第574話 高め合い

 

 ハンナの追撃により大きく放り投げられたような態勢で移動したミミックを追いかける際、ディニエルは手の調子を確認するようにぐーぱーしている彼女の下にフライで近寄った。


「随分と派手なことした割に、腕が消し炭になってない」
「二つ同時でも失敗しなきゃ大丈夫っすよ!」
「そう」


 そんなディニエルをアーミラは敵情視察に来た外交官でも見るような目で睨み、コリナは困ったようにはにかみながら宙に浮かんで進んでいる。


「てめぇは思ったより大したことねぇな。模擬戦見越して手でも抜いてんのか?」
「数年探索者から離れてもユニークスキル一つでどうにか出来る神竜人に、どうこう言われる筋合いはない」
「……はっ。ツトムがいなくなった途端に乗り換えた尻軽エルフがよく言うなぁ?」
「け、喧嘩は止めて下さぁい!」
「ちょ、おまっ」


 争いの火種をもみ消すようにコリナから羽交い絞めにされたアーミラは、その言葉とは裏腹にあまりにも強い拘束に何も言えなくなっていた。そんな二人をディニエルは真顔で見つめた後ハンナに向き直る。


「ハンナがあそこまで大盤振る舞いするとは思ってなかった。だから私も全力を出す。それを伝えに来ただけ」
「……いやー? それって結局喧嘩を売りにきた感じじゃないっすか?」
「宣戦布告の意味合いもある。アタッカーとして負けるつもりはないし、一撃目は距離を取って様子見することを勧める。下手にミミックの周りを動かれると誤射する可能性がある」
「えっ? あのディニエルがっすか?」
「あのディニエルが。それじゃ」


 避けタンクとしてモンスターの周囲を飛び回ろうが一度も誤射されたことのないハンナが驚いたように返すと、彼女は事もなさげに告げてアルドレットクロウのPTへと戻る。


「手応えはありましたか?」
「餌に興味はありそうだった。でも釣れない時は釣れない」


 ステファニーに諦観した言葉を返しながらディニエルは天空階層でドロップする長弓である、天使の使いと名付けられているそれをマジックバッグから引き出した。

 女性にしては長身であるディニエルですらまともに扱えるか怪しい、二メートルにも及ぶ長弓。普段の彼女が扱うのは森での生活で扱い慣れている短弓であり、探索活動でもそれは変わらない。

 弓を扱って数百年のベテランもいるエルフの森の中で、その才を開花させた彼女は数年ほど長弓を扱うこともあった。しかし長弓は男女の体格差が露骨に出る代物であるため、彼女は短弓に絞りエルフの森の中で認められるほどの実力を手にした。

 そして神のダンジョン出現によるジョブの発現により弓術士には弓の扱いが楽になる特性が宿り、ステータスによって男女の身体能力差も縮まったことでディニエルの立ち回りも幅が広がった。

 しかし探索活動においては前線にいる味方へ誤射しないことが最優先事項であるため、正確無比な射撃を行える短弓を扱うことがほとんどだった。ただジョブとステータスによって長弓の扱いも可能にはなったので、ディニエルはその練習を欠かさなかった。


「では、手筈通りに」
「やるかー」


 そして墜落するように落ちた巨大ミミックに追い付いたPTはその落下衝撃を避けるように散開し、初撃を任されたディニエルはバリアを足場にして背負っていた白い長弓を構える。

 数百キロほどの力で引っ張られても壊れず三日月型を維持する天使の使いには、深淵階層で採れる呪茸の菌糸が編み込まれた特注の弦を仕込んでいる。そこにディニエルは儀式でしか扱わないような装飾が施された太い矢を番えた。

 その矢が番えられると長弓に刻まれた刻印が発光して浮かび上がる。そして矢尻にある魔石を配合した筒状の塊も独自に刻まれた刻印が充填されるように光り輝く。

 左手で弓を支え、そのまま上体を後ろに倒し体重をかけるように矢を引いているディニエルの右腕は珍しく震えている。足場にしているバリアはその過重により悲鳴を上げるように軋み、無色と雷の魔石が組み込まれた矢尻は微かな火花を散らす。


「ストレングス」


 そしてポルクが仕上げにSTRの上昇するスキルをディニエルに付与した時にも、彼女が引き絞る腕の震えは止まっていない。弓術士の特性とDEX器用さによる恩恵があっても、彼女以外には引くことすら厳しい改造された天使の使い。


