第599話 170階層主?戦 ギルド第二支部

 

 探索を終えてギルド第二支部にある複数の黒門の内の一つから出てきた探索者たちは、そのまま流れるようにPT解散の列に並びながら神台を眺める。その中で一番台とはいえあまりにも熱狂的な眼差しと歓声を上げている一団に、探索者の男は眉をひそめた。


「うわ、なんか勢揃いしてんな。精霊術士の連中」
「……あー、あいつらにとって進化ジョブの精霊とエレメンタルフォースは悲願みたいなもんだしな。ツトムとリーレイアに大興奮なのはいつものことだぞ」


 だから変質者でも見るような目で見てやるなと諫めた先輩の探索者を他所に、一番台が見える右端のベンチに集まっていた精霊術士たちは身をくねらせて悶えたり涙を流したりと様々である。


「リーレイアぁ……!!」
「エレメンタルブースト、つよ……。あれなら避けタンクもいけるじゃん」
「火力すげぇな。ソニアが霞んで見える。灰魔導士の中じゃトップ3だろ?」
「まぁ、元々灰魔導士はステ低いから単純な火力は見劣りする。それにリーレイアは遠近両用だろ。ハンナみたいなもんだ」


 エレメンタルフォース状態で無双している姿は精霊術士にとっては理想的でもあるため、当然彼女に対する注目はある。精霊祭で彼女と妙に張り合っている精霊術士は袖を噛んで悔しがり、通りすがりの探索者はエレメンタル系スキルの火力に驚いていた。


「あんな精霊術士に理解のある白魔導士なんていないよぉぉぉ!!」
「青ポ、まだ二本しか飲んでないのヤバくないか……?」
「どういうことなの……。なんならヒーラーまで出来てないか……? あれなら完全に腐ってるわけじゃないし、エレメンタルフォース実用的なんじゃ」


 だがエレメンタルフォースの詳しい事情がわかる精霊術士の間では、精霊輪を頭に付けられた側である努の異様な精神耐久に多くの注目が集まっていた。

 エレメンタルフォースは精霊術士がとにかく気持ち良くなれるスキルであるため、当然その検証は為されてきた。特に努の刻印装備が出回るようになってからは精神力の扱いも変わったため、精霊術士の間で再検証されていた。


「誰が好き好んでやるかよ、あんな役割。あいつが奴隷根性なだけだろ」
「リーレイアにお願いでもされて試しにやったんだろうけど、白魔導士の立場を下げる行為は慎んでほしいもんだな」


 そんな精霊術士の検証に付き合わされたのはMNDの高い遠距離ジョブの者たちであり、精神力消費によるデメリットを押し付けられた経験のある付与術師と白魔導士は毒づいていた。精霊術士の団体を遠巻きに見ている他の探索者の中にはそれに深く同意する者も少なくなかった。


「何? お前ら、ツトムに文句でもあんの?」


 探索者二人の物言いに聞き捨てならないと食いかかったのは、今も上位の神台に映っているノヴァレギオンというクランのメンバーだった。そこのクランメンバーは刻印装備の融通で伸びたこともあってか、努に結構な恩義を感じている。

 そんな伸び盛りのクランメンバーに因縁をつけられた白魔導士は、餌付けされたフェンリルでも見下すように鼻で笑った。


「白魔導士の立場云々はそのツトム本人が言ってたことだぞ。文句あんのか?」
「…………」
「三種の役割理論から出直してこい、にわか共が」
「……あ?」


 当時の説明会に出席していた白魔導士の呆れたような態度に、ノヴァレギオンのクランメンバーたちは殺気立つ。ギルドに探索者以外が近づかない理由がわかる剣呑な空気が立ち込める中、武闘派のギルド職員が間に入った。


「双方、これ以上騒ぐようなら叩き出すぞ」
「ここはまだ新築みたいなもんだし、あまり汚すのも悪いか」
「てめぇの薄汚い血でな」
「そんなに叩き出されたいのならそう言え」


 そう言って拳を鳴らしたギルド職員に白魔導士たちはひらひらと手を振り、睨みつけてくるノヴァレギオンの面々を気にした様子もなくその場から立ち去っていった。そして緊迫した場が沈静化されたところで、精霊術士たちは気を取り直したように話し出す。


