第612話 最新!(スペックは変わらず)
努は新設PTということもありまずは軽く打ち合わせでもしようと、ギルドの食堂席に皆を座らせていた。
「師匠! 帝階層からは刻印装備って新調するっすよね?」
アポ無し突撃は不味かったかと思っていたこともすっかり忘れているハンナは、適当なつまみを注文し終えた努に待ちきれないように尋ねた。それにはガルムとエイミーも聞き耳を立てるように獣耳を動かし、アーミラは新たな巨大剣の夢想でも膨らんでいるのか視線を上向かせている。
「今朝までゼノたちの刻印装備作って送ったところだから、本格的な新調は少し先かな」
「えー!?」
「いや、ゼノとコリナ、今まで刻印装備なしだぞ? あっちが先でしょ」
「あたしだってそうっすよ!」
「……色々あげてる気がするけど?」
「いや、ガルムが持ってるようなやつっすよ! 最新の! 強いやつ!」
元最前線組の大多数が帝都に飛ばされ浮島階層も攻略し終わり、レベル50の刻印士もちらほらと出始めたので努は身内に対しての刻印制限を解除した。
なのでゼノ、コリナに対しては現状で作れる聖騎士、祈禱師に良さげな刻印装備をギルド第二支部の専用ロッカーにプレゼントとして置いていた。そのサプライズには大層喜んでくれたのか、二番台に映るゼノの輝きは三割増しである。
それにダリルの壊れた刻印装備も予備の納品は済ませているので、今後も破損などあれば自分で直すかユニスに投げるつもりだ。
「近いうちに考えとくよ。……アーミラとエイミーもね」
「ババァみたいな水着は勘弁な」
「あれ、今でも深海階層用に需要あるんだぞ? レヴァンテと最低限の契約できる場所が見つかったから、精霊術士も大喜び」
「俺は興味ねぇが、そんなに見てぇなら着てやろうか?」
「僕もそっちには興味ないよ」
中堅刻印士にとっては今でもよい稼ぎ柱である水着刻印は、ドルトンなどの魚人や精霊術士に一定の需要がある。そんな話をアーミラとしている中、エイミーは悩むように細い尻尾をうねつかせていた。
「実際、進化ジョブ用に欲しいところではあるけどさー。これに刻印すると変に浮かんじゃいそうなんだよねー」
現在のエイミーの装備は浮島階層産であり、この寒い時期には似合わない南国の海賊チックな見た目である。甲板員のバンダナを腰元から下げている彼女は、ダメージ加工の入ったジーンズみたいなズボンが特に気に入っていた。
「ゼノ工房で裁縫士の人たちに相談すれば何とかなるんじゃない? 確かに僕が雑にやったらその穴から刻印の光漏れ漏れになりそう」
「だよねー。取り敢えずシスターっぽいやつで行こうかな。飛行船使わないならあっちの方が性能はいいし」
「あれ嫌いっす……。師匠の趣味が悪いっす……」
「浮島階層産の汎用装備くらいは準備してるから、取り敢えずこれでよろしく。ゼノたちみたいに個人に合わせて作られてはないけど、今の装備よりはマシだと思うよ」
「なんだ~。気が利くっすね~」
努がゼノ工房の職人たちに作らせていた汎用装備の入ったマジックバッグを渡すと、ハンナはそうこなくっちゃと口をもにょつかせた。そして早速更衣室へ着替えにいった女性陣に、ガルムは現金なものだなと鼻を鳴らす。
「しかし、よく手が回ったな。ゼノとコリナの分で手一杯だと思っていたが」
「あそこまで気合い入れて作ってないからね」
ゼノやコリナに納品したのは武器防具合わせて十四刻印の入った、現状では限界値であろう装備である。『ライブダンジョン!』でテンプレとなる装備をいくつも目にしていた努が付与した刻印は、聖騎士と祈禱師に有用かつ二人にパーソナライズされている。
そういった装備を作るとなるとまずは構想から始まり、いくつか試作品を作って二人に似た戦闘スタイルである中堅探索者たちに装備してもらう。そして何度か浮島階層で戦闘してもらい使用感の感想を聞き、刻印の組み合わせを調整する。
