第649話 魔石のバーゲンセール

 最年長がツトムの若芽PTとしてコリナから見送られた彼らは、千羽鶴戦で二度あることは三度ないことを祈りながら175階層に転移した。そして先日いなかったハンナとの合わせも兼ね、塔内で式神相手に戦いを繰り広げる。


「おい、魔流の拳使えよ」


 その初戦で魔石の入ったマジックバッグに手を付けず無難に避けタンクをこなしたハンナに、努は戦闘が終わって早々声をかけた。その声に彼女はひょこんと跳ねた青髪を弾ませながら振り返る。


「師匠がそう言うならしょうがないっすね~」
「そもそも支給したマジックバッグ内の魔石で魔流の拳をするのはハンナの自由だし。それでやらかした時は魔石の支給内容を考えた僕の責任って言っただろ?」
「でもそうは言いつつ……? みたいなこともあるじゃないっすか。ま、師匠に限っては本当にないっすけど……念のためっす」
「神の眼の前で言質取って満足か? 馬鹿のくせして用心深い奴ほど、一度でも信用させると後は楽なんだよな」
「かっちーーーん」


 馬鹿という単語には敏感なハンナは努の物言いに目を見開いた後、彼から支給されたマジックバッグをひっくり返してその内容物を全て地面に晒した。そしてバラ売りの見切り品みたいな魔石を神の眼に見せつけるようにして両手を広げる。


「こんな嫌がらせみたいな魔石支給しといて良く言えるっすねー!? っていうかよくこんなしょぼい魔石集められたっすね!? 逆に珍しいっすよ!」
「ドワーフのお姉さんが腕によりをかけて用意してくれたよ。感謝しな」


 ドーレンの孫娘であるメスガキドワーフが用意してくれた魔石はその大きさから質まで異様なほどバラバラであり、貴族お抱えの職人でも魔力の統一を諦めて捨て石にするほどだ。これならハンナでもおいそれとちまちま砕いて魔力溜めは出来ないだろう。


「こんな屑魔石くずませきをあたしに使わせるなんて……メルチョー爺ちゃんも天国で今頃泣いてるっすよ」
「僕には見えるぞ、ハンナの後ろでメルチョーさんがサムズアップしている姿がな」
「ぜーったいしてないっす」
「それに魔流の拳はモンスターの魔石を利用して継続的に戦闘することが源流でしょ? 屑魔石を活かせずして継承者とはこれ如何に?」
「……でも、モンスターから取れる魔石が全部屑なわけないじゃないっすか」


 唇を尖らせながら反論してくるハンナに努は白けた目を返す。


「そもそも、ハンナが変に魔力溜めて適当にぶっ放すのを止めないからこうなったんだぞ。そんな捻くれたことやるならアタッカーに転向した方がいいし、僕としても全然ありがたいんだけど?」
「あたしは元祖避けタンクっすよ? アタッカーなんてやったら元も子もないっすよ! あと師匠にだけは捻くれてるとか言われたくないっす!!」
「なら魔流の拳のパナし止めてヘイト管理しっかりしような。じゃなきゃアルドレットクロウと戦いにもならないし、ディニエルにも呆れられるよ」
「おーっす!」


 支給された魔石のお粗末さを白日の下に晒してやろうと思っていたハンナは、逆に避けタンクとして活動するために魔流の拳を制限することを神の眼の下で宣誓させられていた。

 そのことにも気付かずハンナは避けタンクとして活躍してアルドレットクロウに勝ち、ディニエルにも認められる脳内お花畑の妄想に胸を膨らませていた。そんな彼女に釘を刺すように努は補足する。


「それと、ドロップした魔石には手を出すなよ。もし手を出したら……」


 そう言って努が視線を向けた先ではアーミラが脅すように拳を鳴らし、エイミーは白い尾を鞭のようにしてぴしゃんと地面を叩いていた。そんな二人を見たハンナは助けを求めるようにガルムを見たが、彼は犯人に投降を促す顔つきだった。


「まったく、しょうがないっすね……」


 とはいえハンナは特に泣き喚くこともなく魔石をさっさと拾い上げ、エイミーが偵察してきた方向へいの一番に進み始めた。そのことにアーミラは拍子抜けした顔のまま、大剣の柄で自身の肩を軽く叩く。


「もしかして本当に聞き分け良くなったか? あのあいつが?」
「自由すぎるのも意外としんどいって思ったんじゃない? 実際、好き放題魔石使っても千羽鶴には届かなかったわけだし、その責任はハンナにしかない。それはそれで辛いもんだよ」