「さて、それではツトムをどうやって引き抜くか考えましょうか」
「……ツトム本人より、まず周りから攻めない? ガルム辺りを引き抜けばツトムも自然と付いてくるかも」
「でも最近、深夜の神台に出没してるらしいし……。神台嬢に口説き落としてもらうのもアリかもしれない」
「フェーデ帰ってきた時に精霊祭でもてなして、なし崩し的にどうにかならないかな」
「俺は……無限の輪に入る方向で! ユニスを巻き込めば有り得る!」


 あんな精霊奴隷が中々いないことは精霊術士たちもわかっていたのか、早速努とどうにか繋がる方向を模索し始めていた。


「いや、リーレイアがあんだけスキル使って20分近く持ってんのかよ」
「青ポは……三本?」
「三本は確定で、映ってないところで何本か飲んでるだろ。でも五本からキツくなってくるけど、まだ顔は青くなってない」
「俺もエレメンタルブースト、あんな贅沢に使いてぇなぁ。しかも一番台とか。羨ましすぎる」
「これでまたエレメンタルフォースの可能性探られるようになるといいけど」


 そうこう話している内に宝煌龍の瞳が引き抜かれ、地盤が傾き精霊輪は努の手によって破壊された。それに文句を言いつつもその凄さを力説している彼女に、精霊術士たちはうんうんと深く頷いている。


「やっぱり瞳の二個目に挑むか」
「ユニスPTみたいになるのを危惧したな」


 精霊術士たちの興奮がようやく冷めてきたところで、浮島階層主について考察していた中堅クランの面々は骸骨船長と会話しているリーレイアPTの選択を見定めていた。


「ソニアの悪癖は相変わらずか」
「女性陣にボロクソ言われて被害も出てるのに貫き通すその姿勢、嫌いじゃないよ」
「ダリルが相手なだけ配慮してる気もする」


 努とリーレイアが外で打ち合わせしている間、神の眼は船内にいる三人の様子を映し出していた。そして相変わらずダリルの鎧着脱を手伝いつつその臭いに目をとろんとさせているソニアには、探索者たちも苦笑いといったところである。


「普通にキモいけど」
「ドブネズミがよ」


 ただ一部の女性探索者からの評判はすこぶる悪く、それ以外の者たちからも冷ややかな視線を浴びているのは事実だ。その原因は数年前を遡る。

 探索者からも観衆からも知名度があり慕われている珍しい存在であるガルム。そんな彼の匂いを数年前からどさくさに紛れて嗅いでいたソニアは女性陣からバッシングを受けた。観衆からすれば男性アイドルに女性芸人がべたべたくっついているようなものだ。

 そのバッシングを受けたソニアはその育ちの悪さと若さもあってか、むしろ見せつけるようにガルムの犬耳に顔を埋めるようになった。ただ流石に彼から注意と拒否を突き付けられてようやくマシになってきたところだ。


「ライチョー!!」
「贅沢三昧だぁ」
「ぎーっ! ぎーっ!」
「こっちだと全然ちがぁう」
「ふつくしい……」


 ギルド第二支部に新しく設置され解像度が向上した一番台は、その黄金鳥の美しさをより鮮明に映し出していた。そのお姿には精霊術士たちも目をとろんとさせて喚き、周囲の探索者からドン引きされていた。


「……あれなら、エレメンタルフォースするより雷鳥の方が良いんじゃね?」
「どっちにしろ安定しないのは変わらんだろ。リーレイアの口ぶりからして、努も精霊奴隷は懲り懲りみたいだし」
「とんでもない損失だよ、これは。精霊祭でも神台嬢でも何なり使って、どうにかしてエレメンタルフォースしてもらわないと!」
「……まだ余計な真似はしないでよ。リーレイアが何とかするかもしれないし、良い感じのフェーデもいる。その二人でどうにもならなかった時が私たちの出番。じっくりと機会を窺うのよ……」


