第635話 探索者エアプ
それから数日、アルドレットクロウと無限の輪で175階層の先に進むための検証が進められた。その4PTの神台から得られた情報を基にした迷宮マニアの記事を精査しつつ、努はクランハウスのリビングで思考を巡らせていた。
DPSチェック要因だと想定していた千羽鶴。だがそれが出てくるまでにインクリーパーと色折り神を仕留める算段は未だについていない。
千羽鶴の出現条件は百羽鶴との戦闘から一時間経過するか、色折り神が補強している大部屋の修復許容量を超えるかの二つである。実際に百羽鶴との戦闘開始時にアーミラの神龍化ブレスにハンナの魔流の拳をぶっ放してみると、それから数分で千羽鶴が壁ドンしてきた。
ただ百羽鶴は第二形態に変化してからは異様な再生力と部屋を破壊する毒を撒き散らすので、そのどちらかの条件が成立する前に倒し切るのは厳しいだろう。実際にどのPTでもそれは不可能だった。
(これもしかして負けイベかと思ったら負けイベじゃないパターンか?)
そうなるとあの雄大に浮かび立つ戦艦のような千羽鶴を落とす、という選択肢も浮かび上がってくる。ステファニーPTはどうやらその方向で進むようで、明日の休み明けに強行突破を試みるようだ。
だがある程度使い物になる刻印装備が出回った現状でも倒すに至らない、爛れ古龍の完全体。千羽鶴はそれにこそ劣るが類する存在ではあると努は推測していた。あくまでゲームクリア後の二周目にようやく倒せるような存在。
(普通に千羽以上生み出されてる気はするけど、それでも無限生成と決まったわけじゃない。時間をかけていいなら倒せる気もする。そうやって千羽鶴を追い詰めたら真のDPSチェック、万羽鶴が満を持して登場とかあったらウケるけど)
その姿は祈りを込めて折られた千羽鶴の延長線なのか、はたまたありがた迷惑なゴミ扱いされプレス機でまとめて潰された怨念か。
後者の方が好みだねと90階層主の成れの果てに思いを馳せていると、緑色の髪を結った若い女性がキッチンの方から出てきた。そして両手に持った湯気立つマグカップの一つを努の前に置く。
「175階層攻略の目途は立ちましたか?」
休日の昼過ぎであるが特に出かけることもなくクランハウスにいたリーレイア。そんな彼女の肩から火蜥蜴のサラマンダーが机に降り立ち、コーンスープの入ったマグカップを不思議そうに覗き込んでいる。
「同じクランとはいえ一応競い相手ではあるんだけど?」
「アルドレットクロウも裏では情報を共有していそうですし、変に争っていてはステファニーどころかカムラにも勝てませんよ?」
「ステファニーに喧嘩を吹っ掛けた分、カムラとは仲良くしたいんだけどねぇ。暗黒騎士のホムラとも組んでみたいし。あの瀕死タンク強いんだよなぁ」
「あれだけ優秀な騎士に守られているというのに、浮気する気満々とはいいご身分ですね」
「セレンに浮ついてるわけじゃないからいいじゃん?」
騎士のガルム、重騎士のダリル、聖騎士のゼノと来れば次は暗黒騎士だ。もし三軍を作る時には是非加入させて瀕死タンクの支援回復もしたいものだと語る努に、リーレイアの碧眼がみるみる内に冷めていく。
そんな彼女の視線とは裏腹に心がホッとするような温かさのコーンスープをちびちびと飲んだ努は、迷宮マニアが写真機で撮った第二形態の百羽鶴を指差す。
「倒すべき目標は変わらず百羽鶴だと思うけどね。それに千羽鶴は百羽鶴も狙ってくれるから、あの再生力も底を尽きるかもしれない」
「なるほど。三つ巴ではありますがあくまで百羽鶴が敵と」
「千羽鶴を絶対に倒さなきゃ進めないなんてことはないと思うけどね。そうなるとまた刻印組み直して長丁場の戦いにならざるを得ないし」
「こちらとしては別にそれでもいいですけどね。ディニエルもやる気のようですし?」
「そっちのPTだと火力足りなさそー。ユニークスキル級のアタッカー1人は 欲しいかな」
努が千羽鶴と実際に相対して戦ってみた所感としてはそんなところだ。いくら伸び盛りのクロアやリーレイアにあのコリナが加わろうとも、流石に戦艦を落とすまでには至らない。神龍化や魔流の拳のような馬鹿げた火力で一気に痛手を負わせない限り、延々と式神:鶴を生み出されるのがオチだ。
すると彼女は名案を思いついたと言わんばかりに手を叩いた。
「ではクロアとツトム入れ替えてエレメンタルフォースしましょう。そうすれば千羽鶴だろうが破壊できる自信がありますよ」
「口を開けばエレメンタルフォースマンになったな。そんなにやりたいならコリナにでもやってもらえば? 確かシルフとサラマンダーとは相性悪くなかったでしょ」
「…………」
