第609話 ラブコール
「カムホム兄妹、休まなさそー」
170階層の初突破を終えてから数日後。週に二日の定休日に入った努は、クランハウスのリビングで新聞に映る彼らを見ながら嫌そうに呟く。すると朝食を終えてソファーに座っていたエイミーが気障ったらしく白い癖っ毛の前髪を払う。
「私とて歯痒さは残るのに、一番台を取っているリーレイア君たちがここで休む判断は素晴らしい! ってゼノも言ってたよ」
「実際、じゃあ休みなしねって言ったら家庭持ちのゼノは抗議してくるでしょ」
「どうかなー? 何なら今のうちにリーレイアたち抜かして一番台! とか考えてそうだったし、クランリーダーのツトムが言うならしょうがないなぁって嬉々として潜ってたと思うけど」
「しょうがないにゃあ!?」
「へ?」
「……? ピコさんの名前を出したら思い留まりましたけどね」
今日は一流ホテルのモーニングを予約しているのでそれに見合う恰好をしているコリナも、休み返上というのは御免被りたかったらしい。元々ゼノアーミラハンナはいけいけムードだったものの、彼は妻の存在を思い出させられて鎮火した。
「じゃあ今頃は家族と週末か。いいもんだね」
「……では、行ってきます」
それに比べてお一人様モーニングを堪能する予定であるコリナは、ちょっぴり悲しそうな目をしながら出かけていった。そんな彼女を見過ごした努にエイミーはブーイングを飛ばす。
「デリカシーないんだー」
「それを言ったら僕も今日は一人寂しく刻印だけどね。ダリルはデートで、ガルムもソニアとシルバービーストの孤児に差し入れだし」
「なら一緒にエレメンタルフォースしに行きましょうか?」
「休み明けには精霊奴隷も卒業だからな。ようやく肩の荷が下りる」
今のPTメンバーでクランハウスに残っているのは、口を開けばエレメンタルフォースな精霊教のリーレイアのみである。そんな彼女は努の言葉にムッとしたように眉を吊り上げた。
「こちらとしても不慣れなPTリーダーを押し付けられていたので、ようやく肩の荷が下りたところです。肩こりでどうにかなりそうですよ」
「たまにはいいでしょ」
「普段からリーダーを軽んじていたり、さして指揮能力もない癖にやりたがるような人にやらせて能力不足を自覚させるにはいいでしょうね。ですが私はそのような真似はしていませんので、次回からはもう御免です」
そう言い切ったところで今回PT選出権を賭けたじゃんけんで負けていたエイミーからの恨みがましい視線に気づき、リーレイアは浮気がバレたような顔になった。
「……えっと、PTメンバーを好きに選べること自体は楽しかったので、これからも是非お願いしたいところです。リーダー枠の譲渡は自由に出来るようにする感じでいいんじゃないですかね」
「よろしい」
「まぁ確かに、次のPT選出でハンナがリーダー枠になったら終わりそうだしな……」
休み明けから行われるPTの再編成ではタンクが代表して選出を行う。今回はガルムダリルが辞退しゼノとハンナで取りっこするのが確定なので、彼女がPTリーダーになるのもあり得る。
「ハンナは男PTで固めると言っていましたし、出来るならゼノの方がいいですね。アーミラと組めそうですし」
「でもゼノはまたダリル改造計画にうきうきしてたよ? あのフルアーマーは活かし甲斐があるってさ」
「ならまずはツトムかガルムですか。コリナにこってり絞られたでしょうし、甘々のツトムでしょうか」
「そうかもねー。またディニちゃんは誘ってる感じ?」
「んー。前に一回オファーは出したんだし、あっちがやる気出たら連絡してくるでしょ」
そんな努の返しにエイミーはダメダメと言わんばかりに唇をすぼめて音を鳴らした。
「ちっちっちっ! ディニちゃんはきっと今頃誘われるかなーってそわそわしてるよ! また断られるかもしれないけど、ここで駄目元でもオファーを出しておくと181階層で効いてくるわけ! マメな連絡が大事!」
「百歳越えのエルフでそれは、大分キツいですね。王子様を待つ乙女のつもりなんですかね?」
「やめたれ」
それが許されるのは若い女性だけだろと言外に言い放つリーレイアに、努はタオルでも投げるように呼び掛けた。だがそれでも彼女は止まらず、ディニエルを庇う動作を見せた努に標的を移す。
「前回の誘いを蹴った人にマメな連絡などする必要はないと思いますがね。向こうから連絡してくるのが当たり前で、PTに入りたいなら頭を下げるのが筋では? 現にアーミラやダリルはそうしていたようですが、ディニエルだけ特別扱いですか?」
「それ、無限の輪を捨てて元の世界に帰ったのにのこのこ戻ってきた僕に聞く?」
