第603話 頑張りどころ
「…………」
ダリルが前に構えたタワーシールドとその大きな身体にすっぽりと収まる形で守ってもらった努は、無傷でそこから這い出て少し表情が歪んでいた彼に声をかける。
「大丈夫?」
「あー、ちょっと痛かったですけど、致命傷ではない感じです」
ダリルはスーパーアーマーによる吸収でその空間内に出現した障壁による斬撃に近しいものを全て受け持ったものの、そのトップクラスなVITもあり少し痛い程度のダメージしか受けていなかった。
「助かったよ、ありがとう」
「…………」
そんな努のやけに実感が籠った感謝に、ダリルは何処か居心地が悪そうな表情を浮かべた。
タンクはモンスターのヘイトを引き付け他のPTを守ることが仕事であり、ダリルとしてもそれは別に大したことではない。何ならオルファンを立ち上げて自己資金を溶かしながら孤児たちに尽くしていた時の方がよっぽど負担が大きく、精神的に辛いことも多かった。
だがそれでも少年少女といえる年齢の孤児たちからはさほど感謝もされず、むしろ泥をかけられるほどだった。それなのにこんな簡単なことで感謝されて嬉しく思っていいのか、ダリルはその割の合わなさに困惑していた。
「レイズ、レイズ」
そんな謎にもじもじしていたダリルを横目に、努は進化ジョブを解除しレイズを複数回唱えて誰か死んでいるかを確認していた。そのレイズは空に打ち上ろうとするも障壁に阻まれて行き場をなくしたように拮抗し、最後には相殺する形で消えた。
(死んだのはソニアか? あの速度で逃げたならリーレイア死ぬにしてもまだな気もする。でも逃げ切れたと仮定しても、合流には結局時間がかかる。……それで、あの骸骨船長の構えは不味いな。大技撃つ気満々だろ)
雨が晴れた蜘蛛の巣のように張り巡らされている障壁。それを丸ごと吹き飛ばしてやると言わんばかりに骸骨船長は顎骨を外して大口を開け、船員の水晶体が忙しなく動き始めていた。
一度の船内侵入で骸骨船長の体力を半分以上削ったことにより、奥の手である宝煌龍の瞳を一つ消費して膨大な数の障壁が展開された。そして今は努たちPTが納品していた金銀の鱗や紅肉、体液の水銀を水晶体に納品させて大規模砲撃を行おうとしていた。
「ダリル。進化ジョブ使ってとにかく上の障壁を割ってくれ。ヒール、ハイヒール」
「了解です」
ダリルの回復分で進化できなければ自傷を余儀なくされるところだったが、幸いにも彼の回復だけでその条件は事足りた。思ったよりも目に見えない傷を負っていたダリルに努は何とも言えない顔をしつつ、一先ず進化ジョブをいつでも使える状態にした。
(こういう時に使用制限されるアンチテーゼ、やっぱゴミだな~。蘇生が絶対叶わない状況ならいいけど、それも5分限定だし)
アンチテーゼを使えれば障壁割りはスムーズに進むだろうが、その代わり5分間解除できないのでソニアの蘇生が不可能になる。それに障壁では進化条件のダメージも稼げないため、進化ジョブを使うこともできない。もし使えば解除条件を満たせずソニアが蘇生できない。
そんな状況下で骸骨船長は悠々と船員の水晶体に宝物を納品させ、大規模攻撃の準備を進めている。まさに死のカウントダウンが進む状況に努は顔色を悪くしながら、ダリルが大盾を掲げて突進し頭上の障壁を割っていく様を眺める。
質より量を選んだからかその障壁自体はバリアよりも脆い。だがその圧倒的な数とスキルを通さない性質によってレイズは阻まれ、こうしている間にも骸骨船長の準備は着々と進んでいる。
