第643話 よそはよそ、うちはうち
「無理だねこれ、ガルム回復したら撤退で」
千羽鶴の猛攻を凌ぎつつ百羽鶴の討伐を目指していた努は、戦線に復帰したホムラが腰砕けになっているのを見てすぐに撤退の判断を下した。その間一人でタンクを受け持ちようやくバリアの上で腰を落ち着けていたガルムは、小型犬に夢中な飼い主でも見るような目で彼を見上げている。
「コンバットクライ」
ホムラのふわふわ加減を見て進化ジョブを解放したソーヴァは赤い闘気を放ち、彼女とタンクを交代する。そして時折こちらを攻撃してくる百羽鶴の光線を盾で受け、次々と特攻してくる式神:鶴を避ける。
(百羽鶴を視界に入れつつ討伐って方向で正しいかな。この状態だと千羽鶴の攻撃先も散るから適正な難易度って感じ)
理不尽な難易度から正規ルートに入った雰囲気を感じた努は、この方向性で間違いはないだろうとアタリをつけた。そして腑抜けたホムラのこともあり殿を務めようとしていたソーヴァにヒールとヘイストを送る。
「今回は百羽鶴に千羽鶴押し付けられそうだから全員帰れるよ」
「……面倒じゃないか?」
「あ、僕のPTは死人出さない方針でーす」
遠目で訝しがっているソーヴァに拡声器でそう補足した努は、まず進化ジョブを解放してスキルを乱打し周囲を飛ぶ式神:鶴を落とした。その声を聞いてしたり顔で笑みを浮かべていたアーミラもモンスターの殲滅を手伝う。
そして回復したガルム、ホムラにソーヴァと同程度のヘイトを稼がせつつ、防御に徹して徐々に千羽鶴の敵意を落ち着かせる。
「アーミラ、退路の確保よろしく」
「神龍化」
努からの合図でアーミラがその両手に龍の頭を具現化させて大規模なブレスを放ち、蠢くように飛んでいる式神:鶴を焼き尽くした。それで確保した退路から努とアーミラが先に戦場を離脱し、タンク三人で追い打ちの光線を弾きながら距離を離していく。
それを防いだところで千羽鶴のヘイトは醜悪な姿となった百羽鶴へと移り、神の眼にはモンスター同士の争いが映し出された。そこから少しして神の眼が探索者の方へ戻ってくる頃には努たちPTは全員戦場を離脱し、帰還の黒門に設置した目印の花火が上がるのを待っていた。
「やっぱり三つ巴で百羽鶴だけ討伐が丸いかな。それで黒門開ける鍵が出るかまではわからないけど」
「その鍵ごと千羽鶴に光線で消し飛ばされたりしねーか?」
「普通にありそうで困る、止めはこっちで刺してドロップ品回収しなきゃいけないかもね」
そして先に離脱していた努とアーミラが百羽鶴について考察している間、合流したホムラは二人の会話の継ぎ目を狙うようにそわそわしていた。だがいつまで経っても会話が途切れないことにじれったくなり、努の服をちょんと引っ張った。
「ちょっと、話したいんだけど」
「あ、はい。まぁ、オーバーヒールのことですよね?」
「そうだけど……ちょっとこっち来て。あとソーヴァ、ガルムの耳塞いどいて」
そう言って森の奥に進んでいったホムラを見送ったソーヴァは、どうする? と言った顔でガルムを見つめた。すると彼は気怠そうな顔で自分の犬耳を手で雑に畳んで押さえた。
そして人には聞こえないであろう所まで離れたホムラを前に努は一応防音のバリアを張ってあげると、彼女はぶるりと肩を震わせて怯えるような目で見上げてきた。
「いや、獣人用の防音ですよこれ? 取って喰いはしませんよ」
「……あぁ、うん。で、変な薬とか盛ったりした?」
「盛ってないでーす。一応そう言われることも考慮して神の眼にも映してたんで」
「……あれ、映ってたの?」
「僕の横から手元を映す感じで映してましたよ。オーバーヒール終わってからは映してないので大丈夫だと思いますけど」
「…………」
意識が天に飛んでいたあんな姿を神台に晒すなど辱めもいいところだが、今は努の言うことを信じるほかない。それに変な薬を盛られたわけではないことでホムラはようやく肩の力を抜いたが、そそくさと逃げるようにバリアを割って出ていった。
