第657話 宣戦布告なのです
努たちが175階層を突破してから一週間ほど経つと、ようやく動画機の特需も落ち着きを見せ帝階層に歩を進めるPTも増えてきた。
だが180階層に向けての一番台争いは依然としてアルドレットクロウ、無限の輪、シルバービースト三つのクランであることに変わりなかった。
「180階層、楽しみですわ……。ねぇ、ツトム様?」
その中で一足先に179階層へと辿り着いたアルドレットクロウのステファニーは神の眼に映った時、努に向けての当て擦りを一番台で何度か零していた。ある意味以前のように気合いの入った彼女にディニエルやポルクは素知らぬ顔である。ただ彼女の病んだ様子を憂慮する者もいた。
「……ステファニーさんをここまで追いつめるなんて、人の所業とは思えない」
浮島階層での宝煌龍発言で骸骨船長の信頼を毀損し、観衆からバッシングを受けて引退直前まで追い込まれていたラルケ。だがそんなことは些事なことだとステファニーに励まされ、170階層で引退しようとした時も強く引き留めて? くれた。
それにより探索者生命を繋いでいたラルケは、彼女を惑わすあの悪魔を倒さなくてはならないと使命に燃えていた。
「ツトムに実力証明しちゃうぞ~」
死の淵からのオーバー脳ヒールで回復され今までの常識を覆された暗黒騎士のホムラは、同じことがステファニーにも出来るのではないかと期待して一軍を打診し移籍した。ただ白魔導士のヒーラーとしてはやはり素晴らしかったが、努のような脳ヒールは出来なかった。
なので今後はアルドレットクロウで一軍をキープして実績を作り、無限の輪に移籍して努にずっと脳ヒールしてもらおうとホムラは画策していた。なのでステファニーの努に対する対抗心は彼女からすれば実力を証明する丁度良い機会であり、望むところだった。
「打倒ツトムのお仲間が増えたようで何よりだな」
「うるさい」
ポルクのように素知らぬ顔をしているディニエルであるが、努を見返したいという反骨心においてはこの中で最も根深い。百年生きてエルフとしてようやく一人前となった彼女が、数十も満たない人間に二流の烙印を押された恨みはたかが三年経ったところで消えやしない。
それを拭うためにディニエルは進化ジョブが出ようが弓術士のアタッカーとして邁進してきた。期は熟した。あとは証明するだけである。
そんなツトムわからせPTでもあるアルドレットクロウの一軍であるが、その当て擦りに反応したのは弟子の方だった。
「ふん。帝階層でヒーラーの実力を証明するって言ってた割に、大したことないのです! 私がステファニーもツトムもまとめてぶち抜いてやるですよ!!」
「あ、本当に神の眼の前で言うんだ。怖いもの知らずだねー」
階層の進み具合で言えば三番手ではあるものの、一番台争いに参加はしているユニスはステファニーの遠回しな挑発に受けて立った。そんな彼女の暴挙にはソニアも遠い目をしながらそう言う他なかった。
だがその後ろに控えているPTメンバーの猫人と熊人は威嚇するように尾を逆立て、竜人は首筋の鱗を剥がして神の眼にぴっと投げつけた。既にユニスからの手厚い支援と扇動で力をつけて異様な熱を帯び始めていた三人はやる気十分であり、その中で唯一冷静なソニアはげんなりした様子だった。
ステファニーPTが休憩する時間を狙い打って配信された宣戦布告。それも迷宮都市から逃げ出してポーションやら刻印やらに鞍替えしている癖して、やけに努から目にかけてもらっているあのユニスからだ。
そしてそれから数日経っても特に声明も出さない努に、ステファニーの目は剣呑なものへと変わっていく。
「ツトム様。あれだけご立派な口上を垂れたのですから、180階層でそのお手前を拝見させて下さいませ? ……まさか、先に潜りたくないなどとは仰らないですわよね?」
「まさか、ツトムがまた百階層みたいに逃げるとでも思ってるのです? 随分と認識が古いのです。ツトム様のお弟子と名乗る割に師匠のことを何もわかってないですね」