ガルムとソニアの人数不利を覆す活躍により戦線は維持され船員水晶体の数も多少減ってはいたものの、その影響はあくまで少し準備が遅くなる程度のものだ。水晶体を狩り尽くしていればまだ時間は稼げていたが、今もいそいそと宝物を運ぶ船員たちは十分な数がいる。
(正解択は船員だったか? とはいえ、あの削りなら次の障壁壊しで殺せるまであるよな。じゃなきゃ骸骨船長もここまで派手な反撃はしない)
ダリルが割っていく分フライで上昇して状況を確認している努は考察を深めつつ、遠くに見えたガルムに集合の合図を緑の色味を強めたヒールで送る。すると単身の彼はすぐこちらに向かって転進した。
(勝負所か。蘇生諦めてこのメンバーで詰めるか、通るのに賭けて維持するか)
今の状況から目算するとダリルの障壁破壊によるレイズ貫通とガルムの合流は間に合うか怪しいところだ。それにリーレイアが戦線離脱しているこの状況では精霊に期待もできず、あの大規模砲撃の準備を止める術もない。
それならばここで進化ジョブを使ってガルムといち早く合流し、そのまま3人で骸骨船長の殺し切りにかかるのも手だ。あの手応えからして打撃3人のアタッカーであればそのまま削り切れる可能性もある。
ここの判断が勝敗を分ける。そしてそれに自分の生死が賭けられていることも薄々自覚していた努は、ぬめり気のある嫌な汗をかきながらその判断を下した。
「ヘイスト、プロテク。ヒール、メディック、エアブレイズ」
黄土色と青色の気がダリルのステータス上昇を継続させ、緑の気は大盾を構えっぱなしな腕を癒す。放たれた風の刃は彼の前にあった障壁を数枚割る程度で消えた。
「ダリル。頑張りどころだ。全力で割ってくれ。僕が立て直す」
「はい!!」
努が選択したのはここで決め切ることではなく、継続的な戦闘の続行だった。それが勝負に臆して勝機を逃した選択になるか、自我に振り回されなかった賢い選択となるか。それを左右するのは骸骨船長を前に動けている三人の行動次第である。
ダリルもここがターニングポイントではないかと薄々感じてはいた。だがそれを努が明確に指示したことで予感を確信に変え、そろそろ掲げるのも辛くなってきた大盾を持つ手に力を入れ直しフライの速度を維持した。
「空に抜けたら多分砲撃が来る。準備しておいて」
鶴の一声で気を抜かなかったダリルの割りっぷりを骸骨船長は大人しく見逃すつもりはないのか、船員の水晶体たちが手分けする形で砲台の準備をし始めた。その兆候を見逃さなかった努は警鐘を鳴らしながら彼の後ろを付いていく。
出来ることなら砲撃も鑑みてもう少し距離を離しておきたいところだが、レイズ成立を少しでも早めるためには上空に早く届く方がいい。ソニアが死んだ時間を予想してカウントしてはいるものの、それには少なくとも数秒のズレはある。
そしてその残り時間はもう一分を切っていた。努はその間に障壁を打ち破り足下に到着していたガルムを確認しつつ、いつでもレイズを放てるよう杖を掲げる。
「そろそろです!」
日の光に当てられて煌めく幾千にも散らばる障壁にも遂に終わりが見えてきた。そんなようやく見えたゴールを見てダリルは軽やかにそう予告する。
「ヒール!」
そんな彼を嘲笑うように骸骨船長の片目が輝き光の結晶が発生し、そのゴールテープを塗り替えるように障壁が成立した。今まで紙でも破るように割っていたものから一転して、頑丈な障壁が突如としてダリルの前方に現れる。
それに不意を突かれた形でダリルは前準備もなくぶつかってしまい、頑丈な障壁を一撃で打ち割れず思いがけない衝撃を受けた。
「割れ!」
進化ジョブでアタッカー寄りに変化したステータスで頑丈な壁に打ち付けられ、ダリルはその両手を骨折し頭もぶつけて昏倒していた。そんな彼を努はすぐさま回復させ、とにかくその一点を指示した。
