第626話 ツトムのためなら
ここ数日、神台市場ではユニコーンたちが嘶いていた。
「悪魔めぇ!!」
「ステファニーを弄び、ユニスの狐耳を弄り回すなんてっ……! 私が夢で想像してたやつ!!」
「それをエイミーに撮影させてるとかさぁ! もうさぁ! 止めろよ!!」
「ステファニーさんを追い詰めやがって! 許さん!!」
正確にはステファニーのファンを母集団とした集まりであり、ここ二日で見せられた努の所業で脳を破壊されていた。それに最近復活してきたエイミーやユニスのファンも合流し、努はラルケの言う通り悪魔として糾弾されていた。
そんなユニコーンたちが今日も嘶いているところを横目に、迷宮マニアたちは175階層の巨大社に挑んでいる努PTを観戦している。
「かつての弟子に発破をかけ、潔く散るつもりか?」
「ほんとぉ? あのツトムがぁ?」
「それを建前にユニスの狐耳ふにふにしたかっただけじゃね?」
「ギルド長ともなんか匂わせてたし、帰ってきてからは随分とはっちゃけてるよな。深夜の神台市場にも顔出してるみたいだし」
「あ、深夜はポーション仕入れてるだけっぽいぞ? たまにルークと一緒にいるから邪推しがちだけど」
「……お前、入り浸ってるもんな」
「幽冥の強壮薬はいいぞ。ルークも御用達」
深夜の神台市場に詳しい彼が言うならそうなんだろうなと結論付け、迷宮マニアたちの視線は一番台に映る努に戻る。
努PTは巨大社の23階まで進み襲い来る式神たちを捌いているが、その立ち回りはまさに三種の役割理論を実践しているといったところだ。
主にガルムがヘイトを取ってタンクをし、ヒーラーの努が傷付いた彼を癒しながら全体を指揮する。その間にアタッカーのエイミーやアーミラがモンスターを殲滅し、ハンナは避けタンク兼アタッカーとして機能していた。
「安定しすぎて欠伸が出そうだな」
「ガルムの安心感たるや。でもあそこまで安定してるとヒーラーの腕の見せ所がないな」
「タンクが優秀で仕事がないとか、ヒーラーからすれば本望だろ。そんなタンクがいなくて苦しんでる中堅PTの多いこと」
「みんな進化ジョブでアタッカーの自我が溢れ出ちまうもんなー。最近は聖騎士が大人気なのも頷ける」
努がいない三年の間も忠犬のように最前線を維持し続けていたガルムのタンクは言わずもがなだが、彼はそれに加えて進化ジョブによるパリィの精度、戦闘能力共に申し分ないので実質避けタンクも可能である。
それに努の刻印装備によって階層ごとに有効的な装備の幅も広がり、パリィの失敗を予感した際は進化ジョブの解除による保険も効くようになった。タンク兼避けタンクが出来るガルムは生粋の騎士タンクと言えるだろう。
「エイミーは帝都に行ったおかげか異様に尖ったよな。アタッカーとしてのセンスがずば抜けてる」
「進化ジョブがない分、変に惑わされずに済んだのが功を奏したのかな。あとサブジョブに貪欲なのも地味に強い。鑑定士やら薬師やら」
迷宮都市で主を待ち続けていた忠犬と違い猫さながらに帝都を放浪していたエイミーは、違う環境に身をおいたことで独自の双剣士としての道を歩んでいた。その中でも迷宮都市においては当たり前である進化ジョブのない環境での探索活動は、アタッカーとしての才覚をより尖らせていた。
「とはいえ、所詮はツトム相手に模擬戦でいい勝負するレベルだろ?」
「最近の模擬戦結果、ご存じでない? あのコリナ相手に五割だぞ。ガルムにも勝ち越してるしアーミラリーレイアハンナなんてお遊びレベル。近接戦の勝率は無限の輪でも上位だぞ」
「……まだ数こなしてないし」
「にしたってコリナに勝てるか? 普通ならダリルみたいにボコされて終わりだろ。ツトムなんて勝負の手前で怖気づいて即降参だし」
神台には非公開ではあるが努のアンチテーゼによる初見殺しにエイミーは不覚を取ったものの、その後の公開模擬戦では他のクランメンバーとの対戦で悪くない勝率を叩き出している。それは殺人が合法である帝都のダンジョンで磨き上げられた対人戦の賜物である。
「ここじゃツトムの実力は出ないだろうし、評価は色折り神戦からかな」
「あとインクリーパーに百羽鶴な」
アルドレットクロウの二軍が30階まで辿り着いて初めて神台に映し出された、様々な紙が交錯した筒のような見た目をした式神の親玉である色折り神。そして外見は大きな筆に見える触手型モンスターのインクリーパー。
