第560話 舌噛んじゃった
ギルド第二支部の見学も済んだ休み明け。段々と第二支部の認知も広がりギルド内でもそのことについて話す探索者が多い中、努はPT契約を済ませ吟味するような顔で神台を見ているリーレイアに声をかけた。
「第二支部には随分と融資したみたいだね」
「……? えぇ。ギルド長にわざわざお声をかけてもらいましたからね。その期待に応えるべく包むのは……あ、そういうツトムも昨日一肌脱いでもらったのですか?」
彼女は途中でその意図に気付いた途端、神竜人について話がわかる相手を見つけたように笑顔を花開かせた。
「私は龍化で翼に包まれながらのハグと膝枕をお願いしましたが、ツトムは何を? ここで言うのが憚られるのならダンジョン内でお聞きしますが」
「昨日ギルド長と話した感じ、リーレイアの出資額がエグそうだったから聞いてみただけだよ。僕はその手に乗ってない」
「なんと、勿体ない。今のツトムなら刻印装備を引き合いに何でも要求出来るでしょうに」
それこそ三年前にも迷宮都市の一等地にある家をポンと買えるくらいの資産を持ち合わせていた彼女は、カミーユが言及するほどぶっ飛んだ額をギルドに融資していたようだった。それは大企業に勤めている実家暮らしのOLが突然推しに出会ってしまったかのような散財ぶりで、それを昨日聞いた努は軽く引いていた。
「リーレイアならハンナみたいに破滅まではしないだろうけど、身を持ち崩さないようにね」
「それは勿論。生活面はクランハウスでどうにでもなりますし、破綻まではしませんよ。むしろ探索活動にハリが出てきたくらいです」
今までずっと右肩上がりを続けていた安定的な資産が崩れたことは、リーレイアにとって良い刺激になっていたようだ。確かに目の輝きが違う気もするが、そんな彼女を努はまだ胡散臭げに見ている。
「アスモへの投資も回収できてないんだし、しばらくは大人しくしてなよ」
「まさかウルフォディアの魔石でも駄目だとは思いませんでしたが……そうなるとやはり数でしょうか。ところでツトムは仮にカミーユへお願いするとしたら……」
そしてまだまだ話を終わらせる気がない彼女から努は逃げるように魔法陣に入り、163階層へと転移した。
「今日はミミック対策、色々試したいね。前は全然出なかったし」
「遠距離スキル持ちのアタッカーは戦力的に死にますから、ミミックに対しては私とガルム辺りが前線に出るのがいいかと。ところで、もしアーミラがギルド職員のままだったらと思うとたまらなくないですか? 神龍化まで堪能できたのかと思うと実に惜しい」
「聞いた僕が悪かったからさ、もうその話題止めない?」
飛行船に転移した後も付かず離れずの距離にいたリーレイアは、建設的な意見は述べつつも先ほどの話題に何としても噛みついて離さない様子である。そんな彼女の様子をソニアとダリルは意外そうに見ていて、ガルムは残念そうな目で一瞥した後ミミック対策について二人抜きで話し合い始めた。
「リーレイアの言う通り、基本的には物理攻撃を持つタンク陣で対処するのが無難ではある。ツトムの刻印装備のおかげで幅は増えたが基本は変わらない」
「うちも支援回復になりがちだねー。巨大ミミックには多少効くみたいだけど」
身内と接している時は少し特徴的な一人称を使うソニアは、タンク陣の二人を頼もしそうに見上げた。
現在の壁である165階層を突破するためには、いかにミミック対策をするかが大きな課題となる。基本的には物理属性が有効なので、このPTでは進化ジョブによってアタッカーも出来るようになったガルムとダリルが主軸になるだろう。
ただ巨大ミミックに関してはその大きさ故に物理攻撃の影響力が小さくなる。そのため大規模攻撃が可能な遠距離スキルも扱う必要があるが、今のところ上位台を観測していても有効的な場面は見受けられない。
「アンチテーゼ? は有効そうですよね。ウルフォディアにも地味に効いてたみたいですし」
「……ふむ。しかしツトムはヒーラーをやりたがっているからな」
「まー165階層の限定的な場面ならいいでしょ。うちがアタッカーとして使い物にならないんだしさ?」
「……スーパーアーマーで巨大ミミックの侵攻を止めるとかは、ないといいんですけど」
「うーん。半減できるなら実際死にはしないのかも? とはいえそれは侵攻を止めるための最終手段じゃない? 今の流れだと2PTで火力ゴリ押しが王道っぽいし」
