第412話 きっとついてくる

 

「治癒の願い……これは一分後くらい?」
「うん。見た感じそれくらいかな。でも出来れば秒数も正確に把握するように」
「えー!? 面倒臭くない!?」
「一秒の読み間違いが全滅の切っ掛けになることもあるから、いずれは覚える必要はあるよ。……まぁ、今はそれでも大丈夫だけどね?」
「んー……じゃあもう一回やる!」


 獣人の孤児たちの中で祈祷師というジョブを授かった者一人一人にスキルの使い方を教えているのは、幸の薄そうな笑みを浮かべているコリナだ。看護師をしていたということもあってか子供の扱いには長けているようで、彼女に教えられている祈祷師たちは順調な成長を見せている。


「えーっと……まずはカウントバスターを続けるところからっすね! フルバスターを安定して出せるようになるといいらしいっす!」
「さぁ、好きに打ってきたまえ!」


 その後ろでは努から貰った手紙を読みながら避けタンクについて教えているハンナと、スキルの練習台になっているゼノもいた。努が遺していた拳闘士の避けタンク運用についての資料を使うことにより、彼女は擬音ばかりのちんぷんかんぷんな説明をすることはなく教えられていた。それに実戦では最高峰の避けタンクであることに間違いはなく、孤児たちも素直に付いてきてくれるため教えたがりの彼女はご満悦だった。


「次、腕立て伏せ」
「ひっ……ひっ……」
「早く腕を地面につきなさい。女なんかに負けないのではなかったのですか?」
「ば、ばけもの、かよ……」


 迷宮都市一周などと冗談みたいな走り込みを終えても息一つ切らしていないガルムとリーレイアに対し、まだこの場所に来たばかりで小生意気な態度を取りがちだったやんちゃな孤児たちはその目線を改め直させられていた。


(ツトムがいなくなってクランが崩壊しないか、なんて心配してたのが恥ずかしいな)


 そんな中ロレーナは最近改修されて更に大きくなったシルバービーストのクランハウスで、孤児たちに探索者としての技術を教える余裕すらある無限の輪の面々を見てそう思っていた。

 努がいなくなって既に数ヶ月経過した今となっては、コリナが三大ヒーラーの一角となったことで祈祷師の評価は更に上がっている。彼女は元々評価されてはいたが努の居なくなった穴埋めが出来るほどの実力を持っていたこともあり、更に百レベルを超えた後に死神の目というユニークスキルがステータスカードへ新たに記されたことで大注目を集めていた。

 ガルムは一時期努から始まり他のクランメンバーたちも離脱してしまったことに気分を沈め、慣れないクランリーダーとしての実務に疲弊していた様子だったが、王都で高度な教育を受けていたゼノ、リーレイア、コリナが各々独自にクランが回るよう動いてくれたこともあってか今ではクランリーダーも板についてきたところだ。

 ハンナは数ヶ月前から探索者としての活動を控えて魔流の拳を作り上げたメルチョーの指南を本格的に受けるようになり、魔流の拳と同時に武術の型などを練習していて話題を呼んでいた。最近では朝から庭で足を組んで瞑想を始め数時間そのままで頭に鳥を乗っけていた光景を目にしたことがあったが、一体どこに向かっているんだというのがロレーナの正直な感想だった。

 そのため現在はガルム、ゼノ、コリナ、リーレイアの四人は固定で、空いたところには基本的に特化型の呪術師であるマデリンが入り、たまにハンナや他のアタッカーが入るといった具合で無限の輪のPTは回っている。一時期アルドレットクロウに抜かれたものの、今では到達階層も追いつき競っているところだ。


(……まぁ、これもツトムの想定通りっていうのはムカつくけど)


 ロレーナに届いた努からの手紙には謝辞から始まりはしたもののそれは早々に切り上げられ、それからはシルバービーストとの長期同盟についてとそれからの展開について詳しく書かれていた。細かいところこそ違えど大枠はその想定通りに現実が動いていることは、ロレーナとしても面白くはなかった。