それを基にしてある程度構想が固まった後、ゼノ工房の職人たちに二人の身体に合うよう装備を調整してもらう。それからは十四刻印を成立させるための油溶かしが始まる。
そうした時間と手間に金を注ぎ込んで出来上がったのがゼノとコリナの刻印装備である。聖騎士のゼノにはタンクとヒーラーどちらにも嬉しい刻印を、近接戦の多いコリナにはそれに特化した刻印をありったけ付与している。
「個人に合わせた最適解でも作ろうとしなきゃちょちょいのちょいよ」
そんな刻印装備と比べ、三人に渡した汎用装備は試作品の段階である。刻印数は十。その内容も取り敢えずこれ付けとけば強いだろ、という雑な構想を基に作られている。
ただ最近ユニスに追いつかれてきたものの依然として努の刻印士レベルは最も高い68であり、『ライブダンジョン!』で強かった装備の前知識も豊富なので70点くらいの評価は取れる。
「新作っす~! 師匠ありがとうっすー!」
「急ごしらえの割には悪くないですな~」
「巨大剣早く見てぇ。さっさと行こうぜ」
帝階層は特に寒くもないため、浮島階層産でよく出る海賊のような見た目を変えず軽装のスタイルである。
彼氏のシャツでも着ているかのような船員のハンナに、宝箱の鍵を開けるシーフのような恰好のエイミー。そして船長みたいな赤黒いコートを身に纏うアーミラは神龍化で扱う巨大剣が楽しみなのか探索を急かした。
「その前に現時点でわかってる帝階層について軽くおさらいするよ」
「あたしとガルムでタンクして、アーミラエイミー師匠でどうにかすれば無敵っす!」
「172階層で適当にやると全滅だよ」
「え~? 大袈裟っすねー」
ハンナはそう言いつつ先ほど努が頼んでいたチョコチップクッキーとミルクが届いたのを見て、それをつまみつつ仕方なさげに席へ座った。そして努は一枚の資料を各自に配る。
「171階層のスライムとかコボルトはさして問題ないけど、172階層から出る式神系のモンスターはヒーラーみたいなスキルを使ってくる。天空階層にいたオリオンの上位互換だと思った方がいいね」
紙で身体が構成されたミニオンのようなモンスターは、式神:鶴。式神:犬といった鑑定を受けている。帝階層のポピュラーなモンスターであるそれは、その身体に筆で刻印が付与され種類ごとにスキルを扱う。
「大体は戦って慣れるしかないんだけど、くす玉って式神が初見殺しだね」
式神:薬玉はめでたい日に使われる紐を引くとパカっと割れる物で、その外見もまさにそのものである。モンスターとの戦闘中に突如として出現し、月のように緩慢な動きで探索者に迫ってくる。
「倒したら自爆して強烈なダメージとデバフばら撒くし、放置したらしたでモンスターに強力なバフと回復をばら撒いてくる。これが出たら戦闘中止して逃げるよ。カムオム兄妹もこれで全滅してるし」
「へー。遠距離から倒しても駄目なの?」
「誰かが割ったら何処にいようがPTメンバー全員呪寄を強制装備みたいな感じだね。他にも気を付けるべき点はあるけど、露骨にヤバいのはコイツ。優先的に倒したいのは上のやつ、厄介なのは下のやつって感じ」
迷宮マニアが纏めてくれた式神の絵と特徴が記されたわかりやすい資料を基にざっと説明した努は、パサついた口元をミルクで潤して席を立つ。
「大体頭には入れてるからその都度指示は出すけど、薬玉を起動させると詰むからそれだけは頭に入れておいてくれ。あとは実戦で覚えていこう」
「うーっす!」
「ぶちかましにいくかぁ」
実戦で覚えた方が早い組は逃げるように受付列へと並び。ガルムとエイミーは資料片手に尻尾を揺らつかせている。
「三人一緒で潜るのも久々だね」
「だねー。でも今ならゼノの方が上手く回るんじゃない?」
「リーレイアの下位互換が喚くな」
「はい、いいから行くよー」
二人だけの時はやけに大人しいのに、三人集まった途端に狂暴化するエイミーとガルム。そんな犬猫のリードを引っ張るように努は受付列へと並んだ。
ほう。軽口言い合うのはツトムがいる時だけですか。むふ