第630話 わからせ鳥
その後もハンナは正面に切り替わった百羽鶴の追尾光線や強烈な羽根矢を躱し続けた。その間にガルムは進化ジョブも使って火力を出しながらヘイトを取り、エイミーとアーミラは羽根矢を警戒しつつ彼がヘイトを取っている鶴たちを中心に叩いた。
「夢幻乱舞」
「パワースラァァッシュ!」
「エアブレイズ」
「ミスティックブレイド」
そして遂に百羽鶴の羽根が全て切れたところで、龍化中のアタッカー陣はここぞとばかりに火力を出した。ハンナが死んだ際の蘇生も加味して最低限のヘイトで抑えていた努も攻撃に転じ、ガルムもそれに続いた。
その猛攻により光線を放っていた四鶴の内一つは機能を停止したように項垂れ、もう一つはアーミラの大剣により切り落とされた。だが初めに大打撃を食らったしわくちゃの鶴は不思議と生き残っており、再生して羽根が生え揃った大翼をハンナに向けている。
「ぜっ……ぜっ……」
羽根矢を切らして明確な好機こそ作ったものの、グリフォンのような百羽鶴に追い立てられていたハンナはもはや虫の息である。いくら努の支援回復があるとはいえ、一切休憩する間もなく数十分ほど正面を向いた百羽鶴を一人で相手にするのは無理があった。
「すっ……! ふぅ……!」
再び放たれた羽根矢を彼女は機敏な空中機動で避け、風の魔石を媒体にした魔流の拳でその勢いを低減させた。だが度重なる疲労の蓄積により魔力操作に陰りがあるのでその風速は弱まっており、百羽鶴の方は二羽が折れても未だ疲れ知らずである。
「…………」
そんなハンナにガルムは特に助力することもなく、悠然と左鶴のヘイトだけを取っていた。先ほどまで彼女から百羽鶴のヘイトを取り返そうと苛烈な攻めをしていた姿が嘘のようである。
(激おこじゃん。どうするかな)
もう身勝手な避けタンクが死んだところでヘイトは取れると判断したのか、ガルムは普段に増して冷めた真顔で静観を貫いていた。そんな彼の様子に努は内心呟きつつ、エイミーとアーミラに目をやる。
「性格わるぅー」
「自業自得だろ」
「龍化覚えたてのアーミラもあんな感じだったり?」
「うるせぇ、殺すぞ」
そのガルムの所業をアタッカー陣も良しとしていた。そんなに一人で身勝手に戦いたければ好きに死ね。そして蘇生もされずギルドに放り出され、神台を見て自分の無力さを噛み締めるといい。それが魔流の拳を抜け駆けするように使ったハンナに対する三人の総意だろう。
確かにハンナがやったことは自身の力を過信した独断専行であり、PTメンバーから愛想を尽かされても仕方のないことである。だがそんな彼女でも本当に見捨ててしまえばPTメンバーが一人減り、百羽鶴を四人で相手取らなくてはならなくなる。
PTメンバーの怒りはごもっともであるが、その落としどころはPTに亀裂が走らない程度にしなければならない。しかしそれが甘ければ自我を出したもん勝ちとなり、PTが機能しなくなる。
「ヒール。ガルム、そろそろ助けてやらないと焼き鳥になっちゃうよ」
物理的に孤立無援であるハンナにヒールを飛ばした努の冗談を交じえた助力の申し出に、ガルムは百羽鶴からの小さな光線が彼に当たらないよう小盾で確実に受けながら軽くため息をつく。
「一度、なればいいのではないか? ハンナは痛い目に合わなければ学習しないだろう」
「それも一理あるけど、前のPTにいたコリナとかアーミラがそれをしてないとは思えないんだよね。もはや痛いが痛い目になってないっていう」
それこそ再三言われているにもかかわらずドロップした魔石を自分のマジックバッグに入れようとしたハンナを、アーミラは蹴っ飛ばして止めたりなどしていた。だが彼女はそれに堪えた様子もなくケロリとしている。
努からすれば竦み上がってしまうような暴力での教育は探索者なら当たり前であるが、死が日常と化している者もいる中ではそれすらも手緩くなることがある。
「ならば敢えて蘇生せず、一人で神台でも見させてやればPTメンバーの重要性に気付くのではないか?」
「それはスッキリするだろうけどやりすぎかな。この調子だと百羽鶴、四人で討伐までいけちゃうかもしれないし」
「泣いちゃうよ、わたしも」
実際に五年ほど前、自分の代わりにカミーユが入ってPTで火竜討伐を果たした時を神台で見ることしか出来なかったエイミーは、自尊心をズタズタに引き裂かれた気分だった。気付けば傍に寄っていた彼女の提言の背景についてピンときていなかったガルムは、努に投げるような視線を送る。
「まぁ、まずは自覚させるところからだね。プロテク、メディック。ハンナー? 魔流の拳ぶっ放してごめんなさいは~?」
そんな二人を前に教育の方針を決めた努は、支援スキルでハンナの気を引いて和解の言葉を引き出すように声を掛けた。
「……!」
だがそのリング内に投げられた白いタオルをハンナは受け取らなかった。確かに百羽鶴をこれ以上相手にするのは厳しいかもしれない。しかしそれでもまだ自分は負けていない。まだ舞えるという気概を見せるように彼女は飛んでみせた。
