第596話 精霊奴隷
『中々の数だな……。こりゃ骨が折れるぜ』
飛行船が宝煌龍の顔に近づくとそこから吹き出物のように水晶体がにょきにょきと現れ、威嚇でもするようにその硬質な拳をかち合わせ始めた。そんなモンスターを骸骨船長は砲撃で容赦なく吹き飛ばし、まずは足場の確保を目指している。
「人間要塞みたいなダリルはまだわかるけど、ガルムは動きの鈍りが致命的になるから少し過剰なくらいでよくない?」
「でもガルムたちは追い込まれた方が動き良くなるよくわからん現象あるからね。なんならもう少し回復ケチっても成立すると思うけど」
その砲撃を行うために船員よろしく砲弾の装填をしていた努とソニアは、その作業ついでにガルムの回復ライン問題について話し合っていた。
「刻印装備のおかげで立ち回りも変わったからな。その分減らしても問題あるまい」
「いーやガルムは強がってるだけだから。いくら刻印装備で強くなったからって変に我慢するのは変わらないし」
「ま、実際そういう側面はあるけど」
「でしょー? こっちで状況察するにしても限度があるし、もっと声に出して要求してくれた方が助かるのに。前なんて腕の骨が変な繋がり方してるままでずっと戦闘してたし!」
「ホムラみたいな暗黒騎士ならまだわかるんだけどね。窮地が数十分も続けば大抵のタンクは耐えられないのに、ガルムたちは割かし耐えられるんだよな。そんな二人に慣れちゃうとヒーラーとしての感覚は鈍るよね」
「わかるぅー!! シルバービーストのタンクも普通に強いはずなのに、ガルムなら耐えられたんだけどな……になりがち! やっぱりパリィはズルいよ! 出来たら無敵じゃん!」
「…………」
ソニアは意見を求めた本人からもそう言われて姑みたいに小言を漏らしていたものの、努の共感で口がべらぼうに回り始めた。そんな二人にガルムはどうしろと、といった顔で大砲に砲弾を詰めている。
「でも瞳の採掘の時には自我、出さないでよ?」
「それはこっちの台詞じゃない? 僕はしばらく精霊奴隷だろうし、ソニアが進化ジョブ回して火力も出してくれないと困るよ」
「……でも私が進化ジョブになった途端、また嫌味っぽいヒール飛ばすんでしょ」
そう言ってジトっとした上目遣いで睨んできたソニアに、努は何だかデジャブを感じながら返す。
「そっちも私の方がガルムの理解度高めみたいなヒール飛ばしてるからお互い様でしょ。無難な回復しかされてないダリルが泣いてるぞ」
「ダリルは食らうのも仕事のうちだし、自己申告してくれるからいいじゃん。やっぱりガルムにも鎧兜被せた方がいいんじゃない?」
『お喋りに夢中なところ悪いが、そろそろ着陸地点が確保できる。集まってくれ』
「へーい」
そうこう話している内に角笛のような機器から流れる船内放送でそう告げられたので、努たちは砲弾運びを終えて骸骨船長のいる船頭へと集まる。
『俺がドリルとクレーンで宝煌龍の瞳をほじくって取り出してる間、水晶体の排除を頼む。今まで通りの手順だが問題ねぇな?』
「はい。それで行きましょう。ただ激戦が予想されるので覚悟はしておいて下さい」
『おうよ。背中は任せたぜ、姐さん』
骸骨船長はそう言って首をくるくると回転させた後、狙いを定めるように宝煌龍の瞳を見据えて止まり着陸態勢に入った。その衝撃を食らわないようリーレイアたちはフライで浮かびながら船体の手すりに捕まり、いよいよ着陸するところで左右に散開する。
派手に岩盤へ座礁でもしたような音と共に宝煌龍の頬に着陸し、骸骨船長は飛行船の前面から内蔵していたドリルを突き出し回転させる。そして特に抵抗することもない宝煌龍の瞳の下部分から、その繋ぎ目を崩すように削岩を開始した。
「コンバットクライ」
「ウォーリアーハウル」
そんな飛行船を中心とした∩の字の形での防衛戦。宝煌龍の瞳に手を付けたことで再び湧き出てきた水晶体たちを、タンク陣がヘイトを取って引き付ける。
「プロテク、ヘイスト」
まずは進化ジョブを使用しない従来の灰魔導士で始まったソニアは、ガルムたちに支援回復を送りながら二人の後方に陣取る。彼女にはうちわのように大きいネズミ耳に見合う聴力があるので、音での戦況把握もお手の物でフライによる視界確保はそこまで必要ない。
「契約――サラマンダー、シルフ。契約――ウンディーネ、ノーム」
まずは三人が透明の水晶体たちを引き付けている間に、リーレイアは自身と努に精霊契約を交わした。
サラマンダーはクランハウスで契約している時とは違い、立ち巻く炎と共に人が騎乗できるほどの大きさとなって現れた。そんな巨大蜥蜴の頭には小麦色の肌に変化しているシルフがちょこんと乗っている。
「心証が悪くなっていくのを感じるよ」
正統派な見た目の精霊たちとリーレイアが契約している中、努の下に現れたのは男の精霊術士からすれば夢のような光景だった。先ほどと変わらず妖艶な笑みを浮かべているウンディーネは彼にしなだれかかり、ノームが作り上げた泥人形であるそれは物言わなさげな幼女を模っていた。
本体であるはにわみたいな見た目のノームはいい仕事するでしょと言わんばかりに目を線にして頷き、その動作と表情に泥人形の幼女も同期していた。ちょっとした異世界Vtuberである。
「エレメンタルフォース」
そんな精霊たちを前にリーレイアは精霊術士のロマンであるスキルを唱えて細剣を抜き、努の前に差し出した。それに彼も白い杖を交差させるように重ねると、控えていたサラマンダーとシルフは光を帯びてその属性に応じた色の結晶へと変化した。
