第658話 杖おじ

 ギルド第二支部の一階にある広々とした訓練場は探索者であれば自由に使うことが出来るが、そこには藍色の制服を着た警備団やギルド職員たちが訓練をしていることが多い。それに探索者の卵が講習を受けに混じることもあり、コリナが目を細めて見守っていそうな光景が流れている。

 だが探索者が訓練をするならば神のダンジョンに潜るのが手っ取り早く、運が良ければランダムに階層を配信している神の眼に当たることもあるのでわざわざギルドの訓練場を使うことはない。

 それにセーフポイントでの対人戦が可能なことが判明してからは死を恐れず戦えることもあり、ギルドの訓練場で閑古鳥が鳴いていた。それなのに何故ギルド第二支部でも訓練場を設け、更に二階にまで用意したのか。


「パラライズ」
「メディック。このレベル差だともう一段強めで」
「了解。パラライズ」
「うびびびっ」


 その理由の一つは迷宮都市の治安維持に務める警備団の強化を図るためである。長らく停滞していた160階層も突破され、現在の最大レベルは190にまで引き上げられた。現状では180を超えたステファニーが最大であるが、いずれは他の探索者も追いついてくる。

 そうなった時のことを考えると警備団もレベルを上げなければ話にならないし、探索者を殺さずに捕らえる実践的な環境で訓練する必要がある。なので神のダンジョンの入り口となるギルド第二支部に大規模な派出所を設立していた。

 それにより警備団員は職務として神のダンジョンに潜ることがより容易となり、対探索者を想定した秘密訓練も行いやすくなった。


「だぁー!! くそっ!!」
「こらこら、帰ってきて早々に怒鳴るんじゃないよ」
「こいつがヘイト取りミスったせいで負けた!」
「はぁ!? てめーが馬鹿みてーに突っ込むからだろうが!」
「はいはーい。落ち着いてねー」


 それに加えて警備団は黒の門番を兼任するようになった。警備団が探索者と幾度も身近に顔を合わせることで犯罪を抑制するのが狙いである。


「最近の探索者、こうして見るとまとも奴の方が多いな……」
「だな……。顔つきからしてもう良い人感がある。それに若い奴らも思いのほか多い」


 警備団が普段接している探索者はその職業柄、何かしらのトラブルや罪を犯した者がほとんである。そのため警備団員の中には探索者=犯罪者だと初めから疑ってかかってしまう者もいたが、ギルド第二支部に配属することでそのバイアスを解く狙いもあった。

 そんな警備団が秘密裏に使うことが多い二階の訓練室。その一室を貸し切っている黒髪の青年にも見える25過ぎの男は、眉間にしわを寄せながら宙に浮く杖を操っていた。

 白魔導士が178レベルで覚えることの出来るマジックロッドというスキルは、フライのような要領で杖を自在に動かすことが出来る。だが他の攻撃スキルとは違い妙な慣性が働き、ダンジョン産の仰々しい杖の構造上重心も不安定である。

 努が気を張って操っていた杖はその途中で重心を崩してぐねぐねと曲がりくねり、制御困難となる。そのまま地に落ちカランと音を立てた後、苛立つ努の気持ちを表すようにばたばたと動いた。


(やっぱりマジックロッド、180階層には間に合わないな。火力は出そうだけど操作感がゴミすぎ。重心安定する既製品の杖なら何とか使えそうだけど、どうせ将来的にはダンジョン産のやつ使うことになるしな。これで練習しといた方が良さそう)


 遠距離から動かせる物理攻撃のマジックロッドは努にとってありがたい存在であるが、それこそ薙刀のような杖を用いても味方に誤射しないステファニーほどの精度を出すには数ヵ月を要するだろう。


(このごてごて装飾がなければ……。派手すぎるんだよなどれも)


 それこそ数々の宝玉が埋められた黒杖よろしく、白魔導士用の杖は主にスキルの威力を高める用途のため装飾もりもりである。それにマジックロッドに使って下さいと言わんばかりの岩みたいにボコボコした杖はその分重心が取りづらく、ステファニーが扱っている薙刀は包丁でジャグリングするようなものだ。


(ステファニーも影でレベル上げて練習してやがったな。じゃなきゃあんな簡単そうに操作できるわけがない)


