第636話 ルークの提案
週明けのギルド第二支部にある一番台には、大部屋の破壊を済ませて千羽鶴の出現を待っているアルドレットクロウの一軍が映し出されていた。
「おばあちゃんやる気だねー」
その部屋に大穴を開けた張本人である大弓を持つディニエルを眺めながら努はぼやき、ハンナはご機嫌に進化ジョブのロマンスキルであるブレイキングパラダイスを形だけ披露している。
そんなディニエルの映る神台をエイミーも眺めつつ、心配そうに白い太眉を下げた。
「でもディニちゃん長時間の探索は種族的に不向きだろうし、大丈夫なのかなぁ」
「流石に24時間耐久にまではならなそうだし、大丈夫じゃない?」
「寝溜めでもしてるといいけど」
エルフは数百年生きる長寿で知られているが、その寿命の長さは睡眠の長さも一因となっている。個人差はあるが毎日およそ10時間と、十数分の昼寝を挟むエルフが多い。
「24時間も寝ずに潜ったりしたら翌日は体調崩すこと間違いないね。寝溜めもあんまり意味ないかなー。それよりもツトム君のヒールの方が断然効果あるよ!」
そんな二人の会話にハンナと良い勝負な小さい背丈の少年が講釈を垂れて割り込んできた。ハーフエルフという種族であり、アルドレットクロウの二軍を陰から支えているルークである。
唐突な彼の登場に元アルドレットクロウのハンナは恐縮したように踊りを止め、身長差がえげつないガルムもおずおずといった様子だ。そしてエイミーとアーミラが物珍しげな目で見る中、努はうんざりしたように呟く。
「なら夜更かししないで寝とけよ」
「僕はハーフだからねー。睡眠不足はエルフほど致命傷にはならないよ。で、ツトム君たちって今、急ぎ?」
「ディニエルたちみたいにやるつもりはないよ」
それこそガルムとカミーユの3人PTで何時間もかけて火竜を討伐したように、千羽鶴も頑張れば突破は出来るかもしれない。階層を合わせて無限の輪2PT で挑んでしまえばより勝率も上がるだろう。
だがここまで脳筋な現地民たちを見ていると流石に神運営に同情の一つも湧いてくるので、努は正規ルートを模索する心構えだった。爛れ古龍の下に転移させたのは今でも許すつもりはないがそれはそれ、これはこれである。
「じゃあさ、今日だけ臨時でタンクとアタッカー1人ずつ交代しない? シスコンのカムラ君の見聞を広めたくてさー」
「…………」
そんな彼の提案に努はいまいち要領を得ない顔で押し黙る。ただ先ほどと打って変わって大人しくなったハンナと、ルークから少し離れた位置で待機しているカムホム兄妹を一瞥する。これも馬鹿を教育する良い機会かもしれない。
「別にいいですけど、カムラさんに話は通してます? 一軍予定だったホムラさんを引き留めたって噂ですけど」
「兄妹水入らずにも限界が来たって昨日PT内で話し合ったから、許可は取ってるよ。それにツトム君もホムラと組んでみたいって言ってたじゃん?」
「そりゃそうですけど、カムラさんの恨みを買ってまで組みたくはないですよ。僕、普通に好きですし。同じヒーラーとして」
無限の輪の祈禱師が三年見ない内に何故か武を極めていたこともあり、努は王道のヒーラーをしているカムラのことを悪くは思っていない。シスコンという弱点こそあるが王道の祈禱師として彼の右に出る者はいないだろう。
「…………」
そして努に値踏みするような目で一瞥されたと思い勇み足で距離を詰めていたカムラは、そんな努の言葉を聞いて虚を突かれたような顔になった。それを隣で聞いていたホムラは冷やかすように口笛を吹く。
「お兄ちゃんあんなにツトムは気に食わんアピールしてたのに、懐が深いねぇー? それとも単に眼中にすらないから?」
「ウルフォディア二人攻略の時から一目置いてましたよ。初めまして、カムラさん、ホムラさん」
「おぉ? 嬉しいこと言ってくれますなー」
努と同じ黒髪であるホムラは愛嬌のある笑みを浮かべ、対するカムラは未だに仏頂面である。そして初めましての挨拶も済んだところでルークが間を取り持つ。
「実際にホムラがPTを組んでみれば、ツトム君の実力もよくわかるでしょ? それにいつまでも妹頼りは良くないって昨日話はついたじゃん?」
「……別に俺は構わんが、あんたはいいのか?」
カムラは胡乱げな目で努を見やるが、彼は祈禱師全一じゃんと有名人でも見るようなキラキラした目をしている。それに思わず毒気を抜かれかけたものの、依然としてその目を厳しくしたまま能天気なホムラに視線を移す。