ウンディーネとノームはせっかく着飾ったのに野暮な女だと言わんばかりにリーレイアを見つめていたものの、努に促され渋々とサラマンダーたちに続いて結晶になった。
それらはスキルの唱えた精霊術士であるリーレイアの背後に位置取り、赤、青、緑、茶の結晶が廻りながら合体し一つの輪となった。そんな精霊輪を受け持ったリーレイアはSTR、AGI、VIT、MNDが二段階上昇する。
そしてリーレイアとは対照的に天使のような小さい精霊輪が頭に浮かぶ努とは精神力を共有することが出来るようになり、彼女は実質二人分の精神力を扱うことができる。
「エレメンタルブラスト」
その詠唱と共に彼女の背後にある精霊輪は輝きを増し、四属性の魔法弾が放たれ弧線を描いた。それはガルムたちを追いかけていた水晶体を自動的に追尾して次々と着弾し、その硬質な体をバターのように溶かした。
エレメンタルフォース状態である精霊術士は精霊スキルこそ使えないが、限定的にエレメンタルと名の付くスキルが解放される。そのため攻撃スキルにはさほど困らず、近接戦も出来るリーレイアはその二段階上昇したステータスを活かすために前線へ躍り出た。
細剣による刺突は炎を纏い、風精霊による推進力を受けて頑丈であるはずの水晶体をも串刺しにした。雑魚処理でもするように何十体もの水晶体を切り捨て、ダリルがモンスターを固めている場所にエレメンタル系のスキルを乱発しまとめて始末する。
その暴れっぷりはユニークスキルを有していると錯覚するほどの活躍であり、今頃神台を見る観衆は大盛り上がりであることが容易に浮かぶほどだ。
「……ヒール。エアブレイズ」
ただそんな脚光を浴びているリーレイアを影で支えている努は、急激な精神力消費に意識を飛ばしかけながらも何とか進化ジョブを回して耐えていた。
四大精霊をその身に宿し強力なスキルとバフを得るエレメンタルフォースは、実質的にユニークスキルじみた全能感を味わえるので精霊術士からすれば夢のスキルである。だがその行使には自分の他に精霊相性が良い契約者が必要であり、その扱いはリーレイアが言う精霊奴隷という言葉がピッタリだった。
エレメンタルフォース時に扱われるスキルの精神力消費は、精霊術士ではない方の契約者から優先して使われる。そのため今もリーレイアが好き勝手ぶっ放しているエレメンタル系のスキルは努の精神力を元に使われ、その燃費も威力に伴ってこそいるが悪い。
そのことを事前にわかってはいたが遠慮なく吸われていく精神力に、努は頭上にある精霊輪を恨めし気に目だけで見上げながら青ポーションの瓶蓋に指をかけては離している。
実際のところ精霊輪は契約者である彼が掴んで壊してしまえばすぐに消え、精神力が吸われることもなくなる。勿論、今も無双しているリーレイアのエレメンタルフォースも解消されてしまうが。
精霊術士のいるPTでエレメンタルフォースがほとんど使われていないのは、自己犠牲ヒーラーどころではない今の努のような精霊奴隷が必要だからである。
ただでさえ迷宮都市の探索者は精神力消費による倦怠感などのデメリットを嫌っている。その中でも精霊術士が契約できる精霊以外と相性が良い者――シルフやウンディーネの兼ね合いから異性が望ましく、それでいて進化ジョブを回し青ポーション漬けになっても構わない酔狂な者が必要になる。
そんな犠牲に見合った活躍を精霊術士が出来るかといえば、かなり微妙なところである。アタッカーとしては確かに抜きん出た成果を出すことはできるが、PTメンバーを一人潰してお釣りが来るわけではない。余程の足手纏いなら別だろうが、それなら初めからそんな者をPTに入れなければ済む話だ。
結果的にはピーキーな雷鳥同様、たまに使う分には見栄えも良く面白いが王道な立ち回りにはなり得ない。普通に努が白魔導士として進化ジョブを駆使して火力を増やした方が、むしろ手数と人数分のモンスター割り振りの負担が減って強い。
「ヒール、メディック」
一般的な探索者ならば数分もすればこれは割に合わないと、奴隷の鎖でも断ち切るように頭上の精霊輪を砕くためエレメンタルフォースは長く続かない。それを我慢できるのは精霊タソ~な精霊術士くらいだ。
ただ努はこの精霊奴隷状態でも進化ジョブを回し、回復した精神力が何度半分を切らされても心が折れない稀有な存在である。手足がもげかねないモンスター相手に死闘を繰り広げるか、連日徹夜で忙殺されるような頭脳労働をこなせるか。そんな二つの地獄であれば努は当然後者を選ぶ。
(これでようやくヒーラーに専念できるのが辛いところだな。ソニア、のけ)
それにこの状態であれば流石にソニアも譲らざるを得ないので、努は経験値を積むために精神力に制限をかけられながら嬉々とした顔でヒーラーをしていた。彼女と違いフライでの視界確保によってPT全体を把握している努は、久しぶりの本格的なヒーラーに舌鼓を打っていた。
「こわ……」
エレメンタルフォースによって精神力は普段よりも使えない状況かつ、自分のように大きな耳があるわけでもないただの人間。それでも弾むような声で回復スキルの詠唱をしてガルムたちに緑の気を的確に当てている努を、ソニアは遠目で見ながらドン引きしていた。
ファンどころか、女性精霊術士から求婚されそう迄ある