 ステファニーPTは最速でウルフォディアを突破しすぐにレベリングを開始したため、経験値効率の悪さを時間でカバーしている。プライベートを捨てているステファニー、ディニエルのレベルは180に到達していて、その他は175レベル近辺といったところだろう。

 努も175階層を越えてからはゆるゆると階層更新しつつPT合わせを重ね、ユニスに作らせた経験値UPの刻印装備を使いガルム以外のレベリングを進めていた。彼だけは努が迷宮都市に帰ってきた時も最前線争いをしていたため、ウルフォディア時点での最高レベルでは170には到達している。

 だが二年ほど魔流の拳の修行をしていたハンナ、ギルド職員をしていたアーミラ、帝都ダンジョンの階層上160までしか上げられなかったエイミー、そして元の世界に帰っていた努はレベルが低かった。


(まずはレベルマウント取らないと話にならない。190までで良さげなスキル出ればいいけど)


 三年間遊んでいたわけではないものの『ライブダンジョン!』のブランクがあることに違いはない。マジックロッドなどの練度含めてステファニーに負けている個所はあるので、少なくともレベルくらいは上でなければ戦いにもならない。

 なので努は日々の探索活動に加え、脳ヒールを用いた短時間睡眠によって生み出した時間で野良PTによるレベリングを行っていた。ユニスの作成した経験値UPの刻印装備により、深淵階層のあり狩りでも十分美味しいのでメンバーには困らない。


「うぉー! 怖いほど元気になったっすー!」
「アルドレットクロウみたいにならなきゃいいが」
「ツトムが試してるしへーきへーき」


 そしてレベルの足りない女性陣も背に腹は代えられないので、脳ヒールによる強行軍のレベリングを行っていた。

 ただそれによりアルドレットクロウの探索者が後遺症を残すほどの病人となっていることも事実なので、努は初め推奨しなかった。しかし彼女らは徹夜でレベリングして他の白魔導士に回復を頼み始めたので、努が折れて脳ヒールした。

 そのおかげでガルムのレベルまでは追いついたので、今は刻印装備を各自着回してバランスよく上げて190を目指している。出来れば秘密裏に進めたいところであったが、180階層戦も近いことで四の五の言ってられなかった。

 それから今日もさして手応えを感じなかったマジックロッドの修練を終えた努は、二階の訓練室を出て警備団に軽く礼をしつつ一階に降りる。そして今日は178階層のセーフポイントにいるからか二番台に映っているステファニーを眺める。


(僕たちが180階層挑むまでに暇つぶしの弱い者いじめですか。随分と舐めた真似してくれる)


 努は神台で情報を得た後に挑んだ階層は初見突破してきたが、完全初見の百階層では致命的なつまづきを見せた。その明確な弱点をまずは突いてみて実力を試す、というのがステファニーの方針のようだ。


(本当に舐めないでほしい。喉元過ぎれば熱さ忘れるんだから、普通に死にたくない。空気読まずに何処か先に潜ってくれよマジで。階層主初見で潜りたくねぇよ)


 ユニスと対人戦に勤しみながら先手を譲るステファニーの方針は確かに舐めているが、努の精神を削る妙手ではあった。伊達に努の弟子を名乗っているだけあり、彼の嫌がりそうなことも良く知っている。

 努としても百階層の繰り返しにはならないにせよ、完全初見の階層主と戦うことは出来れば避けたいところだった。しかし牙を磨いていたステファニーを挑発しここまで舞台を整えさせて、そこに上がらなければヒーラーとして無粋というもの。


(ていうかヒーラーならそれこそ180階層でプライドバトルしろよ。何でヒーラーが殴り合いしてるんだよ。うちのコリナさんが黙ってないぞ)


 本日開催されるステファニーとユニスの模擬戦に探索者たちは興味津々なようだが、努としては知り合いのどちらかが血生臭く死ぬのを見る趣味もない。いよいよ二人のバトルが始まろうとする最中、彼は数少ない奇特な野良PTを集めてレベル上げに勤しんだ。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 8:35 PM

    杖大量使い捨ての採算度外視戦法は資金に余裕のある大手(アルドレ、無限の輪)がなりふり構わない手段の1つとして用意されているのはアリだと思うけど
    3種の役割が広がる前のポーションがぶ飲み環境時みたいなスマートさの無いやり方だし常套手段にはなりえないでしょ