「妹の真似事をするようになって迷宮都市の暗黒騎士も少しはマシになってきたが、あんたは以前の奴らとしか組んでないんだろ? 今じゃ猫被って愛想はいいが、下手な支援回復をするとこいつはヒーラーを見限るぞ」
「えーやだなーそんなわけないじゃーん」
カムホム兄妹は下手なタンク殺しであると同時に、ヒーラー殺しでもある。暗黒騎士というジョブの性質上、下手な回復はむしろ足を引っ張ることに繋がる。なのでホムラはヒーラーを見限ると途端にヒールをも避け、道端のクソでも見るような目になる。
アルドレットクロウは大人数のクランメンバーを抱えることで探索者の質を確保しているが、その分ゴミが混じることも多い。その選別として体よく利用されてもいたカムホム兄妹の見限りで自信を喪失し、アルドレットクロウを脱退したヒーラーとタンクは数知れない。
「幸いにも二人を神台で見るのは事欠かなかったので、暗黒騎士として機能はすると思いますよ。……一回くらいはミスっても許してくれます?」
「その心意気に免じて、二回までは許しますとも」
「二回かー」
「うそうそ。初めて組む相手にお兄ちゃんレベル求めることなんてないよー」
「…………」
そんなホムラの物言いにカムラは嘘つけと内心毒づきながらも、妹の被害者になるであろう努を憐れんだ。そんなに話のわかる暗黒騎士なら他のヒーラーも苦労していない。
ギリギリの綱渡りを楽しみ、そこから落ちることすら楽しみを見出す狂人。そしてそれを少しでもヒーラーが邪魔しようものなら不機嫌丸出しになる察してちゃん。しかしそれでも暗黒騎士としてはズバ抜けた才覚を持つが故に、誰も彼女を見限れない。
そんな彼女が見限らないような支援回復を、神台で見ただけで出来るわけもない。我儘で才能のある妹がまともに動けるよう下支えしてきた自負のあるカムラは、そう結論付けてPTメンバーの入れ替えを了承した。
「それじゃ、こっちはハンナ貸しますね」
「えっ」
そんなホムラと引き換えにあっさりとハンナを売りに出した努に、当の彼女は心底びっくりしたような声を漏らした。それを意にも介さず彼はルークと話を進めていく。
「アタッカーはどうします?」
「僕はカムラ見なきゃいけないから、ソーヴァかな?」
「こっちはどうする? どっちでもいいけど」
タンクはハンナ確定だがアタッカーに関しては本当にどちらでも良かったので、努は二人に振り返って尋ねた。するとエイミーが猫耳をぴこぴこと動かす。
「じゃ、わたしいいかな? 帝都でカムホム兄妹のことは耳にしたし、一回組んでみたかったんだよね~」
「それじゃエイミーで。せっかくだしルークともPT組んでみたかったんだけどね」
「えっ……?」
努の惜しむような言葉に恋の矢で胸でも撃たれたような顔をするルーク。だが努は残念そうな目で彼の着ている刻印装備を見下ろしていた。
「召喚指針の使い方が一辺倒すぎて。見てられないんだよね。スライムばっか使いやがって。他の召喚士も副業止めて戻ってきてくれないかな」
「つ、ツトムく~ん?」
「せっかく僕が丹精込めてその装備作ったんだ。自分の勝ちパターンを確立するのは結構だけど、他も使わなきゃ召喚指針でスライム出なきゃ活躍できない雑魚に成り下がるよ」
「じゃあ僕もツトム君にご指導してもらおっかな~?」
「駄目ですよ。でなければわざわざホムラを引き離す意味がなくなります」
努のお言葉に甘えてルークは無限の輪に擦り寄ろうとしたが、セレンに当初の目的を忘れるなと引き留められてご破算となった。
「やーだ! ぼくもツトム君とPT組むぅ~! ハンナタンクにしたらカムラは嫌でも成長するでしょー?」
「そのためにはルークと私がPTの軸を固める必要があります。逃がしませんよ」
「うぅ……。ツトム君、またの機会に」
「ハンナをよろしく。それもとんだじゃじゃ馬なんで」
「……いや、あたしもぜんぜん納得してないっすけど!?」
アタッカー陣と違い有無を言わさず臨時PTに任命されていたハンナは、ようやく思考を取り戻して抗議の声を発する。だが既に努たちはホムラとアタッカーのソーヴァを連れて離れようとしていた。
「はい、行くよー」
「し、師匠~~~!? 前のことは反省してるっすからぁ! おいてかないでぇぇ!!」
エイミーから家畜でも潰すように首を持たれているハンナの叫びも努たちには届かず、何の騒ぎだと野次馬が出てくる中でアルドレットクロウの二軍と無限の輪の臨時PTが成立した。
明日の一面は「借りてきた猫と鳥」「さすがナイトは格が違った」さてどっちだ?