「パワーアロー」


 雷鳴がいなないたと錯覚するほどの発射音だけを聞けば、とても弓矢から放たれたとは考えられない。類稀な弓術士である彼女が精度を捨てて放ったその一撃は巨大ミミックの背面に直撃し、ウルフォディアにも匹敵する黒合金のような体を削り取るように突き刺さっていた。


「ヒール」


 それを発射したディニエルの足場となっていたバリアは反動で割れ、彼女もその衝撃で後ろに吹き飛んだ。だがそれでもステファニーから回復を受け治った手には長弓は握られ、追撃の一矢を放つ構えを見せていた。


「大盤振る舞い」


 彼女の放った矢は、職人が一本一本丹精に作り上げた属性矢の中でも至高の一品である。矢尻に魔道具と魔石を仕込みその威力を底上げして属性を付与し、刻印によってスキルのような加護をもたらす。

 ただそれは属性矢同様に量産できない物の中でも更に選りすぐった代物であるため、アルドレットクロウといえども基本的に使用は控えるよう厳命されている。

 そんな代物であることを感じさせない手つきで次の矢を番えた彼女は、大の男が五人がかりでなければ張るのも難しい弦をいとも軽そうに引き絞る。

 巨大ミミックの関心が飛行船に向いているとはいえ、今も突き刺さっている矢の一撃は流石に痛かったのかその大口をがばりと開けて喚く。その喚きに共鳴するように巨大な火球が次々と生成され、ディニエルに向けて放たれた。

 再び全力の一撃を放つ構えを見せていたディニエルはフライでその場から離脱し、肌がじりじりとした熱さを感じながら火球を避けていく。


「フレイムキーーック!!」


 そんなディニエルが残した矢を起点にして杭でも打つように、ハンナが深紅に燃える片足での飛び蹴りをお見舞いする。拳闘士のスキルに加えて炎の魔石で足の火力を増し、無色の魔石で強烈な推進力を加えた一撃。

 魔流の拳を使うために魔石から得た魔力を循環させるために使用している青い翼は、過剰に巡らせると羽根が抜け落ち始める。その副作用が神のダンジョンでも起こるようになったことが確認されてから、ハンナは魔流の拳を好き放題使うことはなくなった。

 だが先ほど放ったディニエルの自分に引けを取らない矢に感化されたのか、ハンナは楽し気に無色透明な中魔石を砕き翼を大きく広げる。魔力の循環によりその青い羽根はざわめき、その力が彼女の右拳に集中し始める。


「魔正拳!」


 拳闘士のスキル名ですらたまに忘れることのあるハンナでも覚えている、魔流の拳の基礎である魔正拳。無色の魔石から得た魔力を純粋な力に変換して放つその拳は、巨大ミミックが詠唱を中断するほどの衝撃を与えた。


「神龍化」
「ブートラッシュ」
「一刀波」


 そんなディニエルに負けじとアーミラは龍の手を具現化し、コリナは巨大ミミックの頭上に立ちその両手に握られた星球を狂ったように叩き散らす。刻印装備によって遠距離スキルにバフが乗っている大剣士の女性は、巨大ミミックの舌や歯を狙い着実にダメージを重ねていく。


「パワーアロー」
「クリアレンス、エリアヒール、ハイヒール、ハイヒール」


 その背後から態勢を立て直したディニエルは先ほどの豪矢とまではいかないものの他の弓術士では考えられない矢の応酬を浴びせ、ステファニーはアンチテーゼによる継続的なダメージを与え続ける。


「アサイメント。……これなら手早く片付きそうだ」


 既に味方のバフと巨大ミミックへのデバフを済ませたポルクは、ステファニーに余った精神力を譲渡しながら一人ごちた。そしてディニエルの一矢から始まった猛撃に、巨大ミミックは半ば抗議でもするように口を勢いよく閉じる。

 弱点である粘膜体の触腕と舌を完全に閉じ込め、そのまま逃げるように転がる。詠唱による攻撃を捨てる代わりに完全防御での移動を可能にした態勢。


「パワーアロー」


 だがいくら箱を閉じて底を塞いだとしても、巨大ミミックはその鍵穴だけは構造上閉じることができない。前面に移動したディニエルが手に余るような矢を鍵穴に放つと、巨大ミミックは鼻に棒でも突き刺されたような叫び声を上げた。