 努が消えて三大ヒーラーの枠にコリナが入ったことによる祈祷師界隈の活性化に、百階層の先へと探索者が立ち入ったことによる市場の変化など、迷宮都市に起きた流れについてはおおよそ彼の予想が当たっていた。

 ディニエルやアーミラの離脱についても言及していて、それを込みで無限の輪が回るようシルバービーストとの長期同盟と資産分配の仕組み作りをしていた。一見すれば無限の輪もヴァイス率いる紅魔団のように、癖のあるクランメンバーを纏める指揮力とヒーラーとしての実力を併せ持つ努がいることにより成立しているクランのように思えた。

 だが実際に努が抜けた後も無限の輪は正常に機能している。元々クランリーダーをしていた経験のあるゼノと、指揮能力こそ劣るもののリーダーを支える二番手としては非常に優秀であるリーレイアは努がいなくなった代わりに機能するようになった。それにクラン経営の中枢を担っていたオーリも、ダリルの離脱に動揺こそしたが仕事を投げ出すことはなかったのでクラン運営もつつがなく行われている。


(そういえば、ダリル君の離脱は予想出来てなかったのか。ならツトムもまだまだだね)


 孤児の多いシルバービーストにならすぐに馴染めて人間関係の潤滑油としても役に立つだろうと記されていたダリルは、現在無限の輪を抜けて王都の孤児を中心とした集団を率いるリーダーとして活躍している。

 シルバービーストと同じように孤児を救済する活動をしているダリルを、ロレーナは好ましく思ってはいる。だがその運営と管理がそんな簡単にこなせるわけでないことは、近くでミシルを見ているとよくわかる。

 現在のシルバービーストは無限の輪との長期同盟を切っ掛けに百階層を突破し、今のところはアルドレットクロウにも引けを取らない規模のクランになり始めている。だがそれほどまで人数が増え始めてくるともはやミシルだけでは収拾がつけられないため、同時に様々な対人トラブルや紛失なども巻き起こるようになった。

 ただ何年も前からその活動を通して後進の者たちを教育してきたこともあってか、利益を追求するアルドレットクロウよりは深刻な事態に陥っていなかった。古参と新参の衝突はあれど境遇は同じという価値観が共通しているため、自然と間も取り持ちやすい。更にロレーナたちが親身になって協力したおかげで実力を上げてきた探索者たちは、自分が受けたことと同じものを下の者に返すという良いサイクルが回っていたので不平感も起こりにくかった。

 方法は人それぞれだろうが、何かしらの戦略がなければ多くの孤児を集めたところで烏合の衆になるだけだ。だが今のところは特にそのような噂は聞いていないので、ロレーナはダリルがどのようにして孤児たちを纏めているのか気になっていた。


(最近は刻印集めで忙しいからなー。でもそれが落ち着いたら会って話してみたいな)


 百階層からは魔石の他に装備品の強化に使える、刻印油という物が新たに発見されてからは武具職人の界隈もその研究に盛り上がりその買い取り争いは熾烈を極めている。

 当然その刻印油を入手できる位置まで攻略を進めているロレーナも今は大分忙しいし、白魔導士の派生ジョブのスキルの使い方を開拓する必要もある。更に後進の者たちも育てなければいけないので、ダリルの立ち上げた組織は気になっていたが今は他に目を向ける余裕などなかった。


(……早く帰ってこないと置き去りにしちゃいますよ~)


 それに努が帰ってくるまでの間に自分だけヒーラーとして落ちぶれているわけにはいかない。むしろ彼が帰ってきた時に引っ張り上げられるくらいの力はつけておいた方がいいだろう。そして今度は手紙ではなく直接謝辞の言葉を述べさせるくらいのことはしてやりたい。

 そんな野望を胸に秘めながらロレーナは後進の者たちにスキルの技術を教えつつ、走るヒーラーとして更に躍進するため新たに身につけたスキルの使い方を開拓していた。

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