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 8:59 PM

    更新感謝!
    ツトム内心グチグチ言ってるのなんだか笑える。ステファニーのツトム理解度高めなのも好き。
    血みどろキャットファイトみたいよ。ほんとにゴリナ投入してみてほしい。

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 9:33 PM

    ステファニーとユニスの模擬戦にホムラも同行してそうだけど、
    努が野良PT組んでると聞いたら即帰還して野良PTに参加しそうw

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 9:37 PM

    4:38
    確かに玄人スキル。
    投擲スキルと違って操作スキルだから使用感的にタイムラグが出来るだろうしね。ただ飛ばすなら魔法使う方が早く確実。
    633話のステフの使用法見るに一定時間支援攻撃が、多分一回の精神力消費で出来ると考えた方がよさそう。
    七色の杖を重ねて使えて杖の特殊能力によってエアブレイズみたいな風刃を出せるみたいだから明らかに投擲で使うのはもったいない。
    飛ばすヒールとかと同じように操作できるようになったらファンネルみたいにオールレンジ攻撃や守りができそう。ファンネルをぶつけりゃいいとかNTなら絶対しない。ならビームでいいじゃんとなる。

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 10:39 PM

    ファンネルミサイルとか、ソードビットとかあるから……必ずしもファンネルをぶつけてはいけないわけではないし……。

    ツトムにあるのはニュータイプとしてのプライドじゃなくて……ライダンプレイヤーや白としてのプライドじゃない?

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 11:24 PM

    爛れ古竜はともかく、ツトムはマウントゴーレム戦や90の成れの果て戦でも致命傷級のダメージ受けてるよね…

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 11:33 PM

    採算度外視で単発高火力使い捨てでぶち込むのが可能だとして、それ別に白魔が扱いの難しいスキルでやらんでも前衛が投擲なり特攻なりすればええやろ
    わざわざマジックロッドでやる必要性が無い

  • 匿名 より: 2024/08/09(金) 11:47 PM

    壺おじならぬ杖おじで草
    マジックロッドは例えば精霊にサポートしてもらうとか?
    対人戦とか状況によって接近してる間合いで全力で吹かすのもありかも
    ただバグって暴れる何かみたいになりそうだけど
    (そういえば努は瀕死になった階層主の船長を杖で止め刺してるし、もうフライで助走つけて投げればいいんじゃ)
    結局猛将むぅんさんと比べるとね…浮かすだけなら…?
    ロレーナは如意棒みたいな杖使うトリッキーな感じだったし、蹴りと相性良いかも

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 12:36 AM

    ファンネル(物理)とかアムロが大喜びやんけ

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 12:39 AM

    マジックロッドは最終的に杖だけで避けタンクできるようになるかもね
    白魔ソロで3種の役割を完結できるようになる
    パーティだとあんま意味ないけど、そういうコンセプトのスキルがあってもいいと思う
    現状の練度が低いマジックロッドだと、七色の杖を使わないとアドないかも
    七色の杖は杖ごとに特殊効果が変わる
    近接しなければ使えないタイプの特殊な杖を低リスクで使える
    例えば近接でめっちゃ時間かかるデバフとか

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 6:07 AM

    狐と猫は帝国で身の危険だらけの生活してたから対人戦かなり鍛えられてそうだな

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 6:39 AM

    狐猫は別に強盗殺人してたわけじゃない。
    身の危険(不意打ち)に慣れているだけ。
     
    正面切っての対人戦なら迷宮都市最大手アルドレで廃人プレイなステフの方が経験豊富
     
    設定後出しのオリジナル刻印で絡め手とかやらんかぎり狐に勝ち目無い。
    毒も使ったことあるのは対策されるぞステフだと。

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 7:33 AM

    マジックロッド:白魔レベル178
    努は100階層超えた後、即、帰還したから、こっちに戻ってきたときはレベル100スタートだったはず。
    マジックロッドの検証している努は少なくとも今レベル178で、ステファニーは180超え…。
    経験値アップの刻印ありとはいえ、努のレベルアップ早すぎ。
    そして階層のレベルキャップのせいもあってステファニーのレベルアップが意外と遅いと感じる。

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 9:58 AM

    更新乙!
    効力が上なのに加えて安全性も上ってなかなかのチートだよな努脳ヒール

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 10:19 AM

    > 伊達に努の弟子を名乗っているだけあり、
    伊達なの?