「グッドモーニング」


 それから巨大ミミックは鍵穴を地面に付けそのまま這うように進むようになったが、コリナが温存していた初撃を口端の繋ぎに叩き込む。すると今まで神龍化のアーミラと龍化結びのコリナに散々叩かれて歪んでいた金具が、とうとう音を立てて割れ落ちた。


「ハイヒール」
「ツインアロー」


 片側の顎が外れ口内が垣間見えるようになった巨大ミミックに、ステファニーとディニエルは容赦なく追撃を加える。爆薬が仕込まれスキルによって複製された矢が追撃の火矢を受けて爆破され、黒々とした煙が上がる。


「んぅぅぅ!!」


 そして仕上げと言わんばかりに自身を翼で覆い隠すようにしたハンナは、その身に光と無色の大魔石二つ分の魔力を宿したまま巨大ミミックの口内に侵入した。そして巨大ミミックの口端から光が漏れ出した後、爆薬よりも派手な爆発音と共に自爆した。


「……あれで釣り合いは取れてますの?」
「人のことは言えない」


 ディニエルが消費している魔道具と刻印を混ぜ合わせた属性矢の消費には、神台を見ているアルドレットクロウの経理部も青い顔をしているだろう。だがそれに負けじと派手に魔流の拳をぶっ放しているハンナに、ステファニーはドン引きと言った様子でいつの間にやら蘇生された彼女を眺めている。

 そんな調子で赤字垂れ流しな二つの大手クランの火力合戦は数十分続いた。

 コメント
  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 6:50 PM

    採算無視のバ火力を数十分ぶつけ続けないとダメとか正攻法での攻略難易度が頭おかしいw

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 6:51 PM

    ハンナといえば赤字、赤字といえばハンナ。
    その気はあったけどディニエルがここまでの赤字力を溜めてくるなんて。

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 6:56 PM

    更新乙です。
    自爆ハンナ可愛いよハンナ

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 7:06 PM

    ディニエルってあんだけ刻印に文句言い続けててちゃっかり刻印込みの独自装備受け入れて切り札にしてるの大草原だわ

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 7:07 PM

    赤字覚悟で火力出さなきゃ倒せないなんてクソボスすぎるし、他に正攻法があるんだろなー

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 7:33 PM

    レアドロ必須だった光と闇に比べれば赤字で済むのは有情
    あそこを刻印服でクリアするくらい最前線が押しあがれば楽になるんだろうな
    20階層差とすると180過ぎか
    もしくは刻印か何かのサブクラス80以上で楽な手段が出てくるとか

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 7:40 PM

    ・漫画版カラー表紙の青い翼
    ・「狂」の字
    あたり早速盛り込まれてるな

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 7:41 PM

    ディニエル待ち過ぎて心の中でアンチ化してる自分がいる…これが厄介ファンの心理か…?

  • ばーる より: 2023/07/13(木) 7:51 PM

    更新ありがとうございます(・∀・)
    巨大ミミック君の動きが可愛いくて、みんなにボコボコにされてるのが、なんだか可哀想になってきた。
    次回も楽しみにしてます!

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 8:21 PM

    ミミックのパーツ壊れるんなら解体していくのとかも正解なのかな?
    そういうサブ職業持ちをダンジョンもぐれるほどレベル上げしないといけなくなるのは地獄だろうけども

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 8:23 PM

    まともに弓を引くことすらできない他の弓術師雑魚すぎる

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 8:25 PM

    本編 181話 ノーム(幼女)
    > 別PTのためレイズが使えない

  • りう より: 2023/07/13(木) 8:37 PM

    更新ありがとうございます

    火力合戦楽しいです!

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 8:43 PM

    ハンナは本当に躊躇いがないなぁwwww
    とてもアツイ戦いの回でした!面白かった!!
    更新ありです!

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 8:51 PM

    ディニエルかっけー!

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 9:27 PM

    101階層以降別パーティ蘇生も可能になった感じか?
    それとも今回はレイド戦的な扱いでOKとか?

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 9:44 PM

    更新ありがとうございます!
    採算度外視の高火力戦闘は格好良すぎますね!!!
    特に力強いディニエルの描写が本当に凛々しくて最高です……!

