第646話 神華の使徒
帝都の神のダンジョン内にしては随分と殺風景な白い空間。何処ぞの異世界人が見ればデバック環境をプレイヤーに見せるんじゃねぇと憤慨しそうな場所。
そこでロイドは片膝をつき、迷宮都市で手に入れてきた情報と神具による工作活動の伝達を終えた。その主である彼より数歳年下の女性は、宙で足を組みながら報告を聞き終わると忌々しげに顔を歪める。
「神威め。妾の神具を使って尚、眼から逃れるとはのう。あの童がいつの間に力をつけよって」
元々ロイドの妹ということもあり同じ銀髪であった彼女の髪色は神の憑依により真っ白に変化し、その目は神々しく輝いている。その器を通して地上に降臨せしめた神華は、彼が持ち込んできた努の映る写真を指に挟んで投げた。
「とはいえ神威の降臨先も見つかった。こやつを確保してしまえば神威も殻に籠りきるわけにはいかんじゃろ。任せるぞ?」
「畏まりました」
ロイドのこれまでの働きと返事に満足したのか、神華はその真っ白な空間ごと消えた。そして神のダンジョン1階層に戻された彼は、外に出てから疲れたように息をつく。
帝都の中でも頭一つ抜けていた探索者PTのリーダーだったロイドの人生は、神のダンジョン100階層を初踏破してから一変した。
ロイドたちPTが100階層を突破した直後、不思議な声に導かれて神のダンジョンを作り上げたという神華との目通りが叶うことになった。それが100階層を初踏破した探索者へ送られる至上の褒美であった。
「ふむ、やはりここまで来た人間なだけある。身体の馴染みがいいのぉ」
「はっ……?」
同じPTメンバーでありロイドの妹でもあった女性は、神華の器に足る者と認定されその身を捧げることとなった。有無も言わせず妹の身体に憑依しそんなことをのたまい始めた神華という存在に、ロイドは衝撃のあまり片膝をついたまま固まってしまった。
「ふざけ――」
「ん?」
そんな妹と婚約を約束していたタンクの男があまりの理不尽に声を上げて立ち上がると、既にその身体を掌握していた神華が小首を傾げて手を払う。それと同時に男の首がごとりと地に落ち、同じく立ち上がりかけていたPTメンバーの女性は頭が半分になり崩れ落ちた。
「まだ面を上げることを許しておらんぞ?」
「レ、レイズ、ヒール」
唐突に殺された仲間たちにヒーラーの女性が蘇生と回復スキルを詠唱するが、そもそもスキルの成立すらしなかった。それで狼狽している彼女に神華はけらけらと笑った。
「あぁ、そやつらはいつものように生き返らんぞ? 所詮、貴様らの力は妾の借り物。立場を弁えることじゃな」
「ひっ、ひぃぃぃぃ!! ひぃぃぃぃ!!」
「…………」
いくら待っても粒子化が起きず仲間の死体が存在し続けていることに、残っていた女性のPTメンバーは跪いたままパニックを起こし泣き叫んだ。そんな彼女がいたからかやけに思考が冷えたロイドは、広がっていく仲間の血だまりを見つめる。
「それでも神華様ならば生き返らせることは出来るのではないですか? 人の命を潰すのが趣味なわけでもないでしょう。何をお求めでしょうか?」
「話が早いのぉ、狐目。お主は妾の使徒となれ。その対価としてこやつらの魂とこの身体、そして妾の一端を受け取ることも許そうぞ」
笑った狐のように目が細いロイドをそう評した神華は、彼を神に仕える使徒として迎え入れた。そうしてロイドは神託を受けて神威という存在を探ることになり、帝都から迷宮都市に移り住み神のダンジョンの探索者として活動を始めることとなった。
(神華は神の威を借りているだけの存在と断言していたが、これがか? 神華のダンジョンより余程優れているが)
だが帝都のダンジョンにはない黒門という仕様に、100階層を超えた探索者に与えられる進化ジョブ。迷宮都市で探索活動を始めたロイドはその違いに愕然とし、神威の方が上位の存在なのではないかと予想した。
