第573話 若き獅子
「キングベールゥゥゥ!!」
巻き舌気味に詠唱したゼノの前面に金色の巨大盾が具現化する。モンスターからの魔法系スキルを防ぐために張られたそれは、金銀様々なミミックから放たれた火球や雷球を受けても後ろに通すことはない。
「さぁ、来たまえ! キュートなわんちゃんたち!!」
そんなゼノを今度こそ丸焦げにして食ってやろうとミミックたちは箱底の触腕を貝のように押し出し、魔法スキルが届く距離感で飛行している彼を追う。
「ウォーリアーハウル」
そこから少し離れた右方からビットマンは駆け飛ぶように走り、周辺のモンスターからヘイトを貰い連れ出していた。間引きによりその数は半数ほど減ってはいたが、それでも巨大ミミック周辺のモンスター全てを引き付けたのでその数は数百に及ぶ。
「双波斬。双波斬……やっぱり届かないかー」
男二人が引き付けたモンスターにエイミーは双剣を二度振るったが、その風刃は牽制程度にしかならない。
それに黄色のベルトを巻き周囲のモンスターを鼓舞してステータスを上げるカンフガルーは、異様に拳が発達した赤いカンフガルーたちが布陣を固めて守っていた。目に優しい緑色の粘体を用いて怪我を治癒させるスライミーというモンスターと野良のミミックは、神輿でも担がれるようにして運ばれている。
帝都のダンジョンでは見たこともないモンスターの挙動にエイミーは称賛するような笑みを浮かべた後、木の太い枝を鉄棒のように掴み一回転し勢いをつけて飛び出した。
「ブースト、ブースト」
そしてスキルによる挙動変化を織り交ぜ忍者のようにカンフガルーの頭を足場にし、周囲モンスターのAGIを上げる舞踏を披露している黄色カンフガルー数体の首を撥ねた。
その途端に害虫でも振り払うように拳を繰り出したカンフガルーの一撃を重ねた双剣で防ぎ、エイミーはそのまま吹っ飛ばされるようにフライで離脱する。
「そい!」
そして金色の大盾を展開し魔法スキルを放つミミックたちを引率していたゼノを追い越し、エイミーはマジックバッグから取り出した毒瓶を投げつける。それはスキル使用のために大口を開いていたミミックの口内に入り、そのまま丸呑みにされた。
「効くまで十分くらい! それまで精神力がっつり使っていいから、このまま飛行船までよろしく!」
「任せたまえっ」
165階層において数十体のミミックをどう対処するかは要となる。放置してしまえば好き勝手魔法スキルを撒き散らされて戦線が崩壊するし、かといって戦力を割きすぎては巨大ミミックに対しての火力が足りなくなる。
それにビットマンが引き付けているモンスターと違い、ミミックたちの機動性は高くない。なので普段のモンスターと同じ要領で引き離してしまうとミミックは拗ねたように立ち止まり、巨大ミミックの方へと戻ってしまう。
そのためミミックが殺せるかもと思えるような距離かつ、付かず離れずの塩梅でヘイトを取り続けなければならない。キングベールによる守りがあるとはいえその役割は聖騎士でも荷が重い。
その役割を一人で背負うゼノはエイミーが持ってきた神の眼の手前か、わくわくとした表情を崩さなかった。もしエイミーの投擲した毒ポーションが機能しなければ、彼は膨大な魔法スキルをその身で受ける他なくなる。
「あとは飛行船まで耐久だね。スライミーも倒したいけどなー」
「黄色カンフを倒してくれるだけでも十分だ」
そんなゼノを置いて一足先に数百のモンスターを引き連れているビットマンと合流したエイミーは、そうぼやきながらまだ影も見えない飛行船の方角に進む。
飛行船は駆動機関の故障により飛行は出来なくなってしまったが、宝物の納品による砲撃などの防衛機能は健在だ。なので遠距離スキルが異様なほどミミック以外は砲撃で殲滅でき、その威力は浮島一つ落とせるほどある。
そんな二人の横に黒炎が波のように放射され、木々が焼けて崩れ落ちていく。モンスターたちに担がれているミミックから放たれた魔法スキルによる遠距離からの攻撃である。そのミミックは車の窓から顔を出す犬のように口をばたつかせながら、一心不乱に炎やら氷やらを吐き出していた。
「毒、効きが遅いのがなー」
十匹ほどいる担がれミミックたちに毒ポーションを投げつけ在庫が尽きていたエイミーは、その猫耳でミミックの囁くような鳴き声を聞き分け背後から放たれる氷撃を左右に交わしている。
「この先楽になる希望があるだけありがたい。普段ならこれがしばらく続くからな」