165階層の攻略で現状考えられる方法としては、飛行船を最大強化しつつ2PTでの火力を以てして巨大ミミックを討伐することが最も有力である。それに飛行船の強化に関してはまだ検証が進んでいないこともあるので、その可能性を探るためアルドレットクロウを筆頭に効率的な宝集めが行われている。
「うちらはちょっと出遅れてるから、今のままだと2PTの幅は狭そう。でもカムホム兄妹のところは嫌だなー、トラブル起きそうで。まだ黒門の優先度もわかってないし」
「ただ、戦力的には申し分あるまい。黒門の問題があるにせよ、どちらも突破するまで165階層を探索するよう契約すればいいのではないか?」
「でも、召喚士のルークさんなら2PTじゃなくても攻略できる可能性はありますよね。それなら初めから無限の輪だけで組んじゃうのも手じゃないですか? 階層合わせが面倒なのは変わらないんですし」
そうこう三人が話している内に飛行船を操縦している骸骨が目的地の浮島に到着間近なことを告げたので、各自衝撃に備える。そして相変わらず雑な着陸をかました飛行船を五人は出ていく。
「……もう着いたから、精霊契約してくれない?」
「仕方がないですね」
神竜人談義をしている間は神の眼を遠ざけていたリーレイアは、渋々といった様子でフェンリルとの契約を施行する。早口オタクを相手にうんうんbotになっていた努は、上から舞い降りてきたフェンリルに手早く騎乗用具を取り付け始めた。
「じゃ、宝庫見つけた時は狼煙を上げる感じでよろしく。二人一組で先に行ってていいよ。ガルムとダリルはヘイト取りだけ頼むわ」
浮島階層では先に進むために宝を集めることが目的だが、それを達成するためには二つの選択肢がある。モンスターとの戦闘でドロップ宝箱を狙うか、浮島の何処かにある宝庫を見つけるか。
探索での宝庫狙いは、今までの階層で言うところの黒門やセーフポイントの発見に似通るところがある。ただ宝庫には金の宝箱がある確率が高いとはいえ見つからないこともあるので、宝物集めの効率としてはモンスターを倒してドロップを狙った方が良い場合が多い。
しかし宝庫の方がレア度の高いミミックが出やすいこともあり、今回は浮島の探索を主軸にすることとなった。その中でもフェンリルに騎乗し素早い移動が可能な努は単騎で地上を主に探索し、その他はフライで浮島の地形を見ながら宝庫を探していく。
「バリア。よし、行こうか」
ダリルとリーレイア、ガルムとソニアがモンスターを引き連れながら分かれて探索を開始したのを見送った努は、ようやく取り付けの終わったフェンリルの背に跨った。そして手作りのバリアヘルメットを被り足で軽く横腹をつつくと、氷狼は一鳴きした後に駆け出した。
フェンリルは地面を駆け飛ぶように加速していき、日に照らされた草原の広がる浮島を進んでいく。自分のフライではあまり怖くて出さないであろうスピードで、僅かに付いてきていたカンフガルーは振り切られてすぐ見えなくなった。
「まだ情報が出揃ってないからな。今日で見つかるといいんだけど」
浮島階層はここ数週間での到達が多いのでまだ情報が出揃っておらず、宝庫付近の地形特徴なども曖昧なままだ。基本的には地下にあることが多いとされてはいるが、巨大樹の中や離れの浮島にあることも確認されている。
なのでフェンリルによって地上の移動速度の速い努は地下に通ずる洞窟の発見を目指し、ガルムたちは離れの浮島、ダリルたちは巨大樹を目的地にして動いている。
『ヴゥ』
白い息を吐きながら走り続けているフェンリルはさして疲れた様子もなく、木々が日を遮り暗がりとなっている森を滑らかに駆けていく。努がこの速度をフライで出して木に激突しようものなら骨折は免れないので、そんな移動を精霊に任せられるのは何かと便利だ。
(レヴァンテもワンチャンいけそうなんだけど、フェンリルの方が乗り心地いいからな。騎乗の前例があるのもデカい)
努と契約する際はシャチのような見た目になることが多い闇精霊のレヴァンテにも、背びれに捕まる形で騎乗出来なくはなかった。
ただレヴァンテの体は新品の浮き輪みたいにつるつるとしているし、専用の騎乗用具も制作されていない。今のところ爆速のボートに無理やりしがみついているような形にしかならなかったので、騎乗は断念した。
雷鳥は少しの間乗せてくれるものの最後にはうざったそうに翼を羽ばたかせて落とされるし、アスモはウルフォディアの魔石を捧げたところで未だに繭状態のままである。なので現状はフェンリルが騎乗に最適の精霊であった。
(とはいえ進化ジョブならAGIもマシにはなるし、フライの高速制御もいずれ扱えるようにならないとな。近接捨ててる分スキルは妥協できない)