そんな提案にリーレイアはジトっとした目で努をねめつけた後、コーンスープを一口飲んだ。そして言葉に迷うように視線を彷徨わせた後、意を決したように言った。
「実際に今のPTメンバーで試しましたが、てんで駄目でした。やはり、ツトムでなければ駄目なんです。ツトムでなければ」
「凄い。ぜーんぜん嬉しくない」
貴方じゃなきゃ駄目なの、なんて聞かされたら男は大歓喜するのが常だが、それが奴隷となれば話は別だ、まるで精神力ATMとでも呼ばれたような顔をしている努に、彼女はにこにこした。
「添い寝でもして囁けば嬉しくなりますか?」
「後が怖くて嫌になるよ」
「ヘタレですね」
「クランリーダーに男気を求めるなよ。神竜人の下に帰りな」
「サラマンダーもツトムと組みたいですよねー?」
『ビャー』
「精霊をダシに使うな」
猫撫で声で二対一に持ち込んできたリーレイアに努が呆れていると、彼女はサラマンダーに火の小魔石をあげてから一つ咳払いした。
「まぁ冗談はさておいて。今のPTでエレメンタルフォース出来る相手はコリナかダリルに絞られていますが、その両方ともツトムのようにはいきません。練習すれば出来るようになるものなのですか?」
祈禱師のコリナは近接戦の鬼であるため進化ジョブの条件達成には困らず、ダリルはサブタンクとして待機している時間に契約は行える。エレメンタルフォースの条件自体は揃っているが、その運用による成果は芳しくない。
「コリナの精神力奪って動きを鈍らせるより、好きに暴れさせた方がそりゃ強いでしょ。それは僕よりリーレイアの方がわかってるんじゃない?」
「ですが、千羽鶴戦においてはエレメンタルフォースも一考の余地はあるかと」
「それはその通りだから、二人とちょくちょく練習しとけばいいんじゃない? 慣れれば多少は持つようになるよ。精神力を使わないようにして進化ジョブ回すだけだし」
「いや、そんなに簡単なことなら私も苦労していないんですが? 正直、エレメンタルフォースの練習を一度しただけで今までと明らかにスキルの使用回数が違うことは理解できました。……元の世界で、神のダンジョンに近しい遊戯をこなしていた影響ですか?」
元の世界のことに関してまで突っ込んできたリーレイアに努はどきりとしたが、今となっては警戒する相手でもないので肩の力を抜いて話す。
「その影響は確かにあるだろうね。そこで色んなジョブの人たちと戦法考えて実践してきたから、それに合わせるのは得意だよ。エレメンタルフォース運用もやってたし」
「ですがそれは、所詮ボードゲームのようなものなんですよね。ツトムのへっぴり腰を見ればよくわかります」
努から話を聞いたところ彼は元の世界で神のダンジョンに近しい遊戯を、神台のような画面に映して途方もない人数で行っていたという。だが王都の箱入り娘みたいな彼の様子からして、それは実戦経験を伴わない遊戯であったのは疑いようがない。
それこそ座り心地の良い席に座りながら神台を見てタンクはこうしろ、アタッカーはこうしろなんて言うのは誰にでも出来る。だがそういう奴らが草原階層でゴブリンの群れといざ出くわしたら、パニックになって乱戦になれば良い方だろう。
自分や他のPTメンバーの調子。外のダンジョンほどではないにせよ確かにあるモンスターの個体差。そして戦闘が始まればモンスターの異様な殺意が探索者に向き、そのヘイトを受け持つタンクの入れ替わりやアタッカーの攻撃で戦場は乱れる。
そんな混沌の中で教科書通りの戦法を駆使する機会はなく、妥協と気合いで何とか押し通すことはままある。そこに遊戯を極めし者が立ち入ってリーダー気取りで指揮を取っても、その混沌に呑まれてすぐに破綻するだけだろう。
かくいう努も、レイピアを眼前に突き付けられただけで小鹿のようにぷるぷる震えるような者ではある。だが三種の役割から始まり、最近では重騎士のフルアーマー運用やエレメンタルフォースなど、多岐に渡る連携を平然と実現してしまう。そんなこと普通は出来ない。
そんな彼への尊敬の念もあり、そう口にしたリーレイア。だが所詮はボドゲと言われた努の目は完全に据わっていた。
「え、今。ライブダンジョンを馬鹿にした?」
「……そんなつもりは、ありませんでしたが」
「へー、そう」
「……軽率な発言でした。申し訳ありません」
「わかればよろしい」
悪気どころか尊敬の念を持っての一言でも普通にキレて彼女に頭を下げさせた努に、机の上にいたサラマンダーはあんぐりと口を開けて見つめるばかりだった。
ネトゲ黎明期にさすがに完全手動じゃないけど追従やオートアタックも利用して6PCでやってたリア友がいたからそういないわけではないと思う