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 9:45 PM

    コリナの「温存していた初撃」って何?
    その前に「ブートラッシュ」で叩き散らしてたなら初撃じゃないでしょ。

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 9:47 PM

    グッドモーニングというスキルは初回が最大威力

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 10:09 PM

    ディニエルってアルドレの環境がそうさせたのか、元々持ってる差別意識に加え、力こそパワー的な階級意識も強くなってる感じがする
    このままだともし無限の輪に戻っても上手く行かないのでは?
     
    大技の応酬、連携してるはずなんだけど連携して高め合ってる感じが薄くて、なんか一発芸を連続で見せられてる感ある
    メンバーの意識がバラバラだから?
     
    コリナが完全にネタ枠なのがちょっとだけ悲しいw

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 10:23 PM

    到達最高装備の魔改造の結果だからそんなもんでしょ

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 10:31 PM

    無限の輪在籍時から結構な金喰い虫だったけど、そもそも矢という消費物に威力依存する弓術士はアルクロとか無限みたいなお金があるところじゃないと本領発揮できないね。 しかし、ステファニーが回復捨ててアンチテーゼ継続してるぐらいには巨大ミミックの攻撃でダメージ食らうことあんまり無さそうだな。 ダメージ食らってるのほとんど自爆ばっかなんだが? こいつら脳筋では……。 まぁ、これならダリルがスパアマで完全足止めさへできれば、努のアンチテーゼエリアヒールでガツガツ削れそう。

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 10:40 PM

    更新ありがとうございます。
    意地の張り合いとその場の勢いによる火力勝負。派手さと個性にあふれていて良いですね。
    迫力ある戦闘描写で楽しかったです。
    ただ細かい事になりますが私は「抗議するように」の後は「口を開く」「手を上げる」と続く先入観があるため「抗議でもするように口を勢いよく閉じる」の部分がどんな感じなのか想像しにくかったですね。細かい事ですみません。
     
    >>07/13(木) 8:23 PM
    ショートボウの引き方:弓を固定して弦を引く
    ロングボウの引き方:弦を引きつつ弓を押し広げる
    弓が強力になるほど押す動作が重要になる(機械弓は除く)ので上手い人ほどディニエルの発想から遠ざかるからしゃあない。

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 10:58 PM

    これ絶対ハンナ魔流の拳使いすぎて対人別パターンやろ
    そしてやっぱ魔法が効かないの外側ならいくらでもやりようあんじゃんって、部位破壊出来ないと口閉じられて難しいんだろうけども

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 11:04 PM

    これ神台クッソ盛り上がってるだろうなー外野の反応も見たいぜ

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 11:06 PM

    更新感謝
    ハンナ自爆特攻いいね。

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 11:07 PM

    ハンナはこれがあるから。一対一でも遠距離で殺し切らないと自爆で引き分けにされる。階層主さえそれをやられた。
    ディニエルは無限の輪に来る前から強かったし、在籍年数も踏破階数もアルドレットクロウの方が長いし多いので、無限の輪の生え抜きっぽくないのが、自分にはより不要に思えるんだろうな。もうあっちの子っぽい。ライバルクランがちゃんとしてないと盛り上がらないしな。
    努はスーパーアーマーで口を固定して攻めるんだろうか。スーパーアーマーでひっくり返して(完全にひっくり返すと動けないとか底の方が脆く底抜けするとか)その上で触腕を攻める予想だったが、どうなることやら。
    本当の攻略法が分からないと中堅がここで破産する。

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 11:08 PM

    >拳闘士のスキル名ですらたまに忘れる
    >ハンナでも覚えている、魔流の拳の基礎である魔正拳
    毎日使い続けたスキルすら忘れるのに…だと?!
    修行だけが理由じゃないの確定じゃん!
     
    羽ペンとか一度見ただけで覚えてた
    つまりツトムの指示で修行したから…ツトム絡みだから覚えてたってことで確定じゃん!
     
    こんなところで地の文に見せかけたツトムラブの惚気とか、ハンナあざといw
     
    ステフが知ったらツトム愛を認めつつも嫉妬で指を噛み千切りそうw

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 11:16 PM

    更新お休みの間にライダン読み返してましたが、昔と比べると戦闘もド派手になってますね(^^)更新感謝です♪

  • 匿名 より: 2023/07/13(木) 11:28 PM

    これだけ豪華装備面つぎ込んでも
    ツトムの刻印装備モリモリPTと
    同等程度の火力になるんかね?
    そのあたりはどんなもんでしょうな
    大剣士さんが健闘してるみたいやし

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