事前に飛ばされていたヒールによってダリルはすぐに意識を取り戻した。そして混乱していたもののとにかく努の指示に従う形で、変に治りかけの手も構わず障壁に大盾を打ち付けた。
「レイズ」
しっちゃかめっちゃかなダリルの乱打で障壁が割れた途端に努はレイズを放って成立させると、その周囲に再び浮かび上がっていた光の結晶は障壁になることなく消えた。
その代わりに遠くから砲撃音が響き、五つの砲弾がその二人に目掛けて発射された。
未だ解除されない障壁を割りながら正確無比に放たれた砲弾は、その勢いが削がれすぎることもなく想定の着弾位置に到達しようとしていた。そんな五つの位置が分散された砲弾を前にダリルは惑わされながら迎撃を試みる。
「ヘイスト、プロテク。ハイヒール。左だけ落とせ!」
「……シールドスロウ!」
何とかして全部防げないかとパニックになっていたダリルは努の指示に従い、その巨大なタワーシールドを二枚ともぶん投げた。少々迷いがあったからかその巨大盾は一つの砲弾こそ爆発する前に叩き落としたが、残り二つは健在だった。
「エアブレイズ」
努はダリルが狙った砲弾の内の一つを、進化ジョブを用いた風の刃で狙い澄ましたように両断した。その砲弾は不発弾となり落ちていったが、爆発地点に到達した残り三つの砲弾は間に合わない。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
左側からいち早く放たれた砲弾は想定通りの位置に到達すると同時、爆発して散弾のように光線を撒き散らす。それをダリルは弧線を描き帰ってきたタワーシールドを手に持ち防いでみせたものの、進化ジョブ下におけるVITはBのため到底耐えられない。
タワーシールドは溶かされるように貫通し、その光線は重鎧をも穴を開けダリルの身を焼き進めた。だがそれでもアタッカーの中ではVITが高い方である進化ジョブのステータスと刻印装備があるおかげか、何とか重鎧までは貫通せず努の肉盾になることは叶っていた。
だがそんなダリルの健闘も虚しく、右側で爆発した二つの砲弾から咲き乱れる光線も努に迫っていた。
「はあぁぁぁっ!!」
その身に二つの気を帯び、下から這い上がるようにして追いついたガルムがその光線をパリィで弾き返した。それを数度繰り返した後、遂に防ぎ切れなくなったところで進化ジョブを解除しその身で受け切る。
二人とも満身創痍ではあるものの何とかその砲弾を防ぎ切り、努はダリルの鎧兜を脱がせるとすぐに緑ポーションを飲ませた。身体に穴が開き死にかけていたダリルはそれで何とか息を吹き返し、手の感覚が消えかけていたガルムも渋々緑ポーションを飲む。
そして努は随分と無茶をしたダリルにけったいな視線を送る。
「いや、流石に身を挺しすぎじゃない?」
「ご、ごめんなさい……刻印装備が」
「それはどうでもいいんだよ。僕の命に比べれば安いもんだし。よく防いだもんだね。お陰で助かったよ」
確かにタワシ二枚に重鎧の破損は手痛いものではあるが、努からすれば命があるだけ大感謝である。車で事故って全損したけど何故か無傷みたいなものだ。
「ガルムもありがとう。完璧なタイミングだったね」
「ツトムこそ、よくヘイストを飛ばしてくれた。あれがなければ間に合わなかった」
「そりゃどうも。それはそうと骸骨船長君、せっかく船員まで割いたのに倒せなかったねぇ」
その身を犠牲にしつつも最善の選択をしたタンク陣二人を賞賛した努は、大規模攻撃の準備を中断してまで殺しにかかったにも関わらず殺し切れなかった骸骨船長に心の中でezとチャットを送った。
ガルムが緑ポーションをよく思わないのは昔からやろ?