるかな?」
「やかましい。にやにやしやがって。さっさと進めや」
「ふんふーん♪」


 そして今回二軍のPTに任命され、それを証明する用紙を持って奥へと進んでいくルークに向けられる目もあまり歓迎ムードではない。とはいえ元々クランリーダーをしていたこともあり知り合いは多いので、そんな軽口を交わしながら奥へと進んでいく。

 ルークはクランリーダーをロイドに譲ってからは五軍PTに出戻り、探索者の中では珍しい召喚士として活動を再開。その頃には今まで積み上げてきた人脈から魔石仕入れの伝手を得たことと、他の召喚士と違い丁寧に召喚モンスターを扱わない下種に映る立ち回りで活躍はしていた。

 それに元々召喚士は探索者よりも建設系の仕事で重機のようにモンスターを扱ったり、猛獣使いとしてサーカス団や警備団に入るなどした方が収入は安定する数少ないジョブだ。探索者としては戦闘の度に魔石を消費する金食い虫扱いだが、召喚モンスターを維持できる神のダンジョン外ではその召喚コストがリターンに見合うので重宝される。

 そんな扱いの差もあってか、召喚士は100レベルを目途に探索者から独立して別業種に転職していくことが多い。なのでルークほど高レベルな召喚士は他のジョブに比べてかなり少なく、それもまた彼の希少性を増して異例の昇格をしていた。


「羨ましいですわ。その装備」
「何かみんなとは違う意味だよね」


 相変わらずの定位置である一軍の席に座っていたステファニーの刻印装備を見ての言葉に、ルークは苦笑いで答える。

 努から購入した召喚士用の刻印装備によって、ルークの活躍は後押しされた。階層に合わせて装備が強化される汎用的な刻印は勿論だが、中でも召喚コストの減少とそもそもの召喚枠を増やすものは、今までの召喚士からすれば概念そのものが変わるほどだった。

 基本的に今までの召喚枠は10が限度であり、その枠内に収まるモンスターを召喚して戦っていくのが普通だった。ゴブリンやスライムなどは1~2などの低コスト、3~6は目玉のような形状をしたスライムであるメーメなど強みがある中コスト、ボルセイヤーや火竜などは7~10の高コスト。

 これらを枠内で組み合わせつつ召喚に掛かる費用も考慮して探索していくのが召喚士の基本であり、刻印装備はもっぱら初期の階層に合わせて装備の強さが変わる刻印が鉄板だった。その刻印があればたとえ草原階層のスライムでも、浮島階層のモンスターを足止めくらいは出来る性能に置き換わるからだ。

 だがツトム製の刻印装備にはそういった定番の刻印に加えて一定の条件――例えばスライムを連続して召喚した場合粘体系モンスターのコストを1下げることや、一定時間召喚モンスターを死なせない間は召喚枠の増加が出来るなどといった能力が付与されている。

 そういった条件を組み合わせれば階層主級のモンスターを破格のコストで召喚できたり、他の召喚士よりも多くのモンスターを場に出しての探索が可能になる。召喚士が一度でも味わってしまえば脳汁ドバドバでもう以前の装備には戻れなくなるような刻印装備。


「今日から二軍に入るルークです。よろしく~」
「……あぁ」


 そんなルークの座った席の前には、ウルフォディアを一軍と同様に二人のみで突破したカムラとホムラがいた。祈禱師である彼は肉体訓練後だからかその飢えを満たすように忙しなく食事中で、仏頂面のまま返した。


「あ、有名人だ。よろしく~」


 カムラの妹でありウルフォディアを下した暗黒騎士として有名であるホムラは、繊細に揚げられた菓子を摘まみながらミーハーな反応を示す。


「随分と上がってくるのが早い。ズルしてる?」
「してません~」


 そしてハーフエルフだからか他の者よりは多少構ってくれるディニエルと話しつつも、ルークは二軍メンバーの中でも主要であるカムホム兄妹を眺める。


(まぁ、カムラ君は十中八九突っかかってくるだろうしな。どうしたもんだか)


 彼が刻印装備のことを快く思っているはずがない。そのせいでせっかくのウルフォディア二人PT突破に泥を塗られた形となり、クラン内で相当なイザコザも起こしている。それにPTメンバーも当初は暗黒騎士のホムラが一軍に昇格予定だったようだが、カムラの抗議でそれは取り消されている。


「あーあ。本当だったら私一軍だったのにな~。ステファニーさんと組んでみたかったな~」
「黙れ」


 ただそれに関してはホムラも満更ではなかったらしく、今では定番の弄りネタに昇華しているようだ。元々帝都では父、母、姉、兄、妹の五人PTで探索していたこともあり、二人の仲は良好だと聞いている。

 するとカムラはパンで何度も拭き取るようにしてスープの皿を空にすると、ルークに鋭い金色の目を向ける。


「元クランリーダーがここまで成り上がってきたのは結構なことだが、俺の指示には従ってもらうぞ」
「基本的には従うよ。その装備脱げよ、とかは従えないけどね」
「俺の指示下に入るなら、それはどうでもいい」


 そう言って食事のおかわりをしに皿を片手に立ち去ったカムラ。そんな彼の姿をルークが丸い目で見送ると、ホムラが間を埋めるように声を出す。


「あーー。お兄ちゃん、きっと前のPTが恋しいんだよ」
「うっそだーー?」


 噂通り努とはまた違ったタイプの冷血漢だなとルークは思いながら、その後ホムラと談笑して他のPTメンバーを待った。

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