 精霊術士たちは周囲の者に抜け駆けしてリスクを犯さないよう警告しながらも、あの場所に自分が立てたらという妄想が止まっていない。精霊術士たちがそんな牽制をしている間に、瞳の採掘は一瞬で終わった。


「……あぁ、リーレイアたちも駄目かー」
「なんならユニスPTよりも不味くないか? このまま瞳納品されなかったら、170階層ずっと突破できないじゃん」
「ていうか、骸骨船長勝手に瞳納品してたよな? つーことは瞳をこっちで確保してないと駄目か?」
「でもマジックバッグに入れようとしたら絶対怒るでしょ。あの瞳を手に入れるのが夢みたいだし」
「……ステファニーたちがある意味正解なのかもな」


 他の情報がわかるまで瞳を納品しないと骸骨船長から宣告されたリーレイアPTの様子を見て、浮島階層に潜っている探索者たちは今後どうするか議論を続けていた。


「リーレイアたちまた潜ってるっぽいぞ。」
「……え、あれからすぐ潜った感じ?」
「どこどこ?」


 そして骸骨船長が出した帰還の黒門で一度帰った努たちは、何故か小さな神台に映るような階層に潜ったようだった。そのよくわからないながらに素早い行動に探索者たちは首を傾げつつ、一応ざわついている神台の方へと向かっていった。

 コメント
  • 匿名 より: 2023/11/22(水) 6:55 PM

    コメ欄は神台見てる奴らと変わんないんだよな。

  • 匿名 より: 2023/11/22(水) 8:44 PM

    カワイイおにゃのこなので笑って許します

  • 匿名 より: 2023/11/22(水) 9:07 PM

    >コメ欄は神台見てる奴らと変わんないんだよな。
    むしろ冷凍さんは神台観戦の様子を、コメ欄の内容や雰囲気を参考にして書いてるのかも

  • 匿名 より: 2023/11/22(水) 9:45 PM

    ダメだ、ソニアの話題がよく解らん。
    これってツトム視点、神台市場(迷宮マニア)視点、第二ギルド(冒険者)視点でそれぞれ主人公のソニアの癖に対する反応、外からのソニアの癖への評価、その評価に至る経緯を分割して書いて、描写を深めてるんとちゃうの?しかも作中でも可愛い女の子だから〜で許されとらんでって話やろ?
    正直、同じ場面を3方向から描写してる回の3回目を読んでその中の特定の一部分に対して同じ話題こすりすぎと思う心理からしてもうすでに分からん。そら擦るやろ同じ場面やぞとしか思えんのやが。なんぞ読み違えてんかなあ

  • 匿名 より: 2023/11/22(水) 10:25 PM

    9:45
    >可愛い女の子だから〜
    は読者がメタ視点として言ってるんだと解釈したよ。但しイケメンを除く的な。
    正直そこはどうでもいいけど、598話のシルバービーストの刻印士LV50の噂そのままなんだね。LV60の間違いかと思ったんだけど。呪寄装備にLV65必要って580話でなってるんだけど、ミシルが戻ってくるまでにLV65まで上げられる?525話で努の刻印士がLV65あって586話でLV70以上だとLVUPが鈍化してるのは分かるけど、541話でLV40位(アルドレ)だったのが598話でLV50位(シルビ)だと遅いと思う。

  • 匿名 より: 2023/11/22(水) 11:42 PM

    刻印士レベル40だとかなりきついんじゃない?精神的にも経済的にも。
    ウルフォディア神台回時点でアルドレの40前後の刻印士達がさっぱりレベル上がらなくて一から育てた方がいいって言われてたし。
    シルビにはユニスいるし、ミシル通じてレベル上げのコツも伝えてそうだし。レベル50が大手クランにそれだけいないんじゃないかな?
    って、解釈してる。
    ゼノ工房には複数いそうだけどね。

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 6:26 AM

    ゼノ工房は商店街とかにある趣味サークル寄り工房だから人員はそんなにないよ。
    というかツトムとユニスに全ツッパしたから刻印士はその2人ぐらいの可能性まである。

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 6:30 AM

    1から育てるなら調達サイドの探索者も消費サイドの刻印士も、「生産の腕はないんだから運(確率)次第だよな」って割り切りやすいが、なまじ実力のある生産職がやると、つい「ご自慢の腕で何とかしろよ」って思っちゃうからクラン全体がギスる。雰囲気悪い職場の効率は、そりゃ悪い。

  • ばーる より: 2023/11/23(木) 7:04 AM

    >>4:43PM
    コメントで自我出すな
    で笑った\(^o^)/ 

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 7:26 AM

    寝る間も惜しんで読み耽って遂に最新話に追い付いちゃった。
    面白い小説に出会えて幸せ!