それから帰還の黒門を見つけて努たちPTがギルドに帰ると、そのすぐ近くでカムラPTが待機していた。やけにつやつやしているハンナにグロッキーな男性陣。それを素知らぬ顔で雑談しているエイミーとセレンを前に努は目を丸くする。
「どうも。なんか大分苦労した様子ですけど」
その中でも目が死んでいる様子のカムラに努が声を掛けると、彼は微妙な顔つきのままハンナを見やった。
「……俺ならもっとハンナを活かせると思っていたが、考えを改めた。0か100かしかないのは考えものだな」
「わかる!! だからこそマジックバッグで制御して何とか50くらいに収めてるんですよ。言っても聞かないですからね」
神台で見ているとせっかくの魔流の拳を制限しているのは堅苦しく映るが、いざ実際にPTを組んでみるとハンナは本当に0か100かしか出ない。だからこそドロップした魔石を拾わせずマジックバッグ内のみで運用させなければ、中間の50を引き出せない。
「ふふーん。カムラの方が師匠より良かったっすよー? あたし、大・活・躍! 千羽鶴も頑張れば倒せそうっすー!」
「僕のPTで好き勝手出来るとは思わないことだね」
「うぅー……!! しばらくカムラのPTでお願いしたいっすー!」
そんな二人の苦労も露知らずのたまっているハンナ。カムラも魔流の拳と彼女の可愛さに目を見張るものこそあったが、エレメンタルフォースにも似た彼女とPTを引き続き組みたいとは思わなかった。
「とはいえこのままホムラを腐らせるわけにもいかないしな。仕方ないだろ」
ただそれを彼女に直接伝えるのも憚られたので、カムラは妹を引き合いに出してPTメンバーを元に戻そうとした。それにハンナも渋々と納得している中、ホムラは努の腕をこれ見よがしに掴んだ。
「そういうことなら私、このままツトムのPTで全然いいけど?」
「……?」
そんなホムラの言葉を、カムラは初め冗談だと思っていた。だが長年見てきた彼女の目や雰囲気からして本気であることはすぐに通じ、カムラは目を点にして白黒させた。
「いや……は? お前、リスクリワード、白魔導士じゃどうやっても無理だろ? 復活スキルがない」
「うん。でもツトムは白魔導士で出来るところまでは私に合わせてきたよ? それにウルフォディアの時みたいなブラッド系のスキル使った立ち回りなら、ぶっちゃけお兄ちゃん以上だったし」
「……意味が、わからない。俺以上? ホムラと組んで? 有り得ないだろ」
「でも、実際そうだし?」
「…………」
それこそ冗談でステファニーならなぁー? みたいな戯言を言う時もあるが、ホムラが腕のないヒーラーでも見るような目でこちらを見下げてくることなど有り得ない。そんな視線を向けられることなど今までなかったカムラは、妹からの視線に愕然とした。
そんな兄妹のやり取りを前に、ハンナはそろりと努の方に歩み寄った。
「……えっと、やっぱり師匠も良かったなー、って」
「じゃ、ハンナは続投で。エイミー、帰ってこーい」
「じゃあねー」
それじゃあお先にと手を振ってきたエイミーに、ハンナはわなわなと口を震わせる。
「いや、冗談じゃないっすかぁー!? っぱ師匠っすよ師匠! ねっ、ガルムもアーミラも、そうっすよねー?」
「そっちのPTなら千羽鶴倒せんだろ? 別に俺はホムラのままでもいいぜ。明日にはマシになってんだろ」
「そこまで他所の居心地が良いというなら仕方あるまい」
「ごっ、ごめんなさいっすーー!!」
「それじゃ、もう一回くらい潜ろうか」
それから夕方までは本当にエイミーとソーヴァのみを入れ替えてのPTで探索が続き、危機感を覚えたハンナはギルドに帰るや否や無限の輪のクランハウスへ一足先に向かい引き籠り作戦を実施した。
もうやめて!
カムラくんのライフはもうゼロよ?!