「自覚症状なしか。終わりだね。ガルム、ハンナがこけてからヘイト取る準備よろしく」
「……あぁ」
そんなハンナを見るや否や捨ての判断を下したであろう努の急速に冷えていく目に、ガルムは叱られている子犬でも見るように犬耳こそ畳んでいたがその尾は振られていた。エイミーはあちゃー、といった顔で、アーミラは努からようやく出たハンドサインで口角を上げる。
「はっ……はっ……」
ハンナはランナーズハイに近い状態であり、限界はとうに超えていた。そんな状態でも魔力を暴発させずに魔流の拳を放てるのは彼女がメルチョーを継いだ証であり、異質な強みであることには違いない。
「……えっ?」
だがハンナがその臨界点で踏みとどまることが出来ていたのは、努の綿密な支援回復があってこそだった。先ほどまで付与されていたメディックやヒールが来ず、百羽鶴にどんどんと追い詰められていく自分に驚きの声が漏れる。
ヒールやメディックには完全に体力を回復させるような効果はないものの、それを手助けする効能はある。ここから更にまだかかってはいるヘイストまで切れたらどうしようもなくなることを、ハンナは嫌でも自覚させられた。
本当の孤立無援となったことで先ほどまでとは比べ物にならない身体への負荷。これでは魔流の拳の扱いもままならず、いずれは体力が底を尽きて殺される。
「フェザー、ダンスッ!」
最後の精神力を振り絞り青羽根を百羽鶴の顔に纏わりつかせ、攻撃の精度を落とさせる。だがそれも翼の一振りで弾かれ、ハンナの打つ手がなくなる。
魔流の拳という強烈な火力を出せる技術に、鳥人の空中機動を活かした最強の避けタンク。自分なら一人でも百羽鶴を相手に出来ると思っていたし、事実出来ていた。
だが意識することもなく当てられていた支援回復のスキルを失ったことで、ハンナは自分一人で戦っていたわけではなかったことを自覚させられた。
「……しっ、し、しょ」
失ってからようやく気付いたその現実と、死を予感させる百羽鶴の羽ばたき。ハンナは掠れる声で師匠に助けを求めた。
「夢幻乱舞の最後さ、撃ち終わったら即ブーストしても駄目なんだっけ?」
「残心にもスキル補正かかるから、その時次第だね。いい感じに反撃できるとそれにも乗るから気持ち良いんだよねー」
ハンナへの支援回復を打ち切っていたその師匠は、ガルムに乗り換えて猫の双剣士と軽い雑談をしていた。そして横目で彼女が見ていることに気付くと、ばいばーいと手を振った。
その所業にハンナが絶望の表情を見せる中、無情にも百羽鶴から羽根矢が射出される。
「おらぁぁぁぁ!!」
「コンバットクライ」
自分の顔面を潰してきた鳥を確実に仕留めるために百羽鶴から放たれたおびただしい数の羽根矢。それを神龍化していたアーミラの巨大剣が真っ向から受け止めて落とし、ガルムはヘイトを取りつつハンナを抱えると安全圏に投げ飛ばした。
「だははははは!! かてぇかてぇ!」
今回はタンク職に切り替わる進化ジョブを用いての神龍化だったため、本来ならもげてもおかしくない衝撃を受けても龍の手は健在だった。そうしている間に絞めた鶏のように放り出されていたハンナに努が近づき、その襟首を持って引き上げる。
「ごっ、ごめ゛っ……ごめんなざい、っす~~~」
「遅いなぁ、気付きが」
体力も精神力もすっからかんで涙からがら謝る女性を前にしているとは思えない顔で追い打ちをかけてくる努に、ハンナは発作を起こしたように嗚咽を漏らす。
「確かにお前は唯一無二の避けタンクだけど、今の時点じゃガルムに軍配が上がるね。回復するまで精々苦しんで寝とけ」
「ぽ、ポーション、は……?」
「あんまり使わないんだろ? 反省しろ」
「うぅ~~~~……!」
酷い船酔いでもしているようにもがき苦しんでいるハンナを努はしばしの間見つめていたが、百羽鶴の方に何やら変化が見られたのですぐに前線へと戻った。
「……あー、第二形態的な?」
ハンナを虐めていた間に鶴の首を落とし最後の一つになってから、百羽鶴の翼がざわめき黒い吐瀉物を吐いた。そして首の切れ口から黒い触手が新たに生え、這い出るように太い数本が足の役割を果たす。
げろげろと触手を吐いて寄生されているような姿に変貌した百羽鶴を前に、努は臨戦態勢のガルムに尋ねる。
「最悪ハンナ回復させるけど、ガルムの活躍次第だね」
「任せろ」
「腕がなるぜぇ……。まだまだあのアホを反省させなきゃ気が済まねぇからなァ……」
「PTの力を見せつけてやりますかっ」
「撤退の余力は残しておくように」
そんな努の保険をかける言葉を皮切りに、百羽鶴から吐くようにして放たれた触手をガルムは飛び退いて避けた。
昔のハンナがマシに見えたのはディニエルが手綱握ってたからであり
本人はできることが増えただけで中身は特に変わってない説