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 1:44 PM

    ツトムウザい事件の時神台越しにニワカ連中煽ろうとしてたし、ソニアとツトムは対処法に通じるものがあるな。
    マジで煽ると結構な数のアンチが産まれるのか。

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 1:58 PM

    3種ってか基本スタイルなだけで回復も出来るイカれた打撃力もった狂戦士もいる。
    ポテンシャル次第なんだよな、もっと個性パーティー増えてほしい

  • 更新感謝 より: 2023/11/23(木) 2:47 PM

    またXのツイートこねぇ
    定期的にみに来るしか無いかぁ

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 3:28 PM

    刻印レベルの上昇の鈍化は風潮もあったけど
    ・刻印するための油が流通していない
    ・刻印を自分で掘らなきゃいけない
    ・どんな刻印をすれば採算が取れるか、相応の経験が得られるかの育成ノウハウが無い
    の三重苦が原因でこれらが解決したなら割と上がってくと思うんだけどね
    ツトムも自分しかできない奴以外はもう油と装備用意して貰って刻印刻印してるだけになってたわけで

  • 匿名 より: 2023/11/23(木) 6:14 PM

    とんでもない損失だよとかち○ち○亭語録がフラッシュバックする
    温故知新

  • 匿名 より: 2023/11/30(木) 7:27 PM

    油流通
    アルドレ旧職人による囲い込み。(がメイン理由だった)

    刻印
    他人がやれる。
    図案を教えるんだと思う。
    伝説ドワーフ辺りが逆に分業に取り組んだりしそう。

    育成ノウハウ
    ……とりあえずアスレチック階まで連れてけば……。
    寧ろ、既に行けてる素人に塗りだけやらせたほうが早いな……。

  • はよ より: 2023/12/02(土) 6:09 PM

    ガルムファンだけでなくソニアファンもいるからな。
    一番台とはそんな世界。
    迷宮マニアは努の逃げ腰も、刻印の低下も見逃さない

  • 匿名 より: 2023/12/08(金) 8:32 AM

    ソニアも短期間で1番台まで駆け上がった新世代のホープだろうし、確かにファンはそれなりにいるだろうね。ただ勢力的にも熱狂度的にもガルムファンと喧嘩できるような感じではないんだと思う。

  • 匿名 より: 2023/12/10(日) 11:07 AM

    ドブネズミちゃん、Yシキにひっついてた頃のK藤静香っぽい?
    まあ熱狂ファンに囲まれて暴言吐かれても「文句があるならYシキと寝てみろ」って勝ち誇ってたのと比べたら弱いか
    ガルムの耳に鼻くっつけてフガフガなんて可愛いもんだ

  • 匿名 より: 2023/12/28(木) 1:04 PM

    更新ありがとーーーーー!!!!!!!!

  • 匿名 より: 2024/01/10(水) 11:54 PM

    ネタなんかね?
    どうしてクランリーダー引き抜けるとか思ってるんだろう。
    てか上位神台映ってるし、メンバーすらも引き抜けないじゃ
    ないかな。

  • 匿名 より: 2024/04/08(月) 1:47 PM

    一回コメ欄をまんま神台広場みたいにする企画あったら嬉しい。描写がむずいと思うけど神の眼視点で描かれた探索…みたいな

  • 匿名 より: 2024/05/03(金) 5:06 PM

    つまり我々がライブダンジョンの共同著者…ってコト!?

  • 匿名 より: 2024/05/07(火) 1:52 PM

    実際ここのコメント欄はほぼ迷宮マニアの書き込みみたいなもんでしょw

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