第632話 構ワン

 それから努たちはタンク陣を犠牲にして千羽鶴から命からがら逃げおおせ、帰還の黒門で撤退した。

 ハンナは光線で刻印装備もろとも消し飛ばされたことで全ての装備を喪失。ガルムは外せる物をマジックバッグに詰め込み頭を吹き飛ばされての死亡だったため、価値の高いその袋だけは持ち帰りギルドの黒門に吐き出された。


「悪いね、助かったよ」
「構わん」
「自分のケツは自分で拭くっす!」


 敗者の服を着させられてギルドに排出されたガルムとハンナに努は労いの言葉をかけつつ、マジックバッグから予備の装備を引き出して渡す。二人の尊い犠牲により三人分のロストは免れたので、PT全体で見れば被害は最小限に抑えられた。

 そして二人が更衣室に入っていったのを見届けたところで、存在しない煙草の在処を探しているアーミラに努はにこにこと笑みだけを浮かべる。すると彼女は嫌そうな顔をした後に脱力感のある目になった。


「そもそもよ、クソを漏らすんじゃねぇって話じゃねぇか? 装備も全ロストするしよ」
「もうズボンの裾までびちゃびちゃだったね。あれじゃ尻拭いも出来ないよ」
「だはははっ!!」
「きーたーなーい~……」


 尻拭いトークに乗ってきた努に爆笑しているアーミラを横目に、エイミーは白い猫耳を畳んで嘆く。


「二人が帰ってきたらご飯食べつつ反省会して、また潜ってみようか。その間に神台で情報も取れるだろうし、突破の見込みはあるしね」
「了解。ま、何とかなんだろ」
「しかし、アーミラって強敵相手だと熱くなるイメージあったけど、意外に冷静だったね。神龍化とかチャンスあったら勝手に使うと思ってた」


 努は神龍化を切る際は出来れば事前に通告してほしいとアーミラに伝えていたが、それが遵守じゅんしゅされるとは思っていなかった。

 アタッカーがここしかないと感じて切り札を切る時は一瞬の判断であり、いちいち許可を取る暇がない。でなければせっかくのチャンスを逃してしまい、その好機は二度と現れない可能性もある。

 そんな努の言葉にアーミラはうんざりしたような顔で答える。


「馬鹿が二人いちゃPTが纏まらねぇだろ。前のPTで嫌でも学習させられたわ」
「あー、そういうこと……」
「アーミラが自我抑えてから露骨に上手くいくようになったもんねぇ。龍化で馬鹿になることはあっても、やっぱりギルド長の娘なだけあるね」


 浮島階層を攻略していた際のコリナ、ゼノ、ハンナ、アーミラ、エイミーのPTにおいて、初めは彼女もある程度自由に神龍化を用いていた。だが魔流の拳を使うハンナや進化ジョブの爆発力が高いコリナがいたことで個人技こそ高かったが、PTとしての纏まりがなく苦戦を強いられていた。

 結果的には縁の下の力持ちとしてゼノが大役を務め、アーミラが神龍化を止めに限定し一歩下がって戦況を見極め始めたことでPTは機能し始めた。


「とはいえ、今回のPTもそれじゃ息が詰まるでしょ。少しは馬鹿にしてあげるよ」
「そりゃあいい。あの大馬鹿がどうにかなるならそれに越したことはねぇ。ま、十中八九無理だろうがな」
「大馬鹿への信頼が逆方向に凄くない?」
「魔流の拳封じで翼斬ったら避けタンクとして機能しなくなるし、かといって言うことは右から左にすっぽ抜けるしねー。もう村から長老連れてくるしかないんじゃない? あのハンナに算数を教えたと噂のさ」
「ガルム、あの三人。あたしの悪口言ってるっすか?」
「さてな」


 そうこう話しているうちにガルムとハンナが着替えを済ませて戻ってきたので、一番台などが見やすいギルド食堂の席を確保して注文に向かう。


「師匠! あたし一番定食で!」
「おっけー」


 マジックバッグを持っておらず持ち合わせのないハンナは努に支払いを代行してもらい、ギルド食堂では定番の一番定食を頼んだ。努は券売機に魔貨を入れて食券を選び、下から出てきたそれを後ろのハンナに手渡す。