以前までは速度こそないものの蚊のようにうざったい挙動で避けタンクの真似事が出来たが、進化ジョブによるステータス変化によってフライの速度上限が増したことで避けタンクに近いスペックは出せるようになった。
ただVITは低いままなのでその上がった速度のまま壁や床に激突すれば、見るも無残なこととなる。神のダンジョン内ならば蘇生や黒門から出ればどうにでもなるが、外でやらかすと全身複雑骨折で回復スキルを以てしても全治二週間はかかる大怪我を負うことになる。
「お、あったね。お手柄」
『ワフッ』
そうはならないようフェンリルの素早い挙動でフライのイメージトレーニングをしながら探索を進めていると、宝庫が眠るかもしれない洞窟の入り口を発見した。そして中に入り少し探ってみると宝庫を見つけたので、努は火の魔道具で草木を燃やし狼煙を挙げた。
「……特徴ありますかね、これ?」
「わかんないや」
「そこは迷宮マニアに期待しましょう」
いち早く到着したダリルとリーレイアと合流し、洞窟の周辺に何か特徴がないか神の眼を連れて探ってみるが一同わからずといった様子だった。
「ガルムたち来るまでに宝箱だけ運び出しちゃおっか」
一先ずダリルがいれば問題ないだろうと判断し、努はフェンリルと共に宝庫へと進む。
薄暗い洞窟の中をバリアに閉じ込めたフラッシュの明かりを頼りに進んでいくと、ひび割れた岩の隙間から光の筋が数ヵ所漏れ出ている。それを辿るように進んでいくと宝庫に入る扉があり、開けると目一杯の宝箱が鎮座していた。
「回収―回収―」
「よいしょー」
それらは一旦開けずにマジックバッグへとどんどん収納していく。ダリルは銀と金の宝箱を中心に一人できびきびと回収し、努とリーレイアは木と銅の宝箱を二人がかりで運んで地面に広げたマジックバッグに投げ入れる。
そしてもぬけの殻となった宝庫を後にして外に出ると、離れの浮島から帰ってきたガルムたちも戻ってきていた。
「それじゃ、端っこでミミック検証と行きますか」
巨大ミミックを落下によって討伐できやしないかと考えていた努は、それが叶うのかどうかを検証するため宝箱がたんまり入ったマジックバッグを持って浮島の端に向かった。
「鑑定持ちいたら見分けるのも楽なんだけどな」
「新階層ほど欲しいですよね、エイミー。アーミラたちが羨ましいです。まぁ時が経つにつれて用済みになるのですが」
魚網でも開くようにマジックバッグからぼとぼとと宝箱を落とした努は、その数を見て少々げんなりしながらも開封をタンク陣に任せる。
「じゃ、開けますね」
「……まぁ、いいか」
そしてダリルが若干キラキラとした目で数個ある内の一つである金の宝箱を開けようとして、努は銀でいいだろと渋ったものの許可は出した。
「コンバットクライ!」
「出るのかよ」
迷宮マニアの情報感覚からすれば三割ほどの確率で化けるらしい金のミミックは早速その正体を現し、一応警戒はしていたダリルは不意を突かれずにヘイトを取って離れる。
「むっ」
そして金ミミックが犬のように大きな舌を出してダリルへ飛びつこうとしたところを、ガルムが蓋を閉じるように拳を叩き付ける。そして舌を噛んで怯んでいる内に金ミミックを脇に抱え、浮島の外へ捻るように投げ出した。
「エクスプロージョン」
空中へ投げ出された金ミミックは箱底にある穴から一本の触腕を伸ばし、浮島の地面に突き刺した。だがそれを見ていたソニアが地面ごと爆発させて起点を奪うと、そのまま成す術もなく落ちていった。
「…………」
そんな様をフェンリルは浮島の端から顔だけ覗かせて見送り、努以外の四人もそれに続いた。ダリルの尻尾は興味津々かのように揺れ、ソニアのバネみたいな尾もみょんみょん動いている。
これで死んだとしたら経験値はどうなるのか。ドロップ品が何処からともなく落ちてくるのかなと『ライブダンジョン!』感覚で思っていた努は、一人青い空を見ていた。
「……あっ!」
そしていよいよ落ちたミミックが見えなくなってきたところで、最後まで下に顔を覗かせていたダリルが声を上げた。その声に釣られて努も見に行くと同時に、その前方から黄金の塊がぴょーんと飛び出してきた。
「コンバットクライ」
「駄目っぽい。アンチテーゼ」
「むしろ怒ってる感じが……」
「見たことない挙動ではありますね」
べちょべちょとした金貨を狂ったように撒き散らしながら復帰してきた金ミミックは元気そのもので、ヘイトを取ったガルムに向かって黄金色の光線を発射した。
宝箱のままマジックバックごと持ち出したらどうなるんだ?
ミミック宝箱だけは持ち出せないって感じになるのかな