第578話 狂戦士ムー
「や、野蛮……」
一足先に165階層を突破しディニエルとコリナの決着をギルドで見学していた努は、思わずドン引きといった顔で呟く。だがそんな彼とは対照的に同じ神台を観戦していた探索者たちは興奮冷めやらぬといった様子だ。
「やっぱり身体は闘争を求めるもんなのかね。二つ名は狂戦士ムーでしょあれ」
「……今から吟遊詩人にでもなるおつもりで?」
「なれるもんならなってみたいね。僕、相当上手いと思うよ?」
後方支援型のジョブなら大抵はこなせる努の自負に、二つ名が少しツボに入っていたリーレイアはそっちじゃないと鼻を鳴らす。そして先ほどから模擬戦の映る神台に熱視線を向けていたダリルたちを横目に、努へ視線を戻す。
「確かにここ最近の対人ブームは些か行き過ぎですが、迷宮マニアからすればツトムの攻略もさぞ物議を醸すことでしょうね。少なくとも探索者の王道ではありません」
「スポッシャーみたいなおふざけモンスターにはこれが王道でしょ。むしろゴリ押しが邪道じゃない?」
リーレイアPTは努考案の策により、巨大ミミックを落下死させることで165階層を突破していた。巨大ミミックが来るまでに飛行船による砲撃で浮島を分断し、最後には全ての足場を無くす。すると巨大ミミックは飛んで戻ってきてもまた落ちるを繰り返し、十回で体力が尽きた。
「……まぁ、否定はしませんが」
ただそんな奇策によりあのアルドレットクロウよりも一足先に165階層を突破したことは評価しているのか、リーレイアは目を逸らしてそう呟くに留めた。
リーレイアは家出、もとい騎士家から勘当されてからはもう世間体や周囲の評価は気にしないよう努めていた。反吐が出るような貴族や王族を守るために命を張る必要はない。何の責務も負わず自由気ままに生きる。
だが迷宮都市に着き探索者として活動を始めて間もない頃に同年代の神竜人であるアーミラに惹かれ、その後は最大手のクランであるアルドレットクロウに加入した。どれだけ自由に努めようとも、主に付き従う騎士の性根と世間体を気にする気質は変わらなかった。
だからこそ世間体を気にせず突き進み尚且つ結果まで出す努には、嫉妬の苛立ちと同時に尊敬も持ち合わせていた。その嫉妬を飲み込み取り繕うことは出来るが、素直に受容できるほど年を食ってもいない。
「僕の案を採用したのはリーダーのリーレイアなんだし、その選択をした自分を少しは誇っていいんじゃない?」
そんなリーレイアの煮え切らない態度に、努は小首を傾げた後にフォローした。すると彼女は途端に目を吊り上げてジッと睨み返してくる。
「リーダーリーダーと口にはしますが、その下に付いているはずの貴方は随分と好き勝手にするではありませんか。私がアーミラと2PTを提案した時も止めたくせに」
「私利私欲で目が曇ってるリーダーに忠言するのもメンバーの務めでしょ。ガルムも引いてたぞ」
「そうやって変に圧力をかけられ続けたら、いずれ私もあの二人のようになりますよ?」
「それは勘弁してほしいもんだね」
神台に映るステファニーとディニエルを指差しながら言われた言葉に、努はげんなりした顔で返す。そして模擬戦に勝利し黒門の優先権を得てアルドレットクロウが先に進むと、番台が切り替わり二番台に映る。
「かつての仲間に手をかけて先に進んだディニエル。新聞記事の見出しはそれで決まりでしょうね」
「サブジョブに記者はないよ」
「ツトムはどうせディニエル寄りでしょう? もしツトムがハンナと戦う時も同じようなことはしそうですしね」
ディニエルのやったことは決して誉められるものではないが、極悪非道と罵られるものでもない。現に見学していた探索者の間でもコリナの怒りに共感する声もあれば、ディニエルの賢い選択の上での勝利を称えるものもあった。
そんな中で努はうーんと腕を組んで考えた後、思いついたように細い指をくるくるさせた。
「僕なら模擬戦前にハンナの背中いじくって魔力操作を不調にさせるかな。ディニエルもまどろっこしいことせずにそうすればよかったのに」
「……はぁ? ……いつの間にそんなことをしていたんですね。結構なことです」
「いや、ハンナが調子乗ってたのを嗜めただけだから。本人に聞けばわかるよ」
深淵階層主に行く前にハンナにからかわれた努が背中を触ってみたところ、彼女は翼での魔力操作が狂い絶不調になった。ただその時の状況について知らなかったリーレイアは女の敵でも見るような目になり、努は軽く弁明した。
「実際、翼に傷さえ付ければ魔流の拳使えなくなりそうだし、ディニエル有利だとは思うんだけどな。変に競り合いして事前工作するからムーの怒りも買って、結局経費かさんで辛勝って感じだし」
「……その呼び方、止めません?」
「むぅん!」
「んふっ、んふふぅー……」
先ほどのやり取りで若干リーレイアのツボに入っていることはわかっていたのか、努が拳を空に振るう。すると彼女の口から独特の引き笑いが漏れ出る。
「それなら最初からハンナとの模擬戦で属性矢使いまくれば、ケチを付けられることもなかったのにね」
「一番台を目指すために万全を期すのなら、事前にハンナを消耗させて勝負を避けることは理解できます。あれと戦って絶対に勝てるなんて人は、それこそ迷宮外でのヴァイスくらいでしょう」
ユニークスキルである不死鳥の魂は、精神力と引き換えに聖火を生み出し即死ではない傷を徐々に癒す効果を持つ。だがダンジョン外ではその字の如く不死であり、精神力の消費なども見られない。
「しかしいずれ無限の輪に戻ってくるつもりだというなら愚策ですよ。アルドレットクロウなら毒殺して確実に進む選択肢もあったでしょうし、クランメンバーの不興を買うくらいは予想できたはずです」
「ま、そこは解釈が分かれるところだろうね。僕は当人同士での問題なら別にいいとは思っちゃうけど。魔流の拳についてもハンナにしかわからない部分はあるしね」
「あのエルフのことです。ツトムならそう考えると思ったからこそやった節はありますよね。なら実質ツトムのせいと」
「ムーを敵には回したくないんだけど」
「…………あの頑固ババァもろとも、粉砕されればいいんです」
「むっ」
「散々馬鹿にしてたことはコリナに言っておきますので」
「今のはガルムの真似です~。短めに言う時あるじゃん」
「都合が悪い時にはぐらかす時、よく言いますよね」
リーレイアと努の会話をその厚めな犬耳を立てて聞いてはいたガルムは、同じくその耳で聞いていたダリルとソニアに見上げられる。そんな二人を彼はダルそうな顔で小突いた。
更新ありがとうございます。
「僕は当人同士で問題なら別にいいとは思っちゃうけど。」
↓
「当人同士での問題なら」もしくは「当人同士で問題ないなら」でしょうか。