 金も時間も全て自由に使っていいので、是非とも貴女の想う最高の作品を作って頂きたい。創作者にとっては夢のような環境かもしれないが、いざそれを目の前にした時のプレッシャーは相当なものだろう。

 ハンナは千羽鶴に全てをぶつけたものの、自分の想像よりも歯が立たずに全滅した。そんな自由に押し潰されたことにより、彼女は誰かが敷いてくれたルートを飛びたいと心の何処かで望み始めた。


「まぁ、それでも絶対に安心とも言えないのがハンナの怖いところだけど、これでアーミラもようやく全力が出せそうだね?」
「……俺が手を抜いてるって言いてぇのか?」
「探索活動だけで見ればぬるかったギルド職員時代のリハビリはもう終わったでしょ? ハンナが丸くなる分アーミラには尖ってもらうつもりだから、そのつもりでよろしく」
「おーおー、いいご身分だな。PTメンバーに圧かけ放題のリーダー様はよ」


 金属製の大剣を軽がるしげにくるりと回して背負ったアーミラに、努は神の眼がこの場にないことを確認すると中間管理職のような面持ちになった。


「ステファニーに圧かけられてる僕が一番押し潰されそうなんだけど? 助けてくれ」
「いや、自分であれだけ煽っといて何言ってんだお前?」
「そりゃ、流石は僕の弟子って仲良しこよしするのが無難な対応だけどさ? 僕がいなかった三年ヒーラーの牙を研いでた人にはちゃんとその牙を剥いてきても欲しいじゃん? じゃなきゃ宝の持ち腐れだよ」
「ならその牙で喉に噛みつかれて死ぬのも師匠としちゃあ本望だろ。それが嫌なら勝てばいい話だ」
「師匠もつらいぜ……」
「元祖の捻くれ野郎も考えもんだな」


 そう愚痴りながら努は塔の内部を攻略して駆け上がり、三度目の最上階までたどり着いた。その道中でハンナがルールの隙を突くようなことをせず想定内の働きをしたことを確認した努は、ご褒美と称して水魔石をいくつか支給した。


「おっ! これ深海階層のやつっすね! まさにうんでーの差っす!」
「派手な攻撃に使うなよ。あくまで受け流し用な」
「わかってるっすよ~。これ以上支給が渋くなるのは無理っすもん」


 魔流の拳の中でも水魔石を使った拳は比較的ヘイト上昇が大人しめであり、防御に使われることも多いことは神台を観察していた伝承者から伝えられていた。それに紙で作られた式神に対しても有効的な属性ではあるため、帝階層では水魔石が安定である。


「さっ、ディニエルが復活する前に突破するっすよー」
「神龍化のタイミングは俺の好きにしていいんだな?」
「うん。ガルムとエイミーは今回縁の下の力持ちでよろしくー」
「わかった」
「しょうがないにゃあ……」


 インクリーパーと色折り神が巣食う部屋の前での最終確認。エイミーから繰り出された巨大すぎる釣り針を前に努は訝しげに顎へ手を当てた。


「最近のエイミー、やけににゃあが多くないか?」
「だってツトム好きでしょ? にゃあ」
「そういうわけじゃないんだけど……説明がややこしいな。しょうがないにゃあって言葉に限定というか」


 ネットスラングの説明に苦心しながらも猫の手ポーズのエイミーに視線は釘付けの努に、ハンナはやれやれと肩をすくめる。

 

「師匠、趣味が悪いっす」
「こればかりはハンナに同感だな」
「溜まりすぎて頭おかしくなってんだろ」


 流石のガルムも擁護できない中で放たれたアーミラの投げやりな言葉。だが普段は反応もしないであろう努は目をかっと見開く。


「たまってる…ってやつなのかな!?」
「……なにお前。きっしょ」
「ツトム、なんかテンションがおかしいよ」
「いいよ」


 元ネタを知る由もないPTメンバーから冷めた視線を貰いながらも完全詠唱を完了した努は、正気を取り戻して三度目の大奥の扉を開いた。

 コメント
  • 雪虫 より: 2024/06/27(木) 12:14 PM

    ツ「見抜き……」
    (割り込み)
    ハ「詫び石を要求するっす!! あと、種も貰うっす!」

  • 匿名 より: 2024/06/29(土) 7:29 AM

    ミームを理解してほしいのは日常でもあるし、異世界行ったらもどかしく感じるのありそうw

  • 匿名 より: 2024/06/30(日) 12:51 AM

    1行目予測変換が暴発したのか。意味のある文字列なの?
    誰か翻訳してくれ。

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