「別に戻ってくること自体を否定したいわけではありません。それを通す義理の話ですよ」
「…………」
それにしても果たして自分は義理を通していたのだろうか。それを胸を張っては言えない努が沈黙していると、リーレイアは舌打ちを漏らした。
「何ですか。貴方が無限の輪に戻ってきて良かった、とでも言ってほしいんですか? 義理は十分に通しているから安心していいよと?」
「まぁそれは置いておくとして、ディニエルね。僕としては健気なBBAだなって評価だよ。だから別に特別扱いしてるとは思わないけど」
「……健気な、ババァですか」
たかが人間に言われた二流という言葉に縛られ、それを払拭するため迷宮都市一の大手クランであるアルドレットクロウに入り今も完全体の骸骨船長相手に死闘を繰り広げている。迷宮マニアが言うには最近エルフにしては無茶をしすぎて体調を崩しながらも探索を続けていると聞く彼女は、努からすれば健気に映る。
そんな努のゲーム廃人としての価値観が大きく関係している評価については完全に理解できなかったものの、リーレイアは何よりそのフレーズを気に入ったのか引き笑いを我慢していた。
そして新たな指針も得たのか納得したようにうんうんと一人頷いた。
「これは、二度美味しいやつですね」
「うん?」
「なるほど。確かに健気かもしれませんね。なら私はそんな健気なババァがすんなりと無限の輪に戻ってこられないよう、全力を尽くすことにします。無限の輪にもうアタッカーはいらない。そうツトムが評価するよう努力することにしますよ」
「……いや、流石にアーミラの時とは違うぞ?」
「確かに前提条件は大きく違います。ですがディニエルが無限の輪に帰ってきたくないと思わせてもいいんですよね? ……あぁ、ご安心を。何も卑怯な手を使うわけではありません。私自身は正々堂々アタッカーとして臨むだけです。多少、他の人を推すことはあるでしょうがね」
その途中でエイミーから睨みを効かせられたリーレイアは、足の折れた虫でも見つけた蛙みたいな笑みを浮かべて補足した。
「ディニちゃん以上のアタッカー、これから出来るわけなくない?」
「エイミー、そう邪険にしないで下さいよぉ。別に私も本気でディニエルが戻ってこないよう画策しているわけではありません。ちょっとした嫌がらせ程度ですよ。これぐらいの意趣返しくらいは許容してもらわなければ、どちらにせよ帰ってきてもわだかまりが残りますよ?」
「…………」
「いや、僕を睨まれましても」
毒蛇をたぶらかしたのはどこのどいつだとエイミーから剣呑な視線をもらった努は、勝手に毒撒き散らし始めただけじゃんと身の潔白を証明するように手を上げた。
「ありがとうツトム。お陰でディニエルが無限の輪に帰ってきても少しは暖かく出迎えられそうです」
「僕に押し付けるんじゃねぇ」
「なんならツトムがディニエルに見限られる、という選択肢もありますからね。さぁエレメンタルフォースしましょう。そうすればツトムはまともにヒーラーできないでしょう」
「舐めるな。僕もそろそろブランクなくなってきたからな。後続のディニエルたちに負けるつもりはないよ」
いくら『ライブダンジョン!』での貯金やプロゲーマとして鎬を削ってきた経験があるとはいえ、三年ぶりに戻ってきた当初は白魔導士としての感覚が明らかに鈍っていた。
だが刻印士として最低限食らいつきつつ時間を稼ぎ様々な階層主を突破してきた今、努からすればようやく自身の想像が具現化できる思考と身体が整った。それに最悪死ぬ可能性があっても爛れ古龍の時のように怖気づかない確認も取れた。
「何ならリーレイアが何もしなくても、その願望が叶っちゃうかもね。帝階層でステファニーとカムホム兄妹下せば、あの婆さんも少しは素直になるでしょ」
「……それはまた、大きく出ましたね。三年いなかったツトムは知らないでしょうが、どちらも強いですよ」
「後追いとはいえカムホム兄妹はすぐ付いてきたしね。しかも王道の祈禱師だし、帝階層で会うのが楽しみだ」
「あちらもそう思っているようにはとても見えませんが……」
「一軍のステファニーがツトムツトムばっかりで二軍に見向きもしないから、カムラからは大分敵視されてるんじゃない?」
「仲良くしようよー。ヒーラーとしては男同士珍しいんだしさー」
だがそんな彼のラブコールも虚しく、カムラはその翌日には一番台を取り返したことを喧伝し努に対して敵意丸出しであった。
ガルムとソニアを無理やりくっつけんのはやめて欲しいわ
年齢考えると犯罪臭しかしないから
ソニアの依怙贔屓ってAI絵がことの他上手く行って性癖に突き刺さったからかね