 ガルム、ハンナ、努は日替わりの肉料理がメインの――今日は鶏の一枚揚げが目玉の一番定食。エイミーは野菜炒めに魚がメインの三番定食。アーミラは生の海鮮を用いたごちゃ混ぜ丼を注文して席に着いた。そして続々と各自呼ばれて定食が届き、まずは腹ごしらえを済ませる。


(ステファニーたちは千羽鶴相手でも諦めないか。若さを感じるね)


 努は千羽鶴をDPSチェックと評して早々に撤退したが、その概念のないアルドレットクロウの一軍はそれが出現しても真っ向から対抗して熱戦を繰り広げていた。

 それこそ努たちが三人で行った初期の火竜討伐のように、何時間もじりじりと継戦出来ればどんな強敵が相手でも倒すこと自体は可能である。そんな泥仕合での突破をさせまいと開発されたのが通称DPSチェックである。

 DPSチェックがある時は設定された時間内に基準値を超えるダメージを出していない場合、強制的にゲームオーバーとなる。そんな運営の難易度調整を目的とした仕掛けは『ライブダンジョン!』でも存在し、エンドコンテンツを攻略するプレイヤーたちを苦しめてきた。

 そんなDPSチェックを担う役であろうと努が想定しているのが千羽鶴である。実質負けイベともいえるそれを現状で突破するのは不可能に近く、戦っても無駄だと判断したので撤退した。


(一回戦ってみるのも良かったか。後から出てくるかもしれないしな)


 百羽鶴との戦闘中に乱入してきた千羽鶴とはアルドレットクロウの二軍も勝負を挑んでいるので、早々に撤退したのは時期尚早だったかもしれない。

 そんな反省を努が一人している中、まるで飲むようにごちゃ混ぜ丼を早々と完食したアーミラも神台を眺めた。


「あいつらはガッツリ戦ってんのな。しかし殺せんのかありゃ?」
「ディニエルのストリームアロー、百回打っても無理そうだよね。まずはあの本体を倒さなきゃ話にならないんだけど、その間に生まれる式神:鶴も無視できないし。くそデカ鶴も怖いし」
「……よく喉を詰まらせないな」


 自分が鶏の一枚揚げにレモンを絞ってサラダを口にしていた間に完食していたアーミラに、ガルムは怪異でも見るような目をしている。ハンナはもう慣れっこなのか特に突っ込まずフライパンに押し付けられてかりかりに焼かれた鶏皮を口でびよーんと引っ張り、エイミーも素知らぬ顔で魚の骨を外している。


「ギルド職員の時は速攻掻き込んで仕事に戻ってたから、慣れちまった」
「そんなに忙しかったっけ? ギルド職員」
「ギルド第二支部の立ち上げもあって、人不足だったんだよ」
「あーね。鶏皮うま」


 ハンナに感化されて鶏の一枚焼きに手を出した努は思いのほかパリパリな鶏皮に舌を巻きつつ、他の神台にも目を向ける。


「コリナたちも千羽鶴そろそろ出てくるのかな。僕たちの場合は百羽鶴と戦い始めて一時間と三分で出てきたと思うけど」
「ってことは早期決着するしかねぇか?」
「一度試してみた方が早いけど、あの再生力からしてどうも違う気もするんだよね。スライムみたいに核があるわけでもなさそうだし、根元の床でも破壊するのかな?」
「なら地の魔石でどーん! 出来るっすよ! クロアみたいに!」
「取り敢えずコリナPTの様子見てからかな。……ユニスのところも上がってきたか」


 現在帝階層まで駒を進めているのはアルドレットクロウの一軍、二軍、無限の輪の2PT。そしてシルバービーストのユニスPTが追いついてきたところだ。その他のPTは関係値が変化した骸骨船長が動画機をドロップすることが判明したことで後ろ髪を引かれて攻略ペースが緩んでいる。


「あれから攻略ペース良さげだね。一体何が目的なんだろーねー?」
「さぁね」


 そんなエイミーの突っ込みをいなしながら努はハンナのねだるような視線を無視して鶏皮をばりばり食べた。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/04/29(月) 12:40 AM

    更新ありがとーーーーーーーー!!!!!!!

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