「ツトム様の教えを実践も出来ない駄狐が、代弁者のように語るな。殺すぞ」
「なら178階層で模擬戦でもするです?」
「どうせツトム様が179階層に来るまでお待ちするつもりでしたし、その間にどちらが上なのかはっきりさせましょうか。勝負の目は既にわかりきっていますが」
そんな神台を通しての売り言葉に買い言葉でアルドレットクロウとシルバービーストの対人戦が急遽決まり、観衆たちは大いに湧いていた。
「いや、流石に勝負にもならんだろ。ユニスとステファニーじゃ」
「でも確かユニス、経験値UP(中)持ってるだろ? それでレベルは大分追いついてそうだけどな」
「それでツトムのレベルも測れそうだな。……170はありそうな感じするけど」
「仮にユニス負けてもツトムがよしよししてくれるから、弟子としては実質勝ちってわけ」
そうこう意見が飛び交う中、ステファニーとユニスの模擬戦は二日後に行われることとなった。そのついでにディニエルやラルケを相手にした模擬戦も組まれたことで、賭博場も盛り上がりを見せていた。
それに対して最前線争いには参加しているもののあまり目立っていないアルドレットクロウの二軍。ルークが率いるPTでは祈禱師のカムラが妹に見限られたことで完全に参ってしまい、支援スキルの管理すら乱れる始末だった。
それにより三軍落ちも検討されている段階のため、帝階層での復帰は絶望的と報じられている。おじさんもその気持ち、わかるな……とルークが寄り添っているものの、カムラの調子が戻る見込みはない。
「このまま黙っているつもりなど毛頭ないが……180階層は一先ずツトム君に譲った方がいいかもしれないね。仮に押し退けたとしても後が怖い」
ゼノPTはリーレイアのエレメンタルフォース自我が落ち着いてからはPTとしての纏まりも良くなってきたので、一番台争いには十分入り込める実力はあった。だがあのゼノが一度くらいは彼の顔を立てても良いかと思うくらいには、ステファニーの圧力が凄かった。
クランハウスでのPT会議中に放たれたゼノの言葉に、リーレイアは緑色の横髪を弄りながら視線を向ける。
「ここらで一度ツトムを折っておいて反応も見ておきたいですしね。また逃げ出さないという保証もありませんし」
「もう大丈夫じゃないですかぁ……? 百階層も乗り越えたといえば乗り越えてますし」
「だからこそですよ。ここでステファニーとの真っ向勝負で完敗した時、どうなるかはわかりません。それこそカムラのように心が折れるのでは?」
「そういえばツトムさん、まだ一回しか死んでないんでしたっけ? ……人によって、認識が分かれてるみたいですけど?」
努と直接出会ったのは最近である槌士のクロアが恐る恐る尋ねると、リーレイアはじろりと睨んだ目のまま視線を戻す。
「私は死んだと思っていません。当時、同じく百階層に潜っていたアルドレットクロウのPTも強制的に帰還させられていましたし、装備もロストしていませんでしたから」
「確かに厳密には死と扱われていませんけど、あれは死んだようなものと見るのも無理はないでしょう。それにツトムさん自身も内心では死んだと思っていそうですけどね」
「ですね。あれからも慎重なのは変わらないですけど、妙な緊張感は抜けた気がします」
「ですが――」
コリナの反論とダリルの同意にリーレイアは即座に言い返そうとしたが、それをゼノが馬鹿でかい拍手で遮る。
「ツトム君の死についての真偽はともかく、私たちPTが180階層への挑戦を一度譲ることについて、異論はないかな? ……なさそうだね。では会議を終了とする。あとは自由に議論したまえっ!」
そう言い残してゼノはサッと立ち上がり、娘の通う保育園の送迎に向かっていった。それからリーレイアの熱い持論が展開され、クロアはツトム死んでない派閥に鞍替えさせられていた。
作者がいつも通りの贔屓を発揮しなければユニスは勝てんな