「大変だねぇ」
「ウォーリアーハウル。それにしても、よく薬師にまで手が回るな。鑑定士と探索者だけでも大変じゃないか?」
「双波斬、本業はアイドルなんだけどねっ」
時に走り時に飛びながら上手く木の影を利用しミミックからの攻撃を回避しているビットマンは、雑談を挟みながら新たに加わっていたモンスターのヘイトを取っていた。それにエイミーは返しながらカンフガルーが投げつけてきた丸太を切り捨てる。
「諸君、よく見れば可愛く見えてこないかね?」
そんな中一人でミミックたちの危険な引率を引き受けていたゼノは、神の眼に向かって語りながら遅々としたペースで進んでいる。ただ巨大ミミックからは大分離れた位置取りは出来たので、囮役の役目は果たせていた。
――▽▽――
「問題なく進んでいるようですね。流石、無限の輪のタンクは優秀ですわ」
「ビットマンが泣いてそう」
ミミック軍団の引き離しに成功し大分距離も稼げているゼノにステファニーが舌を巻き、ディニエルは先に小袋が付いている太い矢を番えながらそう返した。
「ストレングス。アタッカー陣も馬鹿みたいに強い。今から模擬戦が不安になるくらいだ」
そうぼやくポルクの目の先には神龍化により龍の手を具現化しているアーミラと、龍化結びによって薄赤く発光しているコリナが巨大ミミックと相対している。
「パワー、スラッシュ!」
「むぅん!」
巨大ミミックの口端を目掛けてアーミラの神龍化専用の巨大剣が振られ、空間がひずむような音が響く。その反対ではコリナが回転で勢いをつけた星球での打撃を幾度も行い、火花を散らせていた。
「アーミラは一撃の威力だけなら迷宮都市一もあり得るな。精神力だけじゃなく体力まで削られて回数に限度があるのは惜しいが」
「ヒール。青ポーションを飲める内はいいでしょうが、その後は厳しそうですわ。それに進化ジョブの方は運用が怪しく、神龍化とやらもまだ不安定ですし」
アーミラが神龍化している間にステファニーは彼女を回復して進化ジョブの条件を完了させ、両手のモーニングスターを太鼓でも叩くように繰り出しているコリナを見やる。
「スキルなしで火力を完結させている方が私としては好みです。それに祈禱師は進化ジョブとの兼ね合いも素晴らしいですしね」
「カムラが聞いたら泣いて喜ぶぞ」
「元はあのPTと突破する予定でしたのに、残念ですわ」
「PT合わせ、ダルいのが悪い。潜る人が多すぎ。ダブルアロー」
ディニエルは愚痴を零しながら火山階層の素材を加工して作られる爆薬が取り付けられた矢を、スキルにより複製して巨大ミミックの口内に放つ。そして追撃の火矢により口内での爆発を引き起こさせた。
しかしそんな怒涛の攻勢にも巨大ミミックはあまり怯んだ様子もなく、次の跳躍を始めるためその身をバネのように縮ませ始めた。それにアーミラは一つ舌打ちを漏らし、龍の手を蹴落とすようにして解除しその場から離れる。
「一刀波」
そして箱底の触腕を突き出して地面から勢いよく浮かび上がったのを見て、いくつもの刻印が浮かぶ大剣を手にしている女性アタッカーは斬撃を飛ばす。同じ大剣士であるアーミラの放つものより明らかに速い斬撃は、見事に巨大ミミックの触腕を捉え桃色の体液を流させた。
「パワーアロー」
「エアブレイズ」
移動の際に見せる箱底の触腕はミミックの目立つ弱点であり、遠距離スキルが通る部位である。なのでディニエルとステファニーも飛び上がった巨大ミミックに向けてスキルを放つ。
「よいしょー!!」
だが彼女らの放った矢と風刃は、ハンナが両拳を掲げて放った炎の渦によってかき消された。右手に炎、左手に風の中魔石を持ち複合させてハンナが放った炎の竜巻に触腕を焼かれ続け、巨大ミミックは声にならない悲鳴を上げて箱底に引っ込めて体勢を崩す。
「……あれに勝てますの?」
「正面からぶつかったら無理そう。いつの間にか獅子になってた。罠なり何なり使うしかない」
「観衆が見てることは忘れるなよ?」
「わかってる」
二属性の魔石を複合して放ち魔流の拳として成立させるなど、メルチョーでも滅多にやっていなかった。そんな彼女とこの先の階層を賭けた模擬戦が予想されているディニエルは、ならばあの獅子をどうやって狩るかを見極めんとしていた。
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