二軍のカムラPTがその部屋に足を踏み入れた時、インクリーパーは無数に生やした触手で色折り神の広げている体に刻印を描いていた。その奥では刻印済みの紙が自然にぱたぱたと折られ、帝階層ではよく見る式神:鶴が生み出されていた。
だが探索者の侵入と共に色折り神はだらしなく広げていた紙面を瞬く間に回転して仕舞いこみ、部屋の奥に引っ込んでしまった。そしてインクリーパーは情事の最中に不法侵入でもされたように筆の形をした無数の触手を逆立て、探索者に襲い掛かった。
「でもあれを討伐して黒門を開ける鍵が出るかは微妙じゃね? 骸骨船長みたいにコミュニケーション取れないとはいえ、色折り神に交渉して作ってもらうパターンもありそうだけど」
「まだ色折り神自体は戦闘に参戦してないし、有り得る話ではある。でもインクリーパー倒したら逆上してきそう」
「……百羽鶴含め、式神を全滅させて無力化すれば何とか? インクリーパー自体は強めの触手モンスターっぽいし、無視できる範囲だろ」
「また骸骨船長みたいに条件付きで動画機出るかもしれないし、方針はPTそれぞれだろうなー」
「ステファニーPTは容赦なく殲滅だろ?」
「ツトムに脳破壊されちゃったから……」
探索者の目的はあくまで黒門を封じる南京錠の解除であり、色折り神やインクリーパーを必ず倒さなければならないわけではない。ただアルドレットクロウの一軍はツトムに実力を見せつけるために暴れる方針でキマっている。
「ツトムたちもその勝負には乗るみたいだし、今後はガルムで170階層のダリルみたいなの頼むぞ~」
「実際、ツトムの強みはあれかもな……。あれだけ評価と感謝してくれるヒーラーは中々いないし、ダリルも喜んで死にに行ってただろ」
努のヒーラーとしての実力は三年間のブランクがある分、スキル操作などの技術面で言えばキサラギよりも劣る。だが170階層で見せた初見の階層主に対する機転と、ダリルが喜んで自己を犠牲にするリーダーとしての資質が注目されていた。
「170階層でもダリルを羨ましげに見てたしな。わかるぞぉガルム」
「お前ごときが勝手にガルムと肩組むんじゃないのっ」
「でもちょっとわかるよな。流石に死ぬのは勘弁だけど、誰かのために身を犠牲にするあの感じ」
人のため、家族のため、PTのため、組織のため。人によって守りたいものは様々だろうが、そのために自身の身を犠牲にする行為には一種の陶酔感がある。そしてそれに評価や感謝が返ってくるなら尚のこと自己犠牲も厭わない。
「それを計算で出来るツトム、やっぱり悪魔じゃね?」
「でもそういうPTって割と中堅止まりじゃない? ほら、女ヒーラーのために身体張るタンクとかはたまに見るじゃん」
「似て非なるもんだろありゃ。女に良いとこ見せたくて目先の活躍を追う奴と、PTリーダーの指示に従って役割を全うする奴じゃ雲泥の差だ」
「もしかして金色の調べの悪口言ってる?」
「レオン、いい加減楽になれ」
PTメンバーに鼻の下を伸ばしながら探索活動を頑張るのと、家で待つ妻のために責務を全うするのとでは成果がまるで違ってくる。
「つまりツトムはタンクにとって理想の上司ってこと?」
「その上司、ユニスに鼻の下伸ばしてない?」
「別PTの弟子だしセーフでしょ」
「エイミーが血涙を流しながら見てるよ」
「実際、装備の破損で責められがちなタンクからすれば神でしょ。お前の命の方が安いんだからロストするくらいなら装備脱いでから死ね、なんて日常茶飯事だし」
「ツトム、刻印装備でボロ儲けしてるから金銭面でもぐちぐち言わないしな、やっぱり理想の上司なのでは……?」
「命が金より重い、探索者として稀有な存在なのも大きいな」
「装備よりお前の命の方が大事。タンクが言われてみたい台詞上位だろ」
「きゅん……」
それにときめきを覚えた迷宮マニアは特に誰からも触れられることもなく、神台視聴はつつがなく進んだ。
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ライブダンジョン12巻、明日発売です! よろしくお願いします!
更新あざます
ツトムの優れてる部分ってゲームをやり続けたが故の機転って感じやし、そのゲーム(ライダン)の細かい部分はまだまだ詰めれる感じなんやね。今後も楽しみ