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 10:42 AM

    ロボの話題になっているw
    帝階層の次は宇宙階層になって、ネネカ隊のような感覚で階層主のロボットに挑む感じを想像したw

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 1:10 PM

    シュラク隊だって?(空耳)

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 1:46 PM

    もし階層主に人型の巨大ロボットが来たら
    メルチョーさん生きてた場合、冬将軍みたいにキャリー募集しそう。
    でも人型と言っても人間の等身大じゃないと興味が湧かなそうかな

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 3:27 PM

    >10:19
    努的には教え子ぐらいの感覚で師弟だとは思って無さそうだし、文脈的には違和感あっても、実態としては伊達かもしれない。

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 4:24 PM

    タイトルからして操作性壺おじレベルか……
    使いたくないな

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 11:04 PM

    マジックロッドはどの範囲まで使えるかによるね。
    ゲーム的には攻撃一辺倒スキルだろうけどこの世界なら自由度のマージンが結構ガバガバだろうし。
    持ってた杖しか飛ばせないのか、操作状態のままにできるのか、最大何個まで操作できるか。
    その3つ辺りをクリアできるなら、仲間全員に小さい杖型イヤリングでも着けさせればいつでもゼロ距離ヒール当てれるし。
    更に顔にクリティカル狙い受けてもマジックロッドでガードしてあげたりもできるし。
    全部の杖の特殊効果や刻印効果を受けれるならマジックロッドの操作下手でも操作せず地面に突き立て、杖の数だけバフだけを受けたスーパー白魔神が爆誕するし。
    何なら杖にのってカタパルトや投石機代わりとかできるならフライが下手でも高速移動や緊急回避もできるじゃない。
    あとはお遊び要素として変形合体する杖を持ち寄って両手足杖!頭杖!合体!マジックロッドロボ!とかできそうだし。
    動きがゴミならいっそパイルバンカー型にしてまっすぐしか打ち出せなくしたり杖を矢にして弓で撃ったり釣竿にしたり緊急搬送用のタンカにしたり箸を杖に見立てて食事で訓練とかかなり多用途多目的多機能で使えるし。

  • 匿名 より: 2024/08/10(土) 11:05 PM

    ステファニーがユニスより対人経験豊富って描写あったっけ?廃人プレイはダンジョン攻略に向いてて対人訓練は特別してるイメージなかったけど
    強さはともかく帝都で自衛必要になった時期あるユニスの方が練度はあるかと思ってた

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 1:47 AM

    弟子云々を兎と新聞が言い出したせいでステファニーが壊れていったんだよな…

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 3:30 AM

    伸びるロッドができれば如意棒もできそうたな

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 10:43 AM

    〉伊達に努の弟子を名乗っているだけあり、彼の嫌がりそうなことも良く知っている。

    伊達というのは「形ばかり、中身がなく格好だけ」という意味なので伊達に〜のあとは「ではない」と否定系にしないと逆の意味になりますよ

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 12:06 PM

    伊達に弟子やってるってステファニーさんにお似合い過ぎて違和感なかった。

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 12:11 PM

    黒杖はゲーム時代の自作エンチャ品だっていうしビット用の杖開発できるならしてもいいかもね

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 5:07 PM

    ステフの行動がツトム理解度高い上で、一番嫌がる選択を狙ってしているなら
    伊達や酔狂でツトムの弟子を名乗っていないと表現するのがいいとは思う
    作者からしたらファッションツトム信者とかハリボテの弟子とかツトム様に好かれたいのが空回りしているとか、違う表現しているのかもしれないけど自分にはその意図は読み取れなかった

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 5:11 PM

    気になる女子にイジワルしちゃう男子みたいな空回りなら伊達弟子ではある

  • 匿名 より: 2024/08/11(日) 6:09 PM

    一応、努は3人とも弟子としてみている描写がある。
    一方、弟子として見ていないのに師匠と呼ぶ奴がいる…。
    そう、ハンナこそが伊達弟子。

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