第621話 一番台デビュー
それから無限の輪、アルドレットクロウの一軍二軍での帝階層攻略は一週間ほどつつがなく進み、175階層も迫るところとなっていた。
その間にノヴァレギオンなどの中堅PTたちもちらほらと170階層突破の見込みは立っていたが、迷宮都市に激震が走る発見によりその足が止まっていた。
ステファニーたちが170階層で得た金の宝箱から出た肩に担ぐほど大きな写真機らしきものは、少し物珍しかったものの努の待つ帝階層にさっさと向かおうと雑にマジックバッグへ詰め込まれていた。
「いやこれ、写真機じゃないけど……?」
だがいざクランハウスに持ち帰られて鑑定されると、それは努の世界で言うところのテレビカメラに等しかった。
動画や神台映像をそのレンズや配線を用いて録画し、それを特定の神台に投影できる機能を鑑定で理解したアルドレットクロウの鑑定士はその革新的な機材を前に呆然とした。そして思考停止し上層部にぶん投げたが、クランリーダーであるロイドは現在帝都に遠征中である。
「ど、どうすれば……」
その間はロイドに尻を揉まれていた女性が臨時のクランリーダーとなり、彼から事前に指示された通りにクラン運営を進めていた。だが突如として湧き出てきた動画機をどう扱うかなど皆目検討もつかず、会議は難航し代役の彼女は血便が出るほどのストレスに晒されていた。
元々銀の宝箱から稀に出ていた写真機などはバーベンベルク家に献上し王都に届けるのが通例であったが、数が出回った今となってはそれも廃止された。ただそうした希少性のあるドロップ物に関してはバーベンベルク家に差し出すのが無難な対応だろう。
だがこの動画機は、刻印装備一本槍な無限の輪にしてやられているこの状況をひっくり返せるジョーカーになり得る。それこそギルド第二支部の中核を担った帝都持ち込みの魔道具を元手に取引したロイドのように出来ればと、野心を覗かせる者もいた。
上層部での会議は動画機をどう扱うかの議論で白熱して停滞し、その間は浮島階層を攻略中のPTには170階層を無難に突破しないよう言い含めるしかなかった。
骸骨船長を倒した後は飛行船も出現しなくなり、リポップするかもまだ未知数である。それなのに動画機のドロップ条件であろう骸骨船長との関係値を悪くしないまま突破してしまうのは、莫大な利権をドブに捨てるようなものである。
ただ骸骨船長との関係値さえ悪くしなければ170階層を突破できる見込みのある上位軍からすれば、理由も知らされぬまま停滞するのは我慢ならない。
そんな探索者PTたちが行った上層部への直談判騒ぎと、ステファニーたちが物珍しい写真機を手に入れたものの未だにそれに関する発表が為されない情報を迷宮マニアは繋げ始めた。
更に骸骨船長との関係値が悪いユニスPTも攻略が進み、いつ突破するかわからない状態である。そんな彼女たちが同じように動画機を見つけてしまえば、その情報を隠蔽していたことも判明しバーベンベルク家への反逆にも取られかねない。
そう会議で判断されようやく動けるようになった代理クランリーダーの彼女は、たまらずギルドに相談しにいった。
「確かにこれは、アルドレットクロウといえども手に余る代物だな。もしバーベンベルク家に話を通さず一番台に干渉して下手な映像でも流せば、死罪すら有り得る」
「は、はい……」
「既にそれの存在が噂されてバーベンベルクの耳に入っている時点で不味いが……まぁ、任せてくれるなら悪いようにはしないよ」
帝都にいるロイドに送った手紙の返信を待つ余裕もなく上層部からもただの案山子扱いされていた彼女は、ギルド長のカミーユからそう言われて安心したように項垂れた。
そして動画機の存在はアルドレットクロウからギルドに委任されてからバーベンベルク家へと伝えられ、当主であるスパーダがそのことについて説明する動画が一番台で流された。
「えー……? 一番台に好きな映像流せるって、ヤバくね……?」
「あぁやって動画機? 繋げてるだけだもんな。やろうと思えば誰でも出来るんじゃね?」
「そうなる前に法で制限されるだろ。当主もそんな感じのこと言ってたし」
朝昼晩に一分ほどの動画が試しに流されて動画機の存在を知った迷宮マニアは、一番台すら思いのままに出来る力を前に不安半分、興味半分といったところだった。