(キョウタニツトム……。君もなのか)
それからロイドは自分と同じく100階層を初踏破し、それっきり神隠しにあったかのように消息不明となった努に同じ境遇者として思いを馳せた。彼もまた自分と同じく理不尽にも使徒にされ、神威によりその消息を絶たれてしまったのか。
その後ロイドは仲間の命と妹の身体を取り戻すため、危険性が警告され始めていた脳ヒールも構わず使いアルドレットクロウのクランメンバーとして探索に明け暮れた。そしてアルドレットクロウ内での地位も上げ、パンクしていたルークの肩を叩きクランリーダーに成り代わった。
(200階層までの道は迷宮都市の化け物たちに任せておけばいい。どうにか神威と接触する方法はないか……)
神華が神威の情報を自分に探らせていることからして、彼女は迷宮都市に監視の眼を送ることが出来ないのは確実だ。なのでどうにか神威と接触して寝返ることは出来ないかと様々な手法を試した。
刻印の制限もその一環であり、努の創設した無限の輪のメンバーであるゼノとは演劇で、コリナとは食で繋がりを持った。だが努との繋がりが薄いクランメンバーからも彼の手掛かりは掴める気配がなく、神威との目通りは叶わなかった。
(……200階層を目指す他ないか)
そして時折帝都に帰り神華に迷宮都市の情報を流し始めて数年が経った時、ロイドは制限していた刻印装備を解放して探索に臨もうとしていた。だが神華に言われた所詮は借り物という言葉もあってか、彼は神のダンジョンでのレベル上げや探索に全く魅力を感じることが出来なくなっていた。
ステータスもスキルも所詮神からの借り物であり、神華の手にかかれば容易く失われるまやかしに過ぎない。それを前提とした技術や知識を積み上げたところで何の意味もない。だが仲間たちを救うためには、茶番もこなさなければならない。
そんな矢先にロイドの耳に入ってきた、努が迷宮都市に帰ってきたという知らせ。突如として湧き出た神威への手掛かり。
自分と同じ境遇であろう彼にこの理不尽な状況を伝え、神のダンジョンの真実を秘密裏にしているこの苦しみを理解し合いたい。
ロイドは誰にも吐き出せなかった弱音をぶちまけたい気持ちに駆られたが、努の人物評を聞く限りそこまで情に熱い人物ではなさそうだった。なので努の人と成りがわかるまで情報を調べ、実際にその目で何度か確かめることにした。
(あぁ……)
だがそれを続けていくにつれて、努についてある程度の推測は立った。自分が主導しアルドレット工房が行った刻印装備を是正するような動きに、探索者として生き生きと活動する様。たかが孤児の始末にも苦心する人間性。
(俺と同じじゃ、ない)
それは自分の仕える神華よりも上位の存在であろう神威の使徒故の余裕か、はたまた自分が神の器に仕立て上げられることにも気付いていない無知の生贄か。
だがどちらにせよ努が自分と同じ境遇ではないことを察したロイドは、彼への親近感が一転して侮蔑へと変わった。そして神華から授けられた神具を基にギルド第二支部の中枢を担い、努を確保する手段を模索した。
彼さえ手中に押さめてしまえばどうとでもなる。ただ無知の生贄ならばまだしも、自分より優遇された使徒である可能性もある。神華の上位存在であろう神威の逆鱗には触れたくはないので、強硬手段は取れない。
努が神威の器足り得ると神華に確認が取れた今となってはやはり彼女に差し出すのが万全だとロイドは考え、努を帝都に釣り出す計画を立てその準備を進めていた。
ゲーム開発観点でいうと、神華の企画の元に先行開発が進んでいた帝都ダンジョン、「やっば、これ絶対つまらんわ」と、仕様設計以降を丸投げされた神威が開発途中で馬が合わないディレクターから逃げて脱退、別会社を立ち上げて新規で企画から始めた。
みたいな妄想が。
帝都ダンジョンは、開発中途ではあったものの一応ひと通り遊べるようにはなって