「まさかお父様に先を越されてしまうとは……」
そんなスパーダがあの一番台で話す映像を見て、バーベンベルク家長女であるスオウはそう呟く他なかった。
神のダンジョン探索者の台頭に、暴食龍による障壁魔法に対する信頼への揺らぎ。主にその二つで権威が揺らぎ始めていたバーベンベルク家は、迷宮都市における影響力を取り戻す一環として探索者となった。
そして数年の時を経て上位の神台に映ることも珍しくなくなり、その影響力も馬鹿に出来なくなってきた。だが動画機の発見によりその必要はなくなるかもしれない。
(また迷宮都市を守る障壁管理の責務に戻るだけ。……ですが、お兄様はそれで納得するでしょうか)
スオウからすれば探索者活動はあくまでバーベンベルク家としての責務の一つであったが、果たしてスミスはそう割り切れるのか。今は帝都にいる兄の今後の立ち振る舞いについて心配しながらも、彼女は探索者から身を引くことを現実的に考え始めていた。
そして動画機の存在が周知されバーベンベルク家の高官によってその運用と法について議論と制定が進んでいく中、浮島階層を攻略中の探索者たちはそれを手に入れるために骸骨船長と敵対し始めた。
そのためには様々な方法こそあったが、その中でも飛行船を探し回った後に宝煌龍と口にするだけで骸骨船長の敵対心がぐーんと上がるラルケ式は手軽で人気だった。
そんなラルケ式での煽りが神台で乱立した有様もあってか、地雷扱いされていた彼女の評価は急速な回復を見せた。
そして動画機の発見から迷宮都市の環境が一週間で大きく渦巻く中、帝階層における最前線争いはあまり動きがなかった。
「オリオリよりダルいパターンじゃん」
「……鍵をドロップするモンスターは、神台にも映したくないな」
ルークに諭されて多少は落ち着いたカムラ率いるPTは、175階層でその足を止めていた。176階層に進むための黒門には紙で出来た南京錠と鎖が施され、それを物理的にこじ開けることは出来なかった。
なので後から続いている無限の輪やアルドレットクロウの一軍を待ちつつ、カムラたちPTは175階層で魔石集めに勤しんだ。動画機を作動させるための魔石コストが写真機の比ではなかったため、高品質な無色の魔石需要が高まっていたからだ。
その間に無限の輪も魔石を優先的に拾いつつ攻略を進め、175階層まで追いついた。それに動画機の発見で莫大な利益を出していたアルドレットクロウの一軍は魔石すら拾わず黒門優先で進み、計四つのPTが横並びとなった。
そんな状況下で175階層を探索していた努率いるPT。そのPTメンバーであるエイミーは神の眼の背面にある機器を弄りながら呟いた。
「ドウガキ、ほしい。ユニス、てつだお」
元々神の眼に目がないエイミーは新たに発見された動画機に心を奪われていた。そんなドウガキbotとなっている彼女に努は現実を突き付ける。
「どうせ初めの何台かはバーベンベルク家に接収されるだろうし、手伝っても意味ないでしょ」
「でもダンジョンから帰る間には触れるじゃん! なに! あのいっぱいあるボタン! 拡大とか縮小もできてた! 神台に接続できるって、なに!? 動画機弄りたいよぉー!!」
「もし一番台に繋げていっぱい動画流したら迷宮都市一のアイドルになれたりするっすかね?」
「その前に死罪待ったなしだよ」
「朝方の小さいランダムの神台から試せばいいじゃん!」
「深夜の神台勢も割と馬鹿にできない規模でそんな意見通そうとしてるし、バーベンベルク家は大変だね」
そうこう世間話をしながら努たちが魔石を回収していると、ガルムやエイミーがその獣耳で捉えられる距離で鏑矢が鳴った。
「ツトム、ディニちゃんがお呼びみたいだよ?」
「そっちよりカムラPTと会いたいよ……。ルークセレンも気になってるのに、随分と嫌われたもんだね。同じ階層でも避けられてるし」
「自分で撒いた種だ。手入れも自分でせねばな」
「樹齢百年ある若木折れと、なんか異様に育って植木鉢からはみ出てる苗がいるんですけど?」
「うん。師匠が悪いっす。責任持つっすよ」
ハンナはそう結論付けるとディニエルの鏑矢に答える形で拳を突き上げて風を巻き上げ、彼女らに自分たちの位置を知らせた。
ディニエルとか努に責任無いでしょ
努帰還時に自業自得なのはディニエルとエイミーだけ